Story Reader / 叙事余録 / ER02 朽腐る灯 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER02-24 朽腐る灯

――15分後

ノアン

……ぐぁっ

全身傷だらけの青年は力を振り絞り、やっとの思いで埠頭のフェンスをつかんだ

長い暗闇と昏睡から目覚めると、周囲は侵蝕体だらけだった。取り囲まれた彼は仕方なく、灯台の上から海へと飛び込んだ

……もし構造体に改造されていなかったら、墜落して死ぬのはこれで3度目ってことになったかも……

地面に座りこんでぜいぜいと喘いだあと、彼は2本の剣を支えに立ち上がり、頭をぶるっと振って髪の雫を振り払った

駄目だ。まだ休んでいられない……

侵蝕と怪我のせいですでに機体は限界に達していたが、ノアンはなんとか気力を奮い起こして走り出した

……惑砂のやつはまだ外にいる。彼は絶対に誰かをまた傷つけようとするはず……!

――同時刻

折鶴が惑砂の椅子へと形態を変えた。彼の横には数十人の構造体が倒れている

残るはあなただけだ、グレイレイヴン指揮官

実をいうと、あなたを殺したくないんだ。あなたはヴェンジと違って……ボクを苛立たせないから

もしあなたがボクと一緒に来てくれれば、構造体に改造して、仲間として迎え入れてもいいよ

どうして?

彼は周囲を警戒しながら、ゆっくりと指揮官に向かって歩き出した。最後の敵を前にしても焦っている様子はない

本当の仲間……

ボクはあなたの仲間にはなれない?

フフッ……ボクはとっくの昔にそれも試したんだ……

ボクも人間と共存する道を探そうとした。でもたくさんの人を傷つける以外、何もできなかった……

うん。そう話したって嘘だと思うだろうね……でもこれだけは、信じて――

ボクはこの世界を、多くの人を愛している。みんな、災いから生き延びてほしい。そのためなら多少不完全な形であっても……

そんな考えを持つってことは、昇格者の中でも異端なんだ

彼が話す間、逃走ルートがないかと周囲に目を走らせた。だがここは広く、遮蔽物もない。運動能力で構造体に勝てる訳もなく、しかも彼にはあの奇妙な機械椅子がある

たったひとりで昇格者と対決するのは得策ではない。今は待つべきだ

ん?……「折鶴」が気になるの?

視線を感じて惑砂は微笑んだ

これはボクの「処刑椅子」なんだ。座った者を拷問し、殺すためのもの。いい子は触らないようにね

元はハンディキャップがある人のための介護用の椅子だったけど……「父さん」たちに改造されて、この形が出来上がりました、とさ

うん、ボクを育ててくれた人たちのこと

言ってもわからないよね?簡単にいえば……彼女……折鶴は侵蝕された機械体なんだ

彼女のことも、ボクたちの間に何があったかも、知る必要はないよ。とにかく彼女は侵蝕体だと思えばいい

どう説明しても、人間から見れば彼女はただの昇格者の武器にしか見えないから

後悔してる?ここで離反者の調査なんてしなければ、彼らもこんな酷い怪我をせずにすんだのに

あの粛清部隊の隊長……ビアンカだっけ?彼女ももうあの方に殺されてるだろうね

……信じる……?

変えられると信じてるから、あなたは足掻き続け、反抗し続けているの?

あなたたちはいつもそうだ。自分の力を過信している……そうやっているといつまでもみんながパニシングのせいで死ぬのに、それがわからないの?

選別することが残酷だと思っているんだろうね……このまま戦って、皆が死んでから勝利を手に入れたとして、それと選別とは何が違うの?

昇格者は素質を持つ人を救ってるんだ……ボクたちがいなければ、その人たちだって結局死ぬんだから

……誰も守れないくせに

パニシングの制御もできない今のあなたたちには、空気すら致命的な毒物だ

こんな環境下で生きられるのは、選別に合格した種だけだ

惑砂の周囲のパニシングが鋭い棘に変化し、狙いを定めている

人間の勇気、希望……そんなものはただの鏡花水月、飛んで火に入る夏の虫だ

虚ろな希望が消える前に、せめてあなただけは残そう、グレイレイヴン指揮官。あなたが赤潮に引き裂かれてバラバラになっても、ボクが赤潮の中で幸せな夢を見せてあげる

惑砂が手を上げ、指揮官の方向に指をクイッと動かした瞬間、鋭い棘がうなりをあげて飛び出した

逃げる余裕もない――次の瞬間、空中で雷鳴と光が炸裂した!

