Story Reader / Affection / ヴェロニカ·竜骨·その3 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.

ヴェロニカ·竜骨·その1

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どうせ死ぬなら、少しでも苦しまない方がいいんじゃない?

黄昏、草原

エピロス、黄金時代に最も名を馳せた自然保護区のひとつは、今や訪れる者のない荒野となっていた

2頭のブチハイエナが貪るように食らっているのは、皮を剥がされた雌ライオンの亡骸だった。牙に荒らされていない箇所の裂傷は整ったもので、自然動物以外によるものだ

遠くで仲間の遠吠えが響き、群れへの合流を急ぐよう促していた

パチッ

草の茎が折れる音が響く。冷たい金属の足が踏みしめた地面では、草が頭を垂れて腰を折り、機械の足取りに押し伏せられた物言わぬ命が微かな呻きを漏らしていた

ブチハイエナはびくりと身をすくめた。とっさに本能が危機を察知したのか、迷いなく踵を返して逃げていった

……

その眼には体温がなかった。目の前に広がる景色にも命の喰らい合いにも、何者にも動じない。文明が息を潜めたこの地に、異質な訪問者が降り立った

エピロス草原へ到着。任務通信への干渉を検出。ネヴィル、このメッセージが届いていたら、継続の可否を指示しろ――

(尻尾が震えている)……

……

彼女は顔を動かさずに視線だけを動かした。枯れ枝と見紛うほどに細い尻尾が揺れ、弱った小さな仔ライオンが蚊とハエの羽音の中で横たわっていた。すでに死の手中にあるようだ

(尻尾が震えている)……

通信に雑音が混じる。ヴェロニカは少し首を傾けて周波数の調整を始めた。その視線はすでに仔ライオンから離れていた

うっ……

こうなってしまっては、さっさと死んだ方がいくらか楽だ

ヴェロニカは背を向けて歩き、再び通信に集中した。視界の端で仔ライオンが僅かに目を開けて救いを求めるように彼女を見つめたが、その足を止めることはなかった

……アァウゥ……

仔ライオンが振り絞った助けを求める声は、周りを飛び回る蚊やハエの羽音よりも小さく、ヴェロニカの足を止めるには足りない

……オウゥ……

オウゥ……オウゥ……

仔ライオンは力尽きる寸前でも必死に生き残ろうと、うめき声を上げ続けた。すでにヴェロニカの背中は見えなくなっている

生きるという本能は、まだ消えていなかった

夕陽が最後の光を地平に落とし、再び草の擦れる音がした。何者かが草原を踏み、仔ライオンの前に立ちはだかる

いつまでもうるさいぞ

うっ……

機械は記憶さえ残れば本当の意味で死ぬことはない。だが肉体というものは、いとも簡単に滅びる

それが原因か?

お前たちが死ぬ間際にやかましいのは、命が一度きりだからか?セラも、アレクセイも……

いつも表情の乏しい顔に、珍しく小さな皺が寄る。彼女は少し考えた

非常に不愉快だ

彼女は俯き、足下の息も絶え絶えの仔ライオンを見下ろした

草原に夜の帳が降りる

空中庭園

スターオブライフ

48時間前

空中庭園、スターオブライフ、48時間前

大部分のバイタルは回復傾向にありますが、高負荷の任務はしばらく控えてください。しばらく休養された方が、溜め込んだ疲労と傷の回復には何より効果的ですから

入院生活は退屈ですか?昨日はここの野戦医療訓練に参加されたとか。しかも壇上で手本まで披露されたそうですね?

ああ、ご存知なかったんですか?申し込んでいない人まで大勢見に行ったそうですよ。だってあのグレイレイヴン指揮官ですから、あなたはここの「スター」ですよ

スタッフは冗談めかしてウィンクして見せた

もうちょっとの辛抱ですよ。どうしても退屈なら……他にも講習がたくさんありますし。あなたが出れば出席率も爆上がりです、はははは

ゆっくり休んでください、指揮官。たまには静かで平和な時間を楽しむのもいいじゃないですか

しかしその平穏な空気は、廊下を走るストレッチャーの音に突然破られた

数台のストレッチャーが慌ただしく目の前をすぎていく。最後の1台に乗っていた負傷者が突然起き上がったが、側にいた医療スタッフの制止が間に合わなかった

グレイレイヴン指揮官!

