Story Reader / 叙事余録 / ER02 朽腐る灯 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER02-03 迷える夜

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あれは何の変哲もない、普通の一日だった

レイチェルや輸送隊の他のメンバーからの「合図」がなく、少年は深夜まで書庫に残っていた

朝4時をすぎ、不安を抑えきれなくなった少年はこっそりとダクトを通り、家へと戻った

扉を少し開けると、母親のオフィスにはまだ明かりがついていた

いつもは落ち着いているレイチェルが、今は全身傷だらけで、苦り切った顔でデスクの前の母親と向かい合っている

輸送隊が荷物をなくしたのは今回が初めてではないわ

今回は私がやったんじゃない

じゃ以前のはあなたがやったの?

……まさか

前は命知らずの隊員がやってたが、私が全員捕まえてたさ。あなただって知っているはず

ええ。でも今回、彼らはあなたが荷物を盗んだと言っている

私を疑ってるのか?

…………

疑うのも無理はない……私がいなかったらあなたはもっと幸せに暮らしていたんだし

???

……?

それってどういう意味?そう少年は訊こうとして、すぐさま今は口を挟むべきではないと思い直した

後悔しているの?

いや、あの暴動は必然だった

…………

でも……あなたには申し訳ないと思ってる

あなたは彼を殺していない。あの暴動が犯人に利用されただけよ

少し黙り込んだあと、彼女はまた口を開いた

……私たちは皆、ヒースに利用されていたのよ

…………

利用、ね……

私だって、彼や役立たずの王家を利用している

レイチェルはギリギリと歯を食いしばるようにそう話した

でも今、ヒースと「反目」する訳にはいかない。まだ彼に……頼らないといけないことも多いし

…………

でも心配しないでいい。私は貴族の犬になど絶対にならない……!

…………

母親とレイチェルの会話について、少年は完全には理解できなかった

ただ、ふたりがとても嫌な人に協力していること、輸送隊の中に荷物を盗む犯人がいるらしいことだけは理解できた

このように緊迫した会話はこれまでもよくあった。しかし少年がその意味を訊ねようとすると、いつも同じ理由ではぐらかされていた

母親は「11歳だからもう大人ね」とよく言うくせに、答えにくい質問の時は「子供が心配することじゃないの」とピシャリと言ってのける

アーサーはどうしてるの?

彼女は話題を変え、レイチェルの友人について訊ねた

アーサー。その名前なら覚えている。レイチェルと仲がよく、仕事をする時も酒を飲む時も、いつも一緒にいる男だった

ふたりを見る度に、下層車両の作業員はからかったものだ

ジュニアの誕生はいつだい?

そう言われると、アーサーはひとしきり笑ってから反論するのが常だった

やめろよ。俺は優しい美人が好きなんだ

彼も怪我をして、今は休養してる

ふたりは黙り込み、列車がゴトゴトと走る音だけが聞こえている

今日は……ありがとう

これからは気をつけるから

ええ、そうして

カーテンの陰に隠れていた少年は、立ち上がってカーテンを開いたレイチェルにばっちり見つかってしまった

【——】?

……こんばんは

…………

【——】、今の話は誰にも言うな

わかった

…………

言わないよ

…………

ジュリー、彼を責めないでやって

……おいで、【——】、もう寝るわよ

…………

お母さん……

レイチェルおばさんは、昔お母さんに何か悪いことをしたの?

少年はおそるおそる先ほどの話を切り出した

暴動って……お父さんが死んだ時の……?

あなたはまだ子供だから、今は……

もう子供じゃない!

彼は声を押し殺しながら抗議した

僕はもうひとりで整備部隊の仕事だってしてるんだ!

真相を知るために、少年はとっておきの切り札としてそんな嘘をついた。しかし実は、母親はとっくにその嘘を見抜いていたらしい

仕事ですって?

あなたが一体どこに行っているのか、お母さんが知らないとでも?

9歳じゃ輸送隊の仕事は無理だし、本を読めば勉強もできるとレイチェルが言ったの。それに……あそこなら護衛と会わずに済む。だから彼女の提案を受け入れたのよ

…………

さあ、寝なさい

でも……

寝るのよ

…………

長年抑えていたものが、その慰めの言葉にも聞こえる命令で爆発した

お母さん

何?

