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All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER12-19 生ける炎

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ヴィラが走り出した頃、もうひとりの「期待を背負った」人物は、すでに「空洞」と呼ばれる場所にたどり着いていた

道中、彼は千切れた片腕をなんとか止血し、狂暴な異合生物たちをやりすごし、ポタポタと長い血痕を残しながら、よろよろと歩いていた

ドサッ!

弾薬も使い切り、黒野から渡された設計図を頼りに、やっとの思いで目的地にたどり着いた。しかし扉を開けた途端に足を踏み外し、5、6mの高さの階段から転げ落ちた

……ううっ……

彼はしばらく床に横たわったままでいるしかなかった。全身を貫く激痛で筋肉は痙攣して引きつり、視界が暗転していく

……何だよ……真っ暗って……

この場所で……間違いないんだが……

ほんと……ツイてねえな……

当初の計画では、彼はこの遺伝子保管施設で人探しをし、あることを確認するだけのはずだった

だからこそ、あらゆる手を使ってグレイレイヴン指揮官とヴィラに近付き、何とか船に乗り込んでこの島まで同行してきたのだ

あの指揮官に手を貸せば……空中庭園に戻るチャンスを得られるかもしれない……そうしたら……黒野から抜け出せる……

ゴホッ……

――最初の計画に、それほどリスクはなかった

こんな結末、誰が予想できるかよ……昇格者に、狂った異合生物……何ひとつ得られないどころか、片腕まで失っちまって……

グレイレイヴン指揮官とヴィラも……どうなってるんだか……

ああ、ダッセぇ……最後のチャンスを俺に託すなんて……バカなやつらだ……

彼は必死に体を支えながら、暗闇の中を手探りで進もうとした。だが、視界の端に、いくつか見覚えのある人影がちらついた

……おいおい、走馬灯かよ

最初に目の前に現れたのは、やはりあの楽観主義者のビーバーだった――珍しく、彼の顔には焦りの色が浮かんでいる

お前自身はどういう立ち位置なんだ?英雄か?それとも影か?

皆がグレイレイヴン指揮官みたいな指揮官を夢見てる。お前はどうなんだ?

それでいいのかよ?自ら「影」として犠牲になるなんて、本当に後悔しないのか?

死に際に見るのが、お前の顔だなんてな……哀れなもんだな

何をバカなこと言ってるんだ!?早く決めろよ!付近の戦えるやつは全員ここにいる。お前が「全員で一斉に動く」って言ったんだろ!?

ビーバーが彼の肩をガクガクと揺さぶると、ようやく彼はぼんやりと周囲の光景に目を向けた

果てなく炎が燃え、血は川のように流れている。生き残った仲間たちが彼の周りに集まっていたが、全員の装備に赤い警告灯が灯っている

卒業の模擬特派か……確かこのあたりで……フロップスがもう尽きてたんだよな……

ビーバーは残された僅かな装備を手早くまとめ、仲間たちに配りながら、残っている人数をぶつぶつと数えていた

フリーマンの脱落は確認した。ローラもシミュレーション環境から消えてるし……ほぼ全戦力を失ってるっていうのに、俺たちはまだ最後の高危険区域を攻略できてない……

もうあきらめよう

えっ……?何だって?

ビーバーは驚いて手を止め、信じられないものを見るような目でハニフを見つめた

出題者が何をトチ狂ったのか知らないが、シミュレート戦の難易度設計が高すぎる。累積ポイントで、残っているメンバーでトップ10を取れるんだから、もう諦めようぜ

お前、何バカなこと言ってんだよ――

ビーバーはハニフに掴みかかり、地面から引きずり起こそうとした

昨日「別の手」を試したいって言ったのは誰だよ!お前がやるって言いだしたんだろ!?

消耗が激しい人海戦術でも、犠牲者の足跡を踏みしめながら這って進むしかない……たったひとりしかゴールできないとしても、高危険区域に挑まず終わるなんて納得できない!

ここで俺たちが諦めたら、これまでの仲間たちの奮闘が全部無駄になるんだぞ!

あの方法は、蟻が群れになって火の海を渡るようなもんだ……誰が焼け死んで、誰が見捨てられるかわからない。それに、お前が首席になれる保証もない

……俺が首席になれるかどうかなんて、今関係ないだろ!?

