Story Reader / 祝日シナリオ / 君へと続く軌跡 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ジオメトリー

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楽園祭の初日、コンステリアの通りには人々の賑やかな声が溢れていた

さまざまな雑貨を売る屋台やちょっとした遊具等が、通りの両脇にところ狭しと並んでいる

それだけではない。街の空き物件が臨時の展示場になっていて、誰でも無料で中に入ることができる

空中庭園の構造体と作業スタッフ、地上の各地からやってきた人々、九龍とアディレからのゲスト、そしてこの街に残る覚醒機械……

多種多様な人々が、目新しくも調和した風景を形成している。この瞬間の彼らの目的はただひとつ。貴重な休暇を存分に楽しむということだけだ

それに加えて、馴染みの顔もチラホラ見かけた

リーフ、まずこの「創作キッチン」というお店に行きませんか?与えられた食材で、特殊な料理に挑戦するようです

最近、料理の腕前が少し上がったような気がしているんです。後でリーフに少し食べて採点してもらえたらと……

ル、ルシア!?食べて採点なんて、と……とっくにルシアの料理の腕は上手になってますよ。あっ、でも作業はひとりじゃ大変ですし、私が一緒に料理するのはどうでしょう?

それか最終日に私たちとリーさん、指揮官と合流するタイミングで、皆で一緒に……

30分後にカードゲームのショップリーグが始まる……これは参加しなくちゃ

隊長隊長!見てくださいよコレ!ユニバーサルトイ社の瞬影TR-1200!この状態のよさはヤバイっすよ!正常起動も確認してるって!ちょっと隊長、見てくださいって!

カムイ?やっとか……今までずっと連絡がつかなかったのはどういうことだ?バンジが探しているぞ

バンジ……バンジ?どこに行った……?

30分前から見てない

……カムイ、カム、もう一度、迷子放送センターに行くぞ

カレニーナ

おい、指揮官。そこにボサっとつっ立って、何を考えてる?

あと店を3コ回ればこのエリアは制覇だ!もうちょっと頑張れ

どうやら羽根は十分に伸ばせているらしい

カレニーナは覚醒機械が営む屋台で買ったナット味のアイスクリームを手に、こちらについてくるよう急かしてきた

自分の手に、ずっしりと重い袋がふたつぶら下がっている。中はカレニーナが風船射撃ゲームで勝ち取ったぬいぐるみやオモチャがぎっしりだった

ったく、チンタラしてたらここに置いてくぜ?

出かけようって提案してきたのはお前だろうが

テキパキ動けよな。グズグズしてるとこの期間限定スタンプラリーが終わらねえ

カレニーナが手にした端末を振って見せた。点滅するカウントダウン表示と画面を埋め尽くす電子スタンプが、今日の午後の成果を示していた

それともまだ、さっきアイスクリームを落としたのを引きずってんのか?

そんなに食べたいなら、半分分けてやるぜ

実際食べたらそう悪いモンじゃない。香りはそうだな、冷却されたばかりの宇宙用チタン合金ってとこか……あとちょっと炭素鋼っぽい香りが混ざってるかな……

チッ、想像力のないやつだな。しょうがねーから次にアイス屋を見つけたらまた奢ってやるか

ん……?オレの顔がどうしたって?あっ……

こちらが指し示した位置に手をやったカレニーナは、自身の顔に溶けたアイスクリームがついていることに気付いた

お、お、お、お前、早く言えよッ!いつから付いてた?もしや、ずっと口にアイスを付けて街を歩いてたのかよ!?

指――揮――官――!

カレニーナが憤怒の形相でズンズン近寄ってきたが、素早く反応してその攻撃をかわすことができた

攻撃が空振りしたために、カレニーナが手に持ったアイスはコーンの上でぐらっと傾き、「ベチョ」という音を立てて地面に落ちた

……

弁償しろよな

その時、カレニーナの端末から電子音が鳴った。彼女が設定したアラームだ。スタンプラリーの残り時間が少ないことを知らせている

しまった!ちょっと待て、アイス屋に行くと最短ルートがかなり遠くなる……

おっ!ナイスアイデアだな。じゃあ頼むぜ。スタンプラリーでもらえるアイス券、半分やるからな!

