Story Reader / 叙事余録 / ER08 追憶のピリオド / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.

ER08-1 偵察

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ハァ……ハァ……

この先よ、見える?

少年が顔を上げると、さっと吹き抜けた風が霧を散らし、彼の白い癖毛が目をチクチクと刺すように舞った

ううん……まだ……

歩くのよ、バンジ。振り返らないで

歩き続けるんだ、前に

……うん

……歩き……続ける……

ハァ……ハァ……

着いたわ

大きなオークの木の下まで歩いてきた少年は大きく喘いだ。ここまで戻るのに、彼はほとんどの体力を使い果たしていた

木の幹が彼の視界を遮り、他には何も見えない。彼は骨が浮き出た細い手を伸ばして幹の皮に触れたが、ザラザラとした感触に驚いて手をサッと引っ込めた

下を見てごらん

少年は母親に促されるまま腰を屈め、苦労して木の根元の地面から淡く黄色い「石」を掘り出した

それは琥珀よ

琥珀?よく見えないけど……中に何かが……

少年は掘り出した琥珀を空に向かってかざしたが、陽光は霧に隠れてしまい、琥珀の中のものはぼやけていた

背後から、女性の微かなため息が聞こえた

お日様が顔を出せばもっとはっきり見えるわ

私にできるのはここまで、ここがバンジの始まりよ

……お母さん?

あなたに話したことがあるわね――この世界にはたくさんの人がいて、地球と「エデン」の間を行き来している。彼らは地球と「エデン」を繋ぐ使者なの

今、彼らがあなたを「エデン」の旅に招待したいと言ってるわ

行きたくない。僕は彼らに必要ないでしょ

お母さん、言ってたよね。「エデン」への旅の厳しい検査に合格できるのは、すごく頭がいいとか、力や喧嘩が強いとか……すごく仕事ができる人だけ、って

彼らはあなたがまだ子供だと理解している。成長する時間を与えてくれるわ

旅はそんなに長い時間じゃないの。ちょっと眠って、目覚めたらもう着いているわ

少年は両手をぎゅっと握りしめた。先ほど地面を掘った手には今も黒い泥がこびりつき、袖も汚れたままだ。彼はまだ身の回りのことすら自分でできない年齢だった

……ずっと、会えなくなっちゃうの?

そうね

でも、いつかきっとあなたが私を見つけるか、私があなたを見つけるわ

……

ごめんね

看護師

47番ベッド、心肺停止!

小児科医

47番ベッド……バンジね?あの子、どのくらいここにいるの?メルヴィ先生を呼びましょう――

メルヴィ

私ならここ。47番ベッドの緊急対応システムを作動して。まずは気管挿管を確認、静脈ルートを確保

看護師

保護者に連絡してきます

メルヴィ

連絡しなくていい。脳部深部刺激のパルス発生器の周波数を100以上に上げて

小児科医

通常、そんなに高い設定での電気刺激は……

メルヴィ

私はこの子の臨時保護者よ、責任は私が取る。急いで

停滞していた部屋の空気が瞬く間に動き出す。医師たちは47番ベッドをちらっと見て慌ただしく部屋を出ると、すぐに生命維持装置を押して戻り、子供の体に装置を繋げていった

……

もう一歩進むのよ、バンジ……もう一歩、前へ

バンジ

ハァ……ハァ……

あっ!47番ベッド、目が開きました!

丸まった体が小さなベッドの上で震えた。彼は目を開いたものの、焦点が定まらないまま天井を見つめている

……う……

えっ?何?慌てないで。私の言う通りに、2回まばたきして

あなた、まだ研修中なの?精神年齢1歳未満の子供が、普通の指示通りに動く訳ないじゃない。それじゃ意識の有無を確認できないわよ?

ところがベッドの上に横たわった4、5歳ほどに見える子供がゆっくりと2回まばたきしたことで、医師たちの注意が一気に集まった

次は3回、まばたきできるかな?そうそう、次は手を握って、私のこっちの手を……上手よ

深部刺激療法が効いたようですね。私が見た中では、目覚めた子供はこれでふたり目です。人間の生命力って本当に不思議ですね……

……

小児科医が興奮してメルヴィを振り返ると――彼女はベッドの横で呆然としていた。小児科医は担当になってからの3カ月間、メルヴィのこんな表情を見たことがない

彼女が……本当にやり遂げたの?