ビーバーはついに怒りを爆発させ、ハニフを乱暴に隅へ突き飛ばすと、仲間たちのもとへ向かっていった

集合!

全ての脅威が目の前にある。でも真正面から抗う力は、俺たちにはもうない……今はもう、ビビッてられない。命懸けで突っ込むしかない――答えはもうハッキリしてる!

最後のチャンスが目の前にあるんだ、俺たちは絶対に諦めるわけにはいかない!

ハニフ……お前もだよ

ビーバーは振り返ってハニフを見た

……見てわかれよ、俺はもう片腕がもげてんだ……お前ら走馬灯は、俺が死のうが生きようが気にしちゃいないだろ……俺がいる現実では、本当に死ぬんだぞ……

ダメだ、ハニフ……絶対に……

記憶の中のビーバーはハニフの言葉などお構いなしに、何かを叫びながら手を伸ばし、怒りに任せて彼を地面から引きずり起こした

……

……痛ぇな……現実でも、誰かが俺を引きずり上げてくれればな……

ハニフの切断された腕に、激痛が走った――本当に誰かに地面から引きずり起こされたようだった

???

迷い込んだのか?我が子よ

……?

ハニフは何度も目を瞬いた。視力が回復し、ようやくこの場所の光に慣れてきた

四方を囲むように規則的に鼓動する「胚胎」が並び、半透明の膜の向こう側には、誕生を待つ無数の異常な異合生物たちが見える――彼は本当に目的地へたどり着いていた

そして、正面には彼を立たせた人物が、歪んだ笑いを浮かべて彼を観察している

ようこそ、ザンブラの空洞へ。私がヘインズだ、君が探しているのは私だろう?

!!!

名前を聞き、その顔を見た瞬間、ハニフは反射的に老人を地面に叩きつけ、残った左手で銃を握りしめ、彼だけが空っぽだと知る銃をヘインズへ突きつけた

……うっ!偽ってここまで潜り込んできたんだろうが。空中庭園のあのふたりがいない今なら、我々はちゃんと話せるだろう

お前と話すことなどない……お前とあの昇格者の会話は全部聞いた。この場所で起きてることは、全部お前らが仕組んだことなんだろ?

それがどうした?こちらも監視している時に、君とグレイレイヴン指揮官の会話も聞かせてもらった。君は「家族を探し」、自分の「出自」を知りたいと言っていたな?

盗み聞きも趣味なのかよ、このジジイ……

仕方ないさ。私は昔から強い探究心の持ち主でね。君だってそうじゃないか

何を言ってやがる……

君は初めて自分のルーツを見つけた子供だ。ご褒美をやろう。言ってみなさい、何を知りたい?私が君の疑問に答えてもいい

階段から落ちて軽い脳震盪を起こしたのか、耳鳴りが止まらない。ヘインズの長ったらしい会話が入ってこない。どんなに疑問があろうと、今、やるべきことはひとつだけだ

……黙れ。両手を頭の上に挙げろ。さもないと、今すぐ撃ち殺すぞ

黒野のやり口はよく知ってる。どこの実験基地にも、建物を跡形もなく消すための自爆システムがあるはずだ……自爆プログラムの起動方法を教えろ!

銃で威嚇するハニフを前に、ヘインズは仕方なさそうに眉を上げ、ゆっくりと両手を挙げた

それが今、君が一番知りたい答えか?実につまらんな

無駄話はやめろ。5つ数える前に話せ。5――

答えは君の背後にある。もう数えなくていい。知りたいなら全部話そう

……?

君の背後にあるパネルで起動できる。見えないのか?数歩も歩けばぶつかる距離だ

ヘインズは異様に落ち着き払い、笑い出しそうにすら見えた。ハニフがゆっくりと後ずさり、その腰が操作パネルに触れるまで、ヘインズはじっと彼を見つめていた

パスワードは8を6つ――もう入力してある。あとは君の生体認証で起動できる

……何だと?