満身創痍の機体が立ちはだかり、攻撃を受け止めた

ノアン

惑砂、君は間違ってる

希望は幻の信念なんかじゃない、僕たちが無数の犠牲を払い、無数の苦しみを貫いて得た結論なんだ!

惑砂

…………

それがあなたの選択で、あなたの答えってこと?

ノアン

そうだ。何度聞かれようと、選別も君の考えも認めることはできない

見捨てられ、抑圧された泥沼の世界に生きたくないからだ。喜びを失った顔はもう見たくない。偽りの涙にはもう同情したくない

僕は絶対に自分の願いを諦めない……!

惑砂

昇格者ではないあなたに何ができる?過去の仲間みたいに、誰も救えず死ぬだけなのに

ノアン

知ってるさ、僕は平凡なやつだって。それでも僕にできることはまだある

惑砂

空中庭園は昇格者と繋がりを持つ人は受け入れない。あなたは潜在的な危険分子として扱われるだけだ

ノアン

僕自身をいくら疑われようが、過ちを犯し続けるよりずっといい

惑砂

あそこはあなたが望むエデンじゃない。「英雄」に対するあなたの憧れを利用し、見捨てて、より酷い罪を着せるだけだ

ノアン

わかってる。そんなの、とっくに経験してるよ。それでも僕は自分の選択を後悔していない

あのクーデターが勃発する数日前、心配するベラが3つの質問をした。その時、ノアンは3度とも「知らない」としか答えられなかった

しかし今、進む道が墓場に続く茨の道だとしても、彼は決して振り向かない!

ノアン

僕の願い、僕たちが待ち望む未来は、一寸先も見えない暗闇の、その先にこそあるんだ

希望とは、どんな苦境にあっても必ずその夢を実現させるものなんだ!

2本の剣をぐっと握りしめて身を躍らせ、ノアンはためらいなくそのか細い体に攻撃を仕掛けた

機械の金属アームと剣が激しくぶつかり、目がくらむような光と衝撃が周りの草を揺らした

ノアンは反動を利用して身を翻し、空中から惑砂の首を狙った。しかし惑砂は避けることなく素手で武器をガッとつかんだ

惑砂の両手が鋭い刃に切り裂かれ、赤い循環液が噴き出た

……あなたの覚悟はもうわかった。行きたいなら行けばいい

でもいずれボクのもとに帰ってくる……ボクを探しあて、力と末世を渡り歩く自由をボクに求めるだろうね

ノアンの剣を更にきつく握りしめ、それを自分の胸元にグイと押し当てた

ボクを殺したいなら、それでも構わない

どうせあなたがやらなくても、ボクはもうじき死ぬ

だから……次にボクに会った時は、また自己紹介をして……その時のボクは……もうあなたを忘れているだろうから

彼が手を離すと、動きを止められていた剣がじりじりと体を貫いていった

このままボクを引き裂けばいい。まだ痛みは感じるけど……何度も蘇る者の……こんな命なんて大切にする必要はない……よね?

……惑砂、君は……!

???

連れ戻せ、折鶴

暗闇から男性の声が聞こえると折鶴はすぐに展開し、惑砂を包みこんで後方へ撤退した

誰だっ!

ノアンは折鶴が飛んでいった方向へ走ったが、見えない防御シールドにぶつかった

……痛っ!

あ、頭の傷口が開いただけ……

グレイレイヴン指揮官、あなたの無事な姿を見ることができて、とても喜ばしい限りですよ

ですがあなたと別行動を取っていた人たちは、少々不運に見舞われていますがね

でもご心配なく。彼らは資質を持つ「種」ですから。完全にとどめを刺した訳ではない

我々の実験と遊びはすでに終わっています。また今度お会いしましょう。その「今度」は……そう遠くはないでしょうが

ふたりの姿が森に消えたかと思うと、背後から急いで駆けつける足音が聞こえた。ルシアが支援部隊を引き連れてやってきたのだ

指揮官!!遅れてしまい申し訳ありません!

……あの代行者がここへ来るなんて

……!

粛清部隊の負傷者たちと合流後、無事空中庭園に届けました

後続の輸送機もまもなく来ます。戻りましょう!

