ニューオークレイ
9:21PM
9:21PM ニューオークレイ
カンパイ!
ニューオークレイの住民は他の保全エリアの住民と比較しても、生まれつき肝が据わっているらしい
異合生物の襲撃を退けたばかりだというのに、一部の住民はもう祝杯をあげ始めていた。彼らの言葉を借りれば「また1日命を繋いだことを祝う」のだそうだ
あのよぉ、俺らもそろそろ逃げ出しちまった方がいいんじゃねぇか?
逃げるったってどこへだよ?あのコウモリ野郎たちはあちこちで飛び回ってやがるし、どこに行ったって同じだろうさ
んなもんオブリビオンでも空中庭園の保全エリアでもどこだっていいだろ。とりあえず人が多いところならよ
まぁ、俺は独り身だから行こうと思えば行けるけどな。だけど本当に逃げ出すとなりゃ、あと何日かで決めなきゃいけねぇからな
今夜にでも荷物をまとめとくべきかもな……
ダンテはグラスを両手に持ち、賑わう人々の間を器用に歩いていた。そしてようやく探していた相手が隅に座っているのを見つける
ダンテは座っている相手の正面に腰を下ろし、手に持っていたグラスの片方を差し出した
一杯どうだ?
さっきの戦いでの指揮はなかなかだったな。あんたと協力関係になったのは勝ち馬に乗ったと思ってよさそうだ
ハハッ、まだ見せてない手品が山ほどあるぞ
気にすんな。あのムッツリ野郎は賑やかなのが苦手なのさ
ダンテはグラスを傾け中身をグビリと流し込む。あまりこの話題を続けたくはないらしい
あのお嬢ちゃんとはもう話したか?
そうかい……バベルの塔へはいつ出発する?
今回の仕事はすぐに片付きそうだな
異合生物……パニシング……しょっちゅう悪魔の相手をしていた俺からしても、こっちの世界で起きてることはウンザリするような面倒事だと思っちまうぜ
ん、なんだ?
俺の世界、ね……
ダンテは再びグラスからひと口飲んでから体勢を変え、完全にリラックスした姿勢となる
点数つけんのは難しいな。お前にも話した通り、俺は普通の人間じゃないからな
俺の親父の地元は魔界でな。俺にも半分は悪魔の血が流れてる
魔界と人間界、どっちが「俺の世界」なのか俺にもわからんね。俺の世界って胸張って言えるのは、あの家だけだったのかもな……
彼は周囲を照らすかがり火を見つめながら物思いに耽っているように見えた。いつかの幼少期でも思い出しているかのように
だが時間が巻き戻ることは決してない。思い出はパチパチと弾ける火花のように一時想うだけの儚いものだ
「とはいえまぁ、家族はいるさ」と、ダンテはそんな風に思っていなくもない
ここから見える隅の静かな一角を見る。かがり火の灯りが満足に届かない薄暗い場所でバージルは壁に寄りかかり、腕を組みながらαと何か会話をしている姿が目に入る
バージルの白髪と自分によく似た顔立ちを見て、ダンテはふとある青年のことを思い出して思わず笑みを浮かべてしまう
俺とバージルがこんなことになってるだなんて、ネロには想像もつきゃしないだろうな
バージルはダンテの視線に気付いてこちらへ目を向ける。その視線をダンテは笑いながら中指を立てて迎えた
くだらん
ダンテは手を引っ込めて会話を再開する
人間界に関していえば、たまに悪魔どもが厄介事を起こすことを除いちゃ、そんな変わったとこはないな。パニシングがいないこっち側の……お前らの世界と似てる
魔界の方は……
ダンテは軽く鼻で笑ってしまう
魔界は気色悪い悪魔だらけだ。オススメの観光スポットはこれといってねェな
そうだな……
その問いに、これ以上ないほど率直に、正直な感想が返ってくる
普通に考えりゃあ、もうこの世界はどん詰まりだろ。ゲームオーバーって言っちまっても言いすぎじゃない
でも、それでもよ。お前はこの世界を救うために悪あがきするってんだろ?
ダンテはかがり火の灯りに集まる賑やかな人々の方に向かって顎をしゃくる
まだ必死に生きようとする人間がいる、それになかなかウマいピザだってある。そう考えりゃ、まぁそんな捨てたモンでもねェのかもな
そんな話をしていると、遠方から車列が近付いてくる音が聞こえてきた。その音に住民も気付き、町は一層賑やかになる。そんな中、リーからの通信の通知音が端末から鳴り響いた
支援部隊が到着しました
仕事の時間みたいだな、かわいそうに
ダンテはグラスを手に取り、会話を終わらせた
明日はバベルの塔へのピクニックだ、楽しみだからって夜更かしすんなよ
それでは、明日にカンパイ
町のある片隅で、指揮官はブリギットと顔を合わせていた
ハーイ、[player name]
武器と弾薬は全部ここに、それからあなたの動力甲も
仕事だしね
うん?