ハニフはヘインズの「出任せ」の言葉に、自分の耳がおかしくなったのかと疑いそうになった

指紋、虹彩……どんな厳格な認証項目でも、君なら問題なく全てパスできる

ハニフがうつむいて操作すると、ヘインズの言う通り全ての権限認証が難なく許可された。「基地破壊」の真っ赤な文字が、ふざけているかのように彼の目の前に浮かび上がる

君が決めればいい。私はもう口を出さない。ボタンを押してここを破壊するか――それとも、彼らを残して新たな進化を見届けるか、だ

……何?……いや……どうして俺が……

これほど途方に暮れたのは初めてだった。いつも自分が罠を仕掛けて他人を欺く側なのに、今回は誰かが仕組んだ道化芝居の中に、一歩一歩踏み込んでいる気がする

私としては、彼らを残しておくことを勧めるがね。彼らは皆、君の「兄弟姉妹」なのだからな

こっそり聞いていたんだろう?最初にして最も成功したあの子が飲み込んだのは、私の遺伝子を母体とする胚胎だった

だがあの子は我々とは異なり、人体のくびきを離れ、新たな種の起源となる存在だ。ならば、「ヘインズ」という名を継がせるわけにはいかない

だから、私はあの子を「イヴ」と名付けた。どうだね?

…………

ハニフは操作パネルの前に立ち尽くし、何年も彼の心にわだかまっていた疑問の答えについて、ヘインズが飄々と語るのをただ聞いていた

……そういうことか……

君が……「ヘインズ」か?最後に選別をくぐり抜けたという、あの……なるほど、空中庭園に送り込まれていたのか

あのジイさん、また何の悪だくみをしてるんだか

黒野メンバー

NO.1364、お前の卒業後の配属が決まった――お前は卒業後、オーロラ部隊に配属されて彼らの一員となる

オーロラ……現役部隊のコードネームじゃないようだな、あんたたちの私兵部隊か?

黒野メンバー

そうだ。検討の結果、これがお前に最もふさわしい場所だと判断した

お前のような狡猾な者は近くに置いておくべきだ、そう思わないか?

……

黒野メンバー

お前は「平凡」を演じて、執行部隊に配属させようと仕向けていたが

ずっと監視してきた我々がその小細工に気付かないとでも?

なんだ、バレていたのか。なら尚更、俺のようなやつを近くに置いてもいいのか?

黒野メンバー

お前のそのささやかな反抗は我々にとって退屈しのぎにもならない

忘れるな、お前は黒野の私財だ。多くを問うな、考えるな。お前は我々の命令にのみ、ただ従っていればいい

……

……俺も……【ヘインズ】だったのか?

そんなところだ。君は私のほぼ完全なクローン体だ。黄金時代の初期から末期まで、もう……3世代になる。君の個体の近視や高血圧といった遺伝子はあらかじめ取り除いておいた

……

遺伝子スクリーニングは黄金時代の富裕層にとって、優生優育の常套手段だった。自分の遺伝子サンプルでクローンを作り、気に入らない部分を排除する者さえいた

「このように世代を重ねて進化し、よりよい自分になる」

……お前をサポートしたのは黒野か?お前の次世代の育成に協力し……それで俺を作ったと?

ハニフは老人の服にある名札を見つめた。かつて自分も使っていたその名前を見て、ふいに吐き気が込み上げた

他の9人のヘインズを捨てたのはなぜだ?遺伝子の欠陥で死んだんじゃない、全員が殺された……

黒野は慈善団体じゃない。我々は、互いに必要なものを交換していただけだ

私は「素材と施設」、更に「自身の存続」が必要だった。黒野はそれらを提供する代わりに、君……いや、「私」に対する監視権を手に入れた

彼らの要求は、次のヘインズがもっと制御しやすい個体であることだった。それなら、ひとりいれば十分だったのさ

……

やつらの目にずっと監視されながら育つのは、さぞ居心地が悪かっただろう?ご苦労だったな

…………

だが、もう心配はいらない。「空洞」にある胚胎が全て孵化すれば、もはや黒野だの昇格者だのが、私を縛ることはなくなる。私こそが新世界の主になるのだからな

それが私と昇格者との協力関係だ――私が最先端の技術を、昇格者はパニシングを持ち込み、我々はともに新たな種を創り出す

あの昇格者は私に似て、体が複数ある。君たちが外で何度殺そうが無駄だ。あいつは必ずここで「復活」し、「子供たち」が無事に孵化するのを見届けることになっている

ヘインズは頭上にぶら下がっている数台の休眠カプセルを指差した。それらは異合生物が生み出した「骨の棘」によって守られている

俺を間違った方向へ誘導しようとしているな……俺はあの昇格者が「お前は余計なことをした」と言ったのを、この耳で聞いた。お前らはもう決裂してるだろうが

……どうだっていいさ。盗み聞きしたくらいで何がわかるというんだ?

