Story Reader / 叙事余録 / ER02 朽腐る灯 / Story

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ER02-08 死火の選択

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……はっ、あいつ、また失敗して帰ってきたみたいだな……

車両に戻っても、屋根に叩きつけるような豪雨の音が少年の決心を揺さぶり続けた

誰かの嘲りの声混じりの重くて湿っぽい雰囲気が、更に魂を揺さぶってくる

???

――レイチェルはなぜこんなことをさせる?飼い殺しにして、ジュリーの代わりに帳簿整理を任せればいいじゃないか

――こいつの母親が物資をくすねまくったろ。さすがのレイチェルもこいつには継がせられんさ。昔のよしみで面倒を見てやってるだけだろ

――ほっとけ。ひねくれて頑固で、触れば手を噛まれるぞ。ジュリーがずっと家に閉じ込めてたからな……そんな育て方ではこうなるさ。レイチェルに任せとけばいい

少年はうつむくことで、背後から聞こえる悪意のささやきをやりすごしていた

…………

今思い返せば、まさにあの夜だった

ノアンは下層車両の片隅でぶるぶると震える「生き物」を見たのだ

それは自分と似たような年頃の少年だった。両足には酷い傷跡があり、体にも新しい傷がある。本を抱えて縮こまっている姿は、吹けば飛ぶような儚さだった

上層車両の護衛は少年の惨めな様子を気にも留めず、ただ怒りにまかせて暴力を振るい続けていた

周りの人は眉をしかめているが、誰ひとり助けようとしない……このままでは彼は重傷を負って、死んでしまうかもしれない

護衛と正面衝突するのは、賢明とはいえない

ラッキーボックスのせいで、上層の護衛に大量の「関係者」が紛れこんでいる今はなおさらだった。上と下の不満と怒りが秩序を乱し、日々暴力沙汰が起きている

少年も最初はその泣き声を無視しようとしていたが、近くを通った時、彼の凍えて震える白い手が目に入った

アジール号は、もはや氷の谷みたいなもの。私たちは中に閉じ込められた火種なの

燃え上がることができないなら、寒さで消えて凍えるしかない……消えてしまえば氷の谷を溶かすことはできないのよ?そうなれば誰ひとり助からない

……お母さん

階級と武力を重んじるアディレ商業連盟では、法律などとっくに意味を失っている。暴力や悪意に対する罰など、ここには存在しない

ジュリーが絶対的な正義や優しさの代表という訳ではない。しかし彼女の毒殺を嘲り笑った民衆も、まさか我が身にこんなことが降りかかるとは思ってもいなかった

……寒さで消えるか、燃え上がるか……

その言葉を心に念じながら、少年はゆっくりと足を止めた

どんな結果になるかは明白だった。それでも彼は通路を引き返し、暴力を振るっている相手に武器を振り上げた

ノアン

……やめろ!これ以上殴るな!

上層の護衛

はあ?こいつは俺様の道を塞いだんだ。殴って何が悪い?

ノアン

足が悪いのが見えないのか!?

上層の護衛

知るかよ

護衛はすぐ側に投げ出されていた杖をちらっと見た

上層の護衛

へっ、お前、バックに輸送隊のレイチェルがいるからって、上層の護衛に対してキャンキャン吠えられるとでも思ってるのか?

彼は自分は格上の立場なんだぞと強調してきた。この状況を制止しない群衆であっても、衆目に晒してふたりの子供を「罰する」勇気はなかったようだ

ノアン

レイチェル隊長は今は関係ない。彼女は今ここにはいない

上層の護衛

ケッ、レイチェルがいないなら、誰もお前を守らないってことだぜ

乱暴なその護衛がノアンを引っつかまえようと手を伸ばした瞬間、ノアンの武器が火を噴いた。弾は彼のマスクに命中し、深い亀裂を残した

ノアン

……ごめん。射撃がまだ下手で……今のは威嚇のつもりだったんだ。まさか当たると思ってなくて

上層の護衛

このぉ、バケモノ野郎が!