ゲホッ……ごめん、手伝うのは無理みたいだ

大丈夫ですか?

侵蝕と損傷が、限界に達しているみたい……

彼は剣で体を支えるのがようやくで、ふらついて立っていられない

気が抜けて……僕は……

ちょっと……

申し訳なさそうな笑顔を浮かべ、彼はそのまま地面に崩れ落ちた

皆で力を合わせて負傷者たちを医療隔離カプセルに運び、輸送機で空中庭園への帰路についた

離反者の捜査任務は未完に終わってしまいましたね、指揮官

窓の横に座るルシアは、厳しい顔で任務情報をまとめている

離反者は大量に発見しましたが、昇格者に関してはほとんど進展がない状態です

粛清部隊の隊員の中には、09号医療エリアの救援信号は離反者と昇格者が手を組んでいたと……

私たちと粛清部隊を分断する策略だったと、そう考えている人もいるようです

はい、指揮官

隔離カプセルの中の青年を見ていたルシアは、考え込みながら振り返った

彼は今回救出された構造体ですか?どこかで見たような……よく思い出せませんが

ええ、彼はおそらく、もう犠牲になったはず

彼女は皆を守ろうとして重傷を負い、非常に危険な状態です

ルシアは顔をしかめた

あの代行者はまだ力を隠しています。防御シールドはその力のひとつにすぎないでしょう

聞き慣れたエンジン音が響く中、沈黙が続いた。その時、隔離カプセルから微かな音が聞こえた

起きたようです、指揮官

ノアン

……なんとか

ノアン

はい

彼の声はぐったりしていた

ノアン

はい

ノアン

ええ、ほとんど思い出しました

それは、最初に出会った時の質問だった

ノアン

……名前……

アジール号から投げ出されて以来、ノアンは自分の本名を隠して「シュレック」と自称していた

それはトラブルを避けるためであり、噂や言い逃れできない罪を避けるためだった

本名を言いたい時もあったが、すでに「シュレック」という名で知られていたため、彼もわざわざ説明することはなかった

ノアン

いいえ、思い出しました

願望や秘密を抱えた「シュレック」と違い、「ノアン」は過去の傷と死別の思い出を抱いている

ノアンという名前には苦痛とトラブルしかない。誰かには誤解され、一部の誰かにとっては裏切りと罪の名前だ

だからこそ、その痛みと悲しみで自我を見失わずに、魂の選択を捨てないように自分を戒められる――

未来へと邁進するのは今だ。彼はこれからも多くの選択を迫られる場面に直面するだろう

もし今、自分の決意の象徴を答えよと言われていたとしても、彼は同じくこう答えただろう――

ノアン

ノアン、僕の名前はノアン

よろしくお願いします。指揮官

10:21 a.m. 科学理事会 ノアンが空中庭園に到着した数日後

確かに彼の機体には異質な点がある

彼が制御できている訳でも、かといって暴走してる訳でもない。昇格者がパニシングで彼と特別なリンクを築いたようだ

恐らく改造した時に昇格者は彼の機体か意識海に、何か特別なリンク技術を残したんだろう

非常に新しい技術だ。将来の機体開発の新たなアイデアになると思う

つまり、彼は昇格者でも授格者でもない?

ああ。おそらくだが昇格者がリンクし、支配していたからあんな異常な状態になってたんだろう。昇格者から離れたら、彼はその辺の普通の構造体だ

さすがは「イカサマ師」と呼ばれる昇格者だな。「昇格者から離れたら暴走する」というのも嘘だったとは

機体と意識海が何の影響で暴走するのかは、現段階ではまったく不明だ

実験室に閉じ込めておく方がいいな

それはやめておくべきだろうな。彼はかなり協力的だ。彼の自由を奪うのは人道精神に反する

本当に大丈夫なのか?

彼には交換機体がない。なのに毎回、実験と検査に自ら参加していた

強度の高い圧力テストでは大きな損傷を受けたし、検査のために機体部品も外していた。あれはとても辛い実験なんだ

彼があれほど協力的じゃなきゃ、早々に文句を垂れただろうよ。だが今まで文句も言わず耐えている

暴走を防ぐ手立てはあるのか?

ああ、彼の許可を取って何種類かの「保険」的な措置をかけてある

いつになればリスクが完全になくなる?