それに……やつが私を認めないとしても、やつの意見など重要じゃない

ヘインズは上機嫌に笑いながら、自分のすぐ側にある休眠カプセルのひとつを指差した

イヴがグレイレイヴン指揮官と接触し、逆に昇格者に影響したのは想定外だったが……悪い話でもない。まだ次の昇格者が現われていない今、外の全ては私の支配下にある

ハッ……なるほど……道理で威張りくさってるわけだ……

さあ、銃を下ろしてこっちに来なさい。どうせ、もう弾はとっくに尽きてるんだろう?君という人間を一番理解しているのはこの私なんだ

ヘインズは笑い出した

最初に手がかりを掴んだ時のことを覚えているか?君が率いるオーロラ部隊が情報を集め続け……そして君は気付いた。黒野の遺伝子保管施設の技術責任者が自分と同じ名前なことに

私は自分自身を深く理解している。「私」が興味を持つポイントくらい、手に取るようにわかるさ。案の定、君も臭いを嗅ぎつけてやってきた……ハハ……

お前、わざと……?

ああ。「昇格者が人を殺した」こと、エビアティスが黒野を恨んでいたのは事実だ。だが「昇格者が船を狙っている」とデマを流し、この施設を探ろうとしたのは、まさに君だ!

黒野は事件を隠蔽しようとし、空中庭園は真相を突き止めようとしているのを、君は知っていた。両者とも、新たな昇格者に少しでも早くたどり着こうとしていた

そして、かつて黒野特殊作戦班メンバーだったヴィラも、必ず調査を再開しあの鍵を追うに違いないと――つまり、この島に渡る船をな!

結局、あの指揮官とヴィラがこの島にたどり着けたのは……全部、君の手引きだったというわけだ!君は当然、この流れを最初から理解していたんだろう?

ハニフは呆然としながら、ようやく自分がどれほど大きな過ちを犯したのかに気付いた。あのふたりは、生きる道を自分に託したばかりだというのに

彼らのために何かしようと決意した直後に、ヘインズの言葉によって元の場所へと叩き戻されてしまった

ヘインズはまだ笑い続けていた

私がほんの少し情報をばら撒き、昇格者が「黒野に復讐している」という話を吹聴してやっただけで、この成果だ!さすがは歴代で一番優秀な「ヘインズ」だな!

……黙れ!!

ハハハハハハ!私の勝ちだ!

うまく立ち回ってるつもりだったんだろ?自分の出自を探りながら、グレイレイヴン指揮官を助けて恩を売れば、黒野から抜け出す足がかりにもなり一石二鳥だと思ったんだろう?

自分がうまくやりさえすれば、あの指揮官が慈悲深く手を差し伸べてくれさえすれば――「ヘインズ」としての運命から逃れられるとな!

黙れッ!!!!!

ハニフは目を血走らせて叫んだ

彼はドミノがバタバタと倒れていく音を聞いた気がした。最初の牌を指で倒したのは、今この瞬間、怒りで顔を歪めている自分自身だ

何を焦ってるんだ!?上手く世間を騙して今日を生き延びても、この後には数えきれないほどの報いが待っている!黒野にも空中庭園にも、君の戻る場所はもうどこにもないぞ!

てめえ……

ヘインズにはハニフの虚勢などお見通しだった。彼は上着に手を突っ込み、何かを取り出して見せようとしていた

私の体はすでに老い、長くは持たない。これから、私の記憶を君に同期する。君が理解してくれるまで……

どこまでも思い上がったクソジジイだな!!!

シュッ――

――!!!