ノアン

もう一回撃たれたいのか!?

少年は怯まずに低い声で凄んだ

ノアン

いつもの僕の腕なら、弾は逸れてただの威嚇で済むだろう

でも万が一、ガードされてない部分に当たれば……

上層の護衛

お、お前、さてはイカれてんな!?護衛に発砲するってか??

自分を見下したような子供の態度に我慢できない様子で、彼は最後の警告を発した

ノアン

そっちに言わせれば、怪我人に暴力を振るうのは「まとも」で、それを止めるために怪我をさせたら「イカれてる」なんだ。じゃあ、僕は正真正銘、イカれてるよ!

長い間鬱屈していた少年の心の澱が、鋭く尖った矛となって、傲慢な護衛の目を貫いていた

ノアン

……どうする?やっぱり撃っていいの?

これは無謀で身のほどしらずの行為なのはわかっていた。しかし、彼は怒りを露わにしたことを決して後悔していなかった

上層の護衛

このっ、畜生めが!

護衛は怒声を上げ、何のためらいもなく殺せる命に向かって、ぐいと武器を振り上げた

おいッ、いい加減にしろ!

武器を振り上げた手がいきなり誰かにつかまれ、空中でぴたりと止まった。振り返るとそこにはひとりの大男と、輸送隊の10数人が立っていた

首を突っ込むな!こんなバカげたことで犬死にしたいのか?

そんなそんな。私たちも旦那たちがこき使える命をひとつでも多く残したいだけですよ。ほら、食肉用の家畜を殺す時だって、仔は残すもんでしょう

お前ら、ここが飼い主の縄張りだと知って、たてつこうってか!

何をする気だ!?

いやいや、落ち着いて。境遇は多少違っても、あなただってこちらと同じく「飼い主」サマのために日々働いている訳でしょ?

「ご主人」サマにとっては、あなただって同じ。我々よりちょーっと値段が高いだけで、いくらでも替えの効く存在ですよ。つ~ま~り~

サーナは笑いながら一歩下がった

今日はおひとりなんですね?ちらっと聞きましたよ、あちらの車両でお仲間と喧嘩して、ひとりだけ残されたとか?

群衆の視線が護衛に集まる中、彼もようやく自分がひとりきりであるこの状況に気づいた

「上層車両の護衛」の身分である限り、反抗する者に最悪の結果を見せてやることは容易い。だが、それはここを離れて、自身の力が及ぶ場においての話だ

今は――安全に離れるのが困難な状況といえた

サーナが言うように、「ご主人」は彼らが生み出す結果、その価値にしか興味がない。その「価値」の生死や生活、未来にはまるで関心がない

自分に手を出されれば彼らには罰を与えられる、それで後日留飲が下がるかもしれない。だがそれは今ここでの身体安全の保証にはならない。ひとりきりの彼は進退窮まった

………………

お前ら、大した団結心だな?

本を抱えて無様に転がっているこいつの親父、誰の紹介でここへ来たか知ってるか?ヒースの知り合いの紹介だって話だ

…………

その言葉に皆の顔が曇ったのを見て、護衛は得意そうに笑った

こいつの親父は俺みたいな護衛になりたかったらしい。でも「取引」が多いからってここに残ったんだ

この意味、わかるよな?内通者を助けていい気になりやがって

あらあら、そんなことまでは知りませんでした。その件については反省して、あとでこのクソガキふたりは列車から突き落としておきます

フン、そうするんだな

護衛はそう捨て台詞を吐いて去っていった

護衛の姿が消えると、ニーノがのしのしとノアンに近づいてきた

そしてノアンの顔を平手打ちした

死ぬ気か!俺らだってあえてあいつらの暴力を見逃してるんだ。輸送隊に入って何日目だ、迷惑をかけやがって!!