後でここで合流だ。アイスを買ったら速攻で来いよ

カレニーナはこちらに座標を送ってくると、慌てて近くの店へと走っていった

カレニーナは景品が目当てでやっているのではない。彼女に楽園祭のスタッフが真っ白の電子スタンプカードを渡した時、どういう流れになるかは想像がついていた

落ちたアイスを無言で片付けていると、リーが飲み物を手に近くの屋台を離れるところだった

リーはこちらに気付いたようだ。追いかけて挨拶するかどうか迷ったが、「それぞれ楽しもう」という約束を思い出し、とりあえずお互いに干渉しないことにした

互いに視線を合わせたあと、目線を屋台の店主に向けた

少々お待ちを。あぁ……ソースが足りない、追加しなくちゃ

新しく作ると10分くらいかかるけど、時間はいい?

じゃあ、待つ前にお会計を

ごめん、最近ツケにしようとする人が多くて

ちょっと前に商談で失敗して、私たちは高品質のタンタル石40tを失った。代わりに相手は頭を約40個ほど失ったけど

もちろん、この街の人は基本的にみんな誠実。だから気に入ってる

「楽園祭」っていい。こんなに楽に稼げる商売は久しぶり

うん。このイベントの主催者と相談して、彼らはアディレ商業連盟に出資してくれるって

こちらは露店のための建材や食材を提供して、代わりに利益の30%をもらう。アディレにとって確実な儲けが出るいいビジネス

私たちが提供する予定のコールドドリンクマシンは前、空中庭園の工兵部隊から安く買い取った中古品なの。レンタル料だけでも元が取れる

アディレが元は工兵部隊の物で甘い汁を吸っていると知ったら、彼女はハンマーを振り回して「よい取引とは」と説教を始めるだろう

質問前に回答が無料か有料かを確認しておきたいけど、指揮官だから……アイスクリームを買ってくれたサービスでいい。具体的に何が知りたいの?

歌手やダンサーを雇いたい?予算は最高でいくらまで?

かなり予算があるね?じゃあ値段についての心配はないな

残念だけど、こちらに指揮官の希望に叶う人はいない

どんな取引でもまずは価格を確認してから交渉するのは基本。たとえ成立できそうにない取引でも

アディレにはふさわしい人物がいないけど、探す手伝いはできる。追加で調査料を支払ってもらえれば、1週間以内に必ず直接商品をお届けできる

ソフィアが終末に放浪するダンサーを縛り上げて、自分の家まで引っ張ってきたりしないのはわかっていた。アディレなら期日までにちゃんと探し出して連れてくるはずだ

でも1週間は長すぎる。楽園祭が終わってしまっている

アイラに世界政府芸術協会のスタッフに適任者がいないか訊いてみようと考えていると、屋台に新しい客がやってきた

すみません、ミルクティーはありますか?

九龍の装いに身を包んだ若い女性がふたりの前に歩いてきた。数日前、九龍からやってきた訪問者のひとり、含英だ

あるけど、少し待ってもらわないといけない

こんにちは、[player name]さん。空中庭園の指揮官だったと記憶していますが、お間違いありませんか?

はい、ですが旅は順調でした。蒲牢も私に外の世界をたくさん見せたいようですし、ついでに……

含英はちらりと辺りを見回し、修復で一新されている街の景色を眺めた。たくさんの人々と覚醒機械が行き交っている

ここは……コンステリアと呼ばれる場所ですよね?九龍環城や夜航船とはまた違って、この都市も独特な魅力を秘めているようですね

人間と機械体が一緒に出かけたり……珍しくて、美しい光景だわ

機械体が運営するダンススタジオを見つけました。彼らが作ったダンスラボ……「ダンラボ」?と呼ばれるゲーム施設もありました。試しに遊んでみましたが、楽しかった

機械体の踊りも斬新でした。今まで見た踊りは全て、人間の動きに基づくものだったから。私の仲間が一緒にいたらよかったと思いました。彼女はこの分野に詳しいので……

自分は思わずポンと掌を叩いた。ソフィアがこちらの表情を見て、瞬時に反応する

含英さん、踊りは得意?