ハニフが突進するより早く、ヘインズはサイレント銃の弾丸を彼の脚に撃ち込んだ

彼は懐から取り出したばかりの銃を揺らし、「得意満面」といった様子だ

最初から黒野に拾われた子供だとわかっているお前を、私の上に立たせるわけがないだろう

ハニフの痛みに霞む視界の中で、ヘインズは芝居のような大げさな仕草で操作パネルに近付くと高々と手を振り上げ、バンッと勢いよくパネルに手を叩きつけた

もう付き合ってられん。君がこのプログラムを起動できやしないのはわかっていたさ。面白くないやつめ

だが、正解だ。これは確かに「自爆プログラム」のボタンじゃない。さっき君が本当にこれを押していれば、最終進化は君自身の手で始まっていた

…………

視界はじわじわと闇に覆われ、ハニフは苦痛の中で膝をついた

ヘインズの動作とともに鋭い警報音が鳴り響き、真っ赤な警告灯が「空洞」内の――ふたりの同じ人間、孵化中の異合生物、休眠カプセルで「再生」を待つ昇格者を照らし出した

「空洞」全体が起動された。ヘインズは、響き渡る警報音の中で、高らかな笑い声を上げた

愚か者どもめ……会う度にからかわずにはいられないな、ハハハハハ……

期待していた私がバカだった……君が「私」であっても、愚かな羊どもの群れに長くいれば、同化してしまうものなのだな

ハニフは怒りと肉体の激痛に打ちのめされながらも、まだあがこうとしていた

ダメだ……絶対に……

ダメだ、ハニフ……絶対に、こんなところで諦めるな!

……

俺も!皆も!お前自身だって!諦めるなんてこと、許さないはずだ!

ハニフの視界はゆらゆらと揺れていた――ビーバーが彼を背負って前に進んでいるからだ

目の前には、やはり何度も夢でうなされた、あのシミュレート戦の光景が広がっていた

すぐに止血帯で傷口を縛れ。その後は、俺たちと一緒に行くぞ!

今度は……何人……脱落した……?

話している間にも、近くの溝からまた数体の侵蝕体が這い出し、足掻き続けている兵士たちに襲いかかった

数えきれない……もう俺たちの周りにいるやつらしか残ってない

再び炎が上がる

見ろよ……言っただろ?蟻が群れになって火に飛び込めば、無数の蟻が丸焦げになるのは決まりきったことだってな

こんな風に……全員で最後の高危険区域に突っ込むなんて……影なんだよ、俺たちは……最初から犠牲になる覚悟をしておくべきなんだよ……

じゃあ、お前は?お前自身はどういう立ち位置なんだ?英雄か?それとも影か?

ビーバーは、3度目の問いをぶつけた

お前、今まで一度も答えなかったよな。でも、この提案を口にした時には、もう答えは決まってたんだろ?

俺は……

ハニフの視線が周囲を漂った

彼は燃える炎と横たわる「影」の亡骸を見ながら、ヘインズに撃たれた足の痛みを感じていた。あの1発は彼の全ての努力を「愚かだ」と否定した。彼はついに本心をさらけ出した

本当は……「英雄」になりたかった

影にはなりたくない……もうヘインズの影にも、あのグレイレイヴン指揮官の影にも、なりたくはないんだ

ヘインズの影を振り切り、グレイレイヴン指揮官を越え、かつてない新しい英雄になりたいと思った

だが結局、俺のやってきたことは全部間違いだった……!

彼は酷く怒りながらも声をあげて泣きたかった。これが死に際の夢の中だったとしても、あの頃の級友たちは、黙って話を聞いてくれるはずだからだ

お前らに会いたいよ……黒野に残りたくなんてない!ヘインズをぶっ殺したいんだ!

俺の名を、正々堂々と記念碑に刻みたい!この身に纏わりつく「契約」なんか全部引きちぎって、堂々と光の中に立ちたい――誰かの影としてじゃなく!

当たり前だろ、お前は影じゃない。お前はファウンスに入って以来、ずっとハニフじゃないか

……おい、ビーバー、下ろせ!

足を怪我してるだろ

ハニフはもがいて地面に降り、装備を整え始めた――宇宙兵器を起動するためのエリアポイントは彼の手にある。彼らの今回の最終目標は、最後の高危険区域の破壊だ

……俺はこれからも足掻き続けてやる。この先、また黒野に戻されようが、何とかして抜け出してみせる

何をする気だ?

今、目を覚ませば、まだ間に合う

自分が望む結末のためなら、「英雄主義」に呑まれてもいい……!

ハニフはエリアポイントを抱えて走り出した

「蟻は群れを成して火の海を渡る」――皆がハニフに続いて火の海へ突入した時、ハニフは何かが焦げる臭いを嗅いだ気がした

それでも彼は、腕を高く掲げ続けた。そして――

真理を考えたこともないその脳みそをちょっとは動かしてみたらどうだ。こんなに長い間、無駄に……ぐあっ!!

