Story Reader / 叙事余録 / ER08 追憶のピリオド / Story

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ER08-17 静かな長い夜

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その夜ふたりは防護服を整え、入念に整備ツールを確認し、次の構造体の整備手術の準備をしていた――バンジが構造体整備部門に転科して、しばらく経っていた

バンジ、ここの仕事にはもう慣れたか?

昨日、小児科の主任が君を見て、小児科にいた時よりも一所懸命やってるようだと話していた。「学生を酷使するな。使い潰す気なら小児科に返せ」とも言われたよ

もう慣れました。僕は少しでも多くサポートがしたいんです。構造体の精密な整備の実技も、教授たちにみっちり指導を受けましたし……教授たちの方がよほど忙しいのに

あまり無理はするな、体が資本だからな。一時の無理で体を壊したら元も子もないぞ

ケイローンはロッカーの扉を閉めた

行こうか、今日は運がいい。軽い手術が2件あるだけだ。患者の傷もそれほどひどくない

あっ、そうだ、教授

バンジは1冊の書類を差し出した

この前、資料整理を手伝った時にわからないことをまとめておいたんです。構造体の意識伝送に関することですが、今日の手術後に少し教えていただけますか……

ケイローンはやや顔をしかめながら、書類を受け取った

資料を整理していた時、君以外に誰もいなかったか?

いませんでした。それが何か?

ケイローンはその書類をロッカーにしまうと鍵をかけた

この資料のことは忘れなさい。誰にも言わないように

そんな顔で見ないでくれ。公金の横領とかいうありふれた話じゃない、心配するな……君がどうやって「偶然」こんなものを探し出したのか、私も驚いている

4番整備台は君に任せた、早く行きなさい――

教授!

助手が慌ただしく扉を開け、新しく発生した状況の説明を始めた

構造体が運び込まれました……彼女は……

今はどういう状態だ?

四肢の損傷が酷く、意識海にも偏移症状が起きています……やはり、直接見られた方がいいかと

助手はどこか言いにくそうに言葉を濁した

楽観的な助手がそんな表情を見せるのは珍しかったが、それを気にする暇もなく、バンジは他の当直のスタッフたちと整備室へ急いだ

またこの手の「特殊構造体」か

「また」……?

ケイローンのため息が聞こえ、彼の背後にいたバンジにも整備台の上にいる構造体が見えた

――!

整備台にはひとりの「少女」が横たわっていた。四肢はほとんど折れ、胸には長い金属パイプが突き刺さっている

彼女はかろうじて目を開き、口から循環液が溢れるのも構わずに、バンジを見つめていた。まるで彼が最後の頼みの綱だといわんばかりだった

う……助けて……ゴホッ……

心配しないで、僕たちが助ける。今から整備設備に接続するよ

医師たちは整備室で慌ただしく作業し、「少女」の機体にさまざまなデータケーブルを接続した

……かつてメルヴィが、彼にこの「特殊な」構造体について語ったことがあった

――彼らの苦痛は想像を絶するものだけど、彼らを「創造」した人たちはそんなことは気にしていない

――彼らは悲劇の「成果」なのよ

……

……吸引器を

バンジは構造体の損傷部位を確認したが、整備台の上の構造体がすでに意識を失っていることに気付いた――ここまでこらえたが、もう彼女は限界だったのかもしれない

早すぎる……

構造体の意識海モニターが警告を発した。予想外の変動値に、その場にいる全員に冷や汗が滲む

通常の救命措置をしても無駄だろう。意識海がこんなに急激に偏移するとは……皆、覚悟してくれ

……意識伝送……意識伝送を試しましょう。まだ伝送の起動は間に合うはず

バンジはとっさに意識伝送の起動を補助する設備に手をかけた

パシッ!

今は意識伝送を使うな

ケイローンはバンジの手を払いのけた。彼の顔色が次第に険しさを増していく

教授!今ある資源では彼女を救いきれません――

膨大に資源を使ったとしても、今の彼女の意識海は伝送に耐えられない。伝送を開始した途端、意識海が粉々に砕けてしまう

……

もう今の彼女は「死亡」と呼べる状態だ……残念だが、次の救急処置で終わりにしよう

まだです……別の方法を試させてください

バンジはいつもの「まだ」という言葉を口にした。前回そう言った時は、ペールが彼の目の前で亡くなり、全てが手遅れだった

それ以来、彼は毎日のようにその日の光景を頭の中で何度も繰り返し思い返していた――ペールを救うためにはどうすればよかったのだろう?

