翌日、嵐に洗われた空は雲ひとつなく澄み渡っていた。長い海岸線には、深海からの贈り物が散らばっている
ラミアは、ハイタンと昨日助けた人物を引き連れ、浜辺に穴を掘ったり、魚やエビを獲ったりして忙しそうにしていた
ひと晩寝ても、まだ何も思い出せない?私たちが皆に訊いて回ることもできるけど、何の手がかりもないとしたら……
名前は思い出せる?家族の名前とか住んでいるところとか……もしかして、自分の名前も忘れちゃった?
ラミアはハッとしたように両手の動きを止め、その名前をそっと復唱した
……その名前、どこか懐かしい響きがする……
でも、聞いた感じだと、この辺の人の名前じゃないね
え?私と同じ名前?
少女は大きく目を見開いた。そして、慌てて袖をまくった
こ……こんな形?
そんな偶然って……この世界に、本当に、同じ名前と特徴を持つ人がいるの?絵本の話は作り物だと思ってた
だって、会ったことないもん。どうして私のことを知ってるの?
その返事を聞いた相手はただ優しく微笑み、それ以上何も言わなかった
……んー、やっぱり役に立ちそうなことは何も思い出せないんだね
2、3日したら町へ行くんだ。機会を見つけて、神殿の司祭様に訊ねてみる。司祭様はとても物知りだから、きっと帰り方を見つける手助けをしてくれるはず
神殿も司祭様もいないの?海神の怒りが爆発したらどうするの?
わぁ……全部を運に任せるってこと?……それって大変そう……
ハイタンは憐れむような表情を浮かべた。ラミアは彼女の肩をポンポンと叩き、反対側の空を指差して振り向いた
遠くには突き出た山々が見える。山頂には美しい建物がそびえ立っていた
話を元に戻すと――ほら、あそこにあるのが神殿。あ、そうそう……この話を聞いたからって、そのままいきなり駆け込んだりしないでね
あそこは警備が厳重だから。護衛たちは怖いし。私はたまたま司祭様の目に留まって、神殿で儀式をする仕事に招かれて初めて、あそこに入ったの
司祭様が海神の怒りを鎮め、嵐を追い払うための儀式。昨日あなたが遭難した嵐は、神殿で儀式が捧げられた直後だったから、すぐに収まったんだと思う
経験からいうと、3日から5日くらい経たないと完全には収まらない……ん?何をしているの?
目の前の人が端末を取り出し、遠くの神殿に向ける様子を、ラミアは不思議そうに見ていた
カシャッ――
写真を撮って敬意を示す……?
その言葉にラミアが困惑しているのを尻目に、目の前の人は端末を操作してメールを送信していた
あなたは一体何を――
その言葉を口にする前に突然、背後から人々の騒がしい声が聞こえてきた
静かな浜辺が次第に活気を帯びつつある
うわ、マズイ、皆が起きてきた。早くしないと食料がなくなっちゃう!
ラミアは思わず目の前の人の袖を掴んで、走り出した
ラミアはバケツを手に、右へ左へと忙しく砂浜を歩き回った
ハイタンはいつの間にか姿が見えなくなっていたが、出会ったばかりのその人物はしっかりとついてきていた
ラミアは鋭い目つきで砂浜で場所を選んでいく。しゃがんでシャベルに力を入れて何回か掘ると、あっという間に深い穴ができた
ほら……バケツを持ってて……よし、オッケー!
ラミアは両手いっぱいにマテ貝を抱えて立ち上がった
今夜はこれを料理しよう!マテ貝は好き?
ふふ、私も好きだよ、味の好みが似てるみたいね
そうなの……でも大丈夫!バケツには他にも海鮮がたくさん入っているから、食べたいものが見つかるよ
ラミアはマテ貝をバケツに入れて、しばらく考えると方向を変えて進み続けた。ここでやめるつもりはさらさらなさそうだ
ん?どうしたの?戻りたい?疲れたなら、座って休んでて
もうちょっとだけ拾ってくる。こんなチャンスめったにないから。今日もうちょっと頑張れば、これから何日も自由に遊べる
変な質問、まるで私がよそ者みたいな言い方だね。私はここで生まれて、ずっとここに住んでる
ちょっと待って……あなた……まさか、私の年齢を知りたくて、遠まわしな質問をしてるの?