うわ、本物だ、初めまして。生きたグレイレイヴン指揮官に会えるなんて……

ごめんなさい、ちょっと興奮しすぎて。隊長が言ってたんです、運がよければスターオブライフで会えるかもって、ハハハハ、まさか本当に会えるなんて

上司の話を口にした途端、負傷者の表情が一気に曇った

ああ……そうだ、終わったんだ。もう隊長に報告がいってるかな……自分が無茶して怪我したせいで、午後の地上任務はひとり欠員だ。こっぴどくしかられるだろうな……

でも……ただの遺跡回収任務だし、ワンチャンそこまで怒られないか……

ええ、今回は旧エピロス自然保護区の研究所跡に対して、保全や研究資料を回収して空中庭園に持ち帰るっていう、わりと楽な任務なんです

そういえば研究員たちが話してました。科学理事会が、黄金時代に中断された特殊な疾患や特効薬の研究を再開しようとしていて、関連する動植物のデータを集めているとか

そうそう、それ!隊長も言ってました。この資料があれば、生態系回復の前段階の研究ができるし、食料生産にも貢献できるって

なるほど、危険の少ない任務でも価値は高いのか……それは、こってり絞られそうですね

自然保護区という言葉自体、もはや遠い過去のものだ。パニシング後の世界では、何より生存が優先となる。精神文明もろとも、保護という理想は封印された

だが、人のあるところに文化は残る。どれほど苦しくても、時代ごとに人類は自らの刻印を施した文化を築いてきた。だが……生態は一度崩壊してしまえば、もはや保護も何もない

あの……指揮官?

療養中における低リスク任務への参加は許可されていますが、わざわざ……

そのスタッフは言葉を言いかけ、そして飲み込んだ。目の前の人物が、決して安寧を望まぬ者であると知っていたからだ

療養生活で暇潰し、か……本当にじっとしていられない人ですね

でも……なんだかんだで、いつも事態を大きく発展させるのはあなただから

どちらにせよ、私が何を言ったって止まらないでしょう?

えっ、本気ですか?この任務の補欠で参加してくれる?

やった!じゃ俺たち、交替ってことですね!

負傷者は、包帯でぐるぐる巻きになった拳を持ち上げた

包帯でくるまれた拳と、戦術グローブに覆われた拳が、乾いた音を立てて接触する

草原の柔らかな風が、自然保護区の研究所跡の草を揺らす。その風は、遺跡から慎重に標本を運び出す隊員たちにも届いていた

グレイレイヴン指揮官、地上任務をご一緒できるなんて光栄です

研究資料のバックアップは完了しました。残りの標本整理は自分たちに任せてください。指揮官はまだ療養中ですし、先に空中庭園へ戻られては?

さすがですね。いつも責任感が強い、頭が下がります

隊長が笑顔を見せた。その明るい笑い声に驚いて、数羽のムクドリが羽ばたいた。草原の広大な空は不思議と近く、手を伸ばせば指先が届きそうな感じがした

なかなかいいですね。こういう環境にいると、地上こそが我らの帰る場所だって実感します

本当に美しいですよね……もしよろしければ、整理作業中に周囲の見回りをお願いしてもいいですか?

その声には、どこか弾むような笑みが混じっていた

せっかくの療養中にここまで来たんです。少しでも自然の中で癒されてください

夕陽に照らされたエピロス草原を背景に、ムクドリがアカシアの枝に止まり、ゆったりと羽を整えている。時折、心地よい鳴き声を響かせ、まるで絵画の一部のようだ

気がつけば拠点からかなり離れてしまった。心地よい自然の音に導かれ、顔部の動力甲を調整し、立ち止まって久方ぶりの静けさを味わっていた

ムシャムシャ……

アカシアの陰に、弱った仔ライオンが草むらに隠れるように横たわっていた

暴力的な破壊痕のある花崗岩が散らばり、その中で唯一、仔ライオンの側にある岩だけが、歪に凹んで小さな水溜まりを作っていた。失敗作の中で、唯一の成功という趣だ

更に驚いたのは、すぐ側に無造作に置かれた一塊の生肉だった。皮は綺麗に剥がされているものの、明らかに仔ライオンの乳歯で噛み切れるものではない

仔ライオンは明らかに衰弱していた。そっと耳と肉球に触れると、体温が異常に低いことがわかった

そっと毛をつまんで立ち上げても、ゆっくりとしか元に戻らない。乾いた鼻先と落ち窪んだ目が、この仔ライオンが長い間まともに食べていないことを物語っていた

ガル……

こちらの善意を感じ取ったのか、仔ライオンは丸く黒い瞳で見返し、舌でこちらの指をぺろりと舐めた。敵意がないとわかったのだろう、そっと掌に頭を押しつけてきた

仔ライオンの舌の感触からして、口の中も乾き切っている

携帯していた補給バッグから栄養液を取り出すと、掌に少量垂らした

!!!!!!

仔ライオンはそれを舌先で舐めた瞬間、目を見開き驚いたような表情になり、アゥアゥと鳴いておかわりをねだり始めた

チビちゃんが問題なく飲めることを確認できたので、更に掌に栄養液を注いだ

シュッ――

ランスの先が空気を裂き、危険なうなりが鼓膜に響く

音が届くより先に、背後の気流の異変を察知して身体が反射的に反応した。身を翻して、致命的な一撃を躱す

相手の姿を確認する前に、重低音のようなうなりが襲ってきた。即座に反応すると緊急展開した装甲で腕を覆い、横から振り抜かれたランスをがっしりと受け止めた

ガキイィィンッ!!!