眠れない夜はいつも目を閉じて、実現できたかもしれない方法について熟考した

……金属パイプを抜いて、まず彼女の人工心臓を取り出します!

何だって?

僕が体外で人工心臓の修復をします

バンジは手元の消毒された手袋を引っ張り、貫かれた人工心臓をじっと見つめた

以前は臨床医でしたから。もちろん構造体の整備部門と小児科の臨床は本質的に違いますが、こんな状況だからこそ……試すしかありません

教授……

……バンジに任せよう。皆、彼に協力してくれ

皆さん、よろしくお願いします

金属パイプを抜き取ったら、すぐに胸骨中央の開口部を拡げ、胸腔内の循環液を吸引して……そう、そうです

今夜の当直の医師や看護師たちはバンジの指揮の下、いまだかつてやったことのない「整備」方法を試した

彼らのほとんどは厳しい訓練と試験を経た医学部出身者であり、この時もバンジの指示を懸命に理解し、実行していた

この「試す」方法が、どうやら効果があったようだった。構造体の意識海の偏移は行動停止の、危険なラインギリギリで持ちこたえていた

循環システムのメイン経路を外し、体外循環の準備を

助手は「少女」の胸に人工的に開けられた穴を広げ、思わず顔を背けた。構造体の外見を見て、彼の心中は穏やかではなかった

まるで……本当の子供みたいだ……本来なら育成センターにいるべきでは?

……

ケイローン教授は必死で慌ただしく作業する人々の輪から少しずつ押し出され、最終的に手にしていた整備ツールを置いた

……後は君たちに任せた

教授?どこへ?

他のふたつの整備室の状況を見に行ってくる。君たちはバンジの指示に従って続けてくれ

教授……

循環メイン経路を開いて、循環液を補充してください!あなたはリアルタイムで意識海の変動値の報告をお願いします!

……わかった、すぐにやる

ケイローンは外の廊下に出た。節電のため、廊下の夜間照明システムは人感センサー式になっていた。彼が歩く度に後ろのライトがひとつずつ消えていく

ケイローンはふと、何年も前の救急センターでの出来事を思い出した。ある子供が研修医の嘘を指摘した。その後、医学部の授業で再びその子と出会い、彼が優秀なことを知った

更に彼が本来いないはずの構造体整備部門で、重傷の構造体を必死に救おうとしている姿も目にした

「損傷率70%以上」の人たちも、助けてください……

そして先ほどのことも――

バンジ

こんな状況だからこそ……試すしかありません

……

「まだだ、もう一度試そう」なんて台詞を……私はしばらく言ってないかもしれないな

いつから、自分はバンジのような強い意志を失ってしまった?

あの、炎が激しく燃え盛る午後からだろうか?

やった……やったぞ!やっとパスできるデータが取れた!

ケイローン!これでうちのチームも解散しなくて済む。研究室も残せるんだ……

目の前の同僚は、涙ぐみながら最新の実験データを胸にかき抱き、何度も見返していた。ケイローンには、彼は娘が誕生した時より今の方が喜んでいるように見える

君は嬉しくないのか?

興奮した同僚が激しく彼の背中を叩いた

もちろん嬉しいさ、君の助手を何年もやってきたんだから……

背中を力強く叩かれた彼は、少し気まずそうに笑った

彼自身は特に大きな野望などなかった。ちょっとした研究成果をもとにゼレノグラード研究室の「庇護」を受けるチャンスを得て、パニシング爆発初期の混乱を逃れたのだ

中年となってからもただ、安定した場所で生計を立てられればよかった

数年前だったら、こういう気持ちは理解できなかっただろうな

どんな気持ちだ?

「人類のために何かできる」という気持ちだ。今の私ならわかる

そうだな……今の我々の一歩一歩に意味がある。将来は重くて危険な遠隔コネクトシステムを使う必要がなくなるかもしれない。意識伝送という目標すら実現できるかも……!

ただ、コネクトシステムで死んだ人や戦場で命を落とした構造体が、この日を見届けられないことだけが悔やまれる

それでも価値がある、全てのことには価値があるんだ

私たちは彼らの犠牲を決して無駄にはしない……ケイローン、今すぐデータを空中庭園に転送しよう

あの日の午後まで、空中庭園への情報送信は1カ月以上続いていた

いつも通り、ケイローンが記録装置を持って実験場へ向かっていた時、廊下の曲がり角でここにいるはずのない小さな影を見つけた

……チェッ、ついてないや

君は?誰の家族だ?