そうね、夜航船で何度か踊ったことが。今もたまに舞台で踊ったりしていますけど

いえいえ、恐れ多いことだわ。踊りというのは本当に広くて奥深い世界です。私は少し知っているにすぎなくて、基礎的な動きを把握しているだけ

本当?ちょっと待って、メモとペンを用意する。含英さん、連絡先を教えて?今後アディレと取引する時、連絡がつくように――

え?ちょっと待ってください……突然すぎて、えっと……どこに書けばいいのかしら?

ええ、特に大事な用事はありません

含英はソフィアから渡された白紙のはがきに連絡先を書きながら、こちらを見てきた

あっぶねー……でも、これでやっと完成だ!

軽快な電子音とともに最後の電子スタンプがカレニーナの端末画面上に押印された。彼女はスタンプカード画面をスライドし、努力の成果を満足そうな様子で眺めている

だが、喜びは束の間だった。画面に次のミッションが表示されることはなく、画面上には「コンプリート」という文字が静かに浮かぶのみだ

……ん?

あれ?オレ……なんでこんな必死になってたんだ?景品って……アイスクリーム引換券?こんなもんのために……

ここにある店、まだぜんぜん回り切れてねえし。まあいい、指揮官と合流してもう一回ブラブラするか

困惑から気持ちを整理したカレニーナは、顔を上げてようやく周りをよく見た

ここは楽園祭の間、機械体が営業するアンティークショップだった。棚に黄金時代のアンティークがたくさん並んでいる

もちろん本来の意味でのアンティークではなく、旧型家電や昔のオモチャ、雑誌、カセットテープといった、今では珍しい古い雑貨も含まれる

そのコレクションはほとんど値がつくような価値はない。いくら状態がよくても、現在の電源規格に対応していないため実用性は皆無だ。いってしまえばゴミと大差ない

おいおい……バンザイ監修の組み立てプラモデル?これって確か100年前に発売されたやつだろ?それからあっちのは……ふたつ折り式の通信端末「ガラケイ」?

特殊な「ゴミの山」の中で育ったカレニーナにとって、ここにあるひとつひとつは遠い記憶を呼び起こすものだった

ここの機械体はどうやってこんな珍しいものを手に入れた?ちょっと待てよおい、黄金時代のレコードか!?ここら辺、全部レコードじゃねーか!

曲がった文字で「ミュージック」と書かれたプラスチック板の前で、カレニーナは古いレコードがずらりと並ぶコーナーを見つけた

これはハレーウィンの『ウォールズ·オブ·マリア』……これはメタルカの『ライド·ザ·サンダー』――

あとキングの『ストーン·コールド·マッド』もあるじゃねーか!昔、爺ちゃんがよくこれを聴いてたっけ

聴きたかったが……残念だぜ

そこにあるレコードは全て摩耗で再生不可能となっており、中には真っぷたつに割れているものすらあった。印刷が剥げてしまったカバーから、中身を判断することしかできない

この壊れたレコードたちをまとめて買おうか考えながら、カレニーナは棚の端までやってきた

これは……

棚の一番奥に置かれていたのは、旧式のレコードプレーヤーだ。ターンテーブルには大きな亀裂が入り、トーンアームは折れてすでに使い物にならない状態だ

ここに鎮座している他の中古品と同様に、もう戻ることはない過去の面影にすぎない

だがそのプレーヤーはここにある、どのアンティークとも異なっていた

……

カレニーナはゆっくりと手を伸ばし、プレーヤーの上に積もった埃をそっと払った

カレニーナ

爺ちゃん、この曲はなんて名前なの?

