Story Reader / 多次元演繹 / 幻奏のレチタティーヴォ / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
<

真実を征く

>

広がりゆく明るい希望の翼が、悲しみに嘆く人や闇を照らしだした

全ての人の心には、夜になると現れ、夜が明ければたちまち消えてしまうものがある

人々が哀願し、切望しているもの

――それは一体何だろう?

勇者がドラゴンを倒し、ドラゴンは息絶えた

ドラゴンは人々の過去を破壊したが、未来に栄光をもたらした

人々は喜びの中で抱き合い、涙を流した。勇者の伝説は大陸の隅々まで広がり、人々は皆、同じ歌を歌っている

歌の中では呪われて咲けずにいた花が、至るところで咲き乱れていた。風は少女の骸を吹き散らすことはせず、暖かな雨で包み込んだ

少女の視界の全てのものを朝日が照らし出した。湖はまぶしく輝き、山々は壮大で美しい

笛吹きの少女は山や川を越え、湖のほとりを通った

少女は大地を歩いている

彼女自身のその足で歩き、その目で見た

実り豊かな畑や、羊の群れがのんびりと歩く草原を見た

牧草が茂る牧場、リュウキンカが揺れる河岸を見た

ロマンチックな海辺や、嵐が去ったあとの虹を見た

彼女はこの世の全ての壮大でロマンチックな奇観を見た

笛の音は長く響き、ドラゴンは吼え、勇者は誰かの名前を呼んでいる――

彼女の世界に大声が響き、果てしない暗闇を一筋の光が切り開いた。ついに全てが変化した

彼女は目覚めている?まだ夢を見ている?その声は彼女を呼んでいる?

散らばった記憶がゆっくりと集まり、荒れ果てた意識海の中で、たくさんのかぼそい声が切れぎれに揺れている

少女が目を開いた瞬間、世界は静まり返った

潮が引いたあと――

少女は大地を歩いている

彼女自身のその足で歩き、その目で見た

夕闇が去って一番星が輝き始め、星々が空のレールに沿って動きだすと、空がまるで天上の城のように輝き始めた

のろのろとした足取りがここに来て止まった。鳥の群れが空を飛び交い、少女は紫色の花の海にいた。まるで夢の中のように

こんなに高くて遠い空も、優しげな夜の帳が下りれば、手が届きそうに思える

途中で見たさまざまな奇観はその全部が奇跡のようだった

胸の奥底は悲しい、でも満足している。不思議な……久しぶりの感覚だ

その不思議な感覚が彼女を強くとらえ、誰かに打ち明けたい、語りたい、共有したいと背中を押してくる

だが見渡す限り、広大な大地には誰ひとりいなかった

彼女はここに誰かがいて欲しかったのだろうか?

彼女は誰かにゆっくり語りたかった?全てを打ち明けたかった?かつて彼女はその気持ちをどこに繰り返し描いていたのだろう……?

誰も答えてはくれなかった

頭の中の記憶は散り散りとなり、霧のようにうっすらと漂っている。かろうじて記憶を繋ぎとめている1本の細い線に触れた瞬間、少女は反応し、頭を上げた

流れ星が空を横切った

――なんて綺麗なの

夜空を見つめているうち、いつしかため息のような歌を口ずさんでいた

遠い空の上には何があるんだろう?

星の間に人はいるのかしら?

少女はふと思った

エデンの人工の空が夜に変わり、寝室の照明設備も自動的に暖かみのあるナイトモードへと切り替わった

結末を書き終え、物語の最後の句点を打った時にペンを置くべきだった。だが気持ちが高揚して、なかなか落ち着かなかった

少女はしばし考え込んだ

万年筆のインクがじわじわと広がる前に、物語の結末に続いて、心の中に浮かんだ詩を書いた

私が必死に守った自分の核心をあなたに託そう――

文字を書かず、夢とは取引をしない

時間や喜び、逆境にも動かされない核心

あなたの生命についての解釈を伝えよう

あなた自身の理論と、

あなたの真なる驚くべき存在

――どうすればあなたを引き止めることができるのか

演劇の世界が徐々に解体され、映像が目の前からゆっくり消えると、現実の感覚が再び体に戻ってきた

目の前で誰かが手を振っている

……何を考えているの?

アイラはそれ以上訊いてこなかった。彼女はセレーナの劇に全ての意識を集中させていた

どんな詩?

……私が必死に守った自分の核心をあなたに託そう

黄金時代の著名な詩人よ。作者も翻訳物も、もう歴史に埋もれてるけれど。空中庭園の新しい世代はあまり知らないかもね

私もセレーナから聞いたの

それは彼女が好きな詩で、作品の結末で引用したってメールに書いてあったわ

アイラはこちらを見て一瞬黙り込んだが、それ以上何も話そうとしなかった

……そんなところ、セレーナと似ているわね

突然気を失ったり、詩や歌が口をついて出たり、謎めいた笑い方をしたり……

それは指摘や嘲りではない。アイラのその小さなつぶやきは理解と懐かしさに満ちていた

現実の世界以外に、クリエイターは他の世界を持ってるのよね

全ての世界に対して、それが真実か幻なのかは関係なく、真摯な感情で向き合っている

アイラがかつて話した言葉が突然頭に浮かんだ

彼女は私が会った人の中で、一番理想主義かつ実用主義を抱く人よ。冷静な時はとても果断なのに、ひとたび夢を見だすと非現実的でロマンチックな考えで頭がいっぱいになるの

セレーナ……懐かしさを覚える名前……一体どんな人なんだろう?

