Story Reader / Affection / セレーナ·幻奏·その4 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.

セレーナ·幻奏·その1

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「――自分をまっさらにして、葦笛で美しい音を吹けるように、自分をまっさらにして、葦のペンで奇跡を書けるように」

……[player name]……

……私……は……

……私は今、あなたに逢いたい

……

海の底に沈められたように、くぐもった声が聞こえた

暗闇から伸びる金色の指先が遠くのある場所を指している。その方向に目を向けた

そう遠くはない場所に光と影が交錯し、最後は見覚えのある光景になった。ショーが終わり、天井のステージライトもひとつ、またひとつとゆっくり消えた

周りの光景も広がっていく。大きな天井の下はすでに満席の深紅のベルベットの観客席で、自分はその大勢の観客のひとりだ

視線を元に戻すと、舞台の上にはどこか見覚えのある人影が一筋のライトに照らされて立っていた

幕が下り、会場に万雷の拍手が鳴り響く

若いオペラ歌手はゆっくりと舞台に上り、視線を素早く観客席にさまよわせ、ある場所を見つめた。公演中はその場所を見ないように自分を戒めていた

着飾った観客の中、一分の隙もない軍服姿の人物が立ち上がり、舞台の中央を見つめた

温かな善意のこもったその人の視線は、降り注ぐ金色の紙吹雪や眩しいライトを越え、彼女の視線と絡み合った

無言だが、全てを慰めてくれる眼差し。開演してからずっと彼女の心の奥をかき乱していた恐怖と迷いがだんだんと消えていった

湧きあがる内心の不安や恥かしさを押し隠し、セレーナは軽く息を整えて一礼した

それは、ライトが消え、観客席に誰もいなくなるまで

彼女はドレスの裾を掴み、急いで舞台裏へと走った

世界政府芸術協会のメンバーと記者たちがバイオニックブーケを持ってつめかけた。観客席の拍手が舞台裏にまで届き、成功を祝う言葉や称賛があふれた

微笑んでひとりずつ丁寧に礼を述べる彼女のアヤメのような紫色の瞳は、時折、周囲の人々を越えてドアの方に向いた。その向こうに、彼女がずっと待っていた人がいるかのようだ

お祝いに来た人々がようやく立ち去ると、彼女は急いでドアの方へ向かった

しかし空っぽのホールは静かで、そこには誰もいない

微かな失望感と悲しさが夜霧のように薄く広がった。彼女はあたふたと道具を片づけていたスタッフを呼び止めた

セレーナ

すみません……あの……

……さっきここに、私を待っていた人はいませんでしたか?

え……?インタビューを予約していた記者ならもう帰ったと思いますが……あっ!