最近の護衛は狂ってる。彼らに刃向かえばどうなるか、見てないとは言わせんぞ!?今月もひとり死んだ。あいつの決断がもう少し速けりゃ、お前とその小僧は死んでた!

見たよ!見てたからこそ……もう誰かが死ぬのは嫌なんだ

あいつを倒したところで、護衛はまだうじゃうじゃいるんだ。全員を倒す気か??

ジュリーとレイチェルが育ててくれた命を、こんなやり方で捨てるな!

もう許してやって。そんなこと言ってるけど、ノアンが止めなきゃ、あんたが手を出してたでしょう?

チッ、うるせえよ

照れなくていいよ、私だって見てられなかったし。最近はこんなことばっかりで、こらえきれずに彼らとやり合えば更に酷い仕返しがくるだけ。このままじゃ持たないわ

仕返しどころか、今回は何とか生き残れたが、次はないぞ!?

覚えとけ!正義のために動くにも、まずは己の力量の限界を知ることだ!

ニーノの兄貴、いつまで言ってるのよ?仕返し云々より、本当にノアンのことが心配だったみたいね

……ごめんなさい、ニーノお兄さん

サーナ!お前も弁えろ!それとな、ここじゃニーノさんか隊長って呼べ!

ニーノは顔をしかめながら、大股で車両を出ていった

今日はほんと、驚かされた。あんたは9歳の時には護衛と喧嘩してたってレイチェルが言ってたけど、冗談だと思ってたから

少年のか細い肩を叩きながら、彼女は大笑いした

ジュリーもレイチェルもいないもんね、何年もためこんでた子供の頃の意地を、また爆発させちゃったわけ?

……僕は……

大丈夫大丈夫。レイチェルに怒られれば済む話。心の準備はもうできてるのね?

…………

ニーノの話は気にしないことね。まったくあの人、素直じゃないのよ。さ、私もやることがあるし、行くわね。バイバイ

野次馬が去ったあと、車両の影からある老女が震えながら現れた。ヒルだ

ノアン、恐ろしいことを……大した度胸だね、怪我はないかい?

彼女は心配そうにノアンの顔を両手ではさむと、確認するようにしげしげとあちこち眺めた

大丈夫だってば、ヒルおばさん

ごめんね、おばさんは小心者だから、虐められてるのを見ても何もできなかった

彼女は腰をかがめ、足が不自由な少年を支えてやっていた

この子の肩も傷だらけだ……

大丈夫……おばさん、たいしたことないよ

彼はノアンの方を振り返ると痛みをこらえて微笑んだ

助けてくれてありがとう

大したことはしてないよ。僕はノアン、君は?

……僕はフィールド。ありがとう、ノアン

気にしないでいい……でもその足……歩けるの?

ちょっとふらつくだけ。少し前にガーデナーのチェーンソーに切られちゃって

医者が縫ってくれたけど、あまりきちんと治療ができなくて、後遺症が残ったんだ

ひええ…………

フィールドの話を聞いて、ヒルは恐ろしそうに震え上がっていた

親御さんはどこにいるんだい?

父さんは輸送隊と一緒に荷物運びに出かけてる。母さんは……その、僕の足を切ったガーデナーに殺されたんだ

…………

大丈夫。父さんが帰ってくれば、全てうまくいくよ

君は列車に来たばかりなの?

うん

じゃあ、今からおばさんの言うことをよくお聞き。もう上層車両の人と関わっては駄目。誰かが彼らのせいでこんな酷い目に遭うのは、もう見たくないのよ

今日は輸送隊が助けてくれたけど、あんたの父親と護衛が繋がってるってことを知られたら、次はどうなるやら……

うん……ありがとう、おばさん

…………

いつもどこで寝てるんだい?送るよ

……ごめん、父さんはまだどこにも決まったベッドを手に入れてないんだ。僕、普段はここに座ってる

あらら、あいにく私の方にも場所がなくてね。よかったら私の椅子に座るかい?