時間が必要なんだ。彼はもう昇格者の干渉を受けていないから観察サンプルが足りない。だから解析に時間がかかる

再び昇格者と接触すれば、観察サンプルが手に入るのか?

フン、黒野の研究員どもがやりそうなことだ。彼らに知られたら、ただじゃ済まないぞ

昇格者と接触させれば彼が裏切るか、死ぬ確率が高くなるだけだ。問題を完全に解決するか機体を交換するまで、昇格者と接触するような任務はご法度だ

バロメッツ小隊に入れたのは正解だったな

バロメッツ小隊の再編はもう終わっているのか?

ええ。でも指揮官から隊員まで全員ワケありでしてね。しばらくは調整する時間が必要です

隊長は誰だ?

パルマです

彼女が?

彼女しかいないので

ニコラ

ノアンには隊長の素質がありますが、まだ信用するには情報が足りない。彼に任せる訳にはいかんでしょう

ニコラ

リリアンは臆病者だ、それにリーダーの才能はない。それに彼女も「ワケあり」なので

尋問を受けた時、彼女は何も知らずにノアンを09号医療エリアに連れていったと答えていたが、完全に疑いが晴れた訳ではない

現場は人手不足なのです。重罰を与える訳にもいかず、とりあえず彼女には新小隊に慣れてもらうべきでしょう

ニコラ

そしてあの「ブッチャー」で有名なパルマ……

ニコラ

この3人は何かしら黒野と関係があります。リリアンとパルマは特に。ノアンは来たばかりだが、黒野はその機体に隠された秘密を見すごしますまい

こんな「問題小隊」の指揮は、シーモンには荷が重いだろうが

彼の体は連続する地上戦には不向きです。そのため「休養」時間を十分に与え、彼とチームメンバーを調整しています

バロメッツ小隊は今回で3度目の再編だ。シーモンに負担をかけすぎるのはよくない

これは彼自身の要望によるものです。昔のような……隊員の裏切りをこれ以上許さないと彼は言っておりましてね

……つまり、ノアンを監視する任務を引き受けたと?

ノアンだけでなく、他のふたりも怪しいので。地上の戦況は激化していますし、この件は他の者には任せられません

…………

彼を監視するのにまだ人が足りないと?

相次ぐ離反問題が解決されない限り、油断は禁物かと。ノアンは監視リストのひとりにすぎない

そういえば……

機体検査をしていた時、ノアンが離反者について話してくれた

僕が思うに、あの代行者の本当の目的は離反者を増やすことじゃない

代行者はそれを誘導作戦だと言っていたようだ

それに今回の件は、ずっと惑砂ひとりがやったことだ……だからあの者は別のことをしていたんじゃないかと思う

…………

地上調査の人員を増やさないといけないようですな

「惑砂」という昇格者のことで、他に何か言っていなかったか?

尋問記録通りだと思う。だが……

アシモフはノアンが初めて科学理事会に機体検査をしに来た日のことを思い出した

惑砂!?

ロサ

うわあ!

どうした?

ロサ

わわわわわかりません……あの人がいきなり私の後ろに……うぐっ……私、何か悪いことをした?

……君は……

ノアンは2秒ほど硬直したまま、その紫色の髪と瞳を見つめていた

えっと、ごめん、人違いみたいだ……君は?

ロサ

えーと……私はロサ……アシモフ先生のアシスタントです

ごめんね、ロサ

ロサ

大丈夫、大丈夫です

…………

彼はロサを見ながら再び考え込んだ

……なぜ……

どういうことだ?

いや、ただの誤解だったようだ

ロサはただでさえトラブルが多い。あんなどうでもいいことは言わなくてもいいだろうとアシモフは考えた

リーの特化機体はどうなった?

適応と製造だけなら、いつでも完成できる

でも今の状態ではせいぜい2台目の「白夜」になるだけで、肝心の改良点がどうにもならない

今はノアン機体の特殊リンク技術を研究中だ。それがΩ特化機体に新しいアイデアを提供してくれたらいいんだがな

なら命令通り、リーを空中庭園で待機させろ。彼は我々の残り少ない希望だ。こんな時にこれ以上の問題は起こせない

それをいうなら、ノアンは自らを昇格者の干渉から解放した。つまり彼にも特化機体の適応性がある

彼と昇格者の関係性の有無が不明瞭だ。そのリスクを排除するよりも、今はリーに賭ける方がいい

どうやらしばらくは……グレイレイヴン小隊はルシアと指揮官しか任務につけないようだな

リーフはすでに目覚めているが……

はい、今日の治療はここまで

教授、ありがとうございます。それに指揮官も……治療の補佐のために何度も空中庭園に戻ってきてくださって……ありがとうございます

はい、指揮官はいつもリーフの力になってくださいます

は……はい……

最近はどう?戦闘中に何か問題はありませんでした?