ハニフは最後の力を振り絞って腕を振り下ろし、ヘインズをなぎ倒して銃を奪い取った

すぐさま左手で銃を構え、ヘインズの手首と足首に向けて発砲し続けた。最後の薬莢が地面に落ち、乾いた音を立てる

うぐっ……!

俺が、お前とはまったく違うってことを証明してやる!!

彼はまだ硝煙が出ている空の銃を投げ捨てると、眉骨や鼻梁を砕かんばかりに、何度も何度もヘインズの顔を殴りつけた

どっちの血が先に流れ尽くすか……勝負だ!

飛び散る血に混じって、ぐらついた歯が飛ぶ。ヘインズは、時間と経験が人に与える影響を見くびっていた。この殴打がふたりにそのことを認識させた

「俺を一番理解している」だと?……大間違いだクソ野郎。だが、俺はな……お前の小賢しい考えがどこに隠れてるかはわかる!

ハニフは渾身の力で最後の一撃を叩き込むと、ヘインズの襟元を引き裂き、その偽善者の殻を剥ぎ取った

――白衣の下には、ほとんど改造を終えた歪んだ肉体があった

お前がただ一方的に全力であの昇格者を助けたりしないのはわかってる……お前はやつを制圧する手段を用意しているはずだ。簡単に手を切らせないように、ってな……

最善の抑止力は……全ての胚胎を破壊し、昇格者の計画そのものをぶち壊すことだ

最初から、自分自身をこの遺伝子保管施設を破壊する「導火線」として改造していたんだろ?え?

…………

ヘインズは何かを言おうと口を開いたが、吐き出されたのは鮮血だけだった。彼の歯という歯はほとんど砕かれてしまっている

歳を取っても笑うのが好きだったんじゃないのかよ……ハハ……どうした、笑えよ

……ゴホッ……

認めろよ!お前が死ねば、破壊プログラムが自動的に起動するんだろ――!

ハニフは負傷した脚を引きずり、瀕死のヘインズを足場の端まで運んでいった

あとは……全ての「ヘインズ」を終わらせれば、この吐き気がする運命のループから完全に抜け出せる……

あのシミュレート戦の時、彼は生ける炎を抱えて飛び込む英雄のように、エリアポイントを抱えて高危険区域の中心に突入することに成功した

これで終わらせてやる!!

永遠に「首席」にはなれなかったとしても、これこそが彼の望んだ結末だった

一緒に死んだって構わない。これが俺の選んだ結末なんだ……!

彼は痛みにうずくまりそうになりながらも、それでもヘインズの耳元で囁いた

そして、生ける火を抱いて奈落に飛び込むかのように、彼はヘインズの体を抱えたまま、足場の縁から転がり落ちた

ふぅ……

彼は大きく息を吐いた。落下し、無重力感を感じた瞬間、彼はあの指揮官が「最後のバトン」を自分に託してくれたことを思い出していた

(やり遂げたぜ……これがせめてもの償いってことで……)

彼は目を閉じ、落下とともに耳元を掠める風の音を味わっていた――

ふと、風の音がやんだ

??

あーあ、この坊やときたら……ちょっと目を離しただけでこんなにボロボロに……あなたたちファウンスって本当に逸材ばかりなのね、[player name]

ハニフの片足に人間が必死にしがみつき、もう片方の足はヴィラが容赦なく踏みつけていた

……お前ら!

何?その顔。感動で大泣きしちゃうシーン?

やるわよ。でも、その前に……

ヴィラは双頭槍を持ち上げると、最も的確な角度を探るように、老人の大きく見開かれた目にぴたりと切っ先を合わせた

あなたの残した記録を読んだ。どうやって「仕組んだ」のか、ようやくわかったわ。今日ここであなたを殺せば……もう次の「ヘインズ」は生まれない。そうよね?

ハァ……ハァ……また君か……

やっぱり私を覚えていたのね。なら、ひとつ訊かせて――今日の「再会」はお気に召したかしら?ヘ·イ·ン·ズ

ヘインズは、ヴィラの隣に見覚えのある姿を見た。それは、何年も前に見た光景のようで、彼を酷く苛立たせた

なぜお前ごときが……どこまで運がいいんだ……

ヘインズの視線は、ヴィラの鎖骨に移った。彼は何か新たな楽しみを見出したようで、口の中に血が溢れていようが、どうしても言わずにはいられなかった

ハハ……そうじゃないな……見えたぞ……こういう賢い忠犬に……一番効く罰は……物理的な痛みじゃない……

君が……自分自身の手で引き裂くこと……そのプライドと、信じてきたものをな……

……

フン、わかってるわよ!