大丈夫だよ、ヒルおばさん。この子を連れて他の場所を当たってみる

そうかい。場所がなかったらまたおいで

彼女は頷きながら自分の場所へと戻っていった

……どこにいくの?

秘密基地さ

秘密基地?

うん、連れてってあげるよ

――ノアンはフィールドに手を差し出した

……状況は聞いた

輸送任務から戻ったレイチェルは苦虫を噛み潰したような顔をしていた

その顔を見るに、謝る気はなさそうだね

……いいえ、ごめんなさい

レイチェル隊長、ご迷惑をおかけしました

でも、これはレイチェル隊長に対する謝罪だからね。あの護衛に謝る気はないよ

レイチェルは首を振りながらため息をついた

ったく、ジュリーそっくりだね

お母さんと……?

お母さんもこんなことをしてたの?

彼女の行動のうち、2割はそんな類のことだ

レイチェルはしばし口をつぐんだ

彼女がいつも他人から恨みを買ってた理由の2割は、こんな揉めごとをよく起こしていたからさ

でも、お母さんはいつも……

なんて言ってた?現実を見ろ、自分の無力さを妥協しろって?

うん

それは正しい

ここで私に誓いなさい。もうこれ以上あんな些細なことで面倒を起こさないと

……「あんな些細なこと」じゃない。フィールドの足は不自由だし、あの時僕が止めなかったら、護衛に殺されていたかもしれないじゃないか

その結果、どうなるか考えた?あの護衛たちが何もしないとでも?彼らはお前だけじゃなく、ここの皆に仕返しをするよ

……ごめんなさい

今回の件について、もうこれ以上は言わない。あの護衛は偽物だったし

……偽物?

列車の中は人が多すぎて、互いにほとんど面識がない。護衛たちの方でも似たような問題が起きているらしい。しかもこんなのは今回が初めてじゃない

防護服を着れば顔なんて区別がつかないから、その服を着て、上層部の護衛のふりをしていたんだ

……そんな

気にするな。上層の貴族にも話して、この件は厳しく調べてもらう

隊長は上層の貴族と……繋がりがあるの?

輸送隊の主要な任務について彼らに報告しないといけないからね。でもそれはお前が心配することじゃない

覚えときなさい、次はないからね

もし次に運悪く、本物の護衛とやりあったら……本当に殺されてしまう

運……

もしそいつが本当の護衛なら、僕たちみたいな年齢の子供に手を上げたりしないよ

運に左右された訳じゃなく、考えた末の行動だって言いたいのか?

はい、レイチェル隊長。僕は考えなしにやったんじゃない。昔みたいに挑発されたからってやすやすと喧嘩はしない

どういうこと?しっかり考えたから、次にこんなことが起きても、その時はやっぱり止めに入るって言いたいのか?

レイチェルはまたため息をついた

現実を見なさい、ノアン。自分の実力のほどを正しく認識しないと。ジュリーの言う通り、妥協することが自分を守ることになるんだ。わかった?

…………

妥協して何人もお母さんのように死なせるの?たとえお母さんが本当に悪いことをしてたとしても、護衛たちの言う「規則」に従って、ちゃんと罰を受けさせるべきだったんだ

そうすれば、お母さんは毒殺された上に、犯人も捕まらないなんてことにはならなかった

人を殺しても罪にならない状態じゃ、フィールドみたいな無実の人だって簡単に殺される。そして次に死ぬのは、僕たちだ

…………

ノアンのまだ幼さが残る顔を、レイチェルはじっと見つめた

彼女は考え直した。ノアンを動かしたのは幼いがゆえの無鉄砲さではなく、彼が自分で言う通り、しっかり考た上での行動だったのだ

ごめん、説明が足りなかった。私が言いたいのは妥協であって、断念ではない

私たちは英雄じゃない。だからこそ問題は円滑に解決しないといけない

お前の怒りはよくわかる。でも、私たちは時機を待たなければ。報われる日がきっとくる、それをじっと待つんだ

……わかりました

もう少しの辛抱だ、ノアン

私だって、お前以上にあのクソ野郎どもを憎んでる

…………

お帰り。隊長さんはなんて?