カノン

ほう?この曲か?ひゃっひゃっひゃっ、これは『カノン』という曲じゃ。覚えやすいじゃろう?ワシの名前もこの曲から付けられた

爺ちゃんが若い頃はな、この曲が学校ですごく流行っておった……だが、何がいいのかあの時はわからんかった。年を取ってやっとその美しさに気付いたんじゃ……

カノンはテーブルの上の古いレコードプレーヤーにそっと触れた。これは彼が過去の暮らしから持ってきた、数少ない宝物のひとつだ

彼の人生は時に狂気じみて波乱万丈だったが、常に身の回りに携えている物がいくつかあった。音楽を聴く時だけ、カノンは普段と違う落ち着きを見せる

カレニーナ

爺ちゃん、なんでこの小さな針がレコードをなでるだけで音が出るの?何かのハイテクノロジーなの?

カノン

ひゃっひゃっひゃっ、違う違う。こりゃ19世紀の古い品じゃよ。原理はとても簡単でな、カレニーナ。知りたいなら明日実験して見せてやろう

カレニーナ

じゃあ、このレコードプレーヤーも爺ちゃんが作ったの?この前作ってくれたラジオみたいに!

カノン

これは……ひゃっひゃっひゃっ、違うんじゃカレニーナ。これは……人からのプレゼントさ

爺ちゃんがまだ若い頃の話じゃ。こう見えても、当時の爺ちゃんはな……まあいい、この話はやめるとするか

カレニーナ

なんでやめるの?いいじゃん、聞きたい聞きたい!

カノン

ひゃひゃ……あまり爺ちゃんを困らせないでおくれ。爺ちゃんも忘れっぽくなってのう……

カノンの濁った目に止まることのないレコード針が映っている。あの時のカレニーナは幼すぎて、カノンの目に溢れていた感情が何なのか理解できなかった

カノンの若かりし頃の日記を偶然開いた時、彼女はそのレコードプレーヤーがカノンにとってどんな意味を持つのかを理解した

それは彼と同じ名を持つ曲のレコードとともに、ある女性が言葉にできない感情を込めて、彼の誕生日に贈ったプレゼントだった

しかしその時カノンはすでに将来の道を決めていたようだ。彼は専門的な研究課程を終え、すぐに科学理事会の一員となり、極秘の研究を任されて外部との接触を断った

彼の長年の夢――科学で人を豊かにすること。そのために彼は一生を科学に捧げた

彼は自分にとって多くの「不必要」な物事を諦め、ずっと独り身でいた

カノンはもう、その女性の顔や名前を忘れてしまったのかもしれない。だがあの時のカノンの眼差しに何が隠されていたのか、カレニーナはやっと理解できた

それは心の奥深くに隠して、いくら気にしないよう振る舞っても忘れることなど到底できないもの――「心残り」だ

カレニーナ

なんで!?爺ちゃん、そのレコードプレーヤーって、爺ちゃんにとってすごく大事なものでしょ!?

カノン

大丈夫、心配せんでええ。カレニーナに飯を食べさせることより大事なことなんてないさ

ちょうどいい、爺ちゃんはほら、耳がどんどん遠くなってきたじゃろ。レコードプレーヤーを売れば家の電気代も節約できるし

見てごらん、爺ちゃんはモーターを外しておいた。これでカレニーナに別のオモチャも作ってやるからな

カノンは手の中の小さなモーターを優しくなでた。それは彼がレコードプレーヤーを売ったあとに残った唯一のパーツだった

カレニーナ

でも……!それは爺ちゃんがずっと大切にしてたものでしょ!?ただのパンとか、食べ物のために売るなんて……

カノン

道具は大切にするだけじゃ何にもできやせん。これだけの食べ物があれば、今月は生き延びられる。なくなったらその時だ、また別の方法を考えればいい……

カレニーナ

でも、それは爺ちゃんの、たったひとつの趣味の物だよ!なんで……これすらも残せないの……?

カノン

泣くのはよしなさい、カレニーナ。爺ちゃんにはもう……こういうものは要らないんじゃよ

残念なのは、いつかカレニーナの嫁入り道具にしようと思っとったんじゃが

こんな時代だ……レコードプレーヤー……ひゃっひゃっひゃっ、質屋のやつらはこれが何かもわからん、分解して目覚まし時計にするつもりらしい……

覚えとるぞ、あのメッセージカードにはこれがユニバーサルトイ社の第3世代商品だと書いてあったな

ユニバーサルトイ社第3世代……

???

