唯一の生還者を連れて、3人は09号医療エリアへ走った
何があった?この人は誰だ?
途中で襲撃された小隊と出くわした。俺が着いた時にはほとんど死んでたんだ
騒ぎを聞きつけて、難民がぞろぞろと集まってきた
手伝いましょうか?
あんたが?難民はおとなしく座っててくれればいい
彼女は医療エリアに来る前は、保全エリアで技術者をしていたんだ。さあ、道を空けてくれ
タルボットヨリ、100バイカシコイ!
ぐっ……
フフ、そうでもありませんけど。とにかく先に手助けします。彼女の状況は?意識海に問題はありそう?
あちこち損傷してる。一部は古傷だけど、まだチェック中なの
わかりました。この部分のチェックは私が、残りはあなたに任せます
うん!
リリアンは立ち上がって治療台を引き寄せ、目の前の技術者とともに治療を始めた
どうした、医療エリアの変わりように驚いてるのか?
ああ、知らない人もたくさん増えているのに、前よりよくまとまって動いているな
列車が破壊されてから、人が大勢やってきたからな。これじゃいかんと各地に拠点を分散させて、人を再配置したんだ
……列車……
その言葉が聞こえた瞬間、彼は明らかに落ち込んだように見えた
突然のことだったから、大量の怪我人を治療する物資がなくて、大混乱のありさまだったよ
今はほとんどの人の怪我も癒えて、仕事もできるようになった……環境は大して変わらないが、皆で協力し合ってなんとかなってる
ところで、なぜこっちに来たんだ?
交代のために俺とリリアンがきたんだ
なるほど。で、あいつは?
タルボットは近くに佇んでいる青年を見た。いつの間にか彼は医療エリアの医療関係者と話し込んでいる
青年はある男の子の包帯の交換を任されていた。タルボットたちの会話は聞こえていないようだ
新しい隊長?それとも隊員か?見たところ、人間と気が合いそうだな
俺はよく知らん。ここにくる途中で会った。リリアンがいうにはあいつは記憶喪失で、自分の名前も思い出せないらしい
やっと新しい隊長を見つけたのかと思ったよ
…………
今は上も編隊を調整する余裕がない。見つけた人を手当たり次第、割り振ってるような状態だ。隊長なんか、こっちで調達した方が早い
そう言うと、彼は黙って自分の武器を磨き始めた
そうだな。プリア森林公園跡のこともとっくに片づいたってのに。上はまだあれこれ手配する余裕はないんだろうな
多くの被災者が上に運ばれたからな。彼らの生活をなんとかするだけでも手一杯だろう
それでも前よりはずいぶんマシですよ。地上と上の輸送が少しは回復して、やっと物資や武器の補充が届きましたしね
これでよし。簡単な検査と治療は終わりました。でも意識海はまだ混乱しているから、意識があるだけでも奇跡よ
…………
そっちのあなた、名前は?
……ぼ、ボクは……
どこの小隊の所属だ?
……小隊……みんなは……
名前も思い出せないらしいその少女は泣き出し、しどろもどろの口調になった
今はそっとしておきましょう。意識海が不安定だし、ここには指揮官もいないもの。今は休ませてあげましょうよ
もうひとり検査しなきゃいけない人がいたわよね?
僕です。よろしく
青年は医療器具を置くと、速足で検査台の側まで行き、少女の横に座った
…………
最近、意識海が乱れたって人が多すぎないか?
自分の隊の仲間が目の前で引きちぎられたんだ。安定する訳がないだろう
ハッ、こんな状況じゃ離反者が増えるのもしょうがない。Ω武器についての新情報もまったくないし、頑張ろうにも希望がないんじゃな
逃げたら希望があるっていうの?どこに逃げればいいのよ?安全な場所なんかどこにもないのに
……昇格者のところに行けばいいのよ
おい……!そんな物騒な話はやめろ!
なんでよ?議会はカムみたいな授格者だって受け入れてるじゃない!
昇格者になって、侵蝕体をコントロールできれば、多くの問題が解決されるでしょう!
