Story Reader / 叙事余録 / ER09 昏曙の学影 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER09-15 最良の選択肢

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構造体?

ああ、スカラベが送ってきた情報によると、実験の対象となったのはこのユウカという構造体の少女だ

数分前、八咫が設置した通信アンカーが無事に空中庭園との通信を復旧させ、任務状況をリアルタイムで空中庭園へ送信した

基準に満たない経費項目がふたつ登録されている。巨大な信号増幅装置と、コードのない臨床手術だ

脳科学研究所

アジサイ島科学研究エリア

11月初旬 早朝 晴天

私が理事会を開いている間にトラブルを起こすとは、あなたもずいぶんと出世したものね

大変申し訳ありません。ですが、今回の実験は必ず成功させてみせます!

科学理事会が完全に介入する前に成果を出せば……学術界も我々の努力を認めるはずです

ユウカの体はもう限界なんじゃない?

私の失態です……ですが、解決策を見つけました

以前、学界で行われた人体改造の研究がありました。すでに初期段階の進展があり……

構造体改造手術のこと?

そうです

その手術の話をするなら、成功率も知っているのね?

確かに成功率は低い手術です……しかし、実験を推し進めるための唯一の方法です

ご存知の通り、構造体は常人を遥かに上回る身体機能だけでなく、先進的な意識構造も備えています

レイカはユキヒラの発言に返事をせず、ただ無表情で手元の記録をめくり続けていた

1ページ、また1ページと、長い沈黙の中で旧式の紙の記録帳のページをパラパラめくる音だけが響いていた

研究記録をご覧になるつもりでしたら、実験室の方にあるのでそちらをご覧ください。そちらはユウカさんのカルテですから

あのね、私はカルテが見たいのよ

意識投射は、意識リンクの一部門として、研究当初から構造体の意識構造に基づいて展開されてきた

空中庭園の予算基準とは一致していないが、前提条件やプロジェクトの他の支出から判断するに……臨床手術とは、大方構造体改造手術のことだろう

なぜ最初から改造を行わなかったんだ?

手術の成功率が低すぎたのが主な原因だろうな

ここにある資料を見る限り、早乙女レイカの手元にはなかったんだろう、十分な……

アシモフの瞳にほんの一瞬、嫌悪感がよぎった

「実験材料」が

ふたりは思わず目を合わせた

だが、これはここにある実験情報に基づいた俺の推測にすぎない。八咫からの情報によれば、ユウカは早乙女レイカの養女だそうだ

恐らくその関係性のせいで、改造の進捗が遅れているのだろう

二コラはいいとも悪いとも言わず、テーブルをコツコツと叩いていた

では、今の焦点はなぜ何十年も経って、このユウカが突然目を覚ましたのかということだな

誰だ!出てこい!

ごきげんよう、可愛い構造体のお嬢さん

暗闇の中の人物はスカートを持ち上げ、優雅に一礼した

お前か、コレドールッ!

八咫は抱えていたシヴァを背後の機械アームに預け、警戒しながら拳を構えた

そう警戒なさらずに。あなたの相手は私ではありません

アンタ、ユウカに何しやがった!?

彼女に「心臓」を与えました。赤潮の力を使って、ですが

彼女の体は最初から不完全でした。いくら試しても目を覚ますことはなかった。ですが、彼女の意識海には美しい物語が……

コレドールの言葉は、突然放たれた数発のパルス弾によって遮られた

V!

生きてたなら何よりよ。戦闘に集中して

八咫、彼女と再会することが、あなたの望みではなかったのですか?

ほざけッ!ユウカをあんな姿にしておいて、自分は恩人だとでも言うつもり!?

本当に残念です……彼女は再会を望んでいたかもしれないのに

この物語の結末を見届けたいところですが、私にはもっと大事な用がありますので……

これにて。またお会いしましょう

コレドールは微笑みながら暗闇に消え、ガランとした廊下には再びスカラベの隊員たちが残された

V、シヴァを頼むよ。ユウカはまだ意識投射を続けてる。このままじゃ誰も目を覚ませない

あなたの意識海もかなり不安定よ

ユウカと私には共通した過去がある。影響を受けているのもそのせいだ……でも、対抗する方法はわかってる

今、あなたの意識海を少し調整した。シヴァを安定させたら、すぐそっちに向かう

……わかった

八咫はそれ以上何も言わず、身を翻して暗闇に消えた

脳科学研究所

アジサイ島科学研究エリア

12月 早朝 晴天

改造の結果はどう?