ユニバーサルトイ社第3世代「レトロ」式レコードプレーヤー、型番RTL730。ユニバーサルトイ社が若者の音楽市場開拓のために開発したプロダクト

発売当初、カップルがこの製品をプレゼントにする割合が13.46%に達し、反響は上々でした。だが生産ラインが停止されたため、市場総流通量は3万台を超えていません

突然、特徴的な声がカレニーナの回想を遮った。振り向いて目線を下にやると、小柄な機械体がいつの間にかすぐ側に立っていた

キスク?なんでここに?

バンドのリハーサルが終わったから、今メンバーは自由時間なんです

カレニーナ姉貴、このレコードプレーヤーをずっと見つめてますけど、興味でもあるんですか?

ま、まあな……空中庭園ではお目にかかれない代物だから

せっかく地上で任務をするならって、ずっと探してたんだ。でもぜんぜん見つからねえ。それがまさか、こんなところで出くわすなんて

そういや、音楽関連のコレクションを始めたのもあの頃からか……

これらのレコードもこのレコードプレーヤーも、私たちがセルバンテスさんと一緒に旅に出た時、廃百貨店で見つけたものなんです

壊れたレコードの修復はかなり複雑ですし、そのまま廃物利用で別のパーツに加工するつもりでした

そりゃあな。かなり昔のデータ保存方式だし、物理的な場所を取る塩化ビニール樹脂に比べりゃ、デジタル音源は何倍も便利だ

でもセルバンテスさんはこういった品も残す価値があり、いつかこれを必要とする人が現れると言っていたんです

必要……そうだ。このレコードプレーヤー、修理したことがあるか?

RTL730はユニバーサルトイ社オリジナルの金型による構造を使用しており、針とターンテーブルは同社の異なる型番の製品と互換性があります

ですが、内蔵モーターだけが当時これだけのために製造された記念仕様が採用されていて、完全に一致する代替品が見つからないんです

へえ、ずいぶん詳しいな?さすがバンドマンだ

待てよおい……バンドマン!?

はい。私はサンダースパークバンドのボーカルかつギタリスト、キスクです。カレニーナ姉貴、こんなこととっくにご存知でしょう?

情報を得たのは世界時間で837時間前で、カレニーナ姉貴が事故で下水道に落ちていた私を拾った時……

待て待て、取るに足らねー思い出再生はいったんストップしろ!しまった、なんで忘れてたんだ。ここにはプロがいっぱいいるじゃねーか!

この機械体たちとしばらく一緒にいて、当たり前の存在になってしまったせいだろうか。最初に出会った時の強い印象を忘れていた

コンステリアという街に最も大量にあるもの――それは芸術を嗜む機械体だ

……キスク、オレがお前を廃下水道から引き上げ、更には工兵部隊の在庫から壊れたセンサーを交換するのに、めちゃくちゃ苦労したことを覚えてるな?

今でもはっきりと覚えてる。お前がオレを引っ張って一緒に水に落ちたんだ。お陰でクリーンキャビンで三日三晩も浸かるハメになったんだぞ!

あの……さっきは、それらは取るに足らねー思い出だと――

ゴ、ゴホッ!

カレニーナ姉貴はキスクの生涯で3番目に尊敬する人です!行動規約第337条に基づき、カレニーナ姉貴からの要求を、キスクが断るものですか!

よっしゃ、その心構えは立派だ。心配すんな、お礼はちゃんとする。そうだな……無料アイスクリーム引換券で手を打たねーか?

今、めちゃくちゃ大事なことを準備してる。もう二度とないかもしれねーことだから、全力を尽くしたいんだ

それは楽園祭でしかできないこと?

当たりだ。「楽園祭」はたくさんの人の努力で開催できた祭りだろ。こんないいことはそうそうねえよ。パニシングの脅威に晒された今日ではすごく貴重な機会だ

でも、機会ってのは一瞬で逃げるもんなんだ。今回は全力を尽くして、一切「心残り」を残したくねえ

少なくとも、あいつと一緒にいる時間くらい――

カレニーナが不思議な感覚に導かれるように振り返ると、一瞬でその見慣れた姿を見分けた

遅かったじゃねーか!その顔、何か思いついてんな、指揮官?

