Story Reader / Affection / 含英·清商·その1 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.

含英·清商·その1

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語り手

……情のために死ぬことを望まず、生き返ることも望まず。それは、情の極みとはいえない

……夢の中の情は、幻でなければならないのか?

……

……皆様、『還魂記』の一幕はいかがでしたでしょうか?

戦の芝居はもう見飽きたでしょう。今日は特別な七夕の日、皆様に新しい演目をお目にかけましょう!

機械傀儡が溢れている今日じゃ、本物の舞姫なんて、なかなかお目にかかれませんよ。嘘か誠かさあご覧あれ。その舞の優雅さたるや、まさに飛び立つ白鳥のごとし!

……

踊り子

~枕には花びら~香りで眠れず~春は流れる~

~樹の揺れる音~移りゆく人の影~蝉しぐれに雨音――

……

踊り子の袖がふわりと翻り、花と蝶が舞う。その指先から流れる風が、喜びにひたる観客と豪華な装飾をかすめて、九龍の賑わった壮大な夜の港へと吹き抜けていく

――映像はそこで停止した

データC-973920の解析完了……

映像のデータ量は想像以上に膨大だ。端末スクリーンでの倍速再生でも、華やかな映像の中から繁栄する九龍の姿が見て取れた

今となっては荒廃し、砕け散ったレンガや瓦の山が、山間に佇む劇場の過去の栄華を静かに物語っている

データ解析が終わると、端末を操作していた構造体は資料に目を通して、首を振った

読み取れるデータは、ひと通り確認しましたが……

ほとんどが黄金時代の九龍の戯曲や観光地の宣伝ですね。「ゆりかご」に関する情報はありません

わかりました

それと以前、空中庭園で受信した不明な救援信号の発信源が特定できました

構造体は映像内の、倒れている機械体を指差した

パニシング爆発後、ここの管理者が慌てて下山したため、作業用機械体が放置されたままだったのです

あの救援信号は、この壊れかけた機械体たちの誤送信のようで、まぁよくある話ですよね

少し前、空中庭園は解読困難な信号をいくつも受信した。発信源は、九龍西南郊外の山間部にある観光地だった

そこへ調査に向かう予定だった夜航船からも同時に支援要請が届いた。夜航船での事務作業が多岐にわたるため、空中庭園の協力を仰ぎたいというのだ

それで、夜航船と関わりが深い自分に、この任務が回ってきたのだった

だが、周辺一帯の調査を終えても何ひとつ収穫はなく――侵蝕された機械体以外、特に異常はなかった

失われた戯曲資料をこんなにも回収できました。囚牛の連中は大喜びでしょうね

最近、彼らは舞踊団を再結成するらしくて。夜航船の大舞台での復活公演の準備中だとか。握手券……とやらも用意しているらしいですよ?

