親愛なる指揮官、ご無沙汰しております
公園を散歩しているとヴィラの声が聞こえ、穏やかだった心がざわついた。知らんぷりで立ち去ろうかと考えている内に、ふと何かがおかしいことに気付いた
今のは、聞き間違えかな?
しばらく呆気にとられていると、とうとうヴィラが目の前までやって来た
親愛なる指揮官、今日はあなたのお誕生日ですね。ヴィラがお祝いに駆けつけました。あなたの誕生日と毎日が、たくさんの幸せに溢れていますように
どうやら聞き間違いではなかった。この状況、この瞬間、今のヴィラはとても礼儀正しくとても優しい口調で、誕生日のお祝いを伝えてきたのだ
顔をつまんでみる……ツッ……痛い。夢ではないようだ
こちらの行動を見て、すでに弧を描いていたヴィラの目は更に細くなり、最後にはこらえ切れなくなったようで、大声で笑い始めた
今の指揮官ったら……アハ……さすが、笑わせてくれるわね?
いつも通りのヴィラに戻ったようだ
笑顔で礼儀正しく挨拶するヴィラより、冗談交じりに無茶振りしてくるヴィラの方が好感が持てる。なぜなら前者は……かなり複雑な印象を与えるからだ……
もしあなたが私の立場だったら、自分がどれだけ……滑稽だったかわかったでしょうね
最近は任務がなくて、ちょっと退屈してたの。そんな時、今日は誰かさんの誕生日だということを思い出して、ちょっと暇潰しでもしようかと
思った通りだったわ
そう、さっき言ったわよね、最近退屈だって
楽しいことを見つけるのって簡単じゃないのよ。だから、そんなにすぐに終わらせたらもったいないでしょ
……ん?ということは、続きが!?
礼を言うのはまだ早いわよ
1年に1日しかないせっかくの誕生日祝いを、「誕生日おめでとう」だけ終わらせるなんて、ちょっと物足りないわよね?
ついてきて
あなたのために特別に用意したのよ。おもしろいプ·レ·ゼ·ン·ト
ヴィラがいう「おもしろい」は、プレゼントそのものを指していない予感がすごくする……
ヴィラは何かを察したかのように、素早く近付いてきた。そして微笑を浮かべながら、こちらの手首をガッチリと握った……
傍目には並んで歩くふたりはとても親密な間柄に見えるだろう……実際は、ヴィラがこちらの手首のキメており、少しでも動こうものなら激痛が走る
遠慮なんかしないで頂戴
ヴィラとともに公園の奥にやってきた。ベンチの前には白い金属製の箱が置かれていた。箱のロゴは……スターオブライフ!?
ヴィラはベンチに座って箱を開けた。中にはアルコールのような液体と、金属製の柄の長細い棒状の物が入っていた。彼女はそれを手で触って感触を確かめ、満足そうにうなずく
最初に私が挨拶した時、自分の耳に異常があるんじゃないか、何かを聞き間違えたんじゃないかって、疑ったでしょう?
そうよね、わかるわ
ヴィラは、自分自身の太腿をポンポンと叩いた
さぁ来て、横になるの。耳掃除のお時間よ
ヴィラが笑顔を浮かべながら、両手でつまんだりいじったりしているいくつかの金属製の道具……本当に耳掃除なのだろうか?まさか、拷問?
冷たい光を放つ金属製の物体が恐怖心を募らせる。だがこの状況でヴィラの誘いを断ることなどできない……断ろうものなら、強引に押さえ込まれるだけだ
覚悟を決めてヴィラの右側に座った。彼女の太腿を枕に身を傾けて、右耳を上に向ける
あら、そんなに緊張しないで?ここは「スターオブライフ」がすぐ近くなの。たとえ私を信じられなくても、彼らのことは信じられるんじゃない?
常連さんのあなたなら、身をもってわかっているはずよ。もしこれを耳から脳天に突き刺したって、ちゃあんと元通りに治療してもらえるって
力が強かったり弱かったりしたら、遠慮なく言って頂戴。私が聞く耳持つかどうかは賭けね
冷たい金属が耳に入ってくる。無意識の内に体が強張った。だがカサコソという小さな音とくすぐったさに、不思議な心地よさを感じる
人間の耳には多数の末梢神経があり、耳掃除はそれを刺激する。結果として身体が反応し、喜びとリラックスを感じるらしい。黄金時代ではこの行為は娯楽でもあったとか
確かに気持ちいいのだが常に心臓がバクバクしていて、完全にはリラックスできそうにもない。それは施術者の技術のせいではなく、単に、施術者の素性が……
アハ……
まるでキャンディコーティングの火薬のようなものだ。外見はどんなに甘そうでも、いつ口の中で大爆発するのかわからない、そんな不安がつきまとう
(なんでこんなことをするんだろう……)
なぜこんなことをするのかって考えてる?
(ヴィラは心が読めるに違いない……)
中途半端な状態っていかにもコメディでしょ。止めることもできず、立ち上がることもできない。そういう時の情けない顔を、見てみたかったのよ
ついでに知らせたいことがあるの。ピカピカになった耳で、私の話をよーく聞きなさい
誕生日って面白いと思わない?
他にも、例えばファウンスの卒業式の日とか、グレイレイヴンと初めて会った日とか。これら全部、あなたと他の何かが組み合わさって初めて生まれるものよ
自分だけの日、自分の誕生とともに現れる唯一の日、それが誕生日
ヴィラの声が突然ぐっと近くなった。まるで頭を下げて耳元でささやいているかのように
だから指揮官、あなたに知らせておきたいの
私、あなたの誕生日にとても興味をそそられるのよ。遅かれ早かれそれを奪って、私のものにするから
その言葉の意味を理解する前にヴィラが身を起こし、そしてこちらの体も引っ張って起こさせた
言っておくけど、抵抗するのを忘れないで頂戴ね。もがく獲物を狩る方がずっと楽しいの
やっと、耳掃除が終わったことに気付いた
ヴィラが至近距離でささやいていたため、耳が……だが耳よりももっと辛いのは体だ。緊張で硬くなった首には痛みさえ感じる
耳掃除はリラックスするはずなのに……
使っていた金属製の道具を掃除していたヴィラは、立ち上がって体をほぐしているこちらを見た
あなたって、耳がひとつしかないの?
練習は上々よ。お楽しみはこれからが本番