成功です……半分は

ユウカさんの心臓があまりにも弱々しいので、改造中、一時的に外部のエネルギー供給装置を接続したのですが、改造終了後もそれを外せなくなってしまいました

ですが、この外部エネルギー供給装置に問題が起こらない限り、ユウカさんは正常に活動できます

ユウカさんは以前より更に優れた意識構造を得ました。これで、実験はすぐに成功するでしょう……

ユキヒラの発言に興味を失ったように、レイカは真っ直ぐラボへ向かった

金属の光沢を放つ実験台の上には、人形のように精巧で、生気のない少女が横たわっていた

まるで拷問装置のような供給ケーブルが何本も少女の背中に接続され、彼女のか弱い命を辛うじて支えていた

せ……先生?

彼女の蒼白な顔に一瞬病的な赤みが差し、彼女は身を起こそうともがいた

どうしてここに?

横になっていなさい

レイカ自身も気付いていなかったが、彼女の口調は無意識に優しげなものに変わっていた

レイカはそう言いながらユウカの背中を支え、ゆっくりと彼女の体を寝かせた

体の具合はどう?

もう……弱い心臓のことを心配せずに済むのね

少しためらいながら、ユウカは青白い顔で微笑みを浮かべた

……

ユウカの笑顔に向き合いたくないのか、レイカはふっと顔を背けた

「弱い心臓」の代わりとなったのは、何本もの冷たく無機質なエネルギー供給ケーブルだ

レイカの前では、ユウカはいつも無理をしている。あの青白い笑顔がその証拠だ

先生、どうしたの?私、何か間違えた?

焦ったように次々と問いかけられ、ぼんやりしていたレイカは我に返った

そうじゃないのよ、ユウカ。私はただ……

先生……見て

彼女はそう言いながら、一輪の花をレイカに差し出した。手に取って初めて、レイカはそれが紙の花だと気付いた

それ……私が折ったの。アジサイよ。上手くできてるかな?

青い花びらには繊細な模様が精巧に刻まれており、本物のアジサイとほとんど見分けがつかないほどだった

もし、やや硬い紙の質感を感じなければ、レイカは季節が初夏に戻ったように錯覚しただろう

私は体が弱いせいで、何をしても上手くいかなかった

でも、実験に参加できて……こんな私でも、先生のために何かできるって思ったの

ずっと島のアジサイが好きだったけど……花は9月には散ってしまうでしょ

時々、「永遠に咲いていてくれたらいいのに」って思ってた

だから、紙の花を作って……先生に贈ろうと思ったの

アジサイが咲かない季節でも、この花なら先生の側でいつも咲いているから

ユウカの声は弱々しかったが、その声には執念と決意が感じられた

掌の上の紙の花を見て、レイカは何か言おうとしたが、その言葉は唇の縁で止まった

レイカの胸の奥から何かがこみ上げ、彼女はふと焦燥感を覚えた。それは、レイカが嫌っている感情だったからだ

研究者なら誰でもこの感情を嫌う。未知とは制御不能やトラブルを意味するからだ。レイカはギュッと目を閉じた

目を閉じると、全人類の意識がひとつに繋がる壮大な光景が目の前に浮かんだ。レイカの心は一瞬安らいだものの、すぐにまた緊張で締めつけられた

その壮大な光景の片隅に、無力に体をすくませている少女がいたからだ

先生……?

レイカはユウカの怯えたようなか細い声に目を開け、無言のまま少女をじっとみつめた

……ユウカ、この実験をやめたい?

えっ?先生……どうしてそんなこと……

彼女は信じられないという表情で大きく目をみはった

その会話を聞いていたユキヒラも慌てて詰め寄った

何を仰るんです。実験はもうここまで進んでいるんですよ!

ユキヒラの大声にレイカは少し我に返ったが、胸の中の焦燥感は更に膨れ上がった

私の専門分野を疑うの?

いえ、滅相もありません……そういうわけでは。しかし……

ユキヒラは一瞬言葉を失ったが、それより先にユウカがレイカの袖をグッと掴んだ

先生……私、何か間違えたの?私の体はもう改造されて構造体になってる。絶対にできるよ、だから、先生……

涙が突然溢れ出し、ユウカの口調はほとんど哀願だった

…………あなたは何も間違えていないわ、ユウカ

ただ、あなたの状態はとても悪いの。このまま実験を続けても成功するかどうかわからないし、その実験に価値があるかすらもわからない

実験を続けるのはベストな選択ではないわ

でも、これは先生の学説を証明できる唯一の選択肢なのに

唯一の選択肢なら、それが最良のはずでしょう?

