Story Reader / 叙事余録 / ER08 追憶のピリオド / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER08-19 夜明け前

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なんとか避難したあと、人々は臨時拠点に集まった

精鋭小隊の方でも突破が難しいらしく、支援はまだ来ない。しばらくここから離れられそうにないな

まるで巣から飛び出てきた蜂の群れだな。重篤汚染区域以外でこんな大規模な侵蝕体の群れは見たことがない、かなり厄介だぞ

本当に重篤汚染区域から来たんだ。空中庭園から情報が入った

前向きに考えよう。これだけの人数を連れてここまで来れただけでも、かなり幸運だ

手持ちの使える装備を用意しておけ。夜明けまでに精鋭小隊が侵蝕体の群れを突破できなければ、俺たちも厳しい戦闘になる

最悪、皆で電磁パルス爆弾を抱えて侵蝕体に突っ込んでやりゃ、どこかしらに突破口が開くだろうさ

この無謀な考えに異議を唱える者はいなかった。シュトロールは身につけていた通信機を指差した

その時になっても通信だけは忘れず維持しておけよ

その場にいた構造体たちは返事をした。たった1日で、こんな大して意味のない「気休め」の言葉すら二度と聞けなくなってしまった仲間もいる

バンジの具合はどうだ?他にも人はいるんだ、後頭部に怪我を負ったままで働く哀れな医者と交代くらいしてやれよ

シュトロールは自分の腕を少し持ち上げた。表面の亀裂が入った部分は簡単な処置をされている。周りの構造体たちを見回すと、皆もバンジの処置を受け終わっていた

今もバンジは後方の難民たちの中で忙しそうにしており、休むつもりはなさそうだ

問題ないだろう、カムイがついてる

こういう時でもカムイだけは普段と変わらない、ハハ

こっちは不安だらけだが、彼はこの手の戦場には慣れているようだな

トンプソンが手首を叩くと、損傷した投影装置がぼんやりと少年の写真を映し出した。しかしそれも長くは続かず、小さな火花を飛び散らせて完全に沈黙してしまった

シュトロールも視覚モジュールのピントをトンプソンの投影から戻した

シュトロール、改造する前は何をしていたんだ?

警察だ

えっ?

俺は最初に改造を受けたグループで、その時の年齢もそう若くはなかった……おい?まさか「警察」って言葉を知らない訳じゃないよな?

いや、そうじゃない……前にユアンが君は警察じゃないかって予想してたんだ、まさか本当にそうだったとは

俺の顔いっぱいに「安心感」って書いてあるからな。わかるやつにはわかるんだよ

まさか。「電磁パルス爆弾を抱えて侵蝕体全爆破」なんて考えを起こすやつだぞ……

トンプソンは何かを思い出したのか、にこやかだった表情を曇らせた

……ユアンが君のやり方を真似するとはな

俺の真似は勧めない。俺は善人には見えない外見で、確かに善人でもないが、ただ時々……時々、自分が生まれついてのボディーガードなんじゃないかと思う時がある

トンプソンはシュトロールの胸に新たに増えたいくつかの認識票に目を走らせた。それは今回の任務で犠牲になった構造体兵士のものだ。ユアンの名前を刻んだものもあった

しかし、見えたのはほんの一瞬で――シュトロールはすぐに認識票を手で覆い、それ以上見せないようにした

全員、避難所の周囲で警戒するように他の小隊に連絡しろ。今日みたいに侵蝕体が一斉に襲ってくるような事態が起こらないよう、用心は必要だ

シュトロールは廃墟に立ち、少し離れた場所で子供たちの前に屈み込んでいるバンジと、その隣で物を手渡しているカムイを眺めた

クソったれのパニシングめ……もう誰も死ぬなよ

バンジは今までで最も暗い夜を迎えた

空は星ひとつなく、照明が臨時拠点の各所にポツンポツンと光っているだけだった

浄化塔からは遠く、薬品も不足し、支援はまだ来ない。難民たちは病気の蔓延で命の危機に瀕している

……ごめん

免疫血清はあとどのくらい残ってる?

全部なくなったよ、ナタリー先生の方もね。どうしようか……

難民だけじゃなく、ボランティア隊にも重傷者が出ている。私たちは、目の前で彼らが死んでいくのをただ見ていることしかできないんだろうか……

若い志願医師は怯えながらそう答えた

……

「求められれば必ず応じる願望機」もそう簡単に血清を出せるワケじゃないんだ。願望カードを集めないとな

な、何だって?

カムイ?

あの子はもう3枚も集めた。俺は「医者のお兄ちゃん」の言いつけ通り、キャンディをあげたよ

それから……ほら、バンジ。お前が探してたハサミ。一度消毒しといた方がいい

……ありがとう

カムイはバンジにハサミをポイと渡し、志願医師と肩を組んだ。構造体の重さに志願医師はよろめいた

まさか物資の中にキャンディがあるなんてさ。もしかしたら、俺たちがまだ見つけてない血清があるかもよ?一緒に探しに行こうぜ、ほらほらさっさと歩いて……

ちょ、ちょっと……

カムイが怯える志願医師を連れ去ったので、バンジはホッと息をついた。そして地面に座り直すと、まだ比較的清潔な金属の上で縫合用の針とハサミを準備した

ゲホッゲホッ!