…………
ラミアは何も答えず、魚介類の入ったバケツを置いて、相手の手を海の方へと引っ張った
そう、ここ。それで、あそこに上がって。足を滑らせないように気をつけてね。この岩は鋭いから
よく見てて、私に続いてやってみて
ラミアは深呼吸をして、海に向かって叫んだ
し――ご――と――し――た――く――な――い――!つ――か――れ――た――
海神様――どうか――毎日――バケツいっぱいの――海鮮を――玄関に――置いて――く――れ――ま――せ――ん――か――
見ての通りだよ。イライラしたり、むしゃくしゃしたら、こうやって海に向かって叫ぶの!
そう、表情といい質問といい、あなたって全部いつも真剣すぎる。さっきも訊きたかったんだけど、何でそんなに真面目くさってるの?
ああ、わかるかも。私も初めて司祭様に神殿へ連れていかれた時は緊張したから。でも、そのうち慣れたよ
もしどうしても帰り道が見つからなかったら、ここにいればいいよ。あなたひとり増えたくらいで餓死するほど、私の家は貧しくないし
相手からの返事はなかった。ラミアはそれを照れているのだと解釈した
あなたって……どう言ったらいいのかな。あなたを見てると、常に自分を追い込んでいるみたいに見える……
でも、今は何も覚えてないんでしょ。だったら、世界がロングバケーションをくれたんだと思って、少し息抜きすればいいんじゃない?
そう、忘れちゃえばいい。人は苦しむために生きているんじゃない。悲しんでばかりいると、あっという間に老けちゃうよ
ラミアはパンッと肩を強く叩き、相手のやや唖然とした表情を見て首をかしげると、優しく微笑んだ
今の生活が好きかどうかって訊いたよね?もう何日かここですごせば、答えはきっとわかるよ。これから、いろんな面白いものを見せてあげる
ラミアは欲しい返答が得られて、満足そうにうなずいた。振り返って岩場から飛び降りると、海辺へと戻っていく
行こう。もう遅いから、もう1回拾ったら戻らないと
ふたりが戻ったのは、日が暮れたあとだった。ふたりを迎えたのは、趣向を凝らした盛大なパーティだった
熱狂的な村人たちは、夜の海を照らしてその日の収穫を惜しげもなく差し出した。人々はかがり火を囲んで歌い踊って収穫を祝い、海の恵みに感謝している
ふたりはかがり火の隅で、人々の賑わいからそう離れていないところに座っていた
私の手料理を食べてもらいたくて、夕食を作ろうと思ってたのに。ちょっと残念
でも、タダ飯も悪くないか。自分で準備しなくてもいいんだから、楽だよね
村人から手渡されたバーベキュー料理を楽しみながら、ラミアはしなやかに伸びをした
あくびが出そうになった時、見覚えのある人がやってきた
ああ、こんなところにいた!何でこんな離れたところに座ってるの?みんなと踊らないの?あっちは盛り上がってるよ
疲れたから見てるだけでいいよ。手と足を別々に動かすなんて面倒なことしたくない
うーんと呻くような声を上げながら、ラミアは手に持っていた竹の串を地面に刺して、砂浜に寝転がった
もー、めんどくさがりなんだから。[player name]、あなたは?一緒に遊ばない?
じゃあ、他に何か特技はある?歌とかでもいいよ
アハハハ、冗談でしょ?釣りって、特技とかじゃないよ。だって、ここにいるみんなは釣り人だし、誰だってできることだもん
えぇぇぇ!?
それを聞いて少女は息を呑んだ。ラミアも顔をこちらに向け、あんぐりと口を開けている
しかし彼女に応えたのは、少し意味深な視線だった
……?
うーん、でもやっぱり釣りは特技とはいえないな。ここで披露することもできないし。じゃあ少しだけ歌ってよ、せっかくなんだから。一緒に遊ぼう?ほら
え!?私が?
わかった、じゃあラミアお姉ちゃんが教えてくれた歌を歌うね
ハイタンは背筋を伸ばすとかがり火の側へ行って、喉を軽く鳴らして声を整えた
フンフン~フン~フンフンフーン~
フンフンフンフーン~
少女はこちらの瞳を見つめながら、小さくうなずいた
……わからない。それに……歌詞があるはずなんだけど、思い出せないの
ハイタンの姿を見ながら、ラミアは鼻歌を歌った
フン~フンフン~フンフーン~
しばらく沈黙したあと、人間の歌声がメロディに加わった。くぐもったハミングとは違い、はっきりとした言葉の歌詞を歌っている
あれ……?なんで……この曲……あなたも知ってるの?
じゃあ、続きのメロディを教えてくれない?さっき、あなたに合わせたから少しだけ歌えたけど、それ以上は覚えてないんだ
目の前の人物はラミアを見つめ、唇を動かしながらも、言おうかどうか迷っている様子だった
たったひと言が出るまでに、しばらく時間がかかった