…………

何か、怒られたの?

違うんだ、あの護衛は偽物だったって

偽物……?

フィールドは信じられないというように目を大きく見張った

外ではこんなことは起きなかったかい?

うん……少なくとも、僕がいた保全エリアではなかった

保全エリアに入れるのは専門技術を持った人だけで、難しいテストをパスしないと入れないって聞いた

……うん、確かにそうだね。保全エリアに入れる人はすごく限られてる

顔を上げた彼の緑色の目が、暗いランプの光を反射していた

……3年前にある事件があったんだ。ある人がテストをパスするために、自分と同じ受験者を負傷させた

保全エリアの護衛に捕まった時、彼はパニシングに侵蝕されてて、全身が化膿していた……保全エリアに入れなければ、あと数日ももたない状態だったらしいよ

他人を傷つけるような人だから、保全エリアでは誰も彼を受け入れようとはしなかった。でもそれを見すごせなかったある構造体が、彼に血清を渡したんだって

でも結局……翌日、彼はその血清を構造体に返して、そのまま死んじゃったんだ

どうして?

たった1本の血清では彼の状況が変わらないからだろう……って父さんが言ってた

……それが外の世界?

うん、厳しいテストのお陰で保全エリアの秩序は守られていたけど、助けを必要とする人の大部分は、見捨てられてたよ

だから……ここに来る前は期待してたんだ。アディレ商業連盟は動く理想郷で、パニシングの侵蝕もないって父さんは言ってた。世界各地に必要な物資と笑顔を届けてるんだって

理想郷?

うん、今思えばすごく幼稚だし、馬鹿馬鹿しいけど……

ここで一体何があったの?元からずっとこんな感じだったの?

……ここは……

ここも外の世界と同じだよ。生きるために他人を傷つけたり、ほとんどの人は全力であがいてる

僕たちにあんな酷い態度を取るのも、そういう状態だからなの?

……うん

フィールドと上層貴族の繋がりを知った人々は、彼に対してお馴染みの無関心や悪意を隠そうともしなかった

フィールドは身体が弱く、歩くのも大変な上によく発熱した。万が一に備えて、ノアンはなるべく彼を書庫ですごさせていた

人々に受け入れられない子供であっても、彼らは書庫という秘密基地にいれば生き続けられた。しかしあの騒動の後、ノアンに対する人々の態度は徐々に変化してきた

――ある日

片隅をうろうろしている少年を見つけたのは、生まれながらに快活でいつも周りを笑顔にする女性だった

あら、ヒーロー少年、私たちと一緒に食事でもどう?

……えっ?

誰かに一度も誘われたことなどなく、とまどっていたノアンを彼女は半ば強引に平民車両へと引き込んだ

お?さっきまであの子は一匹狼だって言ってたのに、素直についてきてくれたんすね?

私が呼んだのよ!

……何か用ですか?

ノアン、あんたも輸送隊の一員でしょ。もうすぐ皆と一緒に輸送任務に出るのよ。こんな時にひとり隅っこでウジウジ閉じこもっててどうすんの

……僕は別に……

ボクは一匹狼じゃないぞって?いつまでもジュリーの件を気にして、輸送隊の仲間より、シワシワの老人連中の輪に入ってる方が楽しいの?

気にしてるのは、そっちでしょ

人は変わるもんなの。ジュリーに不満があっても、あんたは皆がビビってたことをやってのけた。レイチェルもあんたを可愛がってる……そりゃ皆の態度も変わるわよ

レイチェル隊長以外は、前は、誰も僕たちを助けてくれなかったくせに。今さら……

ほら見ろ、こいつは根に持つタイプだって言ったろ。しかも母親譲りの石頭の頑固者ときた!