家族?

お父さんとお母さんの名前は?迷子になったのか?

俺にはお父さんもお母さんもいない

ケイローンは隠れていた子供を引っ張り出した。その時、子供の震えの理由に気付いた――子供はすでに構造体に改造され、両足が拘束されて自由に動けないのだ

これは!?

子供はケイローンにうんざりしたのか、聞くにたえない言葉を口にした

何驚いてんだよ?全部お前たちがやったことだろ?白衣を着てる人間はクズばっかりだ

ありえない……誰が君たちをここへ連れてきたんだ?

知らないよ、どうせ誰かが俺たちを買ったんだろ

免疫血清4本と引き換えに、俺みたいな実験体をね

……君たちはどこに閉じ込められているんだ!?

男の子は「白衣の人間」に再び捕まったことを気にする様子もなく、無造作に廊下の先を指差した

助手だったケイローンは、この暗く不気味な片隅に一度も足を踏み入れたことがなかった

戦慄と信じがたい感情……そして僅かに祈るような気持ちで、彼は初めてここにやってきた

……

……どうして……

黄金時代の実験室のマウスのように、子供たちはお互いに体を寄せ合って縮こまっていた

ほら、白衣がまた来たぞ、早く隠れろ。さもないと次に死ぬのはお前らだからな

今日は全員の意識海の安定度をテストするらしい。前に連れていかれたやつは戻ってきてないよな

ケイローンはそう言い放った子供を驚いて見たが、別の人物の登場によって子供たちは一斉に口を閉ざした

……ケイローン?

君か!この実験体たちの存在を知っていたのか!?

……大勢の人が知ってる。君に権限がなかっただけだ

彼らは人間だ!こんなに小さな子供たちが!!この子たちはいつから実験体にされているんだ!?

今みたいな劣悪な環境じゃ、彼らの人間としての権利は他人から与えられるものだ

……人権が何か、知ってるのか?何年も真摯に君の助手を務めてきたが……まさか最近私が空中庭園に送っていたデータは、子供たちを使った実験で得たものなのか?

これが……「完璧で」「成功した」成果の側面か?

なんて不条理だ……人類文明存続のためには後世を守ることが最優先だと、誰もが知っているはずだ!

しかし、この命題は更に高みにあるんだ

ケイローンは男の子の小さな手をしっかりと握ったが、彼は激しく振り払った。嫌悪感のこもった子供らしさのない目で、彼はケイローンを見つめた

いい人ぶるな……お前だって白衣野郎のくせに

……

その日の実験はいつも通りに行われた

ケイローンは今でもわからない。空中庭園の研究者たちは、あの「優秀すぎる」データに本当に気付いていなかったのか、それとも黙認していたのか

だが、彼はもうそれを理解しようとも思わなかった。なぜなら、彼はあの時すでに人生最後の確固たる選択をしていたからだ

助燃剤のせいで、火は一気に研究室全体を包み込んだ

全ての機器はもちろん、操作ミスで侵蝕された「実験体」を管理していた部屋も全て焼け落ちた

隔離エリアから逃げ出した侵蝕体が、無防備な研究員たちに襲いかかる

そしてケイローンは――空中庭園の救助員が到着した時、救い出したデータ端末をポケットに隠しただけだ

彼は常々、自分は弱い人間だと思っていた。だがこれは彼の人生の中で唯一、確固たる強い意志で起こした行動だった――この不祥事を暴露する

その後、軍に連行されたりスターオブライフの整備部門に派遣されたりしたが、あの時のような怒りが全身を満たす感覚にはならなかった

また彼は、このスキャンダルに巻き込まれた人も数多く見てきた。例えば――メルヴィ

彼が構造体整備部門に派遣されたことを知った時、メルヴィは彼を訪ねた

メルヴィが来たのを見て、ケイローンは目の前の機器の電源を切った

見えたわよ。私もあなたと同じで科学的な成果はほとんど出してないけど、いくつかのインターフェースなら覚えてる

まだ意識海に関する研究を続けているの?

いや、いくつか確認したいことがあるだけだ

意識伝送?私たちが生きている間に実現できるのかしら?