他の人から聞いたんだ。もしお父さんが生きていたら、僕たちをこんな場所で生活させる訳がないって

お母さんを魔女だなんて呼ばせないって……

お母さんはその話、聞いたことがないの?

聞いたところでどうするのよ。私は忙しいし、噂話なんかにつきあってられないわよ

でもそんなのを聞いて……悲しくないの?

悲しんだからなんだっていうの?悲しみがこの状況を変えるとでも?

ってことは、お母さんも少しは悲しいと思ったんでしょ?

…………

悲しんでどうするの……その気持ちに押しつぶされて生きていけなくなるだけよ

お父さんはもう死んだ……私はもうあの人のために何もできない。悲しむ権利すらないの

少年の真剣な顔を見て、初めて彼女は今の状況について説明した

アジールは今までずっと混乱に陥っていた。地獄の中で生きていくために、みんな精一杯だった。

ある人は暴力や策略で……ある人は……他人に頼って

でもどんな道を選ぼうが、いつ足下をすくわれるかは誰にもわからない。そして失敗すれば誰もがその代償を負わなければいけない

あの冷たい仮面をなぞるその指先は震えていた

レイチェルはこの局面を打破しようとしていた。当時、あなたのお父さんは上層車両の貴族で、まさに腐敗の源のひとりでもあったの

彼に変革を促したけど、計画が始まってすぐに彼は死んだ。レイチェルが殺した訳じゃないの。彼女が起こした混乱に犯人が乗じただけ

…………

お父さんみたいな人や彼より遙かに酷い人は、上層車両にたくさんいる

お父さんは自分の変化を証明する前に死んだ。私がいくら悲しんでも、下層車両にはその悲しみを受け入れてくれる人なんていない

私に対する皆の態度のことだって知ってる。皆から見れば私は貴族の「共犯者」なんだから

……お母さん

【——】、お母さんを恨んでる?

もしあなたが他の家に生まれたなら、たとえ下層車両でも、向けられる悪意は今よりずっと少なかったと思う

…………

僕たち、ここを離れられないの?

外の世界はもっと残酷よ。人間が生きる場所をパニシングが奪った。唯一安全なのは浄化塔の近くだけ

ここで仕事があったから、あなたもここにいられる。もし私がいなくて、あなたにひとりで生きる力がなかったら、流浪するスカベンジャーになるだけ

そうなったら……食べ物も、住処もなくなって、いつも侵蝕される可能性に怯えなくちゃいけない。寝る時だって、侵蝕体と強盗を警戒しないといけないの

じゃあ僕たちはどうすればいいの?

レイチェルを信じるのよ。彼女は今、上層貴族への反乱計画を立てている

レイチェルはみんなの指導者になろうとしているの?本の中のヒーローみたいに?

……そう。そうね……

彼女のため息の奥には、多くの言葉が隠されていた

お母さんはレイチェルの手伝いをしているの?

ええ、そうよ……彼女の手段に諸手を挙げて賛成って訳じゃないけど、私に指摘する資格はないし

私は人々から信頼されていないから

彼女は再び仮面を触って、しっかり顔を隠せているかを確認した

あなたくらいの歳の時、私の一番の夢は商人になることだったの。人々に足りない物を提供しようって

でも……最後になって……

……私が売ることができるのは……自分の未来しかないと気づいた

未来……?

彼女はただ頷いただけで、その過去を仮面の裏に隠したまま、何も話してくれなかった

どうして自分の未来を売るの?

分不相応なものを手にするため

何もできない普通の人が英雄になるには、とても大きな対価を払わなきゃならない。しかもそれは周りの人も巻き込んでしまうかもしれない

その言葉は鋭い剣のように、少年の心にぐさぐさと突き刺さった

……お母さん……

【——】、ここ数日でお母さんも考え直したわ。あなたは別に天才じゃないんだし、技術を独学で習得するのは難しい。いい先生が必要よね

13歳になったら、レイチェルが輸送隊に加えてくれる

どんなに嫌でも生きる術を学ばなきゃね。さあ、もう寝るのよ

……嫌だ。全然意味がわからないよ!未来を売ったってどういうこと??どこかに行っちゃうの??

寝なさい

それ以上は答えず、彼女はすりきれた毛布を少年の体の上にかけた

嫌だってば。まだ何の説明も……!

