戦いの中でバージルは閻魔刀でミラー·デーモンを突き刺し、トーマスと分離させることに成功した。分離したトーマスは酷く衰弱しており、離れた場所で倒れ込んでいる
αがトドメとばかりに雷を纏った刀でひと太刀を浴びせ、再びミラー·デーモンを両断してみせた
しかしミラー·デーモンは何度倒されようとも、幾度となくパニシングにより自身の体を修復して立ち上がる
ミラー·デーモンは己の体を何度斬られようが意に介する様子はなく、ただただトーマスを睨みつけ続けていた
なぜ我に服従せぬ!
パニシングも、悪魔の力も、全て我が手中にある!
我が力に貴様の研究を加えれば、別の世界へ渡ることすら叶うのだ
我々は同じ冠を戴き、ともに魔界の王となれるだろう
人間界だけではなく、数え切れぬほど多くの世界を統べる存在となるのだ
些細な代償で全てを手に入れられるのだ――あの小娘を差し出すだけで!
血の繋がりがあるわけでもない!貴様の妄執が生んだただの幻影ではないか!
なぜだ!!
その問いにトーマスは答えず、ただ虚ろな視線を指揮官の背後にいる少女へと向けるだけだった
お父さん……
オイ、さっきからクソみてぇなことゴチャゴチャほざきやがって
ダンテの瞳にこれまでにないほどの憤怒の炎が燃えていることがはっきりとわかる
どうして、なんで、って……
親が子供を守りてェと思うのは当たり前だろうがッ!!
半魔の憤激を纏った弾丸がエボニー&アイボリーから連射され、ミラー·デーモンの体を押しのけていく
バージルッ!!
バージルは一瞬でミラー·デーモンとすれ違い、その背後に移動した。そして閻魔刀を納刀すると同時に次元斬の刀痕が空中で咲き誇り、ミラー·デーモンから血飛沫が噴き上がる
αは気付く。バージルの表情は普段と変わらぬように見えるが、その静かさの裏には激しい怒りが隠れている、と
ミラー·デーモンがその場に倒れ込み、塔の頂上は静けさを取り戻した
いえ、まだです
まるで呼びかけに呼応するかのように赤いパニシングが空中でひとつに集まっていく。そして倒れているミラー·デーモンへと漂い流れ、傷ついた肉体を修復し始める
貴様ら程度に我を殺せるものか……
残る半分の鏡がある限り我が意識は消えぬ。我が肉体もパニシングによって修復される。もはや我は悪魔であると同時に代行者でもあるのだ!
スパーダの息子どもがなんだというのだ!我は、不死身だ!!
なら二度と立ち上がれねぇくらい細切れに斬り刻んでやるよ
αがミラー·デーモンに向かって赤く輝く左手を伸ばしたが、パニシングの勢いが衰えることはない
ダメね、干渉できない
双方が決定打を欠いたまま対峙し続ける
面倒な虫けらだな……
ううん……
ずっと黙り込んでいた少女は前へと歩み出る
彼女は振り返り、声をかけてくれた人の顔を優しい表情で見つめる
もう大丈夫です
その場の誰しもが理解した。リカの揺るぎない決意を邪魔することはもう誰にもできないのだろう
リカはダンテとバージルの横を通りすぎ、そのまま前へと歩き続ける。そしてその先で倒れているトーマスと目を合わせた
リカが何をしようとしているのかに気付き、トーマスの顔が恐怖に染まっていく
リカ……ダメだ……やめてくれ!お願いだ……!
