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All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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和睦の日

イシュマエル

こっちです!

イシュマエル

この世界がもうすぐ崩壊します!

イシュマエル

……ひとつの世界の崩壊——幾多ある中のひとつ

イシュマエル

私は■■■■。タイムトラベラーです

あら……やはり、あなたなのですね

……えぇ、やっぱり、あなたですね

人間はイシュマエルを抱え、必死に怪物の群れを切り払いながら進んだ。ようやく安全と思える場所にたどり着き、荒い呼吸を整える

イシュマエルの手首も足首も、麻縄でひどく擦れて赤く爛れていた。痛々しくて、降ろすこともできない

手首……?平気です。自分の姿形がどう変わろうと気になりませんから

イシュマエルは、人間が言葉に詰まり説明できずにいる様子を見て一瞬ためらい、それから自分の足首にできたかさぶたに視線を落とした

……なるほど、あなたは私を「心配」してくれているのですね

彼女はゆっくりと瞬きをした。人間はその小さな癖を知っていた。その瞬きの速さが、彼女の思考の速さを表している

考えをまとめ終えたイシュマエルは、ようやく小さく頷き、額をそっと人の肩へ寄せた

そうですね、痛かったです

彼女は目を閉じた

痛みが思考を鈍らせることはない。けれど疲労は彼女を確実に追い詰める。多くの者から「導き」の糸を回収し、彼女の胸元の外殻は赤く染まり、今にも滴りそうに見えた

イシュマエルは肩に額を預けたまま、小さく頷いた

どうして港へ?

イシュマエルは2秒ほど考え、それからあの夜、助けに繋がらなかった電話を思い出した

シュトロールが私たちふたりのために買ってくれたリコトス行きの船の切符……覚えていたのですね

でも「世界」を怒らせすぎたようですね。崩壊が始まっています。ティンバイだけではなくリコトスも、人も、草木さえ……あらゆる存在が徐々に崩れていく

もはや私たちのための安息地はどこにもなく、救世の術もないのです

あなたは私の反対を押し切って、またここに戻ってきた……考えたことはありますか?もし失敗したら……

イシュマエルは何か言いかけたが、その言葉はただの疲れた溜息に変わった

……ありがとうございます

彼女は手を上げ、頭上の壮大なガラスの塔を指差した。人間が中央に開けた大きな穴がまだ生々しく残っている

塔の頂へ行きませんか?私たちが「初めて本当に出会った」場所へ

大半の「導き」の力は回収しましたが、その衝撃で歯車が乱れてしまいました。私が最後まで調整しなければなりません

この世界は私が創ったもの。ならば、私が正しい道へ戻さなければ

ラスティを故郷に帰し、イサのニュースを1面に載せ、ラハイロイの発明を人々の暮らしに役立てたいのです

「戦争」や「愛」も、この世界にはあまりにも大きすぎる理想でした。私が生み出した箱庭の世界であっても、あまりにも大きすぎた……

私が守れるのは、この広大な世界のほんの一片、たった数人だけ

そして何より、大切なのは……あなたが側にいてくれること

行きましょう、私と一緒に。まだ歯車を調整すべき価値のあることがたくさんあります。高い塔ですから、怪物たちもそう簡単には登ってこれません

再び高塔の頂にある扉を押し開けると、そこに広がっていた光景は以前とはまるで違っていた

秩序正しく回転していたはずの歯車たちは乱れ、軸から外れて空転し、回転軸はひび割れていた。予想通り、この世界のルールが崩壊しかけているのだ

降ろしてください

イシュマエルは人間の腕から抜け出し、ふわりと浮かんで歯車の森の中心へと進んでいった

彼女は手を伸ばして外れていた歯車にそっと触れ、正しい軌道へと戻していく

これはあの3人の子供たちの道。これで正しい道に戻りました

でもこの世界では、あなたが彼らを守る親。それが、私が描いた「正しい道」なのです

ルシア、リー、リーフ……もう流転の苦難を経験することはありません。あなたの庇護のもとで羽根を広げ、教育を受け、成長していく。軍事組織にさらわれることもありません

彼らは幸せな子供として、人生を謳歌するのです

彼女は身を翻すと別の歯車の前に立ち、それを正しい位置に戻した

これはシュトロールとヴァレリアの筋書き

もう愛するものを諦める必要もなく、警察や兵士になる義務もない。繁栄の時代にのみ花開く文学や芸術に触れ、長く穏やかに生きる……そんな人生

これはラハイロイとイサ……私の恩師と友人の道

彼女たちがこの世界を気に入るかどうかはわかりません……でも幸い、楽しそうにしてくれています

トウ·3T型女史の道、ラスティの道、スー先輩の道……

歯車は回転し、イシュマエルの手でひとつひとつ正しい位置へと戻され、再び互いに噛み合って秩序を描いていく

そして……これはあなたの道筋

最後の歯車は空間の真ん中に置かれていて、巨大でありながら単独で回転している。他のどの歯車とも交わっていなかった

想像したことはありませんか?もしパニシングも戦争もなく、グレイレイヴン指揮官にもならなかったら、あなたはどのような人になっていたのでしょう?

