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All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER10-12 成長媒体

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……都市の高濃度汚染区域に入ってから、この2体の実験対象は3時間以上耐えたのね?

悪くないわ。今回の実験対象者たちの中では、今のところ最高の結果よ

モンツァノは、戦死した構造体のデータチップから回収された戦闘記録を眺め、満足そうな声を上げた

このペースなら、次の機体はより広範囲の戦闘に投入できるようになるでしょう

戦闘で収集したデータが、更に内蔵型遮蔽システムの改良にフィードバックされるわけですから……

ふたりは先ほどの作戦の成果について、淡々と話していた。まるで戦力の損失など、取るに足らないことのように

一時的な勝利に目をくらませてはダメよ……

夫人は端末から顔を上げ、いつものように諫めた

……意識伝送は、成功への更なる重要な一手ですものね

叔母が言わんとすることを理解していた彼女は、簡潔な答えで回りくどい話を遮った

あなたに苛立つ資格なんてないわよ、エレノア。結局、これは全てあなたのためなんだから

……

どんなものも進化する。パニシングも例外じゃないわ

たとえ私たちが、高濃度パニシング環境で長時間稼働できる機体を開発できても、それを凌駕する強力な侵蝕が発生すれば、これまでの努力は全て水の泡になる

……私たちの意識そのものさえもね

私の愛する姪であり、貴重な第1号実験体を無為に犠牲にするなんて、私には耐えられないわ

彼女は、自身の威厳に心から満足していた

もし人類が本当に永遠の命に触れられるとしたら、叔母様こそ、神から火を盗む者。私は、神へと至る道の踏み石になれればそれで満足ですから

言いたいことがあるなら、はっきり仰い。考えがあるのに黙っているのは、私に対する最大の反逆よ

リリスは、いつものように卑下することで、モンツァノの威圧的な態度をやりすごそうとしたが、あっさり見破られてしまった

実は、今回の作戦で……意識伝送技術が成立する兆しを目の当たりにしたのです

彼女はゆっくりと掌を開き、手に握っていた3つ目のデータチップをモンツァノに示した

Mako-3はハードウェア接続を介して、自身の意識の一部を別の構造体の残骸へ転送し、短時間ながらもそれを覚醒させることに成功しました

ハードウェア接続で?そんな手法、実験室で再現できる程度のものじゃないの

夫人は不満そうにリリスを見た

つまり、問題の根本原因は伝達媒体にあります。現在の無線による伝送方法では、意識海内の全ての情報を完全な形で中枢へアップロードすることができません

それなら……別の媒体を利用して伝送すればよいのでは?

その言葉は、お伺いを立てているようだった。リリスはあくまでも提案という形で、巧みに会話の流れを誘導していく

媒体とは?

パニシングですわ。持続時間は内蔵型遮蔽システムの精度に左右されますが、叔母様の機体はパニシングの侵入に耐えることができます

パニシングは情報の運び手でもある。それに、高濃度汚染区域であれば、それこそどこにでも存在しています

リリスは、小さなヒントを提示した。彼女はわかっていた――予備の実験体さえ十分に用意されていれば、叔母はどんな犠牲も厭わないということを

モンツァノはこの研究で自身の正しさを証明しなければならない。彼女は黒野に敗北するわけにはいかなかった

つまり、高濃度環境下で、構造体と予備機体を用いた短距離意識転移実験を行うということ?

ええ、まさにその通りです

より多くのサンプルを高濃度のパニシング環境に晒すことが、昇格ネットワークの降臨を促す。リリスは、叔母のために「成功に見せかけた事故」を作ることを厭わない

あなたがどうやってゲームを支配してきたか、まだ覚えているかしら……

夫人は気付かれぬほどの薄い笑みを浮かべ、唐突に新たな話題を切り出した

それはもう過去のことですわ

世界の姿が変わろうとも……叔母様を支えることが、今の私の存在価値ですもの

賭け金のロジックに従って動く――それが、リリスの勝利の法則だった

つまり……常識を打ち破るあなたの突飛な発想こそ、全てのプレイヤーの思考を見抜ける理由なのよ

あなたがその才能を脳から捨て去らなかったことに、私は満足しているわ

叔母様の事業は人類の進化そのものです……私がその偉大な思考の手助けになるのなら、これほど光栄なことはありませんわ

リリスは、今でもカジノでの過去の思い出に浸っているかのように、無邪気な笑みを浮かべて賛辞に応えた

彼女は両手でデータチップを捧げた。瞳には、微かな興奮の光が宿っている

このMako-3が残した戦闘データは、ひとまずアーカイブしておきましょう

夫人はリリスからチップを受け取り、それを中枢のスロットに挿入した

そこには、すでに数千名の「志願者」たちが戦死後に残した断片的な記憶や、機体の戦闘データが蓄積されていた

空中庭園への愛着、地球奪還の憧憬、取るに足らない喜怒哀楽の感情まで……全てが、小さなチップの中に凝縮されている

ただ、新たに加わったこの1枚には、不吉な情報が刻まれていた。リリスが意識海深部にバックアップしていた数バイトの情報だ

私の記憶が正しければ、叔母様はもうすぐ構造体実験の成果報告を公表なさるんでしたよね?

彼女は雰囲気が和んだこの絶妙なタイミングを捉え、普段なら僭越ともいえる言葉を口にした

この程度じゃ、まだまだ不十分よ

経験豊富なディーラーはすぐに冷静さを取り戻し、的確な判断で応えた

でも確かに、今日は祝うのに格好の日ね……

知ってるでしょうけど、私は空中庭園の娯楽エリアなんかに興味はないわ。むしろ……あの手のゴマ擦りは少し気持ち悪くなるくらいよ

夫人の態度は少し和らいだものの、リリスは彼女の言葉が何を指しているのかわかっていた

聖ロレンゾ――ドミニク記念広場のデッキ下にある娯楽施設。それはかつてロプラトスに頻繁に出入りしていた名士たちによって建設されたものだった

表向きは、グレート·エスケープの際にモンツァノ夫人が果たした貢献を称えるためとされていたが、実際はただ気晴らしの娯楽のために作られただけだ

でも、任務が成功したことだし、今日は私に1杯つき合ってくれるかしら?

あなたのカクテル作りの腕が衰えていないかどうかも確かめたいしね

彼女は軽やかに冗談を交えながら、珍しく高飛車な態度を少しだけ和らげた

リリスはスッと前に出て、無邪気な子供のように叔母の腕に自分の腕を絡ませた

ご安心を。昔のレシピもちゃんと覚えていますわ!

ふたりは出口へ向かいながら、作戦と実験の合間の貴重な休息を楽しんでいた

リリスの脳裏に、初めて空中庭園の全貌を目にした日のことが浮かんだ

巨大な外殻は、苛烈な宇宙放射線や隕石の衝突にも耐え得る強度を誇り、内部で暮らす住民のための難攻不落のシェルターとなっている

だが、堅牢と閉鎖はほぼイコールだ。あらゆるものへの貪欲な繁殖を渇望する者にとって、密閉された空間は最適な培養皿となった

培養皿、実験サンプル、細菌群、どれが欠けても成りたたない

夫人と令嬢は、娯楽施設へ続くエレベーターに乗り込んだ

誰も気付かなかったようだが、艦内ネットワークと直結したデータ中枢に、ひと筋の不気味な赤い光がひっそりと瞬いていた