何で助けてくれなかったなんて断言できる?お前、いくつだ?ずっとジュリーのオフィスか、あの仕切りベッドの上だけで過ごしてたろうが。井の中の蛙、大海を知らずってな

あれはジュリーが閉じ込めてたんだよ、トラブルが起きれば、命を落とすかもしれないからって

今はどうだ?またあの井戸の中に戻ったとして、トラブルの方からやってくるぜ

独りよがりになって缶詰に閉じこもってりゃ、誰ひとり助けられないんだよ!

それ、ニーノ兄貴のこと言ってる?ブーメランっていうのよ、そういうの

うるさいな!

…………

ニーノの言う通りだった。母親が亡くなるまで、彼は井戸の外を何も知らない子供だった

あの時の少年の世界は本と趣味が全てで、人々の善意や悪意をぼんやりとは感じていたが、そういった態度をとられる理由をまったくわかっていなかった

ラッキーボックスの販売数が低迷している今の生活環境では、人々を避け続けても、何の解決にもならない。それに――ノアンはもともと家に閉じ込められるのが嫌いだった

突然向けられた善意に彼は少し困惑したが、だからといってそれを断る理由もない

ノアンはしばらく考え込んで、ようやく頷いた

……うん、わかった。ありがとう……これからは、みんなと一緒に行動するように努力する……

ゆらゆらしていた小さな水滴が、ポトリと渓流へ落ち、ひとつになって流れ出した

おいおい?もう説得できたって?俺らは何のために悩んでたんだ?

悩む?

ハハッ。実はな、彼らは食事中、たまにお前のことを相談していたんだ

彼らって?

ああ、ニーノ、ウェイラン……まあ輸送隊の中心メンバーたちがな

どうして僕のことなんか?

お前は13歳より前に輸送隊に入ったし、レイチェルとも親しい。それにジュリーの件もあったし、話題に出ない方がおかしいだろう

…………

そんな顔をするなよ。別に悪口を言ってたんじゃない。今は人手が足りないし、レイチェル隊長は人を見る目がある。ずっとお前への偏見に凝り固まってたらダメだ、的な話さ

レイチェルはジュリーと仲がよかったし、お前を見捨てられないだけだと思ってたが……あの一件で、親子でも考え方は違うんだとわかった。これ以上は俺らの方が大人げない

親子でも違う……

フン、誰かさんがいつもジュリーがああだこうだと悪口を垂れてたからな。でなきゃサーナ隊長が呼ぶまでもなく、とっくに仲間にいれてたんだ

お前だって言ってただろ!

俺が言ってたのは、ジュリーがいつもこの子を家に閉じ込めてたから、今さら人の輪に入るのは難しいだろうってことだけだ!

ひとりぼっちでいたい子なんているもんか、こいつは世間に追い込まれて、無理矢理そんな自分を受け入れるしかなかったんだよ

それって経験談?

サーナの冗談に、皆が笑い声をあげたが、ノアンはただその場に立ち尽くし、どうすればいいのかがわからなかった

どうした?体調でも悪い?

いや、ただ、何をすればいいのか……わからなくて

誰かに助けてと言われたら手伝い、助けが欲しければ声をかければいい。迷惑とか、申し訳ないとか思わなくていい。人との関係は、お互いさまってことで深まるのよ

それだけしていたらいいの?

な訳ないでしょ!人と人の関係には暗黙のルールが山ほどあるんだから……ああ、マジ面倒くさいっ!

ええ……

でもね、そんなことをあれこれ考えるより、誰に対しても誠実に接すればいいだけ

サーナはそう言って笑いながらノアンの頭をなでた

皆との接し方がわからない時は、私が助けるから

皆で団結するのよ。あの日、あんたがフィールドを助けたみたいに。お互いに助け合えば、未来の困難だってきっと越えられる

そうだね

少年は真剣な顔で頷いた。人々がニコニコと笑い合っている中で、ノアンは少し緊張した様子で歩くと、ちょこんと机の前に座った

……みんな……ありがとう