メルヴィは震える手を伸ばし、バンジの額に触れた

バンジは懸命にメルヴィの手の平に顔を寄せ、何かを言いたそうにしたが、気管に挿管されているせいで言葉が発せない

大丈夫……大丈夫よ……

「スターオブライフ小児集中治療室にて長期リハビリ」――メルヴィはしばし考え、空白の診療カルテにそう記録した。それがバンジの資料に記された最初の情報だ

リハビリ中のバンジは、まるで生まれたての赤ん坊のように何もわからず、全てを学び直さなければならなかった

常に呼吸器をつけ、補助具を使って立ち上がることから始まり、メルヴィに手を引かれて数歩歩けるようになり……数カ月後、ようやく自力でよろよろと歩けるほどになった

こんにちは、バンジ君。どこへ行くのかな?

メルヴィおばさん……メルヴィおばさんはどこ?

さっき退勤したのを見たわ。今晩の勤務があるかまではわからないけど……

今夜は当直よ、どうしたの?

バンジの背後からメルヴィが現れ、屈みこんでバンジの後頭部の呼吸器のベルトを整えた

あっ!メルヴィおばさん……僕、今夜も「助手さん」をやりたいんだ

それは無理ね、今夜はお仕事なの。あなたのお仕事は眠ること

でも、僕、「願望カード」が欲しいんだ……

「願望カード」はメルヴィが作った小さな報奨システムだ。おとなしく注射を受けたり薬を飲んだり、眠ること……あるいはメルヴィの「助手さん」をすればもらえるものだ

子供たちは毎週20枚しか配られないカードを競って集めていた。例えば、バンジの隣のベッドの「スズメ」だ。彼は病気で両脚を切断したが、今もなお病状が進行していた

そのカードで何をお願いしたいの?カードをあげても、あなたはオモチャやお菓子と交換しないのに

僕……

寝たくない理由を考えている、でしょう?

メルヴィの「全部お見通しよ」と言わんばかりの目を見て、バンジはしどろもどろになりながらも説明しようとした

……夢に怪物が出てくるんだ。それが怖くて……

それに、お母さんが……僕に何か伝えようとしてる……でも思い出せなくて……

メルヴィは明らかに顔を曇らせた。彼女はバンジの手を引いて、帰り支度をしている同僚から遠ざけた

片隅へ移動すると、メルヴィは険しい声で言った

バンジ、前にも言ったはずよ。外では絶対に「お母さん」の話をしちゃダメだって

……うん

今から言うことをしっかり覚えて――あなたはスターオブライフへ送られ、彼女はもういない。あなたは他の場所へ行ったことはないし、あなたの世話をしてきたのは私よ

でもお母さんは、僕は「地球」から来たって言ってた

そんなことはありえない

地球には土や草原、花、大きな木があって、鳥もいる。それに、海もあるんだ……嘘じゃないよ……

やめなさい、バンジ――それは全部あなたの思い込みなの!

バンジは黙り込み、少し荒くなった呼吸で不機嫌そうにメルヴィを見つめた

……怒ってるんじゃないわ。あなたはまだ理解できないだけ。でもその話は絶対に誰かに言ってはダメ、誰にも。それがどれほどの危険を招くか、あなたはまだわかっていない

怖い夢は……慣れれば大丈夫、そのうち忘れるわ。バンジ、お願いだから言うことを聞いて

……

もうすぐ夕飯が届くから早く戻りなさい。今夜は私のところに来ちゃダメよ

バンジは鼻をすすった

メルヴィおばさん……

……

自分が取り乱していることに気付いて、メルヴィは口調を和らげた

いいわ。そこまで一緒にいたいなら……今夜一緒にカルテを整理しましょう。いつもの小さい椅子を持ってきて。薬品には触らないこと。ちゃんとできたらカードをあげる。どう?

バンジの目がパッと輝いた

うん、絶対触らない

おやおや?どんなことをするのかな?

メルヴィは警戒するようにバンジをそっと自身に引き寄せ、目の前に立つ暗い金色の瞳をした中年の男を見つめた

男性が身を屈めてバンジに挨拶をした時、男性の名札がバンジの前をちらっとかすめた

僕、名前は?

男性の白衣と胸の名札を見て、バンジは彼を信頼することにした

僕はバンジ

こんばんは、バンジ。ここで何をしてるんだい?どうして先生と一緒にいるのかな?