そう思うのもわかる。だが逃亡して、皆を助けに戻ってきたやつなんかひとりもいなかったんだ
戻れなくなったのかも……その「選別」とやらに受かるのは、とても難しいって資料に書いてあったわ
…………
選別をパスできるんなら、その力で皆を助けられるんだがな
昇格者は私たちの敵以外の何者でもないよ
ずいぶん視野が狭いな。昇格者になれば力は自分でコントロールできるだろう。どう使おうがそれはそいつの自由だ
危険だろうが、授格者どまりだろうが、この災いを変えられるなら、俺ならどんな結果だって受け入れるぜ
もうそうしようと決めてるような言い方ね
…………
あなたまさか本気で……考え直しなさいよ。昇格者の下に行っても侵蝕体にされるだけ。そして最後には私たちに始末されるのよ
俺は侵蝕体なんかにはならないと言ったら?
早まるな、お若いの
その昇格者がどれほど強いかは知らんが、パニシングは何年も続いてきた災害なんじゃ。本当にそんなやり方が通用するなら、とっくに救世主が現れておる
地道に、一歩ずつ進むしかあるまい
お前に何がわかる!?
タルボットは拳で壁を殴った。その激しい音に周囲の人たちは驚き、場が静まり返った
一歩ずつ?1秒ごとにどれだけ人が死んでると思う?そんな悠長なことを言ってる場合か!?
タルボット……
地道にやって何になる?俺たちは何も止められない!侵蝕体が減ったと思ったら、今度は異合生物や赤潮が現れやがる。パニシングなんぞ、永遠に駆逐できるもんか!!
俺たちは何もできず、何も変えられない。ただ人が死んでいくのを見ているだけだ!
タルボット、ゴシュジン!カノジョハ、シンダ!ゴシュジンハシンダ!
……列車がこんなことになると知ってたら、精鋭小隊とオブリビオンの護送に向かったアンナを絶対に止めていた
俺は彼女を止められなかったし、守れなかった……!
列車……?
タルボット、いい加減にしろ!
そんな話をすれば粛清部隊に突き出されるぞ!そのご老人も別に悪意があって言った訳じゃない。むしろ彼の言う通りだ
才能だけで昇格者が生まれるなら、とっくに救世主が現れてるさ
そんな解決法は断じて正しくない。授格者だってできることは限られている。我々は他の道を探して、より多くの人間を生かさなければ
…………
ご老人に謝るんだ。それとお前らふたりも、その馬鹿げた考えを今すぐ捨てろ!もしまたこんなことがあれば、粛清部隊に通報する!
……そんな!
……すまなかった
タルボットはうつむいてそう言うと、ざわめく人々の間を抜けて医療エリアになっている部屋から出ていった
タルボット!
彼のあとを追って、リリアンも急いで出ていく
どこへ行くんだ?
青年もふたりのあとを追おうとしたが、検査中の技術者にひっぱって止められた
検査が終わってからよ!
我々が追いかける!
行くぞ!
……タ……タルボット……
……やれやれ
気にするな。彼らは最近、この話ばっかりだ。俺はなんとも思わないぜ。昔と変わらないよ
滅多にないチャンスを目の前にぶら下げられて、手を伸ばせば簡単に手に入ると思ったら、結局はそれは誰かの罠で殺される
ハハッ、ポンジ·スキームか。投資詐欺ってやつだ。「ラッキーボックス」のことを言ってるんだろう?
ラッキーボックス……?
あれはただのポンジ·スキームじゃない。ギャンブルの要素もあった。ハマれば家族にだって嘘をつきだす
あれはクソ貴族どもが売ってたんだろう?確かヒースのアイデアだったな。昇格者と何の関係があるんだ?
特に関係はないが同じようなもんだ。人を食い物にするって点では
選ばれたひとりだけが貴族の犬になってラッキー、残りの9999人は骨までしゃぶられる
貴族……?
構造体が離反しようと逃げるのに、「乗車券」はいらないからな
でも命がかかってるんだぜ?
じゃ、この戦いに勝てるとでも?
このままじゃ無理だな。昔と同じだよ。結局はごたごたになって……誰も生き残れない
列車……思い出した……
人々がわいわいと言い合う中、目を閉じていた青年の脳裏に記憶が潮水のように湧き上がった
あの「ラッキーボックス」……
下層車両に腐敗をもたらした原因のひとつだ
初めて「ラッキーボックス」という言葉を聞いたのは、9歳より前だったはず……
いつだったか……?昔のことすぎて思い出せない……
あの時、上層と下層の衝突のほとんどは個人間のみで起きていた。下層車両は人が溢れかえるほどごった返していた訳でもなく、上層車両の者にも礼儀はあった
母は昔のアディレ商業連盟は「混乱の手前だったが、一線は越えていない」と話していた
ここが今日の作業場だ。モノは全部、中に整理してある。いつもと同じでやった分だけ賃金を払う。じゃあ、頼んだぞ
選ばれた10人ほどの者が貨物車両に入った。そこには大量に積まれた物資と回収された綺麗な紙箱が置かれている
やったぜ。今日も「ラッキーボックス」だ。楽に稼げる!
