優雅でいて高潔、俗世離れしている
鶴について、ビアンカが知る概念は資料による説明までにとどまっている
空中庭園の資料には、鶴に対して膨大かつ詳細な説明があるが、これらの資料はビアンカに何の実感も与えなかった――彼女は実際にこの生物を見たことがないからだ
黄金時代、開発競争にあった地球において、動物は自然保護区内のみでしか飼育されなかった
安定した環境と定期的な餌。人類によって与えられた恩恵は動物たちに、その遺伝子に刻まれた本能を忘れさせた
免疫時代に入り、その恩恵を失った動物たちは荒野に放り出された。破壊し尽くされた環境に直面した彼らはひ弱な赤ん坊そのものだった。鶴もまた、その一員である
粛清部隊の責任者であり、地上で多くの任務を遂行していても、ビアンカはただの一度もこの優雅な名を冠する生物を見たことがない
彼女にとって、鶴は神話のような、象徴そのものだった……
日常の祈りの儀式を終えると、ビアンカはゆっくりと背を伸ばして、頭を持ち上げて太陽の光に顔を当てる
いつもと違うのは、祈り終わったあとに受け取った通知がビアンカにあの資料でしか知らない生物――鶴と少しの繋がりを持たせたことだ
先日、科学理事会と世界政府芸術協会の定例会議で紹介した「同行サポートユニット」を知っているか?
はい、先般の作戦で実戦使用いたしました
では説明を省くぞ。俺はお役所ではないんでな、基本の説明を繰り返す趣味はない
我々には今、1台最新型の補機があるが、現状は使用不可だ
「非協力的」という原因でね
……非協力的、とは?
……話すと長くなる、手短に説明する
補機と執行部隊の連携能力、及び戦術サポート能力を増強するために、改新型の補機には新しいAIシステムが搭載されている
アレンのやつ……世界政府芸術協会が「補機のコピー度を最適化する」とAIシステムのデザインに参入したんだ……事前に知っていれば罵倒してやったのに、時すでに遅しだ
とにかく、結果として性能と状況処理能力は確かに飛躍的に向上したが……この新型はな、協力すべき構造体に非常に強い敵意を示すんだ
ラボのテスト中にその攻撃性をできるだけ抑えようとしてみたんだが……初めての実戦テストで、協力者を置いて脱走した
残念ながら我々には網を張って捜索する人手などない……追跡と単独兵の捜索に長けている粛清部隊に頼るしかない、ってところまでが現状だ
この任務はお前にとっては役不足かもしれないが、調整し直すためになんとしても補機を持ち帰る必要がある
この型番の補機は試作機なんだ。更に言えば、メモリーにある脱走に関するデータは有意義な物だ。再発を防げるからな、だから……
承知いたしました。この任務をお受けします
……受けてくれるか、助かる
アシモフさん直々に頼まれるということは、私でなければ駄目な状況、ということでしょう?