メルヴィおばさんと一緒に当直に行くんだ

メルヴィ、メルヴィ……聞いたことがある名前だ。確か、同僚が話していたような

黒野ヒサカワは体を起こし、メルヴィの方を見た

私は黒野ヒサカワ。まだ小児科に来て長くはないね?君を見かけたことはないから

……失礼ですが、私に何か御用でも?

メルヴィに鋭い視線を投げかけられた男性は、手を伸ばしてバンジの頭をなでた

白い癖毛が男性の指の間で揺れた。バンジが頭をなでる大人を見上げると、相手もまた、バンジをじっと見つめていた

バンジ、君に訊きたいことがある

彼は一瞬ためらい、バンジが一番気にしているであろう言葉を口にした

お母さんのことは覚えているかい?

……お母さん?

その言葉がメルヴィの神経を一瞬で逆なでした。彼女はさっとバンジの手を握ると、すぐさま立ち去る様子を見せた

あなたも、あの実験に関心があるのね……!

彼女がその後、地上で何をしたか私は知らないし、誰にもわからないわ。この子ももう彼女とは関係ないの。余計なことをしないで

それに、ここは空中庭園よ。あなたたちが好き勝手に実験体を探せる場所じゃない――

バンジは困惑しながら、同じ白衣を着たふたりを見比べていた。メルヴィをより信頼していた彼は、メルヴィに言われた通り、男の質問に真剣な表情でこう答えた

覚えてない。僕にお母さんはいないよ

バンジ!答えちゃダメ!

メルヴィにそう言えと教えられたのかい?

今すぐ立ち去ってください。さもないと、警備員を――

まあいい、ただあと少し、バンジに確認したいことがある

男は腰の後ろから銃を取り出し、バンジに向けた

――!!

メルヴィはバンジに飛びつき、何か叫んでいるようだった

しかしバンジは動かなかった。彼が銃を見たのはこれが初めてだった――多分

黒い銃口が彼を見つめ、次の瞬間、頭に激しい痛みが走った

……!

バンジは整備台の上で身を起こした。深く息を吸い込むと、全身を巡る循環液が急速に流れ始めるのを感じた

ふぅ……

バンジは手首を軽く捻ると、何年も前にスターオブライフで目覚めた時のように、ゆっくりと拳を握り、開いた

閉鎖されたラボ内は静かで、彼以外に誰もいない。今日は通常の勤務日でストライクホークの他のメンバーは地上任務中だったが、彼は空中庭園で新機体の適応テストを行っていた

閉じられていたラボ後方のドアがスッと開き、ある人物が検査装置を引きずりながら入ってきた

またいつも通りですか?

ああ。無意識に記憶データをロードするのは今月で7回目だ

悪影響といっても軽微な意識海の偏移だけだが、頻度の高さが異常だな。とりあえず旧機体に戻しておいた

アシモフはやや寝不足のようだ。彼は、同じく寝不足のバンジに検査装置を接続すると、表示された波形を見て眉間に皺を寄せた

機体交換後は意識海の偏移が起こりやすいが、通常はしばらくすれば適応する。この機体もかなり前に申請し、適応期間も十分とった。普通ならこの程度の小さな問題は出ない

それなら、問題があるのは僕自身の意識海ってことになりますね

昨日、最初にお前の改造を担当した医師に話を訊いた。当時は緊急事態で、意識海の混乱を引き起こす部分の記憶データを封印処理した。そうしなければ改造は成功しなかったと

そのことについてはお前も知っているな?

バンジは頷いた

臨時改造でこういう状況が起こるのは珍しくない。ほとんどの場合、人間時代の一部の記憶が改造に影響する。それを封じれば、構造体の意識海の安定性はある程度保てる

その記憶データを呼び起こすことは、俺は推奨しない。無理に呼び起こせばどんな結果を招くかわからん……だが、お前はすでに無意識に読み取ってしまっている

お前の隊長に、もう少し適応期間を延ばすよう申請してもらうといい。しばらくはハードな任務には就くな

後日、指揮官の誰かに協力させて、意識海の深層にある混乱したデータを引き出して整理するか、あるいは封印を強化するか……いずれにせよ再度意識海を安定させる必要がある

……わかりました

以上だ、戻って休んでおけ

あの……

新機体の適応を……もう一度試してもらえますか

それは……

軽微な偏移だけなら、慣れることができるかも

夢を見るのと同じで、慣れればそのうち平気になります

空中庭園任務調整センター

監視装置から鋭い警報音が鳴り響き、周囲のスタッフが一斉に振り向いた

警告!AQエリアで赤潮が異常発生!該当エリアの常駐偵察員と通信を接続します!