そうだ。この仕事は簡単だし、歩合制だ。だから子供も頭数に入ってる。ボスが菓子を買えるくらいの小遣いを稼がせてやれってさ
なんなら年寄り連中を連れてこようか。なんせ後方支援の簡単な仕事以外、老人はほとんど稼げないからな
なるほど、ナイスアイデアだな。ボスにもそう伝えておく
護衛は頷きながら去っていった
「ラッキーボックス」って、ダンボールに入ってる物をこの紙箱に詰めればいいの?
そうだ。回収された紙箱を組み立てて、汚れを拭きとって、物をその箱に入れる。それから封をするんだ。でも中に入れられるのはひとつだけだ
なるほど、ありがとう
まさかこんな子供まで連れてくるとはな
まぁ、簡単な仕事だし。稼がせてやろうぜ
少年は紙箱を手に持ち、ダンボールの中を見た。そこには古びたパーツや薬、それから古い生活用品まで入っている
役に立ちそうもない物以外に、キラキラと光るカードもあった。そのカードは金属の箱に綺麗に並べられ、ひときわ目を引いた
おじさん、そのカードは何?
これか?「ラッキーカード」だ
ラッキーカード?
そう、これは数が少ないんだ。当てるには運が必要だから、ラッキーカードと呼ばれる
もし「ラッキーボックス」から「ラッキーカード」が出れば、引き当てた者は列車に乗って皆と一緒に生活ができる
どうしてみんなと生活するのにラッキーカードが必要なの?
ハハハッ、列車で生まれた子供は幸せだな。外の状況を知らないもんな
知ってるよ!外の状況が酷いってことはお母さんから聞いたもん。でもどうして列車に乗るのにカードが必要なの?
数には限りがあるからだ。だから「乗車券」がないと乗れない。乗車券ってわかるか?
少年は真剣な表情で頷いた
外は安全な場所が少ない。難民拠点、医療エリア、保全エリアは仕事ができる者や専門技術を持つ者、それに収容年齢に合致する者しか受け入れてくれない
困っている誰かを全員助けてたら、どこもすぐいっぱいになっちまうからな。物資には限りがあるし、誰だって何もできない居候の面倒はみたくないだろ?
だから、安全な場所ほど厳しい技術テストをしてから人員を受け入れるんだ
そのテストにパスすりゃ、家族と一緒にそこに住めるが、多くの人はそのテストに落ちる。しかもそのテストをパスできる他の家族もいない
本当に技術がない訳じゃなく、ただ自分に合った場所に出会えなかったのかもしれない。だが別の場所で仕事を探すために旅に出るのは危険すぎる
だから列車で他の場所に?
そう、それに列車も受け入れをしている。当然、技術のテストはするけどな
輸送部隊、整備部隊、後方支援部隊、上層車両の護衛やサービス業も、技術と身体的素養のある人材だけを募集しているのさ
どこに行ってもテストに落ちたらどうするの?
それなら技術のいらない力仕事をするしかない。そういう人材も今じゃ希少だが
でも募集は一時的なものだ。仕事が終われば必要ないからな。上もこんな臨時の仕事のために、常に人を抱えたいなんて思っちゃいない
乗車券入りの箱が当たれば、そういった技術テストなしで列車に乗れる。他の場所にも行けるし、新しい小隊を結成して、流動的に拠点を支援しながら皆と働いたっていい
上層に渡る物資も増えるし、下層は働き手が増えて助かる。支援が行き届けば各拠点の問題も解決するし、箱作りの仕事は老人と子供に任せりゃ、皆に資源が分配される
……へえ……
そうなったらいいよな!
彼らは心から喜んでいるようだった
――その後
ラッキーボックスの売れ行きが好調で、下層車両は日に日に人が増えていた
他の拠点でテストに落ちた人は予想より多かった。また彼らが列車に乗る前に従事していた仕事は、列車側が求める業務内容とほとんどマッチしていなかった
あぶれた人々の生計を確保するために、上層車両の貴族たちは「働きバチ」という部隊を立ち上げ、定職を持たない人を収容した
「働きバチ」は雑務専門の業務委託部隊だ。主に保全エリアの再建や畑の開墾、道路障害の補修に派遣され、たまに傭兵として戦ったりもした
しかしそのほとんどのメンバーは工業車両や他の工場に派遣され、安全に動かない機械の代わりに、単純労働をさせられていた
――ここまでは大方、予想通りの展開だった
しかし、ただの「単純労働」も予定通りにはいかなかった
審査もスキルテストもない働きバチの数は急増した。そうなれば当然、その中に……「怠けバチ」が紛れ込む
昨日、保全エリアでやたら嫌味を言われてよ
「働きバチ」のせいでか?