こちらの表情を見たカレニーナは心を通わせるように微笑み返した

当然だ、オレだからな!

コンステリア

世界政府芸術協会臨時支部

コンステリアを引き継いだあと、空中庭園はこの清浄地で最大規模の都市に、機能部門の支部を設ける計画を立てていた

それは、将来的にコンステリアを空中庭園以外の人類陣営の主要拠点にするためだ

そして効率を考慮した結果、コンステリア内に最初に支部を置いたのは再建作業を主導する世界政府芸術協会と、工兵部隊だった

世界政府芸術協会の地上支部メンバーのほとんどが楽園祭の開催に奔走する中で、ここには珍しい顔ぶれが揃っていた

ここにこんな広い録音スタジオがあったんだな。しかも全て最新の機器……世界政府芸術協会の予算がここまでとは……

ひと通りの設備が揃い多少の豪華さすら感じられる内装を見たカレニーナは、自分の秘密基地を思い出して気後れしていた

ここも初めはかなり質素だったんだけど、私のポケットマネーでリフォームしたの。文化財の鑑定と保存にはそれなりの環境が必要だから、当然の投資だと思って

こういった機器は……ついでに手配したの。後々、一般に広く開放して皆に利用してもらいたいから、できるだけ最高の設備を整えたつもり

覚醒機械たちもたくさん手伝ってくれた。材料のほとんどは彼らが用意してくれたものよ

このような環境なら、カレニーナさんの願いが叶う可能性も高いのでは?

ああ、ここよりもいい環境は他にはねえ

ずっと、世界政府芸術協会に手間をかけたくないって思ってたけど――

結局、こうなっちまった

気にしないで、会場の提供は協会の仕事の主たるものよ。それに、私はついでに新しい塗装のビジュアル効果を見れて最高!って感じかな

世界政府芸術協会のアイラ、サンダースパークバンドのギター兼ボーカルのキスク、そして九龍の踊り子である含英

つまり、私がカレニーナさんにダンスの基本を教え、キスクさんとアイラさんが曲目と具体的な演出効果を改善し、指揮官が全体的なディレクションを担当するのですか?

大丈夫です。サンダースパークの新曲のリハはほぼ仕上がっていますから。後はケリーを閉じ込めて、彼がガソリンカクテルに触れないようにするだけです

はい、カレニーナさんのお手伝いができるなんて光栄です。でも、この手の曲の振り付けは初めてなので、至らない点はお許しくださいね

私、実はまだ世界政府芸術協会の引継ぎ作業が残ってたんだけど……

そっちよりずっと、カレニーナのお手伝いの方が面白そうだわ!

残りの雑務は……そうね、シルカとレオニーたちに任せちゃえばいっか。あの人たちなら絶対、文句を言わないから

それじゃあ、急いで進めましょ。とりあえず皆でカレニーナのリハーサル動画を見て、それからアイディアを出し合いましょう

了解……って、はぁァ!?待て、ちょっと待ってって――

録画映像が保存されたディスクをプレーヤーに入れようとするアイラを見て、カレニーナが突然慌て出した

カレニーナ

まだ見るなって!違う、オレの心の準備が――チッ、じゃあ外に出とくがいいか?オレはもうさっき見てんだよ!

そんなのダメよ、1フレームずつ、1秒ずつ一緒に見るの。どのシーンも見逃さずに確認するのよ。自分の欠点をきっちりと理解しないと、悪いところを改善できないじゃない

舞台に立つ者にとって、羞恥心の克服って大事なことなのよ。カレニーナから恥ずかしいという感情が消えるまで、この動画のチェックを続けなくちゃ

アイラはカレニーナの頭をわし掴みにすると、グイっとモニターの真正面に向けさせた

勘弁してくれ……

こうして臨時編成のプロ集団はかなり微妙な雰囲気の中、スタートを切った――

楽園祭の最終日を完璧な結末で締めくくるために、今、皆が同じ方向に向いて走り出した