該当エリア担当の調整員はすぐに地上からの通信をキャッチした

通信画面は乱れて少しぼやけ、相手が速いスピードで移動している様子だけがかろうじてわかる程度だが、幸いにも音声は正常に届いていた

こちら、AQエリア。赤潮の異常を報告します

前回の赤潮の移動からすでに44時間以上が経過、30分前に再び移動を観測。現在、すでに環境観測装置が1基水没しており、赤潮の異常と認められます

赤潮の目標は189号保全エリア、及び190号保全エリアだと推測されます

赤潮の移動方向は北西から南東へ、平均速度は時速20km。1時間後には時速30kmに到達し、12時間後に189号保全エリアへ、13時間後に190号保全エリアに侵入する見込みです

特に、このふたつの保全エリアは空中庭園の燃料供給施設です。赤潮に呑まれた場合、更に危険な事態が出来するでしょう

現場での次の判断としては、全住民と作業員の避難の必要があります

了解です。今週すでにふたつの保全エリアの避難準備を整えていたので、いつでも出発できます

調整員は操作盤を叩きながら視線をスクリーンのあちこちに走らせていたが、あるひとつのメモに気付き、それを数秒じっと見つめた

調整支援が必要ですか?――いえ、ただの確認です。いつもは必要ないはずですよね?

通信の向こうの移動速度が次第に遅くなっていく

……今回は支援を要請します。偵察員を1、2名手配してもらえますか

了解。近くの偵察員にもう支援情報を送ったが、そこは普段安定していて少し時間を要するかと。必要なら保全エリアで任務中の部隊を派遣することもできるんだが

ああ、いや、いい。他の偵察員の到着を待つよ

雑談のような口調は一瞬だけで、すぐにふたりは厳粛な態度に戻った

それでは通信状態を保ち、引き続き赤潮の動向を追跡してください

調査員が通信を切ると、部屋の隅からもうひとりの調査員が飛び出してきた

ま、待ってください!

新人調整員の背後で、彼が担当している監視装置が赤く点滅していた

189号保全エリアの北西80km地点に、今は廃墟になっている建物があります。そこも赤潮の拡大経路上にあります!

2時間前、そこから身元不明の信号を検知し、付近にいた構造体数名で臨時小隊を編成して調査に向かわせました。ですが救援信号受信後、完全に連絡が途絶えています

新ソフィアから来た精鋭構造体も自ら臨時小隊に同行していましたが……彼とも連絡がつきません

……つまり、支援要請を最後に、構造体の臨時小隊が失踪したということか?

新人はコクコクと激しく頷き、別の資料を差し出した

救援信号とともに送られてきた一部の資料から、その建物はかつて研究所だったと判明したのですが……科学理事会の記録ファイルには記載されていなくて

調整員は送られてきた資料をひと目見て、大きく息をつき、周囲の他のチームの情報を確認し始めた

今すぐこの資料を報告して、臨時小隊のメンバーリストを私に送ってくれ

支援の手配を……189号と192号保全エリアにはふたつの執行小隊と指揮官が待機しているはずだ。一番近いのは……

ふたつの捜索救助任務の執行できる小隊の情報が表示され、調整員は通信を繋いだ

地上

支援要請があった小隊の情報をそちらの端末へ送信しました。確認できましたか?