ああ、それについては否定するつもりもない
かしこまりました、もう十分です
悪いな。キャビンの準備ができているから、助手がこれから引率していく
はい、アシモフさんもよくお休みください。ちょっと、目の下のクマが……
……酷いか?すまないな……
ビアンカが出ていくのを見届け、アシモフは手を伸ばして自分の目を軽く揉んだ
……そういえば5日近くしっかり瞼を閉じてないな。この件が終わったら、休暇を申請してみるとするか
こちらはビアンカです。第9区域の捜索が完了しました。異常なし
……
今は第10区域の倒壊した建築物群の前にいます
一見すると、この荒涼とした土地はビアンカがかつて行った、もしくは戦ったことのある数多の場所とあまり変わらないようだ
黄砂と廃墟の間には、太陽の光に照らされて輝く小さな水溜まりがあり、その縁を飾る緑という風景
たとえ大地の上にはまだ無数の侵蝕体が闊歩していても、昇格者の脅威がいまだ収まったとはいえなくても
この世界は何も気にとめないかのようだった
草花は廃墟の間を飾り、水溜まりは太陽の光を薄く緑色の光の輪に宿して、崩れかけた灰色の壁に投射している
書物の中の神殿の光景に少し似ている――ビアンカはそう思った
これから建築物群に入り、更なる探索を行います
さ、更なる、ですか……しかし、任務説明にマークされていたポイントは全部屋外エリアであり、補機も身を隠す知性を有しませんし……
その探索の必要性について、理由を説明願えますか……
任務の緊急度と厳守性は相反しないと思います。理由はそれだけです
……そ、そうですね、それでご説明は十分です。では、追加の探索行動を認めます。第10区域を徹底的に捜索してください
もし責任問題になったら、私のことは黙って……い、いえ、やはり私が決めたことだと言ってください!私は平気です。恨まれるよりマシだ、ハハハ……
……
その報告には、ひと言ごとに恐怖と緊張感が募っていた。これは彼女が粛清部隊の隊長として、よく接する会話の状況だった
ビアンカは心の中でため息をついた。これ以上の説明をやめ、通信をオフにすると、廃墟の奥に向かってゆっくりと歩を進めていく
深く入るほどに、周りの壁の模様がだんだんはっきりと見えてきた
キィィィッ――
澄んだ鳴き声が広々とした建築物群の中で鋭く響き、ビアンカは反射的に頭をあげ、音のした方へ目をやった
太陽の方向を向いて、ビアンカはそれを見た
鶴のような機械がやや高い廃墟の上に立ち、その長い首を自然に翼の間に収めている。ビアンカには、まるで神像の下で信徒が静かに祈っているように見えた
その後、その機械の首をゆっくりと持ち上げ——下方にいるビアンカを見られるようにしたようだ
報告します。崩れた建築物の中で補機を発見、機体には損傷なし、移動をする明らかな兆候はなし
さ、さすが粛清部隊の責任者で、首席技術官自らが指名された構造体ですね
お褒めいただき感謝いたします
私から他地域を捜索中の小隊に連絡します。「ティニー」の状況はすこぶる不安定なので、ひとまず安定させるようにお願いいたします
……私は一体どうすれば?
普通の動物と同じように扱えばいいんです。あなたは安全だ、自分のことを傷つけないのだ、そう思わせればいいかと……
……そして、もし可能でしたらリンクを試みてください!リンクさえ成功すれば、もう二度と逃げないでしょうから!
通信は突然切られた。他の小隊に連絡をするためのようだ
私は安全だと思わせる……のね?
ビアンカは慎重に注意しながら、高所にいる「ティニー」に手を伸ばしてみようとした
——?
ティニーは首を伸ばして、細長いくちばしでビアンカの手をそっとタッチしてきた。その力は強くない。服従する姿勢ではなさそうだが、反抗や敵対といった様子でもない
アシモフの言とは違い、ティニーはビアンカに攻撃性を示していない。任務に熱心なビアンカにとって、すぐにリンクするのが一番いい選択だと思われた
————リンク開始、接続の確立を開始————
————リンク失敗!————
リンク失敗の通知音とともに、ビアンカは逆元装置から灼けるような感覚を捉えた
……うっ!リンク失敗はこんな感じなのですか?……
「相手を安心させたい」という思いで、ビアンカは再びティニーに手を伸ばそうとした——
——しかし、今度はティニーはビアンカの指にタッチしようとしなかった。一目散に空に飛び立ち、そのまま更なる高所に着地してしまった
少し距離ができたことで、ビアンカもやっとティニーが立っている廃墟の全貌を見ることができた
ティニーの足の下にはステンドグラスの窓を嵌めた高い壁がある。その上の宗教的なレリーフは過去のここの用途——教会であることを表していた
今ティニーが立っているところは、もともと神像があったところのようだ。ガラスと壊れた天窓を通して差し込んだ太陽の光が、ちょうどそこに降り注いでいる