そうなんだ。拠点の畑の開墾を任されたやつがな、報酬を受け取って食事もしたのに、畑に座り込んだまま疲れたとかほざいたらしい
ハハ、珍しくもないさ。こんなご時世にラッキーボックスを買うのがどんな素性のやつか、容易に想像できるってもんだ
学校もないからな、技術をまだ身につけていない小さい子供とか
芸術創作や劇団員、ゲームデザイナーとか、それこそ平和な時代でなきゃ食っていけない職業だった年寄りとかな
別に職業差別をする訳じゃないが。保全エリアにも、そういう職業から転職した人は多くいた
今も働き口がなくて、でもスカベンジャーにはなりたくないとか言ってるやつらのことさ
力仕事をやらせて、重大な事故が起きていないだけでも万々歳だよ。疲れたなんて言って仕事を放棄するなんざ序の口だ
序の口?はっ、そりゃそうだが、いいことじゃないだろう?アディレ商業連盟の名が汚れるぜ
しかもこんな馬鹿馬鹿しいことが増えれば、俺ら輸送隊にも飛び火する。保全エリアの者は今、アディレ商業連盟と見るや、どんな部隊だろうが嫌な顔をするんだ
我慢するしかないさ。仕事に出てくれるだけで十分だ。車両に引きこもって、枕の下に隠してある人のパンを盗むだけのやつだっているんだからな
なんで拠点の人たちは何もできない「働きバチ」を雇うんだ?
面倒くさい単純労働用に雇ったんでしょ。でも仕事がいつもある訳じゃないし、ずっと人を抱えていられない。だから列車に乗せて各地を転々とさせるのよ
じゃ、上層が責任をとって養えよ!下層も人が増えすぎて狭くなってるのに。ラッキーボックスの売上は独占するくせに、箱作りなんかにこんなに人を集めやがって
…………
その言葉を耳にして、少年は持っていた箱を無意識に下に置いた
【——】、手を動かしなさい。今日中にノルマをクリアできなきゃ、報酬が減っちゃうよ
でも……ヒルおばさん……この箱は……
文句を言うな。上の人から聞いてる。今回のラッキーボックスを全部売ったら、次から「乗車券」を減らすってな。乗る人が少なくなれば、生活もよくなるはずだ
チッ、そんな絵空事で俺らを誤魔化そうとしてるんだろ
俺らだって働きバチの保育士じゃないんだ。毎日こんな面倒なことをやりたいなんて思ってるもんか!!
下層車両の後方部隊は毎日大忙しだし、貴族どのは説教ばかりたれて、何かあればすぐこっちに当たり散らす!!まったく、板挟みだ!!
ごうつくばりな貴族どもに、ちっとは自分の欲を抑えろとでも言うんだな!
そう言うと怒って地面に唾を吐き、彼は人々の中へと姿を消した
…………
何をボケっと見てる!!さっさと箱を作れ!!ノルマが終わらなければ報酬はないぞ!!
でも、多すぎやしないかな……
はぁ?箱詰めするだけで文句か?お前らは文句を言う以外何もできんのか?こんな楽な仕事に選ばれただけで幸運だろ。嫌なら傭兵にでもなって死ぬがいい
…………
【——】、見ちゃダメ。私たちも早く仕事をしよう
……はい
絶え間ない争い、仕事で募る不満、解消されないストレス……
少年にも人々の不満が日に日にエスカレートしているのがわかった
少年が11歳になった年、その荒んだ雰囲気は濃厚な酒のようにどんどん発酵し、昔はのんびりとしていた下層の食堂車両にも広がっていた
鬱屈した気持ちのはけ口もなく、ほとんどの大人は少ない食事の更に半分を削り、自家製の酒やタバコと交換をしていた
選択権すらない子供たちは、煙と酒の臭いを我慢しながら、まずい食事を食べるしかない
……また豆のスープ?全然美味しくない。【——】兄ちゃんが持ってるのは何?
