鬱蒼とした森の中を、夜風がひゅうひゅうと吹き抜けていた
八咫は時折背後の状況を確認しつつ、シヴァを連れ去った構造体を追った
やっと撒いた。Vとシュエットは大丈夫かな……
彼女は腰ほどの高さの雑草を掻き分けてしゃがみこむと、両目を閉じて聴覚モジュールをフル稼働させる
すぐに微かな物音を捉えた
北西方向……やっぱ学校か
今追いかければ、まだイケる
八咫が立ち上がろうとした瞬間、奇妙な電流が彼女の意識海を突き抜けた
聴覚モジュールを通じて入り込んできたのは、どうやら歌のようだ……
その温かく澄みきった歌声は、儚く幻想的だった
――仰げば尊し、わが師の恩
――教えの庭にも、はや幾年
八咫の耳にはっきりと何かが聞こえた……
周囲の闇夜が消え、代わりに暖かな夕暮れが広がった
気がつくと、八咫は御園学院の制服を着ており、整列して集合写真を撮る生徒たちの中にいた
八咫、私たち、ずっと八咫が戻ってくるの待ってたんだよ
そうだよ、八咫。何年もどこに行ってたの?
まさか皆のこと、忘れてないよね?
無数の手が彼女の背後から伸びて、八咫のシャツや髪を引っ張り始める
八咫が猛然と振り向くと、そこにあったのは腐敗した遺骸と頭骨だった
窪んだ眼窩の奥から伸びたアジサイが咲いている――
八咫も私たちの一部になって!
クソッ――!
八咫は拳を地面に叩きつけ、頭の中にへばりつくどろどろした感情を追い払った
再び目を開けた時、八咫の意識は現実に戻っていた
周囲には相変わらず闇夜と静寂の森がどこまでも広がっている
幻覚が……いつの間に入り込まれた?
ナメんな、私の意識海はそんなにヤワじゃないんだ
パニシングだろうが亡霊だろうが、必ず見つけ出してやる
冷たい月光が八咫の肩に降り注ぐ。彼女は服の埃を払うと、再び走り出した
ようやく森を抜けると、荒れ果てた墓のような死者の学園が彼女の前に現れた
数十年の時を経て、この尊大な私立学校は人々に忘れ去られた廃墟と化していた
中に逃げ込んだか……
八咫は教室棟の側面の小さな扉が開いているのを見た
誘い込むための餌ってミエミエ……罠にしちゃ捻りが足りないんだよ
指揮官から離れると、幻覚の影響が強くなってる
これ、偶然っていえる?……数十年も経って、またここに戻ってくるなんて
校門と中庭を通り抜け、八咫は開け放たれた教室棟の扉の前に立った
シヴァ、必ず見つけるから死ぬなよ
それまでこらえといて
ついに八咫は、かつて自分に無数の悪夢を見せた教室棟へと足を踏み入れた
昔日の歌はやむことなく、秘密の片隅に逃げ込んだ
八咫にはわからない場所で、孤独に歌い続けている
長い時を超えて……
温かく、澄みきって、儚く幻想的だった