今回、劇の中で何を見たの?

アイラの言葉で我に返った

おそらくあなたは「第4の壁」に行き当たったのね

第4の壁とは、観客と役者を隔てる見えない壁を指す演劇の専門用語だ。そして「第4の壁を打ち破る」の意味は、現実と劇の境界を打ち破ったということを示す

さすが「首席」と言うべきかしら?

「ハムレット」の論理だと悲劇が「最適解」なの。だからセレーナが結末をいくつ書いたとしても、ハムレットは悲劇的な結末の物語を上演することを優先する

その可能性はあると思う。なにせその名の「ハムレット」は黄金時代に「シェイクスピアの四大悲劇」と呼ばれていた訳だし

「ハムレット」にそんな能力はないわ。演技と編成の加工処理には全て人為的に追加されたデータソースが必要よ。データソースには従うよう、ベースコードに書かれているし

あなたは劇中の役者として、合理的な行動で悲劇の結末を更に合理化したの。それが第4の壁を突破させ、「ハムレット」が直接、劇中に現れることになったのよ

すでに書き入れられた演技手法として、おかしなことではないわ

とにかく……ドラゴンは倒されて、「勇者」と「笛吹き」は生き残れたの?

最後、笛吹きは旅に出たのね?

前のより、この結末の方がより好きだわ

笛吹きはひとりきりで旅に出るなんて、寂しくないのかしら?

……私もそう思う

……でも少なくとも、生き残れた。皆……生き残れたわ

アイラは深呼吸をして気持ちを整えたあと、話題を変えた

すでに3つの結末がわかったわね……でも私はこれが最後だとは思ってないの

これがセレーナが残した全部の情報……?ほかに……見逃している情報はない?

なぜ?

紫色の瞳を持つ旅人のこと?

……彼女たちは皆、物語の中でセレーナの分身だったのかも。だからこそ今回の旅で、彼女は笛吹きとなったのね

うん?

君がクジラの歌って思ってるこの声、難民たちは「セイレーンの歌」と呼んでる

黄金時代の資料では、セイレーンは船乗りを惑わす海の怪物といわれてるそうだ

セイレーンの歌声で船員たちが気を失い、船は座礁し沈没してしまう

こんな不吉なイメージと結びつくのもわからなくはないけど。でも確かにあの声は赤潮や死に結びついているね

……そうなんだ。赤潮と結びついているからこそ、この声のお陰で潮の満ち引きの予測ができるともいえる

逆説的だけど、この声は人を誘惑するというより……赤潮が来るのを知らせているのかもね

……

その声が異形のものを驚かせたようだ。それはもがき、頭を起こしてひときわ重々しい歌声を発した

???

——▆▂——▄▆█——

まさにそれはセイレーンの歌だった

そして、それが急に振り返ってこちらを見た時、穏やかだった赤潮が命を宿したかのように、一気にあたりに満ちてきた

赤潮作戦の時の記憶が浮かんだ

記憶の中の「セイレーンの歌」の源はあの恐ろしい異形の物、まさにこの劇の作者だった

……!

まだメロディーを覚えてる?

メロディーが去来する

メロディーを詳しく思い出す

考えている間――

ある記憶が浮かんできた

アイラが端末を起動した

ゆっくりとした柔らかい歌声が流れる

これまで聞いた歌声の中で一番美しい声だ

旋律の高まりとともに一瞬、目の前に広々とした海が現れたような気がした

女性の歌声は本物のクジラの真似をしているわけではないが、聞けばすぐその旋律の後ろにある意味がわかる

――1頭の孤独なクジラが尾びれを振って大海を泳ぐ。何度も何度も歌うが、その歌声は海中に響くだけで返事はない

孤独なシロナガスクジラは最後まで自分の仲間を見つけられないまま、響きわたるアリアは終わってしまった。歌は未完成だった

そう、まだ終わっていない

彼女は本物の海を見たことがないから、この曲のエンディングはまだ歌えないと言っていたわ

もしもいつか本物の海を見たら、この曲の後半を完成させるって

彼女はそう言っていた

曲が終わるにつれ、確信した

――あの優しい歌の後半部分は、深海で溺れる孤独なクジラが群れを見つけて、そして初めて見た広い海に捧げる何よりも優しい讃歌だった

完璧に近い結末といえる

……一体どういうこと?

……彼女は本当の海を見さえすれば、この歌の後半を完成できると言っていたわ

この完璧に近いエンディングのメロディーが、なぜ彼女がそれより以前に書いていた劇の中に現れたのだろう?

記憶の中のふたつの旋律はあまりにも調和している

どれも大胆で、笑ってしまいそうな、独りよがりな考えがいろいろと浮んだ

緊張や興奮、恐れが入り混じる複雑な気持ちに、アイラの体が微かに震えていた

こちらを見るアイラの目には複雑な感情が浮かんでいる。喜ぶのを我慢しているような、哀願しているような――次の瞬間に笑い出すのか泣くのか、予測できない表情だ

湧きあがる感情を抑えようと、彼女は背筋を少し強張らせた

……ええ

お願いね、[player name]