着いた?これがあなたが言っていた村なの?
あ、うん……
αはフェクダの後につき、建物が点在する荒野の前で足を止めた
やっぱり、ここも……
空にある微かに見える赤い光が、目の前の景色が感じさせる静寂と陰鬱の雰囲気を増している
フェクダはあの荒涼とした村を見て、落ち込んでいるように見えた
これもあの白色のスピリッツの仕業か
多分そう……私たちが離れたあと、戦闘に長けた人はそんなに村に残ってなかったんだ
今ならことの経緯を説明してくれる?
……
この前あの城が現れてから、私たちとそれなりに関係がうまく行っていたこの村が、あの城を調査するために双方の精鋭のスピリッツを集結させて、調査に向かったんだ
結果、戻ってきたのはひとりだけ……彼の話によると、あの城の主は不思議な力を持ってて、通常の方法では彼女に通用しないって
彼女は訪問者にあるゲームをプレイさせる、同じ「陣営」のメンバーを一定数揃えないと、彼女に挑みかかることもできない
ゲーム……?
αはあの城の様子を思い出している。黒と白――「チェス」が容易に連想された
うう……何でポーンは1マスずつしか前へ進めないのに、クイーンは好きなだけ動かせられるの?
それは……説明書にそう書かれているから……
え?でもどうして?それにルールも覚えにくい……私たちはその上に書かれた通り遊ぶしかできないの?
じゃあルナは、どうやって遊びたいの?お父さんとお母さんは出かける前に、これしか残しておいてくれなかったから……
それなら私とお姉ちゃんが新しい遊び方を考え出せばいいでしょ?
ルールはお姉ちゃんと私が決めるの――
彼女は自分の思い出を中断した
チッ……それで?彼らは失敗したとして、あなたはまた何のために村を出たの?
もちろん次の「挑戦者」として……ほぼ死に行くようなもんだろうけど
それに誰も気付かないの?
気付いてどうなるの?誰もが闘争は避けられないと言ってた。何度も説得したけど、誰も聞いちゃくれない……本当にバカの群れだよ
じゃあなぜ、あなたもついてくるの?
その者の話によると、「陣営」と認められるには十分な人数が必要らしい。精鋭が全滅した今、村に残っている人数はそう多くはない……
だって、ひとりだけで逃げるなんて到底無理……
まさかそのゲームに「人数の下限」があるとはね?こんなに多くの面倒なルールを決める……その目的は何?
逆に、この回廊世界自体には余分な「ルール」がほとんどない。スピリッツ間のアップデートメカニズムにより、彼女のいた世界のような複雑な社会構造は生まれないのだ
その、<//昇格ネットワーク>がここで「選別」を続けるなら……
一体何の話?
あなたには関係ない話よ
どうですか。知るべきことは全てわかりました?
遠くから、彼女たちに近付くひとりの人影があった
なぜここに?
出張しちゃいけません?
回廊の医師兼機械技師なので。もちろん一般の人を救助するために来ました
ここは襲撃されたばかりなので、生存者の状況を見にね
ワーカーさん!?仰っていた生存者は?
フェクダは来訪者がワーカーであるとわかると、すぐに恭順するような姿勢をとった。どうやら、彼女はこの世界でかなり威厳のある人物らしい
フェクダ……?戻ったのか?
建物の中から次々とドアを押し開いて人が出てきた。彼らはフェクダを見た途端、彼女とαの周りに集まってきた
フェクダ、他の人は?あなたたちは成功したの?
いいえ……私たちは失敗した……
私以外の人はもう……
あなた、誰です?会ったことがない人だけど、どうしてフェクダと一緒に?
これらのスピリッツは戦闘能力がないように見えるが、αという見知らぬ存在に向かっての口調からすると、またぞろ戦いが勃発しそうな雰囲気を漂わせていた
彼女を助けてあげたの
あなたたちは私を敵に回さない方がいいわ
αは低い声で警告した。目で威圧し、スピリッツたちの手を腰の護身武器から離させた
ゴホンゴホン……こちらは私の友人で、彼女は例の城の事件の解決を手伝ってくれるんですって
そ、そうだったの……!
……
αには弁解する気がなかった、これ以上事態を複雑化させるのは御免だ
ワーカーさん、村の人を助けてくださったのですか?
いいえ、私もやってきたばかりで、他の人が助けてくれたようですね
他の人……もしかして村の外の者が?ありえない、外部の者が手伝うはずは……
見たことのないふたりだった。彼らはあの、白いスピリッツの退治を手伝ってくれたんだ。それでも私たちにはまだ多くの犠牲が出たが……
その後彼らは、城の方向に向かっていったよ
っと……どういうこと?あなた、そのふたりの内のひとりとすごく似てる……?
ん?
スピリッツの視線の方向を追って、フェクダは疑問を抱きながらαに向き直った
私に似ている……か
どうやらお知り合いのようですね?あなたのご友人?
冗談はよして
そう、彼らもここに……
αはしばらく考え込み、最後に首を横に振った
今考えても埒が明かないわ、出会ってからまた考える
どうなの、あなた、今この人たちを連れて避難するの?
いいえ、私はこの人たちの行動を決める権利はありませんから
ワーカーは首を横に振った。彼女はフェクダが生き残ったスピリッツたちの間を歩いていくのを黙って見ていた
フェクダ、ちょうど帰ってきてくれた。すぐに第三の遠征隊を集めなければならないんだ
必要な人数が揃うかどうか……
ここにいる全員をカウントすれば、ギリギリかな……
え……どういうこと?気でも狂ったの?ここに至ってまだ、列に並んで死のうっていうの?