お医者さんのお兄ちゃん、私も病気になったの?

そんなことないよ。ちょっと急いで歩いたせいで、少し風邪を引いただけだ

ねぇ、僕の傷はどうなったの?あんなに深くて、さっきまですごく痛かったのに、今は何も感じないんだ

男の子の腕の包帯は真っ赤に染まり、下の肉はすでにパニシングによって腐乱しかけている。バンジが傷口を縫合しようとしたが、すでに手遅れだった

もう痛くないよ、痛み止めを使ったからね

痛み止め……ネイサンお兄ちゃんも、痛み止めはいいものだって言ってた

ネイサンお兄ちゃんは大丈夫?

子供たちは少し離れた隅を見た。ネイサンの体の下には志願医師が脱いだ白衣が敷かれていたが、白衣は完全に血に染まっていた

ネイサンは眠っている。恐らく二度と目を覚まさないだろう

ネイサンは眠ってるよ、明日の朝には起きると思う

ネイサンお兄ちゃんは、私を守ってあんな風になっちゃったんだ

僕が悪いんだ……侵蝕体を見た時に、みんな怖がっちゃって。ネイサンお兄ちゃんだけが僕たちを引っ張ってくれた。僕がもっと早くみんなを連れて走れば……ゲホッゲホッ!

医者のお兄ちゃん……本当は、体全部が痛いんだ……

……

医者はゆっくり手を止め、病と罪悪感に苦しめられている小さな体を見つめた

皆……昼間はよく頑張ったね

誰も間違ってないんだよ

彼はなんとか笑顔を作った

今もまだ空中庭園に行きたい?

僕のところにまだ薬箱がいくつかあるんだ、すごく大事なやつがね。大事な時にしか使わないんだけど、君たちが守ってくれたら助かるな

夜が明けたら空中庭園の人たちが僕たちを助けに来てくれるんだ。頑張った子は空中庭園に連れていってもらえるよ

彼はいくつかの薬箱を取り出して揺さぶった。中で薬がカサカサと音を立て、その場にいる皆の注意を惹きつけた

夜明けまで薬を守れた子が、一番頑張った子ってことだ

空中庭園に行けば、青少年育成センターで成長できるし、もっと頑張れば養子にしてくれる優しい家族ができる。世界最先端の知識も学べるし、たくさんの友達が……

彼の声は段々低くなり、感情を喉の奥でぐっと抑え込んだ

……君たちはそこで大人になるんだ

大人になったら、君たちは何だってできる。エンジニアや医者、アーティスト……誰だって、人の役に立つ人間になれる

皆で力を合わせてパニシングに立ち向かい、いつか地球を取り戻す……

……そんな生活をしてみたい?

……きっとしたいよね?

医師は手に持った箱を掲げ、希望をこめて子供たちの目を見た

そんな生活がしたい人は手を上げて

子供たちは次々と手を上げ、彼を見上げた

じゃあ、この薬をしっかり守ってて。皆で見張って、絶対に開けたりしないように、いいね?

わかった!

願いが詰まった空の箱を抱きしめる子供たちにとって、それはエデンにたどり着くための切符であり、長い夜をもう少し耐えるための希望だった

しかし、周囲の大人たちは無気力な目でその医者を見つめ、あっさりとその嘘を見抜いていた。ついさっき、彼は「願望カード」を空の薬箱に入れたのだ

薬箱を揺するとカサカサと音を立て、命を救うための薬が入っているかのように聞こえる

誰も彼を咎めなかった。皆、彼が何をしているのかをわかっている

ただ、ひとりの医師が、患者たちに生きてほしいと願っているにすぎない

もう1時間以上、突破小隊からの連絡がない。彼らが来なかったら、本当に爆弾を投げることになるのか?

まず子供たちを1カ所に集めろ。何かあったら、バンジとカムイで子供たちを連れて先に避難させる。後のことは……夜が明けるまで待とう

緊急通信が再び点灯し、耳障りな警報音が全ての構造体の端末から鳴り響いた

待つ手間が省けたな

構造体

前方に侵蝕体出現!数が多い!戦闘準備を!

シュトロールはすぐさま通信を送り、後方の難民に緊急メッセージを伝えた

カムイ、バンジ!聞こえるか!

俺たちは戦闘を開始する!難民たちをしっかり避難させろ!侵蝕体に遭遇したら一巻の終わりだ!

ギイィ――!

ぐあッ!

トンプソン!!【規制音】、こいつら、何でこんなに速いんだ――気をつけろ、もう侵蝕体がそっちに向かってる!

侵蝕体はトンプソンたち構造体を地面に叩きつけ、金切り声を上げながら人々が密集している方向へ突進していく

俺に任せろ!

カムイは難民の最前列に飛び出し、大剣を構えた。視覚モジュールは、最も近くに迫る侵蝕体をすでに数体ロックオンしている

間に合わない……僕も武器を取ってくる

ギィ!!