雑用係のスタッフは最初は首をかしげていたが、急に思い出したように手を叩いた

少しお待ちください

彼女は控え室の中の小部屋から花の箱を持ってきた

ちょっと特別な物だったので、他のお祝いの品と一緒には置いていなかったんです……

確かに舞台裏に置かれた花束やプレゼントとはまったく違うものだった

これは……

セレーナの目に映ったのは見たこともないようなアヤメだった

空中庭園は観賞用の花のために貴重な資源を費やすことは滅多にないと彼女は知っている。この飾るための「生花」は、ほとんどが保存しやすいバイオニックブーケだ

しかし、目の前の鮮やかな緑の中にあるのは、もうすぐ花開きそうなアヤメの蕾だ。柔らかそうな花弁には摘んだばかりのようにきらめく水滴さえ残っている

その生き生きとした花を見て、一瞬恍惚とした。この自然の美しさは遥か青い惑星にのみ存在するものだった

まるで夢や幻のようで、実在するものではなかった

……

セレーナさんが舞台で挨拶をしていらっしゃった時に届けられたんです。まさか軍部の指揮官の中にもあなたのファンがおいでとは

スタッフは少しおどけたようにウィンクした

あの指揮官からお詫びをことづかっています。これから緊急任務があって、長くいられない、と。このプレゼントをセレーナさんに渡すように頼まれました

そう言ってスタッフが渡す花束をセレーナはそっと受け取り、自分の腕に抱えた

花の根はそのままで、根元には簡単な養分供給装置まで取りつけられている。セレーナが植え直せば、また別の場所で咲き続けられるように

彼女はその配慮に喜び、花の根は切らず、この花が成長した歳月を思いながらそれを見つめた

詩や歌の中の草地や山に、もしこの花がいっぱい咲いてたら、どれほど美しい眺めだろう

本当にきれいな花ですね。見るだけで気分が上がりそうです。バイオニックフラワーも美しいけど、生花とは印象がまったく違いますね

本当にとても貴重なプレゼントです

セレーナは抱えた花束に顔を近づけた

花と葉が淡く香り、まるで無音の声なき励ましのようだ

もしかしてあの指揮官は、あなたのこ……

……あっ、すみません。失礼いたしました

スタッフはつい好奇心で訊きそうになった質問を飲み込んだ。よく知らない間柄のレディにこんな質問は、確かに非礼ともいえる

気にしないでください

少女は軽く頭を振り、優し気な目で微笑んだ

彼女自身も気づいていなかったが、それはオペラのリハーサル以来、彼女の顔から消えていたリラックスした微笑みだった

花束の中にはメッセージカードが隠されており、言葉は彼女がよく知る筆跡によって綴られていた

「アイリスへ」

その後の筆跡は名前と比べると少し乱れていた。急いで書き加えたメッセージのようだ

「輝かしい君を見た」

「創作の中で自分自身を探すのは迷いや恐れがあると思う。でも君なら必ず自分なりの答えを見つけられると信じている」

「こんな言葉を聞いたことがあるかもしれない。高所を望む光こそ、根を暗い地底にまで伸ばす」

「焦らずに、少しずつ前に進もう」

急いで書かれていたとしても、筆跡はあいかわらず凛々しくて力強い

背後でしっかりとした規則的な歩調の足音が聞こえた。それは軍人の歩き方を思わせた

セレーナの心は震え、ゆっくり振り向いた

……

歩いてきたのは一般的な構造体だった。彼はありふれた構造体の出で立ちだったが、その眉根には隠しきれない憤懣と苦悩があった

セレーナがチケットを贈った構造体兵士だと彼女はすぐに気づいた。しかし、オペラ鑑賞後にこんな表情を浮かべている人を見るのは初めてだ

この表情を見て、彼女は自分の不安がどこからきたのかを理解した

若いオペラ歌手は無意識に後ずさったが、また元の場所へと立った

劇の演出に何か……ご不満がありましたか?

ふん、君は俺ら構造体の考えを聞いてくれるってある人に言われたんだ

構造体兵士の胸は目に見えるほど激しく上下し、感情の爆発を無理やり抑えようとしているようだ

さっきのオペラだが

はっきり言うと、これまで観た中で一番陳腐なオペラだ

君がオペラで「考えを表現した」って言うなら、俺もひと言、言わないと気分が悪いんだよ

俺たちが命をかけて戦っている時、上の人間どもがこんな上っ面だけの想像で亡くなった仲間たちを描いて、自分の無知を見せびらかす行為に、これ以上耐えられるもんか!

空中庭園の傲慢な人たちにとって、俺たちの犠牲はこんなおままごとみたいなお遊びだっていうのか

フン……もし俺の荒っぽい態度を我慢できないなら、さっさとどこかに行ってくれりゃいいぜ

厳しい批判、挑発的な態度。しかし、セレーナは構造体の言葉から、血を滲ませたような苦痛と絶望を感じた

彼は本来ならばオペラが終わったらすぐ帰ることもできたはずなのに、素直に自分の憤りを彼女に伝えてきた

「高所を望む光こそ、根を暗い地底にまで伸ばす」

この構造体兵士はもっと穏やかに誤りを指摘したかったことを彼女はわかっている。それに受けるべき批判と指摘を避けてはいけないことも、彼女はわかっていた

これは、彼女が直面しなければならない審判なのだ

セレーナは頷き、真剣な表情で相手の目を見た。両手をぎゅっと握り、怯えからくる震えを抑えようとしながら

いいえ……どうぞ続けてください

教えて欲しいんです