あなたが目覚めたこと自体が、医学的にも奇跡――そう思っていたんだけど

実は最近、あなたの病室の監視装置と治療機械が誰かに修正され、また復元されていたらしいの。時間はちょうどあなたが目覚めた時でした

誰が何をしたのかまではわかりません。その時間帯の記録が全部なくなってしまって

とりあえず私が調査します。こんな善行をしてくれたのに、名前も言わないなんて。つかまえたら病院の手伝いをしてもらわなきゃ!

教授は笑って手を振りながら病室を出た

はい、教授と指揮官のお陰で、幻痛の症状はだいぶ治まりました

ルシアから聞きましたが、地上で助けた人が今はバロメッツに所属しているのですか?

うん、仲間が増えるのはいいことです

指揮官も全部ひとりで抱え込まず、もう少し周りに頼ってくださいね

リーフは微笑んで頷いた

リーフは本当に指揮官や皆を頼っていますよ!これからも頼り続けますから

スターオブライフを出ると、見慣れた姿が世界政府芸術協会の近くをうろうろ歩いているのが見えた

指揮官、こんにちは

シーモン指揮官に頼まれて、物を取りにきたんですが道に迷ってしまって

指揮官は?どうしてひとりでここに?

予備の武器と塗装です

今の格好じゃ「侵蝕体の残骸の中から出てきた」みたいだから、パルマ隊長が芸術協会でマシな塗装を申請してこいって

塗装の変更をまだ見たことはないけど、せっかくのチャンスだし、やってみようと思って

でも、どこで申請すればいいのかわからなくて……

……いいんですか?

よかった、ありがとう

彼は笑いながら一緒に歩き始めた

悪くないですね。シーモン指揮官は優しい人だし

他の人も……礼儀正しい

ノアンは空中庭園の整然とした建物を眺めて、少し迷っているような表情になった

ちょうど同じ頃、整備から戻ってきたリーが世界政府芸術協会の中に入っていく指揮官の後ろ姿を見ていた

……?

あんな場所まで散歩する暇が?

不思議に思ってもう一度見た時、彼は指揮官の隣に知っている誰かの姿を見た

…………?

しかし彼はすぐにその疑問を打ち消した

(……何を考えてるんだ。あんな状況で生還は不可能だ、よく似ている構造体のひとりだろう)

しかし次の瞬間――

指揮官と談笑していた青年構造体の塗装が瞬時に変わった

?!

えっと……これは染色効果プレビュー用のテスト塗装なんですが、本当にこれでいいんですか?

駄目かな?

イタすぎます!

本気で言ってます?これが首席の美的センスなんだろうか??

こんなの目がチカチカする……!あなたたち……

世界政府芸術協会の職員は目を押さえて叫んだ

虹色の髪の自分が見てみたかっただけで、外には行かないよ。安心して

本当ですね?

ちょっと残念だけど、すぐ交換するから……

……ちょっと

リーさん?

生きてたんですか?

ええ、久しぶりだね

指揮官、わからないんですか。彼はシュレックですよ

あ……そのことを言い忘れてた

話よりまずそのチカチカするイタ髪を変えて――!

……とまあ、そういうことなんです

あの本があなたたちに拾われていたとは。縁って不思議だ

僕も最初は覚えていなかったんだ。思い出してからは言うタイミングがなくて

しかし昇格者に改造されるとは、なんて強運な……

いや、Ω型武器を抱えて飛び降りることを選ばなかったら、結局あなたは重傷のせいで車両の中で死んでいた。昇格者の支配から逃げるなんて流れもなかったでしょう

褒めてくれているのかな?

……解釈はご自由に

…………

まぁ、生き残ってよかったです

暇そうにぶらぶらしているあなたを見たからです

彼にも指揮官はいるでしょう?

他の隊員は?

……彼女たちは……

ノアンは苦笑して、言いかけた言葉を飲み込んだ

……

それはあなたが昇格者と関わりがあるから?