なんでこんな速ぇんだよ!ん?後ろにもいるっ!?

侵蝕体が四方から押し寄せる。カムイは大剣を大きく振り回したが、攻撃をすり抜ける侵蝕体もいる

バンジ!そっちに1体行った!

医者のお兄ちゃん!

捕捉した――

パンッ!

銃を手にして戻ってきたバンジは遠くから侵蝕体の「下肢」を撃ち砕き、走り寄って残骸を蹴り飛ばした

……ギィ……バン……

バンジは更に1発撃ち込んだ

今のは、侵蝕体の発声装置……?

バンジ!さっすがぁ!

……聞き間違いか

彼はカムイの背後に立ち、難民拠点に襲いかかろうとする残りの侵蝕体を撃退した

1体、2体……3体……ダメだ、数が多すぎる

頭に痛みがじわじわと広がる。長時間働き詰めだった彼は心身ともに疲れ果てていた

難民たちと協力して侵蝕体を更に1体片付け、彼は頭を押さえて立ち上がった。侵蝕体の残骸の上には構造体の腕が転がっている。バンジの目に悲しみがよぎった

前方で構造体の犠牲者が……

僕が唯一の構造体専門医だ、彼らを探しに行かないと

ワシらはどうなる?

年配者や子供、怪我人は後ろへ。動ける志願医師は引き続き傷病者の救護を。武器を持てる者は前に出て

ひとりの難民が顔を覆って崩れ落ちた

こんな暮らしはウンザリだ!どうしてワシらが侵蝕体とやり合わなきゃならん!?前にいる、あの人間の皮を被った鉄どもにやらせればいいだろう!!

人の皮って何よ!?構造体は改造しただけの人間よ、それを「鉄ども」って!?もし私が命懸けでパニシングと戦う構造体なら、最初にあんたの口を引き裂いてやる!

……

バンジの頭はガンガンと痛んだ

バンジ!トンプソンも負傷した。さっき警報を受け取ったんだ、アッチももう持ちこたえられない!

……

ますます耳鳴りが酷くなる中でバンジは装備を確認し、震える手で銃に弾を込めた

ほら、落ち着いて……ちょっとは落ち着かないと。もし前方の構造体の損傷率があまりに高くなれば、私たちだって長くは持たないわ

医者のお兄ちゃん、また戻ってくるよね……ゲホッゲホッ!

お医者さんのお兄ちゃん、気をつけてね。私たち、いい子にしてるから

…………

バンジッ!

カムイはバンジをグイと引っ張った。いつの間にか侵入してきた侵蝕体が突然立ち上がって攻撃してきたが、カムイが瞬時にそれを撃退した

どうした?顔色がすごく悪いぞ?

大丈夫……進もう

「大丈夫」と言ったものの痛みは激烈で、吐き気を催すほどだ。バンジは頭の中の異物が彼の意識を引き裂こうとしているような異常を感じていた

しかし、目の前にもっと重要なことがある

まずは彼らと前線を守ろう。さもなくば、もっと多くの侵蝕体がここに殺到する……!

僕の構造体メンテナンスキットが役に立つはずだ。カムイ、僕を連れていってくれ!

危ない!フェルバート!

フェルバート

ぐうッ!!

皆、近付くな!彼はもう侵蝕されている!

補助型構造体であるトンプソンはフェルバートの状態を確認して首を振った

私のメンテナンスツールはもう使えないし、足も折れている。構造体専門の名医でも現れない限り、ここで侵蝕体に噛まれて死ぬか、侵蝕体になるしかないな

トンプソンはすでに壊れてしまった手首の投影装置をもう一度叩いたが、何の映像も映し出されなかった

ずっと気になっていたんだが、さっきのはお前の息子か?

ああ、息子はまだ空中庭園にいる。もうかなり大きくなっただろうな。バンジから聞いてないか?

あいつは自分のことすら話さないんだ、お前の話なんてするもんか

シュトロールは暴れ狂う侵蝕体を数体突き刺し、湧き上がる侵蝕体の渦の中へ投げ込んだ。その手には、侵蝕体を一時的に食い止めるための切り札が握られている

今回の侵蝕体の襲撃はどうも妙だ。バンジとカムイが無事だといいが……チッ!またいくつか来やがった、キリがねえ!

こいつを食らわすか……

突然、遠くから飛んできた一発の弾丸が、構造体たちの近くにいた侵蝕体を撃ち抜き、彼らに一瞬の猶予を与えた。続いて飛んできた大剣が地面に突き刺さる

おーい――!!バンジを連れてきたっ!

カムイの護衛の下、バンジは「命を救う」ためのキットを抱え、廃墟を駆け抜けて最も危険な場所へ向かっていく

彼も自分が何を考えているのかわからなかった。もしかしたら、ただこの「殺人者」の両手で、少しでも埋め合わせをしたいのかもしれない

彼はカムイに続いて廃墟から飛び降りた。胸には構造体のメンテナンスキットをしっかりと抱えている