険しい山道の脇には壊れた石像が転がっていた。長い時間を経ながらも、残った線香の香りが往時をしのばせる
心静かに耳を澄ますと、遥か昔の鐘の音や、読経さえも聞こえてくるようだ
鳥や生き物の声を耳に歩き続けると、石像が緑に覆われ、道も徐々に細くなり、そこには獣道が残るだけとなった
はあっ、はあっ……
仙人様は一体どこにいるんでしょう?
目の前の草をかき分け、額の汗を拭きながら、蒲牢は辺りを見渡した
だめだめ、こんな時は冷静になって考えないと。仙人様と会うには「縁」が一番大切だって聞いたことがあります。ええと、何て言ってたっけ……
確か、「縁は異なもの」
そうか、じゃあこちらに進みましょう
そう言いながら蒲牢は直感と縁に身をゆだねて、思うままに歩いていった
うーん……ここってさっきも通ったところかな?似ているような気が……
だめですね、自分の直感を信じなきゃ。仙人様はきっと待ってくれています!
あら?水の音?
やっぱり直感に頼るのが正解っぽい!です!
わぁ、やっぱり泉があった。ここ、住み心地よさそうですね~
幾筋もの滝が山から流れ落ち、空を映した大きな藍色の鏡のような湖面が蒲牢の目の前に現れた。まるで奔放な画家が絵具を惜しまずに描いた天地の絵巻のようだ
これは……
だが絵のように美しい景色だからこそ、木に引っかかった絹の服が、ひときわ目立っていた
蒲牢はすぐ、その服に猿が残した爪痕があることに気づいた
こんな、酷いいたずらですね
周りに人がいないのを確認して、蒲牢はその服をきちんと畳んで、湖の側にあった石の上に置いた。そして風にあおられて湖に落ちないように、上に小石を載せた
しかし服を置いた瞬間、パシャンと湖から何かが出てきた音が響いた。蒲牢はあわてて後ろを向くと、とっさに手で目を覆った
おお!それはワシの服ダバ
こ、これは私がやったんじゃないです
ほほっ、わかっておる。ワシの弟子になりたがっておるツンツン頭の猿の仕業ダバ。洗濯していいことをしようとして、本末転倒というやつダバな
とりあえず、服を取り戻してくれてありがとうダバ
いいえ、どういたしまして。ちょっとお伺いしていいですか?この山の仙人様をご存知ですか?
ほっ?ワシがまさにその仙人ダバ
えええっ!本当ですか!あ、あなたが仙人様……
うむ、いかにも?
蒲牢は喜び勇んで振り返ったが、霧が渦巻く中に姿を現した仙人の姿は――まさかのパンダだった!
おいおいおい、一瞬で表情が暗くなったダバ?
いえいえ、そんなことはないです
何がだ。目の中のキラキラが消えたダバ!
ゴホン、なんであれ、ワシが知る限りこの山での仙人はワシひとりダバ
パンダが側にあった服を持ち上げた。その服にはデカデカとふたつの文字が書かれていた――「仙」「人」
パンダは格好をつけてぐるっと回ると、見事に素早く服を纏った。その服はあつらえたようにパンダの体に合っており、どうやら嘘ではないようだ
気にするなダバ。おぬしのそんな反応も理解はできるダバ
仙人に会おうとここに来た者は大体おぬしと同じ反応をするんダバ。人間とは、よくわからない生き物ダバな
頭の上に金色のビックリマークでもないと、ワシが普通のパンダじゃなく、やんごとない仙人様だとわからないんダバか?
お気に障ったのなら、すみません……
ゴホン、ちょっと険しい目の光になってたダバか?ワシは顔の表情がわからないとよく言われるんダバ
緊張せんでいい、今のはただの冗談ダバ。で、ワシにどんな用事ダバ?
実は、とてもとても大変なことがあって、仙人様にどうかお助けいただきたいんです!
ふむ、よかろう。服を取り戻してくれたし、険しい山道の試練もパスしたことダバ
あ、ありがとうございます!実は、私の店長、師父が……
はいはい、もうわかっタバ
ええ?まだ何も話してないのに?
今黒い閃光が走って、話の詳細を全て聞いた気になったダバ。人間の言葉でいうと……そう、「早送り」ダバ
???
大丈夫、気にすることはないダバ
助けてあげたいがすまんダバ。君の師父は助けられないんダバ
なぜなら、神薬の肝となる材料「大魚の涙」が今、手元にないんダバ
それは一体何ですか?
文字通り、「大魚」どんの涙で、それがあれば、全てを治せる神薬を作れるんダバ
でもあやつが今どこにいるのか、わからないんダバ。会社が東の方に転勤させたのは知っているんダバ……
なら、大魚ど……いえ、大魚さんを見つけてその涙を頂ければ、神薬を作れるのですか?
うむ、その通りダバ
わかりました、私、すぐその方を探しに行きます
東は危ないダバよ
大丈夫です。師父のご病気を治せるのなら、何のこれしき!
おお!ファイト満載、元気溌剌ダバ
道中、気をつけるんダバよ。ここで待っておるダバ