実は、私はあらかじめあなたの道を設定しておいたのです。あなたは気楽な詩人になれるように

私は、あなたが本を小脇に抱えて教室へ入っていく姿とか、授業で教授と語り合う姿、近所や学校で友達をたくさん作っていく姿が好きでした……

私は、あなたが世界に触れようと模索する姿が好きなのです。本を読み、面白い遊びを体験し……難解な文章を書き、複雑な論を立て、意見の違う人と議論する姿も……

それで少しずつあなたを私の側へ、「宗皇」である私の隣へ引き寄せたくて、あなたの歯車を少しだけ回そうとした

でも、その時気付いたのです。同じ「歯車」でも、あなたの歯車は他の誰とも違っていると

私には回せませんでした

あなたの自由は、あまりにも広大で……あなたは唯一、誰の指図も受けない存在

理由はわかりませんでした。だから答えを探そうとしたら、問題が起こったのです

後はあなたも知っている通り、「導き」の力が制御不能になり、戦争や暗殺が起こり……どんな文明でも避けられない混乱が、箱庭の中でも再現されてしまったのです

私は世界に介入して「導き」を回収しようとしました。けれど、まさか箱庭が抵抗し始めるとは思いませんでした。そしてその後、あることが起きたのです

「宗皇の葬儀」の日あなたがシュトロールに、何をしても「無駄」と言った時、私はようやく気付いたのです……

——私が「箱庭の世界」に分散させた「導き」の力が、本物のあなたまで引きずり込んでしまったことを

……だから、私はあなたの道を制御できなかった

イシュマエルは、ふと安堵の笑みを見せた

やっぱり、あなたはいつでも特別な要素なのですね

イシュマエルは人間の歯車に軽く触れて、それ以上は何もせず、調整を終えて戻ってきた

最初はただ「導き」を回収できればよかったのです。火に焼かれても、どんな終わり方でも構わない。私の作った箱庭ですから、私自身で幕を閉じるつもりでした

でも、あなたがいたから、あなたを軸にこの歯車たちは勝手に動き出して、新しい物語を生み出したのです

ほら、この世界の結末に、私ひとりでは決して描けなかった情景が、あなたのお陰で加わったのですよ

イシュマエルは人間の胸の中に身体を落ち着け、心地よさそうに身を寄せた

もう力は全て回収しました……最後に、この解けていく世界を一緒に眺めましょう、優しいグレイレイヴンさん

あの日、私たちがエンデュミオンで一緒に夕陽を見たように

だが、ガラスの塔の外にはエンデュミオンのような美しい夕陽はなかった。狂った太陽が震える光をまき散らし、塔の下の怪物たちを煽っていた

空はあまりにも「晴れやか」で、異様なほど青く澄み、その異様さが逆に美を感じさせていた

屋上の端に座りましょう

イシュマエルは人間を、景色のいい場所を探すように「指揮」した

あなたなら、先ほど歯車を見てわかったでしょう。私は多くの人に対して悔いを抱いていたのです。だから、この「箱庭の世界」を作ったのです

ここだけに限りません。私はいつだって世界を俯瞰できる「場所」を探してしまう

昔のどこかの部族の祭司であったり、ガラスの高塔から地上を見下ろす宗皇であったり、空中庭園の監察院であったり……

私は客観的で、中立で、平等に……全ての物語を見渡したかったのです

……ごめんなさい。人は夢に溺れるもの。私も例外ではなかった……

……私のわがままを、責めないでくれますか……?