疾走する輸送車内に座っていた人間は、戦術端末に表示された任務情報の詳細を見ていた

近頃、保全エリア周辺で赤潮の異常な動きが目立っていたため、グレイレイヴン指揮官は隊員を率いて保全エリア内で避難準備を支援していた

昨夜から今夜にかけて、保全エリアではすでにリーフとリーの2グループに分かれて、部分的な避難を実施していた

本来の計画ではグレイレイヴン指揮官が残りの住民たちをまとめ、夜明けに戻るリーフと最後の住民グループを率いて、一時避難所でリーと合流する予定だった

しかしつい先ほど偵察員から保全エリアへ赤潮の異常警告が発せられたのと同時に、グレイレイヴン指揮官には空中庭園から緊急支援任務が割り当てられた

今は2名の常駐構造体を連れて支援に向かってもらうしかありません。あちらにいる偵察員が皆さんをサポートします

任務地点は廃棄された研究所です。臨時小隊のメンバーの捜索だけでなく、研究所の資料やデータも収集する必要があります

最も重要なのは、9時間後、その任務地点が赤潮に呑み込まれるという点です。それまでに必ず撤退を

任務の通信が終了すると、前方で輸送車を運転していた構造体が興奮気味に振り返った

189号保全エリアに駐在して1年以上経ちますが、こんな支援任務は初めてですよ

同じくです……うぇっ……俺には無理かもしれません……

シャディは大げさにグレイジュの背中をバシバシと叩いた

彼は何をするにも緊張する方なんですが、いざという時は頼りになりますから。大目に見てやってください、指揮官

本当に無理なんですよ……うぷっ――!シャディ、窓を開けてください!うえっ――

ええっ!?ホントに吐くの?構造体のくせに、一体何を吐くのよ!?

シャディが騒ぎながら窓を開けると、グレイジュはすぐに窓から身を乗り出し、嘔吐し始めた

寒風が車内に流れ込んだが、防寒服のお陰で人間が寒さを感じることはなかった――春になったもののこの地域は北寄りにあり、気温の低さについてはまだ油断できない

もうすぐ目標地点よ。肝心な時にヘマしないでよね、指揮官も見てるんだから

輸送車が岩を踏み越えると車体はガタガタと大きく揺れ、グレイジュの目は更にグルグルと揺れ動いた

うぷっ……あれは何です?

グレイジュはゼエゼエと息を切らしながら何とか視覚モジュールを調整し、少し離れた暗闇に潜むぼんやりした姿を捉えた

危ない!早くハンドルを右に切って!

その姿をはっきり確認したグレイジュは、叫ぶと同時にすでに銃を構えていた

異合生物ですッ!

シャディが猛然とハンドルを切り、タイヤが地面を擦る鋭い音がグレイジュの銃声と交じり合う

人間も異変に気付き、車体後部に飛びつこうとした2体の異合生物を銃で撃退した

左側!目視で10数体はいます!

どういうこと?赤潮はまだ来ないはずよね?速度を上げた?偵察員からの警告はないけど……

地表にも赤潮の反応はないし、あいつら一体どこから……ああ……だから俺には無理だって言ったんです……!初任務でいきなりトラブルが……

1体の異合生物が右側車窓に飛びつき、人間に向かって大きな口を開けた

グレイジュは恐怖に叫び声を上げながらも、その手を動かし続け――人間を跨いで銃口を異合生物の口に押し込むと、激しく銃弾を撃ち込んだ

その隙に、シャディは車を何度も急ハンドルで切り返し、車体にしがみついていた残りの異合生物を振り落とした

どうです?言った通りでしょ、グレイジュは頼りになるって!

私の運転テクもなかなかじゃない?任務が終わったら支援部隊に申請しようかしら?

喜ぶのは早いですよ……前を見てください……

グレイジュはぶるぶる震えながら前方を指差した。そこには道の先まで異合生物がびっしりと群がり、この孤立した輸送車を捕食しようと待ち構えていた

チッ、目標の研究所は目と鼻の先なのに。中に入るにはあいつらと戦うしかなさそうね

ふたりの構造体が同時に人間を見た。知り合ってまだほんの数日だが、お互いにかなり打ち解けていた

了解!

エンジンが唸りを上げ、輸送車が急加速した。その加速で人間の背中は座席に押し付けられる

たちまち輸送車は異合生物を踏み潰し、けたたましい叫びとともにガタガタ大きく揺れながら建物へと突っ込んだ

ここまでよ。この先の扉に飛び込んで!入ったらすぐに扉を閉めて!

目標地点で精鋭構造体が合流するんですよね?どこにいるんです?

3人は武器をつかんで車から飛び降り、建物の内部へと走り込んだ。人間は駆けながら、再度端末に表示された情報を確認した

振り返らないで、走り続けて

建物の上方から声が聞こえ、3人は反射的に前方に飛び込んだ。次の瞬間、背後で雨のように降り注ぐ銃弾の音が響いた

扉の内側に飛び込んだ人間がようやく振り返ると、上から飛び降りる白い人影が見えた。その人物は荒れ狂う風の中でアイスバレットを発射し、異合生物たちをその場に凍結させた

扉を閉める準備!

最前列の異合生物を片付けると、構造体は素早く扉に近付いてきた。彼の背後では、小型ドローンが十分な火力で継続的な攻撃支援を行っている

人間は思わずその構造体の名前を叫んだ――