……万緒は地上に行ったそうだな……君は彼女の子供の面倒を見ているのか?まさか、その子の世話をすることが贖罪だと思っているんじゃないだろうな?

……子供の世話の話をしにきたんじゃないわ。あなたに頼みたいことがあるの

この子が将来、医学部へと進学できるようにしたいの。だから、その時が来たら少し手助けをしてくれないかしら

君が何も企んでいないとは思えないな

企みだというなら、これがまさにそうよ。空中庭園での医師の生活は、安定していて経済的にも裕福でしょ。そもそも彼には才能があるし

何をすればいい?

彼が進路を決める年齡になった時、医学部に行く気がなさそうなら推薦状を書いてくれないかしら?以前、私は彼の臨時保護者だったから避けたいの

わかった。彼が研修資格を取ったら、構造体整備部門に推薦しようか?

いいえ、あなたの科はやめておく。彼には一生、構造体や意識海とかには関わってほしくないから

……君は、地上に行って人を救い、犠牲になることで不安を払拭するタイプだと思っていたよ。だが今はそんなことに気を配るようになったんだな

以前は確かにそう思っていたわ。万緒がこの子を私に託すまでは、地上支援をする医師に応募していた

でも子供が……子供たちが目の前にいるとね……考えも変わるわよ

彼らが自立するその日まで、ずっと守りたいという欲が出る。その日を迎えられない子供がどれだけいるかを知って初めて、彼らの成長を見守ることの大切さがわかるの

メルヴィが珍しく優しげな表情を浮かべたので、ケイローンはメルヴィが小児科で何らかの事件にでも遭遇したのかと訝しんだ

あなただって全てを捧げても構わないと思うわ。自分が泥沼にはまっても構わない。子供たちの未来は明るいもの。彼らを傷つけたり未来を奪うようなやつに救いはないわ

我々が子供を実験体にすると決めた時点で、人類は次世代を見捨てたんだ。人類文明は終わった。「温室」や「庭園」で育った子供たちになど、期待する価値もないね

そうとも言えないわよ

クサいセリフだと思わないでほしいんだけど、今のあなたが理解できなくても……

将来、いつかあなたも成長したバンジや新しい世代の子供たちと会う日が来る。その時、きっとあなたにもわかるわ

それは、ある晴れた朝のことだった

スターオブライフの新しい戦力を歓迎するよ……諸君は皆、医学部の優等生だ……

ふわぁぁ……

バ――ン――ジ――!こんな日にまで寝るなんて!

しっかり起きて、科の紹介をちゃんと聞いておきなさいよ。ぼんやりして変な科を選ばないでよ!

ナタリーは懸命にバンジの肩を揺さぶり、前後の席の人たちも何事かと目を向けた

ふわぁぁ……昨日の夜もちょっと勉強してたんだって……で、君はどの科に申請するの?

私は小児科に行きたいんだけど、初級修了試験の成績があんまりよくなくて……採用してもらえるかはわからない。他の科に回されるかも

各科の教授が次々と発言し、研修内容を大まかに説明した

わぁ、皆すごい肩書ね……いつか私もあんな風になれるのかしら……

ナタリーの目はキラキラと輝いた。少し擦り切れてはいるが、彼女は育成センターでもらったヘアピンをまだ頭につけていた

バンジはうつむいて端末に何かを入力しながら、時々ナタリーをちらりと見た。ナタリーに気付かれると、彼は黙って端末をしまった

何よ?言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!

何でもないよ。今日一緒に来てもらったのは、単に君がどの科に行きたいのか訊きたかっただけだし……

バンジが知りたい訳じゃないんでしょ?だってバンジは偉大な医学に全てを捧げてるんだから

ナタリーは大袈裟に「全てを捧げる」動作をした

知りたがってるのは誰?白状しなさいよ。どうせ、あなたは私たちの中で一番嘘が下手なんだから。バンジが無理して嘘をつく時の顔、皆知ってるのよ

…………ペールだよ。でも、僕が白状したって言わないでよね

ペールがいつ私のことを訊いてきたの?

半年前

半年……半年前から私の進路を探らせてたんだ。でも、ペールは絶対私には直接メッセージを送ってこないのに。届くのはせいぜい一斉送信のメッセージくらいで

すごく忙しいみたいだよ。精鋭小隊の選抜があるとかで、挑戦したいんだって

冗談じゃない。バンジはメルヴィおばさんのためにスターオブライフに入ろうと頑張ってるけど、ペールは何に頑張るのよ?戦場に行って死ぬこと?