その声は風に溶けていくように軽く、消え入りそうだった

人間の文明には、あなたや仲間たちのように全力で抗う人がいます。でも四翼のホワイトレイヴンは?私たちも同じように仲間を多く失ったのに、結末は変えられませんでした

熱的死を逃れて絶望を避け、客観性を守り、更に長い時の流れの中で全ての強い感情を手放しました

それでも……あなたたち人間の物語に触れると、どうしても欲望が芽生えてしまう

一瞬、彼女の姿が透明になったように見えた。戦いの疲労で目が霞んでいるのだろうか

目を凝らして見た時、彼女は俯いて、微かな声でつぶやいていた

私は……孤独なのです

彼女のまつ毛が徐々に白く変わり、その白い羽のような毛が揺れる度、人間の目には冷たい光の塊として映った

私は決めたのです。この力は決して外へ漏らしてはならない。私が必ず回収し、制限し、二度と同じ暴走を起こさないようにします

ピンクと白の色彩が近付いてきて、両手で人間の頬を包み、静かに側に立った

だから、先に謝っておき……

人間は突然イシュマエルの両手を押し返し、真剣に彼女の瞳を見つめた

……

彼女は瞬きをしてから、子供のように無邪気で、誰もが幸せな時に浮かべるような笑顔を咲かせた

この世界は確かに混沌に満ちています。でもあなたがいてくれたから、私は好きになりました

そう言うと彼女はゆっくりと人間の腕から立ち上がり、青空の縁へ歩いていった

視線を人間に向け続けたまま、後ろへ身を仰け反らせ……そのまま、虚空へと跳んだ

イシュマエル

私は本来、表に現れてはいけない「力の集合体」です。私を愛する唯一の方法は、私を飛ばせること

全ての「導き」の力を収束し、彼女は再び世界を支配する主となった

塔の頂に群れていた鳥たちが一斉に舞い上がり、彼女の側を飛び、衣の襟をついばんだ

イシュマエル

私はこの世界に散って……空に融け、太陽と月に代わり、この世界の一部になります

さようなら。また必ず次がある、その次も、そのまた次も。あなたが言ってくれたように——

「これは別れなんかじゃない、お願いだ」

私はあなたとともにエンデュミオンの夕陽を眺め、時の狭間を駆け抜けた

国家の誕生と滅亡、惑星の終焉、恒星の誕生も、一緒に見届けた

……

それなら、この先も期待できるでしょう?

ただ……

次は、ただの1羽の小鳥になりたい

彼女は人間に向かって手を振った。ドレスの裾が羽毛へとほどけていく

イシュマエル

どうか私を覚えていて、そして、私を……

彼女は最後まで言葉を結ぶつもりはなかった

まるで綿雪のように弾け、彼女は空へ散っていった

羽ばたく音が人の耳に響く——彼女が落ちていった軌跡から無数の鳥が生まれ、空いっぱいに広がっていく

やがて鳥たちは去り、空が再び姿を現した

人間は深く息を吸い込んだ。自分の意識が身体から引き離され、現実へと戻ろうとしているのを感じた

けれど、このピンクと白色の空はあまりに魅力的で、どことなくイシュマエルに似ていた

そして空にふたつの白が並んでいた——白い太陽と白い月だ

ずっと昔、どこかで、この一対の瞳を見上げた記憶がある

時間も場所もあやふやで、思い出すことはできない。けれど確かなのは……

太陽と月が優しく、ゆっくりと瞬き返す

それが彼女からの返事だった

1カ月後。コンステリアの最も高い場所

人間は端末の情報をたどり、機械体が新しく開いたカフェに足を踏み入れた

窓ガラスに淡いピンク色の影が映り込み、外の夕暮れと溶け合っている

待っていたその人物は来訪者を見つけ、小さく会釈した

この近くで任務中と聞いて、せっかくですから会いたいと思いまして。最近の調子はどうですか?

ここしばらく、あなたの生活と任務中の様子を観察しましたが、特に問題はなさそうですね

彼女は安心したように微笑み、ティースプーンでカップの中をかきまぜた

カフェオレです。牛乳をほどよく、砂糖を溶ける濃度ぎりぎりまで。これが一番美味しいんですよ

あなたの目が語っています……私に渡したいものがあるのですか?

人間はポケットに手を入れて探り、例の桐のサイコロを取り出し、イシュマエルの前に差し出した

サイコロに血の跡はなく、真新しいようにピカピカだ

——けれど互いに目を合わせただけで、あの世界で何が起きたのかを分かち合えた

いいえ、持っていてください。小さな記念に

ティースプーンが再びカップを回り、茶色の液面に円を描いた

いいえ。任務はありませんし、無作為に座標を選んで跳んできたわけでもありません

ここにいるのは偶然じゃないとして……私の心を読んでみてください、グレイレイヴン

彼女はティースプーンを置き、少し前に身を乗り出した。彼女の長い睫毛まで数えられそうなほどに距離が近い

読めましたか……?私はわざとここに来たのです

あまりに自由なグレイレイヴンが世界中を飛び回るから、私の行く先にも軌跡ができてしまったのです

彼女は人間の前に人差し指を伸ばし、小さな円を描いた

もし私が歯車なら、この1カ月、あなたが私の回転の軸になりかけていることを認めざるを得ませんね

でも、あなたが元気そうで安心しました。「羽根ツヤもよく、情緒安定」

彼女は人間の瞳に浮かんだ答えを読み取り、楽しげに笑って背もたれに身を預けた

描いた円は終わり、輪は閉じられた

彼女は自分の隣の椅子を軽く叩いた

今度は、同じ景色を分かち合えますね

俯瞰ではなく、ちゃんとこの地面から、世界の一部としての景色を……こんな光景を見せてくれたことに感謝します

さあ、私の隣に