ベルベットのようにしなやかな夢だけが、我らの故郷の大殿を飾ることができる
我らの故郷、それは地獄に等しい
我らの故郷……我らの骨を砕く苦難、それが答えだ
…………
私の……負けだ
まだだ。負けてはならない
立つんだ。お前は負けてはならない
古びた大殿から、みすぼらしい身なりの人影が次々と現れた
その多くは顔がはっきり見えないほど深く笠をかぶっていた。抱える端末が明滅することで、ようやく彼らがそこにいるとわかる
これは夢ではない。紛れもない現実だ
大殿の前に立っているのも、茯神の後ろに立っているのも、全てが生きた人間だった
あなたたちが……「ゆりかご」ね
立て!負けるはずがない!お前は不敗だ!
偉大であり、不朽だ!常勝あるのみ!
……私……私の……
私の……願い……私は……
精根尽き果て倒れ込んでいた茯神だったが、出力を最大まで上げ、全身から黄色い火花を散らし始めた。そして糸に引っ張られるようにしてゆらりと立ち上がった
あの人たち、彼を無理やり再起動させようとしている!
このままでは勝っても負けても、彼の結末はただひとつ……
立て!己の使命を忘れるな!
勝利を掴め!勝って勝って勝ち続けるんだ!
再び茯神が放った赤い光が庭中を貫いた
「ゆりかご」たちの囁きと彼らが端末を叩く打鍵音が混ざり合う。その音は雄大な祈りのようでもあり、無意味な賛歌のようにも聴こえた
端末から漏れるさまざまな色の光が彼らのボロボロの服を照らし出す。まさに狂った舞台セットのようだ
ガアアアアア!!!
!!!
攻撃!攻撃!攻撃!
もはや技すらない、がむしゃらな攻撃だった
力頼りの狂気でしかない。その狂気は赤い光を放ち、彼の周りを取り巻いている
装甲を破壊されながらも含英は見事に攻撃を回避しているが、彼の攻撃は止まることを知らず、庭石を次々と粉砕していく
攻撃を受けて後退しながら、含英はどこかで息をつけるタイミングを探す
しかしそんな暇すら与えず、ひっきりなしの攻撃が続いた
含英!
突然シブナが横に現れ、茯神の重い拳を受け止めた
格闘技に長けたシブナでも、この怪力の一撃を受け止めるのが精一杯だ
うっ……
殺せ!叩きのめせ!
お前の力は無限だ!
……我々……殺す……
シブナが茯神の攻撃を止めた一瞬に乗じて、含英も全力で茯神の動きを押さえつけた
私……お願いだ……
我々も追随し、罰を下す!
だから我々の願いを成し遂げ、全てを成し遂げろ!
全てを……成し遂げ……
このままでは……もう耐えきれません!
シブナ、合図したら手を離して!今よ!
シブナと含英が同時に離れて地面を転がった瞬間、茯神の重い拳が地面を強打した
――チャンスは一度きりだ
含英は茯神の目の前に立ち、扇子を畳んで短剣のようにぐっと握りしめている。その切っ先は茯神の存在するかわからない「心臓」を狙っていた
「そこに命中すれば、彼を止められるかもしれない」
今の状況を電子脳で分析する時間などない。強大な茯神を止める方法もわからない。彼女はただ本能的に身構えた
……成し遂げる……
含英!
もうワシの質問が何か、わかっている顔つきじゃな
しかしお前さんの心の中に、その答えはあるのか?
では、あなたの<質問>は何?
<心>とは何かを知りたかった
<答え>は見つかった?
いいえ、私は……<心>が一体何なのかわからない。<心>を持つとはどういうこと?どうやって<心>があることを証明すればいいの?
実をいえば、それが<答え>なの
違うわ、<質問>は<答え>にはならない
<心>は、ただずっと<存在>しているだけでいい
ずっと<心>が存在していなければ、そんな<質問>は生まれないわ
…………
なら、<あなた>は誰?
私は、あなたの<質問>
選択、臆病、逡巡、憐憫、罪業、狂気、その全てが私よ
あなたは私の夢の中だけの存在だと思っていた
私はずっと存在し、彼女もずっと存在している
それは……懐かしいわね
ところで、あなたの<質問>は何?
私は罪を犯すのかしら
では、あなたの<答え>は何?
答えならもうわかっているわ
…………
どうも
……あなたは?
私は……あなたの<答え>を検証する者とでもいうべきか
検証する者?まさかあなたは――
茯神?茯神の欠片?それとも本来の茯神の姿?だと?
目の前の亜人型機械体は優しく笑った
ならここは……あなたの夢の中なの?
いや、その言い方は正確ではない
知っての通り、機械体は夢を見ない
ここは私のささやかな願いの場だ。「ゆりかご」に改造された時、私は心の奥にこの願いをしまい込んだ
なら、あなたの「心」の中の願いとは何でしょうか?
それは、あなたの<答え>だ
目の前の茯神に向かって彼女は扇子を突き立てた。手練れの彼女だが、それは最もつたない殺し方だった
扇子の骨から微かな振動が伝わってきた
次の瞬間、その振動は雪崩が崩れ落ちるような大きな震えとなった
お見事。ありがとう……
殺してもらえて……感謝する
…………
ああ、思い出した
君は……あの雨の夜に見た機械体だな
雨の夜の、機械体……
ユリシーズだったのか!?
ああ……それは私の……最初の名だ
…………
ありがとう。助けてくれて本当にありがとう
たいしたことじゃない。シ……シブナ
だが我々はただ……コロシアムという檻から、他の檻へ移っただけだったな
出口はない……ここも同じだ。あの雨の夜のように星も見えない
見えるのは木と、この空を覆う葉だけだ……
震えがついに止まった
どうか……あなたの望む夢の中で「答え」を見つけてください