……

レイカの視線は袖から少女の顔へと移った

ユウカの頑なな視線にレイカの感情は次第に鎮静化し、理性が再び主導権を取り戻した

先生……

ユウカは何か言いたそうだったが、レイカはふいに手を伸ばし、彼女の頭を優しくなでた

ユウカ……

死んでは駄目、生き延びるのよ

……うん!わかったわ、先生!

レイカは背を向けると、ユキヒラを連れて部屋を出て、監視室へ戻った

実験を続けましょう。実験範囲を校区全体に拡大するわ

校区全体に、ですか?

ユキヒラは少し驚いた。先ほどまでの慎重すぎるレイカとは真逆の大胆さに、心配になったのだ

構造体になった以上、進行を早めて、可能な限り予期せぬ事態を防ぎましょう

レイカはマイクをオンにして数度叩き、真剣な口調で注意深く話した

ユウカ、もう一度言うわ。限界だと思ったら、すぐに自分で意識投射を切断するのよ

大丈夫、私できるよ、先生

ラボ内から弱々しい声が聞こえた

……いいわ、実験を始めましょう

これより、第3回意識投射実験を行います

脳波捕捉中、各ノード意識信号の位置特定が完了……伝送を開始します

研究員2

活性化成功。同期を開始します……現在同期中……

制御台周辺が慌ただしくなる中、ひとりの研究員が窓辺に立ち、外の景色に釘付けになっていた

待ってください、遠くの通りにいるロボットが何か……

おい、実験に集中しろ、早く戻れ!

でも、何かおかしいんです……

ユキヒラの背後にある研究所のホールから、他の研究員たちの悲鳴が次々と響き渡った

大量の自律型ロボットが制御不能になり、現場のスタッフに対して無差別攻撃を始めたのだ

早乙女レイカは驚愕しながらラボの中で全身を痙攣させているユウカを見つめた

どうなってるの!?

何が起きてるんだ!?警備は!警備はどうした!?早くこの暴走してるやつらを止めろ!

ユキヒラの怒鳴り声が響く中、レイカは目の前のスクリーンや計器に、微かな変化が現れていることに気付いた

機械が制御不能に……悪質プログラム?

レイカが振り返ると、研究所のホールでは次々と人が倒れ、残っているのは防護服を着た人間だけだった

違う……機械だけじゃない。人間にまで影響が……

ユウカ、今すぐ意識投射をやめて!

ある推論を立てたレイカは、急いでマイクをオンにした

しかし返ってきたのは、急激に上昇する同期率と、カチカチと鳴り続ける計器音だけだった

ユウカ?返事をして、ユウカ!

意識投射を中止しなさい!今すぐに!

ラボ内のユウカは何も聞こえないのか、痙攣し続けている

それを見たレイカはマイクを放り投げ、ラボの扉に向かおうとしたが、傍らにいた人物がそれを制止した

早乙女博士!何をなさるおつもりです!

機械設備は制御不能よ。投射実験を遠隔命令で停止できないなら、私が中に入って物理的に切断する

もう間に合わない、博士!すぐに避難しなければ!

実験材料の代わりはあっても、博士の代わりはいないんですよ!

ユウカの代わりだっていない!

レイカが振り返って怒鳴りつけると、ユキヒラは一瞬言葉を失った

レイカは自分の失態に気付き、深く息を吸って、素早く冷静さを取り戻した

……現在の投射実験において適性が最も高い志願者のユウカは、代わりの利かない特別な存在なのよ

あの子はこのプロジェクトにはとても重要なの!