ヴィラは、ヘインズが言わんとしていることをおおよそ理解した。彼女はニッコリ笑うと、一番痛快な角度に狙いを定め、力いっぱい槍を振り上げた――

君が一番恐れているのは「暴走」だ……君が最も許せないのは君自身なんだ……!

私に怖いものなんて、とっくにないわ!!

そう叫ぶと、彼女は憎々し気に容赦なく槍を突き刺した

槍先に貫かれた最後のヘインズは、「胚胎」が最も密集している場所へと勢いよく墜落していった

「ドサッ」という鈍い死の宣告とともに3人がいる足場が激しく揺れ始めた。下方から火の手が上がり、熱風が吹き荒れる

ハニフは地面に転がり、太腿の銃創を押さえながら激しく咳き込んだ

ゲホッゲホッ……早く逃げろ……あのジジイは死んだ……「空洞」が自爆する……

……

ヴィラは何も言わずただ手を上げ、炎に照らされながら「セーフティプラグ」のあった場所に触れた――今はその場所は空っぽだ

アハ……何年ぶりかしら?こんな感覚、忘れかけていたわ

先ほどのヘインズの言葉で何かを思い出したのか、ヴィラは思わず隣の人間に視線を向けた

全然終わってないわ……

ヘインズは死んだ。でも、あの昇格者はまだしぶとく生きてる

さっき見つけたヘインズのノートによれば、次の昇格者は、この「空洞」で誕生する

その言葉に応えるように、「骨の棘」で覆われた培養カプセルが次々と震え出した。危機を察したのか、中の何かが生まれ出ようと必死にもがいている

昇格者の最初の目的は復讐よ。復讐の感情を抱えた者は、ある分かれ道で必ず間違える。まさに今の彼のように――誘導に長けたハインズに、完全に利用されてしまった

たとえ名前がかつて私が手にかけた「ロイド」じゃなくたって、必ず叩き起こしてやるわ

ヴィラの赤い髪が、熱風にゆらりと揺れた。人間は激しい痛みの中で、この「炎」に目を向け、彼女の言葉に耳を傾けていた

だがこの歪んだ空気の中で、人間は何か不穏なものが発酵するのを感じていた――それは、少しの隠し事と微かな無力感をはらんでいる

――よく聞きなさい

ヴィラは再び武器を握りしめた。ほんの一瞬、彼女の顔にどこか悲しげな色が浮かんだ

あまりにもたくさんのことを、きちんと言い終えてないの。特に、あなたに対してはね

彼女は、自分と人間をしっかりと結んでいるロープに目をやった

またロープを結んだの?

どのくらい思い出した?

ヴィラに関する記憶は、いまだに少し曖昧だった

私を探しに戻ってくれたの?

あなたは……

ヴィラの唇が動き、何かを素早く話し続けている

同時に、すでに失われたはずの記憶が次々と脳内で再生された。ヴィラの意識海の中で彼女の視点から見た出来事、更に異合生物「イヴ」が覗き見た記憶の一部も含まれていた

人間は、無数の視点の中から違和感の出処を探ろうとしていた

このまま引き抜いて

最後に、人間の視線はようやくヴィラの胸元に留まった

私たちは最初からずっと間違い続けてる。私はとっくに気付いてた。もういっそ最後まで間違い通せばいい

……

人間は足の傷を忘れて駆け寄った。そしてヴィラの手首を掴み、あの「空虚」を露わにした

…………

立っていられないほど床が激しく揺れ、天井からも土埃がパラパラと落ちてきた

ヴィラは複雑な眼差しをしたまま立っていた

「3つ数えたら、あなたは前へ走って」

人間は何かを察し、彼女を掴もうと手を伸ばした――

だがヴィラは再び武器を振り上げ、ふたりを繋ぐロープを断ち切った

「ロープは切れた」

……そういうことよ

人間は思い切り手を伸ばしたが、掴めたのは空気だけだった

ヴィラは槍の先でふたりの負傷者を足場の外へと押しやると、ひとりその場に留まり、静かに昇格者の「降誕」を待った

この時になってようやく、人間はハッと気付いた。ヴィラとの過去は、小さくとも熱く燃える灯火のようだったことに。それは、強く握れば消えてしまう