お父さん、私ね、もう全部思い出したんだ
私をバベルの塔から逃がしてくれた時に言ってくれたでしょ?「こんな世界だが、それでもそこにある素晴らしさを肌で感じ、希望を持って生きてくれ」って
その「素晴らしいもの」にね、もう出会えたんだよ
かっこいいお姉さん、それとおしゃべりが好きじゃないおじさんに助けてもらってね
…………
それから町で優しいお婆ちゃんが話しかけてくれたんだよ
お婆ちゃんはとても優しい人で、自分のことをたくさん話してくれて、私に「食べなさい」って、オレンジをくれたの
町のみんなもとっても楽しい人たちばっかりだったな。よく焚き火の周りに集まって踊ってたりしてね、いい人がたっくさんだったよ
支援部隊のキレイなお姉さんにはね、今度、格闘術を教えてもらう約束をしてもらったんだよ……
…………
だが、その「今度」は訪れないであろうことはこの場の誰もが理解していた
お父さん、私、行かなくっちゃ
私には、できない……
もうお父さんには会えたけど、お母さんがさ……私がずっとここにいちゃうと、寂しがっちゃうよ
その言葉はまるで鋭い剣のようにトーマスの心に突き刺さり、全ての抵抗をやめさせる力を持っていた
すまない……
トーマスの腕の中で、リカの体が淡く柔らかな白い光を放ち始める
謝ったりなんかしないでいいんだよ
リカの声が徐々におぼろげなものになっていく
お父さんも、希望を持って生きてね……私とお母さんの代わりに、世界のいろんなところを見に行ってほしいな……
リカは恐怖など見せず、安堵と安心をその胸に抱き、トーマスの腕の中から消えていった。彼女がいたところには、半分の鏡だけが残っていた
その場にいた誰もが目にしていた。リカが消失する直前に、彼女が流した涙を……
ずっと脅威に追われ逃亡の日々を過ごした少女が、どうして本当の意味での世界の素晴らしさを感じられようか
トーマスが鏡に触れようとすると、亀裂が入り始める
リカ……
全てを失った男は跪き、まだ何かを抱きしめようとしていた。だがそこには虚空しかなく、腕の中の温もりが徐々に消えていくのを感じることしかできない
そして涙も、雨に流され消えてしまったのだった
馬鹿な……
これまで頼みの綱にしていた鏡の半分が砕け始めたのを感じ、ミラー·デーモンはまだ回復しきっていない傷も無視してトーマスへ襲いかかった
いい加減、空気読みなコピー野郎!そろそろ退場の時間だ!
ダンテは魔剣を掲げて先陣を切る。バージルとルシア、αがその後に続く
ミラー·デーモンは吹き荒れる斬撃の嵐を左腕で防ごうとするが、一瞬で斬り刻まれてしまう。リカを失ったことで防御力は大きく弱まり、保たれていた力の均衡が崩れ始めていた
ミラー·デーモンは増え続ける傷を前に、これまでに感じたことのない恐怖と絶望に陥る
認められぬ……こんなはずでは……
ミラー·デーモンは必死の様相でリカが残した鏡へと突進する
そこまでだ!
バージルは青く輝く幻影剣を目にもとまらぬ速さで発射してミラー·デーモンを刺し貫く。すると幻影剣により裂けた傷口から何かが露出してくる
つい先ほど見たものによく似た見覚えのある物体。それはリカが残したものと対になるもう半分の鏡であった
そろそろ終わらせるか
魔剣ダンテ、閻魔刀、封刃刀、光紋刀がそれぞれの持ち主により強く握られる。そして指揮官も、ミラー·デーモンの体から露出する鏡に狙いを定めた
決めゼリフの準備はいいか?
こんな時に正気かお前は?
言うのが規則なんですか?
もしかして、前に言っていたあれ……
全員の心が通じ合ってひとつとなり、同じ瞬間に攻撃を放つ
JACKPOT!
ふたつの鏡が同時に砕け散る。悪魔の野望は雨の中で爆発とともに霧散したのだ
ニューオークレイ
ニューオークレイ――
バンビナータは東の監視塔へ、あそこはもう耐えられないかもしれないな。レイアは西の支援へ回れ
はい、ご主人様
はいはいはい!了解です!
バロメッツ、そちらはどうなって……
バネッサは質問を途中をやめ、前方の異合生物に視線を向ける
異合生物たちが次々と空中から落下し始め、断末魔を上げながら消えていく
バベルの塔で実行されていた作戦が完了したのだと察し、バネッサは先ほどの配置を取消して新たな指示を出し始めた
フン、なかなかやるじゃないか……
バベルの塔
バベルの塔――
指揮官がトーマスの前へと歩み寄る
トーマスはただ虚ろに虚空を見つめていたが、指揮官にされるがままに支え起こされた
αはリカが消えた場所を見つめ、廃墟で出会った時のことを思い出す
悪魔でも、泣くのね
どんなヤツだって泣きたい時くらいあるさ。「心」ってもんさえ持ってりゃな
……仕事も片付いたし、帰るとするか
ダンテは振り返り、出口へ向かってさっさと歩き出す
バージルの頭にふと、ウィリアム·ブレイクの詩がよぎった。彼の呟きは雨音と一緒に流れていく