……

ユキヒラは返事をせず、レイカの向こうを見つめた

申し訳ありません!頭目、博士、遅くなりました

ちょうどよかったわ。ラボの扉を手動で開けて……

レイカが指示を言い終わる前に、ユキヒラに目線で合図された警備員は、レイカを気絶させた

銃をこちらに渡せ。博士は連れていけ。意識投射メインコンピュータのエネルギー供給を切断しない限り、誰もここから出られないぞ

警備員は頷いて銃を手渡し、レイカを担ぎ上げて足早にその場を去った

ユキヒラは供給ケーブルの安全弁を次々と撃った。そして、痙攣し続けるユウカを一瞥し、ほんの一瞬だけ目に哀れみの色を浮かべた

彼は異変が起きた操作台で、形式的に実験体保護のための強制休眠コマンドを入力し、指令が正しく実行されたか確認すらせず、急いで監視室を後にした

博士の顔を立てたぞ。やれることは全部やった。生き延びられなかったら自分の運命を恨め、ユウカ

ラボの内部では、供給ケーブルの信号灯が次々と消え、大量の冷却ガスが周囲の装置から噴き出していた

ユウカは実験台に静かに横たわり、目元からは赤い血の筋が溢れ出していた。この時彼女が目にしていた光景は……

コンピュータによってシミュレーションされた意識の海だった。大量の負の感情に満ちた意識が広がり続けている

周囲の全てが血色に染まり、何もかもが制御不能状態に陥っていた

その瞬間、彼女は自分の視界が海の果てにたどり着いたことに気付いた

どんなに遠く離れた光点でも触れることができ、リンクすることができた

皮肉なことに、これは機械が意識の海を侵蝕したことで、彼女に与えられた力だった……

八咫ちゃん……

ユウカがふと彼女のことを考えた時、光点の中から八咫の意識を見つけた

彼女はその光点に触れ、全身の僅かに残った理性を振り絞って言葉を伝えた

島中のロボットが暴走してる……

逃げて、八咫ちゃん!

グラウンド

御園学院高等学校

12月 早朝 晴天

グラウンドで準備運動をしていた八咫は、突然激しい頭痛に襲われた

その場に倒れ込んだ八咫は、脳内で響く声を聞いた

ユウカの声だ……

なんで頭の中で聞こえるの?

幻聴?ロボットが暴走したとか言ってたけど、まさか……

八咫は考える間もなく、すぐに教室棟の屋上へと駆け上がり、屋上から遠くを見渡した

港湾エリアの街道では、群れをなしたロボットたちが学校に向かって突き進んでいた

更に内陸の科学研究エリアに目を向けると、一部の哨兵ロボットがすでに校区の立ち入り禁止エリアを突破していた

畜生!ポンコツ機械どもが暴走してる!

八咫はすぐさま校長室へと駆け込み、校内のスタッフに状況を説明した

しかし、普段の素行が悪い「不良」である八咫の話をまともに取り合う人はいなかった

働いているスタッフたちは自分の作業を続け、八咫の存在を無視し続けた

相手にされなかった八咫は、今度は生徒会室へ駆け込んだ

そこでは相手にはされたものの、状況を説明した途端、「おふざけ」に来たと思われ、追い出されてしまった

打つ手がなくなった八咫は、自分で武装することを決め、体育館に行って武器を探すことにした

その途中、八咫は偶然体育館の倉庫で、大迫マサオに出くわした

よう、半グレ風紀委員、また文句つけに来たのかよ?

マサオか、今はアンタに構ってる場合じゃないの、こっちは大変なんだ

八咫はマサオを無視して、慌ただしく道具を物色し始めた

ナメてんじゃねェぞ、八咫!俺サマにそんな態度取るなんて、いい度胸じゃねェか

何があったのか言えよ。お前がここまで慌ててるってこたァ、ただ事じゃねえんだろ?

海の方から何か近付いてる。ロボット軍団が学校に攻めてこようとしてるんだ

ハッ、まあいいや、何を言ったって、どうせ信じないでしょ

……

今の話、ガチかよ?八咫

ガチよ

ロボット軍団か……

簡単には倒せそうにねえな、なんつってもやつらは鉄製だ

でもよ、俺の大迫組とお前の陸上部を合わせれば、戦えるんじゃねえか?

アンタ……私の話、信じるの?

冗談こいてるツラしてねえしな

正直言うと、親父が死んでから色々考えたんだ……この島は、何か普通じゃねえ気がすんだよ

だから、今更何が起きてたって驚きゃしねーよ

マサオ……

マサオは背後からゆっくりと布で包まれたものを取り出した

親父の形見の科学刀だ。前に見たことあんだろ?

赤い方が「断虹」、青い方が「雪澤」だ。銘っつーんだ、覚えときな

単分子振動刀……これならあのクソ機械どもをぶった斬れる?

ったりめェだろ!親父の最高自信作だぞ

いいか、八咫。これがあれば、お前の前にバケモンが立ちはだかったとしても、キレーに半分にバッサリだ

刀を全部私に渡して、アンタはどうすんの?