君と同じスープだよ。でもお母さんから飴をひとつもらったんだ
……いいなぁ
女の子の目からは涙が溢れそうだ。彼女は鼻をすすると、少年をちらっと見て、また隣にいる男性を見た
マックおじさん……
なんだ?俺に言っても無駄だぞ。こいつのおっかさんは世渡り上手でな。飴玉を手に入れるくらい、簡単だろうよ
おいおい、聞き捨てならないな。ジュリーはいい人じゃよ!
はぁ?こっそり護衛に賄賂を渡してんだろ?息子を見ろよ。そのお陰でちょくちょくラッキーボックスみたいな楽な仕事をしてるだろう?
そんなことない!今までで3回だけだよ!
少年は飴を女の子に渡した
この飴は、今日が僕の誕生日だから……
う……ん
もらっとけ。どうせこいつの家には飴がいっぱいあるんだ
おい、当たり前のように受け取らせるのか?姪っ子に礼儀を教えてやらんのか?
…………
その場の空気が次第に重くなり、隣に座っていたその老人も眉をしかめている
ジュリーはどうした?彼女は今もお前と一緒に飯を食わんのか。お前をほったらかしにして?
聞いたか?今月また死人が出たって
隣のテーブルから声が聞こえ、老人は彼らをちらっと見て黙り込んだ
聞いていないけど、何があったの??
L車両の女の子が低血糖でショック死したらしい……
低血糖って……餓死じゃないの?
ほかにも再建工事の時、壁が倒れてふたりが下敷きになったらしい
弁償はされたの?
ああ。でもひとりは家族がいないから、全部護衛が懐にいれた。もうひとりは子供がいるから毎月支払うそうだが……どれほどくれるか怪しいもんだ
クズ護衛め……管理者がいないから人が死のうが関係ないってか……?
わざとじゃないかとすら思うぜ?人が死ねば護衛たちは金をもらえるし。むしろ死んでほしいくらいだろうよ!
怖いなら輸送隊のやり方を見習えよ。上層の護衛に袖の下でも渡せば……お前も危険な場所には割り当てられないだろうよ
働きバチの一同は不愉快な表情を隠しもせず、隣のテーブルにいる輸送隊を横目で見た
【規制音】、なんでやつらはあんなにいい飯食ってんだよ
フンッ、私が乗車した時はあいつら、今よりもっといいのを食べてたわよ
食事と寝床も、列車に乗ればあいつらと同じ待遇を受けられるって聞いてたのに……なんでこんな……
騙しやがって……!いずれ痛い目に合わせてやる!
あぁ?何言ってやがる。ラッキーボックスは俺らが売ってる訳じゃない。文句があるなら上に言え!
へっ、お前らに恩恵はないって?バカ言え!!
黙んな!!
下層車両のほとんどの者はレイチェルの世話になったことがある。輸送隊も働きバチも彼女にたてつくことはなかった
彼女は皆の英雄であり指導者であり、物資を提供してくれる人でもある。必要な物資が調達できなくても、数日もすれば彼女が必ず手に入れてくれるのだ
――物資が欠乏するこの状況で、彼女は一体どんな魔法を使って、補給物資を見つけてくるのだろう?
少年は何度もそれについて考えていた。しかしレイチェルに聞いても、幼い彼には理解できない答えが返ってくる――「私にはボーナスがあるから」
このままじゃ長く持たない。レイチェル隊長
ええ。でも何度も言うけど、私たちがラッキーボックスの製造を断っても、上は他の協力者を探すだけ。私たちの境遇は変わらない
ボイコットもデモも全部やった……でもこの列車は彼らが所有してるのが現実。貴族が存在する限り、私たちに発言権なんてない
じゃあ、どうすればいいんです?
……私を信じてくれるなら、もう少し耐えて欲しい
…………
ここにいる人は皆、似たような不幸な境遇だった。ラッキーボックスに全財産をつぎ込んだ人、居場所のためにボックスを売っていた人、身の安全のためにボックスを作っていた人
「ラッキーボックス」は足につけられた枷のように、人を泥沼の深みへと引きずり込む。そうなればもういくら足掻いても、抜け出せない
たとえ列車を離れても、行ける場所は荒廃した大地だけ。略奪とゴミ拾いを繰り返す流浪生活の中で、誰を憎めばいい?何をすればいいというのだろう?
黙り込む一同は「信じる」か「信じない」を、今ここで明確に答えられない。ただ沈黙だけが続く――誰かが、あるいは群衆が爆発する日まで