このことってどれだけ噂になってるの?

そうなのか……

人は焦れば焦るほど情報を知りたがる。そしてその情報が嘘でも頭から信じ込んでしまうんだ

でもこういうことは、僕は経験して慣れているから。心配いらないよ

…………

僕はアシモフのところにもう一度いくので、これで失礼します

油を売ってないで働け、でしょうかね

リーは大股で去っていった

たぶんリーさんは指揮官に休んでほしいと思ってるんでしょう

目つきとか……口調とか

さすがは首席どのだ

ええ、シーモン隊長は時間があればあなたのことを話すか、地上作戦の状況を訊くかだから

はっきりと言わないけど、たぶん指揮官のことが心配なんだ

ノアンは笑いながら、試着していた塗装を脱いだ

これでお願いします

他の変更点は?精鋭小隊の予備隊員にも、塗装カスタマイズの申請権がありますよ

うん、皆と同じ物でいいです

ok~

ありがとう

行きましょう、指揮官

でも確かに休んだ方がいいと思いますよ。シーモン指揮官があなたは戻ったばかりなのに、また新しい任務に出ると話していました

グレイレイヴンの休憩室までご一緒します。僕もちょうどバロメッツ小隊の休憩室に戻るので

え?どうしたんです?

「シュレック」の名前の方が好きですか?

いいですよ。シュレックも僕の名前だから、好きな方で

さっきは、何を訊こうとしたんです?

空中庭園に来たことについて?

後悔はしていない、かな

尋問されて、監視されて、疎まれて……更に研究に参加させられてると?

僕を空中庭園に誘った時、こうなると考えていなかったんですか?

……実は僕も答えた時、それを考えてた

大丈夫。答えた時には、こういう状況になるだろうと思ってたから

ミーシャが警告したのを、あなたも聞いていたはずだ

僕はしっかり考えてから決めたんだ

むしろ楽な道なんてあるかな?

平和な時代の物語の中でも、苦痛と辛酸をなめる人が登場する

あなたはどうなんだろう、「英雄」だった?

今まで楽な道を歩んできたの?

じゃあ、その苦しみを背負ったことを後悔してる?

痛みに耐えられなくて、逃げよう、諦めようと思ったことは?

僕も諦めない。苦痛だとしても

構造体になっても、僕の中身は人間だ

大事な人との過去や見てみたい未来があるからこそ、その苦痛を感じるんだ

でも逃げなかった。それはなぜ?

逃げたいなら、いつでも逃げられたはずだ……自ら命を投げ出すことも逃げ方のひとつだし

でもあなたはそうしなかった。見捨てられない人や物があなたを前に進ませたんだ

そう……僕にも大事な人や守りたいこと、それと見てみたい未来がある

だから、我々の答えは同じだね

どんなに苦しくて悲しくても、どんなに無力さに囚われても、僕は後悔しない

大切だから苦しむんだ。苦しみたくなくて願望を捨てれば、次は捨てたことへの悲しみと痛みを抱えて生きていくことになる

そうだ。あとひとつ言えていなかったことが

あの時、誘ってくれてありがとう

彼はニッコリ笑って分かれ道の前で止まった

この先がバロメッツの休憩室だから

ではまた、指揮官

ふたりは互いに手を振り、異なる方向に向かって歩いた

自身の平凡さを知り、その平凡な身体に無数の困難が訪れると知っていても、青年は迷わず進み続ける

平凡な命は野草のようなもの

根は深くなく、花も葉も美しくない。だが露を吸い、水を吸い、死人の血と肉を吸い、生きるために奪い合う

生きている間は踏みにじられ、刈られ、それは枯れて腐るまで続く

だが、野草であるがゆえの平凡さや、朽ち腐れることを憎まなくていい

朽ち腐れるのは、魂が燃え尽きた証であり、代償だ

妥協しない魂の灯火を喜ぼう。彼らの魂の灯火が溶かした雪原で笑い、大いに歌おう

沈黙の中で従って、沈黙の中で死ぬより、彼らは燃え尽きていく死と朽ち腐れることを望んでいる

彼<//生き残り>は皆が残してくれた朽ち腐れた<//蛍火>に照らされ、進み続ける

いつの日か彼<//生き残り>もまた蛍火<//皆の心>の導きで、死へ向かうのだ

これが野草の選択

朽ち腐る日が訪れた時、きっと彼は微笑むだろう