こんな重い刀、俺には合わねえよ。バットの方が手に馴染んでんだ

八咫は半信半疑のまま「断虹」と「雪澤」を受け取り、急いで陸上部員たちのところへ向かった

陸上部員たちは八咫に絶大な信頼を寄せているため、迷うことなくすぐに一緒に行動を開始した

一方、マサオは「大迫組」を率いて、学校の校門にひと足早く駆けつけた

同時に、大勢の侵蝕体が易々と学院の警備詰所を突破していた

御園学院防衛戦が始まった――

最初、八咫は正門で侵蝕体の侵入を食い止めようと考えた

しかし、すぐに機械と人間では戦闘能力の差があまりにも大きいと気付いた

やむを得ず八咫は教室棟へ撤退し、防御を固めることにした。他の人たちも恐怖のあまり外に出られずにいた

しかしそれも一時で、ロボットたちはすぐに校舎内に侵入してきた

キャアアッ!一体何なの、あれ!

助けて!誰か!

2体の侵蝕体が転倒した女子生徒を取り囲んだ

侵蝕体の狂暴な赤い瞳がふたりを見下ろし、鋭い機械の刃が振り上げられた

次の瞬間、ふた筋の閃光が走り、女子生徒たちの表情は恐怖から放心状態に変わった

侵蝕体は赤い閃光によって両断されており、侵蝕体の残った半身の後ろに八咫が立っていた

ふたりとも、大丈夫?

だ……大丈夫

体育館か講堂に向かって。あそこの扉は特別製だから

そう言い残し、八咫は階段へと駆け出した。踊り場で侵蝕体を2体切り捨て、更に上の階へ向かった

八咫は単分子振動刀「断虹」を振り回し続け、時折手や足も使って敵を倒していった

少し疲れが出てきたが、それでも八咫は多くの人々を救出した。しかし、とうとう自分が包囲されてしまった

廊下の中央で前後左右をグルリと敵に囲まれた八咫は、刀を横に構えて戦いに備えるしかなかった

ここまで来たら、もう仕方ない

手にした単分子振動刀「断虹」を見つめ、八咫はため息をついた

ここまでバケモンを斬りまくったんだ、まだ希望はある

目の前に飛びかかってきた侵蝕体たちからサッと身を躱し、その内の1体を斬り伏せた

同時に他の侵蝕体も動き始め、八咫は更に迫ってくる敵に斬りかかった

鋭い音が響き……刀が折れてしまった

断虹……断ち切られちゃったか……

その時、八咫の背後にいた侵蝕体が襲いかかってきた。だが雪澤がなかなか鞘から抜けない

彼女は確信した。次に斬られるのは、敵ではない――

――間違いなく自分だ

向き直って反撃するには遅すぎた。それでも八咫はなんとか振り向こうとした……もう間に合わない

???

ここまで戦ったんだ、大したモンだよ

???

どんなに強い武器だって折れることはあるし、人間の体なんてなおさら弱点だらけだ

犠牲になる覚悟がない限り、基本的な戦いすらできない

戦闘意欲なら、今の私よりアンタの方が上だって

八咫

アンタって、ホントいいタイミングで来るよね

そっちの状況はどんな感じ?

???

まあまあってとこ。ここからは私も一緒に戦う

八咫

ラジャ、じゃあ行くよ!

???

ちょっと訊きたいんだけど、アンタはどうして進んで皆を守ろうとするの?

八咫

え、だって、もともとお節介好きじゃん?命を賭けることになっても、敵に屈するとかありえないっしょ!

もしかしてそのこと、忘れてんの?

未来の私って、何事も冷めた目で見るつまんない大人になってんの?

八咫

初心すら忘れてるようじゃ、私はアンタみたいにはなりたくないなあ!

???

……違う、忘れてない。ただ、皆をしっかり守れるか心配なんだ

その責任のプレッシャーが、いつも私の心にのしかかってる……

八咫

責任を引き受けなかったら後悔すらできないっての!

???

……

八咫

そうよ、確かに諦めたらその時は楽にはなるだろうけど……

困難は放りっぱかよ。そうやって、自分の運命にみすみす負けるっていうの?

???

人生の課題は、逃げたって消えるもんじゃない……私はずっと「卒業」できてないんだ

八咫

どうせ何をしたって後悔するんなら戦ってみればいいじゃん

八咫

やってみなきゃわかんないでしょ、失敗がなんだよ!

???

失敗したっていい?

八咫

悔いのないよう全力を尽くす。自分に恥じないように

八咫

戦う理由を忘れたら、私を見なよ

???

わかった

???

前は私に任せて!

いつの間にか、八咫が手にしていた刀はふた振りに変わっていた

その理由は、人間の記憶というものが曖昧だからかもしれない

時に、人は過去の出来事を混同してしまうことがある。それが幻覚の中であったとしても……

八咫は真実の光景を見ていたが、その中にすら自ら忘れようとしたことも含まれていた