報告にあったあの女の子ね……
問題ないわ、私に任せて。ちゃんと守るからね
リカは町を散歩しながら賑やかな雰囲気を味わっていた
空中庭園の指揮官と話したあと、彼女はようやく終わった長い逃亡生活による疲れを癒そうと町を楽しんでいた
少しの眠気を感じながらも、それでもまずは町を散策したいという気持ちが勝った
彼女は空中庭園生まれで地上は初めてだ。今までは映像や他人の話を通してでしか地上について知ることはできなかった
だがニューオークレイに来て、彼女は初めて地上の人々の住む場所を実際に目にしてその手で触れることができたのだ
おや、そこの嬢ちゃん……
リカは誰かに声をかけられたことに気付く。振り返るとそこには優しげな表情を浮かべた老婦人が手を振っていた
ちょいとこっちに座って老いぼれの暇つぶしに付き合っちゃくれないかい?
少しためらったあと、リカは老婦人へと歩み寄る
リカが歩いてくるのを見ながら、老婦人は抱えていた袋からオレンジをひとつ取り出した
ほら、お食べ
リカがオレンジを受け取ると、老婦人は隣に座るように促してリカに問いかけた
ここらじゃ見ない顔だね、この町に来たのは最近かい?
うん……
他に連れは?ひとりだけかい?
お父さんが……でも今は一緒にはいなくって……お父さんは私だけ、逃してくれて……
老婦人は少女の事情を想像したのか、憐れむような表情を浮かべる
大変だったね……
私にも孫娘がいたんだよ。あんなことがなけりゃ、今頃あんたと同じくらいの歳になってただろうね
……生きてさえいりゃ、それだけでいいんだ
住む場所は見つかったのかい?まだならうちにしばらく泊まっておいきよ。落ち着いてから手に職つけりゃあ、なんとか暮らしていけるさ。機械の修理、銃の加工でもなんでも……
さっき話した以外にも孫がいてね、だけどあんたみたいにしっかりしちゃいないんだよ。サングラスなんかかけてトゲ付きの服を着てさ。髪をツンツンにしたおかしな格好でね
アニメだかなんだかが描かれてる服を着たりねぇ……二次元だのなんだのはよくわからないよ……
根はいい子なんだけどね……こんな世の中じゃ強がりでもしないとやっていけない時があるってのもわかってるつもりだけどさ
リカの姿に思い出が呼び起こされたのか、それとも久しぶりに子供を見たからなのか、老婦人は自分のことを延々と話し続けた
町長のマックスも見た目はごついけど、ああ見えていいやつさ。それに情に厚くてね……
自分ばかり話していると気付き、老婦人は申し訳なさそうに微笑んだ
やだよ私ったら。しゃべり始めたら止まんない性分でね
大丈夫だよ、お婆ちゃんのお話、聞いてて楽しいもの
あんたのことも話しとくれよ。これまではどこで暮らしてたんだい?
……空中庭園だよ
その答えは予想していなかったのか、老婦人は少し驚いたようだがそれ以上を深く訊ねようとはしなかった
お父さんはリカのことを大切にしてくれていて、リカが無事に大きくなってくれればそれでいいって、いつも言ってくれていたの
お父さんは昔からすごく忙しかったけど、お仕事の後にはいつも何かプレゼントをくれたり、お絵描きを教えてくれた。子供の頃は漫画家になりたかったんだって
でもお母さんが病気で倒れちゃってからは、お父さんは笑わなくなっちゃって……
頭の中に不意に記憶の中の白い病室の風景が蘇る。それはリカにとって最も馴染みのある場所であった
それで、それからは……
リカの話が突如として途切れる。そして浮かんでいた笑顔も徐々に消えていく
それから、は……
辛いことを思い出したのだと思い、老婦人はリカを慰めようとした。しかしリカはいきなり走り出してその場から離れてしまった
リカは混乱している様子だった。というよりも、何かに恐怖しているようだと言った方が正確かもしれない
まるで深淵の暗闇から何かが現れて彼女の心臓を鷲掴みにし、闇の中へと引きずり込もうとしているかのような感覚に陥っていた
走っている途中で、目に入らなかった石につまずき転んでしまった。しかし痛みを気にする余裕などなく、混乱と恐怖を顔に浮かべたまま地面に体を丸めて縮こまってしまう
それから……何が、あったんだっけ……?
彼女は自分の記憶が、色褪せたキャンバスのように朧気になっていることに気付いた
私は……私はなんで、どうやってバベルの塔に行ったんだっけ……?
病室のベッドの上にいたのは……お母さん、なの?それとも……私……?
誰も答えてくれぬ問いが彼女を寒気立たせ、恐怖が全身を吞み込んでいく
時は少しさかのぼり、ダンテと指揮官が会話する前。ダンテはバージルに話しかけていた
で、実際お前はどんな感じでこっちの世界に放り出されたんだ?
どうもこうもない。気付けばこちらの世界で空中を落下していただけだ
兄弟仲良くお揃いってことか……
ダンテは顎をなでながら、バージルの腰にある閻魔刀に目をやった
閻魔刀を使って帰り道を作れないのか?
俺が試していないとでも思ったのか。こちらでは次元を斬っても裂け目が安定しなかった
今はあの空中庭園の連中に頼るしかないってコトか
それに、あの嬢ちゃんから漂ってる気配は……
ああ、俺も感じた
…………