今までと比べれば、今回はまるで休暇のように楽な任務ですね。侵蝕体も少ないし、不思議な妖怪が片付けてくれたんじゃないかと疑うほどです

それをいうなら妖精だろう

……ゴホン、とにかく、補給品を確認しましょう。輸送機の到着までまだ2時間あります。指揮官はここでお休みください

隊員が物資を確認している間、暇を持て余していた。年中、地球の各地に任務へ赴くが、こんなに風光明媚な山林は滅多にお目にかかれない

青い石で舗装された小道を歩くうち、いつの間にか山林の奥深くへと入り込んでしまった

資料によるとこの辺りには古刹があったようで、黄金時代末期には参拝客が減り、そのまま衰退していったようだ

崩れた門をくぐると、傾いた低い壁の後ろに1本の古樹があった。樹冠がそよ風に揺れ、枝葉がさやさやと音を立てている

その時、花の咲く季節ではないのに、目の前に花びらが舞った

ひらりと舞い落ちたその瞬間、軽やかに踊る人影を見た

夜航船で煙粉の踊り子の演目を見たことがあるが、目の前のこれは、今まで見たどの舞とも違っていた

まるで黄金時代の九龍よりも遥か遠い夢の世界に入り込んだようで、その光景に息を呑み、呆然と立ち尽くしてしまう

天と地の間、花びらの舞い落ちる中、踊る姿だけが浮かび上がっている

――どのくらい時間が経ったのだろう

舞い散る花の中で踊っていた女性がこちらに視線を向け、一瞬、その舞扇に隠れた瞳と目が合ったような気が――

指揮官!こちらでしたか!ずいぶん探しましたよ

突然、背後から響いた大声に、美しい光景から引き戻された

どうかしました?

静かに、というジェスチャーをして、彼に自分の後ろを見るよう促した

え、あっちですか?何もありませんよ?

目を離した一瞬の隙に、少女は幻のように消え去り、舞い落ちる花びらも、翻る衣も何も残されていなかった。そこにあるのはただ、荒れ果てた中庭と古樹だけ

それはまるで儚い幻影のようだった

え……?私には指揮官しか見えませんでしたが……

おそらく仮想現実の類いだろう

遅れてやってきた嘲風衆はそう言うと、道端で岩にカモフラージュされていた機械装置を手に取った

黄金時代末期、ここは経営不振から客寄せのためにバーチャル影像やリアルシミュレーションの類いを多く取り入れ、商会から傀儡の踊り子も多数雇い入れていた

……この山中にはたくさんあったらしいが、本格的に運用される前に、パニシングの爆発に見舞われたんだ

おそらく目にしたのは、故障した装置が投影したものだろう

正確な物のたとえではないかもしれないが、ある意味、幻影ともいえる。投影されたものは、遥か昔に失われているのだからな

そうだ、物資の確認が終わりましたよ、指揮官。下山いたしましょう

振り返って、改めて古寺を眺めた。千年前から存在するそれは、この先もずっと、時が全てを埋め尽くすまで、ここに佇んでいることだろう

階段を降りていると、山の麓から太鼓の音が響いてきた。力強く雄大な音が、緑豊かな山間にこだまする

暮鼓、つまり日暮れに鳴らす太鼓だ。少し早いが……出発前、彼らが最後の鼓を打ちたいと言ってな

すでに人間はいないが、今でも九龍の機械は、この地域の管理という命令に従って動いている。毎日、朝夕の鼓を欠かさないんだ

ただ、現在はその機械たちも機能を停止している。俺たちが撤退すれば、鼓を打つ者もいなくなる

ここにある夢幻は、この最後の鼓の音とともに消え去るんだ

こちらの方は……いつもこんなに感傷的で?

皆が去ったあと、緑の人影が古寺の柱の陰からゆっくりと現れた

……

行ったわね

……面倒ヲカケテスマナイ。機能ノ老朽化ガ深刻デ、回路モエラーダラケダ。異常信号ヲ発信シテ、人ヲ呼ンデシマッタ……

救援信号ニ、マサカ同胞カラ応答ガアルトハ。誘イニハ感謝スルガ……一緒ニハ行ケナイ

老朽化した発声器官から出る音に、故障による異音が混じっている

……大丈夫、セージ様ならわかってくれるわ

アリガトウ……故人ノ舞ヲ、モウ一度見ルコトガデキ、私ハ満足ダ

ソノ資料ハ、オ、オ礼、ニ……

老朽化した機械は最後の力を振り絞り、体を門にもたせかけると、誰もいない中庭を見つめた

機械ノ身デアリナガラ、幸運ニモ明晰ナ頭脳ト、人トノ縁ニ恵マレタ……一生ハ短ク、後悔ハ増エルバカリ……

死ヌトシテモ、同ジ場所ニハ戻レナイノダナ……

小さな溜め息とともに、古い機械は動かなくなった

……

女性の声にならない嘆きも、香炉の最後の煙のように、山林の中へ消えていった