寝なさい

その低い声には警告と威圧があった

……お母さんは?今日はここに残るの?

仮面からは一切の感情が読み取れない。彼女は小声で返事したあと、咳き込んだ

風邪を引いたの?

黙ったまま彼女はただ首を横に振った

そしてそのまま少年の側に横たわると、彼をそっとなでながら、昔のように優しく子守唄を歌い出した

[~闇を怖がらずにお眠り~]

[~蛍の灯りに照らされて~]

[~月の光がなくても星が側に~]

[~静かな夢を見よう~]

[~願いはいつでも隣に~]

[~蛍は飛んで道を照らす~]

[~紡がれる想い~]

[~ひとりきりでも~怖がらないで~]

[~蛍が君を導くよ~]

[~日が昇ればおはようと言って~]

[~それからさよならの言葉を~]

青年A

…………

彼が果てしない回想から目覚めると、昨晩の構造体小隊と指揮官が、すでにここを離れたことに気づいた

少し離れた場所では構造体の少女が歌いながら、パーツで組み立てられたオモチャを修理している

あ、ごめんなさい。うるさかった?

あれ、僕ペンを持ったまま寝てた?

うん、もう朝だよ

他の人たちは?

全員任務に出かけたわ

えっと、私はリリアン。あなたは記憶喪失だって聞いた。あとで一緒に09号医療エリアへ行こう

09号医療エリア?もっときちんと検査と治療を受けた方がいいって昨日の夜に聞いたけど。それが09号医療エリアなのか?

このあたりでは一番いい場所だよ。輸送車が来たら出発するから

今、何か思い出せる?自分の名前とか

記憶はかなり戻ってるんだ。でも名前だけがどうしても……

記憶喪失よりも前から、自分の名前が嫌いだったのかな

どういうこと?

教官から聞いたことがあるの。思い出したくないような嫌な記憶は、ダメージを受けるとより記憶の深層へと沈んでしまうって

あなたもそのパターンかもね

…………

彼女の言う通りなら、自分はなぜ思い出したくないほど自分の名前が嫌なんだろうか

……何かまずいことを言った?

いや、ちょっと混乱しただけ

でも今はもう、かなり記憶が戻ったんでしょ?

うん。でも全部12歳以前のことばかりだ。家族と先輩、それと……

――読んでいた絵本と漫画

(本の内容まで思い出せるのに、なんで……)

他には?

話すほどのこともないものばかりだよ

あなたは極悪人だったとか?

……残念だけど、それもなかった

変えられない環境、続けられなかった趣味、たまに手伝いにくるおばさん、何も話してくれない母親

ありふれすぎてるね。ゲームだったら、立ち絵すらない通行人Aとかだよ

かもね……ならそんな平凡な僕が、悪役になれると思う?

…………

凡百で他人より優れた点がないからこそ……より無力感に押しつぶされて、誤った道に進むものかもよ?

何もできない普通の人が英雄になるには、とても大きな対価を払わなきゃならない。しかもそれは周りの人も巻き込んでしまうかもしれない

またあの母親の言葉が脳裏に浮かぶ

――残された記憶では、自分は死を経験したはずだ。なのに今は知らない体でここに立っている。この奇跡に一体どんな対価を払ったんだろう

…………

輸送車が来たよ。あなたの武器は彼らが全部ここに置いてくれてる。それを持ったら行くよ

リリアンは修理中のオモチャを拾いあげると、立ち上がった

この時、青年はそれがパーツを組み合わせた蛍であると気づいた

ちょっと待って、それは……どこで手に入れたの?

この蛍のオモチャ?

ここに来る途中、落ちていたのを拾ったの

ちょっと見せてくれる?どこかで……見た覚えが……

リリアンは心配そうな表情で、壊れたままの蛍のオモチャを手渡した

…………

オモチャは歯車と壊れた電球で作られ、頭の部分をひねれば羽根がパタパタと動く仕組みだ

しかし羽根のあるボディの部分は何かに撃たれたように、不自然に曲がっている

この疵は……

疵も、記憶の一部だ

?!

説明しがたい悪意とともに、胸に強烈な痛みが広がった

それは、彼が目覚めた時に強烈に感じたものと同じ感覚――

――何かが、最初から仕組まれている