ぶつかり合う気流が、ヴェロニカの髪をふわりと揺らす。冷たく引き締まったその顔には、鋭い殺気をたたえた瞳が静かに光っていた

馴染みとまではいえないが、知っている人物がそこに立っていた。氷点下の天航都市で受けた、あの凍てつく殺意。身体がそれを忘れていなかった

しぶといな。こんなところでまた会うとは

アカシアの木の陰に素早く身を滑らせ、急所が露出していないことを確認してから、久しく顔を合わせていなかった「知り合い」と会話を試みた

だったら?守る者がいないと見て、好き勝手に痛めつけようとでも思ったか?

世話?あの皮を剥がれた母ライオンも、お前の「世話」の成果か?

皮を剥ぎ、肉を奪う、それは人間のやり口だろう。そして、周囲にはお前以外に「人間」の痕跡はない……

ふん、さっきの動きを見れば、お前が私の探知をすり抜けるのは簡単なことくらいわかる

人間の脳はまったく理解できない。なぜ、お前らは苦痛を娯楽にする?機械でも動物でも、時には同族すら、その欲望のはけ口にしようとする

恐怖も、痛みも、苦しみさえも――お前たちは、そこにしか興奮を見出せない

アウゥゥアゥアゥアゥ――

ふたりが睨み合っている間に、仔ライオンは草むらに投げ出された栄養液のパックを見つけ、喜びで喉をゴロゴロと鳴らしながら、舌を突っ込んで無心に啜っていた

……

ヴェロニカは無言だった。ただ、その冷たく鋭い目つきからすると、自分の不手際を指摘されたことにカチンときているらしい

アウゥ――

ヴェロニカが口を開くより早く、仔ライオンが突然苦しそうな声を漏らし、そのまま地面に倒れた

嫌な予感がよぎり、急いでアカシアの木の陰から飛び出したが、ランスが風を裂き、自分と仔ライオンの間に割って入った

お前、何を食わせた!

仔ライオンの側にしゃがみ込むと、チビちゃんの呼吸は完全に止まっており、まったく反応しない

何?

自分の至らなさに腹が立った。この栄養液は戦闘員の緊急用の簡易食だ。衰弱した仔ライオンの体には負担が大きすぎたのだ

人間の心肺蘇生法には詳しいが、動物の救命処置については知識がなかった。急いで調べると、幸い研究所の公開資料に対処法が載っていた

仔ライオンを横向きに寝かせ、肘の下、胸のあたりを探る

だがその瞬間、首筋に冷たい感触を覚えた。振り返らずともわかる。ランスの穂先がそこにある

哺乳類の心臓の位置くらい、私も知っている

私の目の前で、この子を殺す気か?

ヴェロニカは初めて、その人からそんなにも冷たい声が発せられるのを聞いていた

静かに展開する装甲が指揮官の首筋を覆い、ランスの先端と擦れて鋭い音を立てる

仔ライオンは完全に意識を失いぐったりと倒れ込んでいたが、必死の処置によってかろうじて体が僅かに上下し出した

ヴェロニカは脅しを受けることなど珍しくもない。だが、暴力や権力で屈服させようとする者たちは例外なく、ランスの下にひれ伏す運命になるのだった

しかし、目の前の人間の瞳には……暴力ではない何かがあった。それは言葉にできない、彼女を戸惑わせるものだった

遠くで雷鳴が微かに響き始めると、草原に細かい霧雨が降り出した。雨の中、片手を仔ライオンの胸に当ててリズミカルに圧迫と人工呼吸を行い、心肺蘇生を続ける

……

彼女はそっと、手に持ったランスを下ろした

リンク?私をあの量産型と一緒にするな。首輪で繋がれて喜ぶほど、愚かではない

お前には興味がない。やるべきことなら、やらせてやる

ゲホッ――

小さな咳とともに、仔ライオンはついに息を吹き返した。ヴェロニカの視線を感じながら、救急キットから注射器を取り出す

人間も?

ヴェロニカが見守る中、注射器から液体が仔ライオンの体内に静かに流れ込む

心肺蘇生とは何だ?

仔ライオンは呼吸が安定し始めていた。そのふわふわの耳に手を伸ばし、ほっと小さな笑みを漏らした

それをやれば、生き延びられるのか?

その言葉に違和感を覚えて、ヴェロニカの方を振り返った。仔ライオンが助かったあと、彼女は少し離れた場所に立ち、影の中に姿を沈めていた

ようやく意識を取り戻した仔ライオンは、こちらの腕の中でふにゃりと横たわっていた。力なく前足を曲げ、鼻だけをヒクヒクさせて残った栄養液を探り当て、ぺろぺろと舐めた

お前ら哺乳類は、長生きのためなら何でもするんだな

ひとくくりに侮蔑された哺乳類の代表として、哺乳類全体の生存本能を少しからかうように、懐の中の仔ライオンの頭を軽くぽんと叩いた

グオォォオォオ!!!

雨の音が徐々に大きくなり、草原には夜の帳が降りていく