ペールは……

……もういい、わかってる。言わないで

教授の話を聞きましょう

最後の学科の教授がゆっくりと登壇し、檀上から新しい学生たちの顔を見渡した

構造体整備部門の主任教授、ケイローンだ

学生たちの視線が痩せぎすの教授に注がれた

もし、構造体整備部門で研修をしたい学生がいるなら、心の準備をしておいてほしい

死に直面することに慣れる覚悟が必要だ。精神的な面でも構造体より強くなければならないかもしれない

……

ケイローンは学生たちの表情に目を向けた。彼らは若く好奇心旺盛だが、ほとんどの学生は構造体についてあまり知らない

ケイローンは何も期待していなかった

構造体整備部門の仕事は決して楽なものではない。今年もこの科を希望する者はいないだろう。彼は後日の配置リストを待つだけでよかった

教授、質問があります

友人に腕を掴まれながら小声で話している青年に目を留めた

目の下に濃いクマがあるその青年は、以前、職業進路の時に憤慨して「推薦」を突き返してきた少年だった

当時よりも大人びて肩幅も広くなり、幼さは微塵もない。彼の変化にケイローンは刮目した。バンジはもう、万緒を探すため地上行きにこだわる少年ではないのだ

青年は長年、人間が最も素朴に行ってきた質問の動作――挙手をした

あなたは医学部の教材編纂者のおひとりですよね。お訊きしたいのは……例年、最新型番の構造体用の治療法を更新していたのに、今年はなぜ更新が遅れているのです?

君は、今年の初級修了試験の最高得点者の生徒だな?

はい

今年は教材編纂のプロセスが変わったんだ。確認したいことがあるなら、私のオフィスに直接訊きに来なさい

ケイローンはそう言って、壇上から降りた

話し終えたケイローンがそこを出るまで、熱い視線がその背中を追いかけたのは初めてだった

誰かが構造体整備の最新知識について教えを請うために、自分のオフィスを訪ねてきたのも初めてだった

バンジ、君にはスターオブライフで研修してもらいたいと考えている

どの科に行きたい?構造体整備部門を除いてだが

構造体整備部門以外ですか?

まさか、第一希望が私のところなのか?

青年はしばらく考え込んだあと、答えを出した

確かに第一希望は構造体整備部門です。次が小児科で、実はすでに新生児科で少し研修させてもらいました……でも、皆さんの役に立てるなら、どこでも構いません

教授、僕はスターオブライフに行って、人を救いたいんです

バンジの金色の目がこちらを見た時、ケイローンはメルヴィが話した言葉の意味をおおまかに理解した

前途に迷いはあれど、この若者たちは目の前にあることをしっかりやり遂げようとしている

彼らは努力している。彼らの未来は明るく、進むべき道も彼ら自身が切り拓いていくのだ

彼らは「支えられる」価値がある

それは、ある薄暗い夜のことだった 

ケイローンは廊下を長い間、いや数時間も歩き回っていた。とうとう彼は、バンジの決断が「少女」に奇跡をもたらしたかを確認すべく、整備室に戻ろうと決めた

彼が廊下の角を曲がると、今度は拘束具で縛られた「実験体」ではなく、床に座って雑談をしている数人の医師が目に入った

はは……バンジ、構造体整備部門にはいろんな人がいる。軍の待遇目当や、コスモス重工への足がかりにする人も……構造体を救いたい気持ちで続けられる人は皆無に近い

ええ、わかります

小さな子供が泣きながら、構造体の母親に目を覚ましてくれと懇願する姿を見て……圧し潰されそうなプレッシャーで、その日のうちに転科しそうになった者もいたよ

助手は少しうつむいた――彼は、あの時の支離滅裂な説明を忘れてはいない。あれ以来、いつか青紫色の髪の子供が来て「母親」を求めるのでは、と怯えていた

しかし、彼を待っていたのはその子供の死であり、あの構造体の母親と同じ運命だった

考えてくれ、バンジ。構造体がいるのは戦場の最前線だ。運ばれてくる構造体は、人間の医者が扱う患者よりも悲惨な状態で、それに耐えられる人なんて本当は誰もいない

だから我々にとって、君みたいな人は初めてなんだよ

待遇がいい小児科を捨てたことはさておき、君は……「整備」を本当に心から「治療」と考えているように思う

例えば今夜のことだって、皆が諦めようとしていた……ケイローン教授ですらね

もしいつか、構造体が人間と同等の立場に立てる日が来たら、君はその道の中で最も誠実な医師のひとりになるだろうな

バンジは助手が話し終わるまで静かに聞いていた

……いえ……そんなのじゃなくて。僕はただ……皆を救いたいだけです

バンジ

あ……教授、まだいらっしゃったんですね

医師たちは教授がこちらへ歩いてくるのを見て、自然と会話を止めた

負傷者の様子は?

数名が背後の整備室に目を向けた。彼らは一様に疲れも見せず、表情にもやや興奮が見える

整備室の扉は閉ざされ、中では「ピッピッ」という安定した機械音だけが静かに響いている

救えました。まだ各モジュールの修復作業が残っていますが、それは後の当直の同僚に任せます

まずはちょっと休憩を……こんな作業は初めてで……このケース、論文が書けないかな……バンジ、もし発表するなら共同で執筆させてくれないか?

……

ケイローンはじっと彼らを見つめ、助手を除いた数名の医師たちはバンジと大差ない年齡であることに気付いた。彼らも皆、空中庭園の「陽だまりの温室」で育った新世代だ

ケイローンの唇は震え、何か言葉を紡ぎたかった

――何を言えばいい?

彼が早々に失った信念、勇気、そして人類への信頼という名の種が、希望がないように思えた未来に再び落ち、根を広げて芽吹いた、と言うべきなのだろうか?

――それとも、メルヴィのような多くの「愚直な人々」が、人類の次の世代を育もうと、あるいは「支えよう」とした正しさに気付いた、と言えばいいのだろうか?

ある考えが彼の頭の中で膨れ上がった

彼は空中庭園が隠し続けてきた「意識伝送」に関する秘密を守ってきた。長年彼はそれを検証し続けてきたが、得られた結果はどれも同じ――「嘘だ」という結論だった

彼がそれを暴露しようとしたことは一度もない。そんなことをしようが無駄で、暴露したところで何も変わらないと思っていたからだ

しかしバンジは、彼に「新たな可能性」を何度も見せてくれる子供だった

もし……バンジに「新しい未来」を探求させることができたら?

バンジは道を誤るだろうか?最終的に彼らと同じ道を歩んでしまうだろうか?

岐路に立つ度に、彼らと同じ選択をする?

……そして、彼らと同じ結末を迎えてしまうのだろうか?

……

教授も早く帰ってくださいね、私たちも少し休んだら寮に戻りますから

助手と他の何人かも立ち上がり、皆でバンジを引っ張り起こした

待て、バンジは残ってくれ

え?

話したいことがある、一緒にオフィスに来るように

ケイローンは身を翻し、静かな長い夜へとバンジを引き連れていった

それは、長い夜の静けさが破れる時だった

粛清部隊A

秘密漏洩者の逮捕完了、現在は逮捕者の負傷をチェックしています

粛清部隊B

教授にまで昇りつめて、こんなことをするとはな……

ケイローンは護送車の中に座り、すでに投下プラットホームを出て自由に歩き出したバンジを見た

彼は手を伸ばし、片手で口を塞いで「話すな」と合図をした

「情報漏洩」の罪名を負うのはバンジではなく、自分であるべきだ

あの日、オフィスで彼は意識伝送の真実をバンジに伝えた。明らかにバンジは受け入れられない様子だった。恐らく最後はケイローンの言葉すら聞き取れていないだろう

意識伝送プロジェクトはとっくに解散し、ひとつのチームも残っていない。後に流れた噂――「意識伝送が実現した」というのは安定を維持するための嘘だ

バンジ

この世界の全てが生まれた時のように、君はとても純粋で正直だ

「君は大勢の人にとっての救いだ」とメルヴィが言っただろう。私は君に苦しみを押しつけたい訳じゃない。ただ、君がどこまで行けるか見てみたいんだ

ケイローンは最後の部屋に足を踏み入れた時、室内の強い光に目が眩んだ

ケイローン

あぁ……

激しい光と、興奮で高まる体温は、かつてのゼレノグラード研究室で燃え盛る炎の中に戻ったかのようだった

ケイローン

「なんて明るい日だ」……

数名の「スタッフ」が部屋に入ってきて、意識伝送の真実を暴こうとした反逆者を無表情に見つめていた

ケイローン

私の死因は何になる?

できれば、過労死がいいんだがな