死ぬ?私たちの戦いは自殺だっていいたいのか!?
そうだよ、だから何!?あの白いスピリッツたちがどれだけ強いか見てないとでも?あんなに実力差があるのに、自分たちが彼らを倒せると思っているの?
それができなければ、自殺と何の違いがある!
死は回廊に帰するひとつの流れにすぎない。フェクダ、私たちは死を恐れる必要はないんだ
「闘争」は回廊が存在する原因であり、私たちの生まれながらの使命でもある
もし私たちが逃げまわっていたら、回廊は朽ち果ててしまう
百歩譲って、あの白いスピリッツはこちらの仲間を殺したんだ!彼らの仇を討つつもりはないのか、フェクダ!
あなたたち……ひとりひとり、本当に馬鹿すぎる……
そんなくだらない原則を守るなんて……!どうしても対処できない相手に遭ったら、逃げるが勝ちでしょう……
回廊に私たちがいなくなって、どんな影響がある?生き残るのは悪いことなの?「生か死か」を争うのに何の意味がある!?
フェクダ、本当にがっかりだ……メラクの教えを忘れたのか!?
黙れ!チッ……まったく!あなたたちはもうどうでもいい、もう知らない!どっちにしても、私は行かない!
ひとりで行くの?
フェクダが怒りも露わに離れようとした時、αは手を伸ばして彼女の帽子を掴んだ
な、何で……彼らがどうしても行きたいならあなたについていけばいい、私が巻き込まれる必要はないでしょ……
必要はないけど
αがパッと手を離すと、フェクダは前によろめいて、もう少しで転ぶところだった
ちょっと……まあいい、どうせ私には関係ないから
フェクダは口を膨らませ、帽子をかぶり直すと、振り向いて立ち去ろうとした。その時、とある「現象」が彼女の足を止めた
彼女が見上げた空、その薄い赤い光から、白い小さな分枝が発生していた
透き通った白い光がゆっくりと村の空き地に流れ込み、そろそろと集まって形になっていく
最後に、細い人の姿が光の塊から殻を破るように出てきて、地面に足を着けた
そんな……
フェクダはそうつぶやきながら、両足が自動的に動き出すのを止められなかった。まだ目を覚ましていないであろう人の形の前に走っていき、跪く
これは……
これが、回廊が新しい命を育む瞬間です
消えたスピリッツは回廊に戻ったあと、最終的には新しい命の形に再構築される
この世界の全ては、このようにして誕生したんです
……
フェクダはその新しいスピリッツの手を握り、複雑な表情を浮かべていた
奇妙すぎるわ
おや?何かお気付きで?
あれだけ多くの人が死んでいたのに
αの話はまだ終わっていなかったが、フェクダは彼女が言わんとする意味を理解していた
これまでに城に殺されたスピリッツは数百人にのぼるのに、最後に回廊から新しく誕生したスピリッツはたったひとりなのだ
あの光……
昇格ネットワークからの妨害ね。ワーカーさん、正しい答えを教えなさい
私はワーカーですよ、設定を説明するための道具人間じゃ……でも、あなたの推測は間違っていない、とだけ
城の造物に殺されたスピリッツは城の主に捕らえられてしまいます。すると、正常に回廊に戻ることができなくなる
おそらく、あれらの白いスピリッツもそうやって生まれたのでしょう
このままでは、回廊の維持と運営の仕組みが一変され、具体的にどのように発展していくか、私にもわかりません
知らないのか、それとも私たちに教えたくないのか、どちら?
そうですね、少しでも私の神秘感を残しておこうかな。とにかくひどい結果になるといえるでしょうね
このスピリッツが回廊を通って正常に誕生できたのは、あなたとその見知らぬ親切なふたりが白いスピリッツを打ち負かして、城から権限を少し取り戻したからだと思います
クソ……バカだ……バカバカバカ……!
結局、彼らは次々と死にに行くだけ……何の意味があるんだ……
フェクダはイライラしながらつぶやくと、歯を食いしばりながら拳を地面に叩きつけて、鈍い音を立てた
それから彼女はまだ眠っているスピリッツを抱えるようにして仲間の前に行くと、女の子をそのスピリッツの胸にぐいと押しつけた
あなたたち……彼女を連れて、離れるだけ離れていって、今すぐ!
村のルールはまだ覚えてる?スピリッツが生まれた時は、誰かが彼女を訓練し、名前を与えなければならないって
でも、城は――
私が行く!私が行けばいいんでしょっ!?
その強そうな人についていくから。あなたたちが来たってどうせ足を引っ張るだけだよ!
メラクが私の世話をしてくれたように、ちゃんと彼女のお世話をしてあげて
彼女がこんな臆病者に育ったら困るな……
あ、あ、あなたって本当にうるさい!もういいでしょ?話が終わったらさっさと行けっ!
フェクダは怒りながらスピリッツたちを引っ張っていかせようとする
そうだ、もし彼女が目を覚ました時、私がまだ帰っていなかったら……
彼女にこの「フェクダ」の名前をつけてあげて、どうせその時には私はもう死んでしまっているから
もしあなたたちが失敗したら、フェクダ……
もういい!余計なことを言わないっ!
仲間たちが城と反対の方向に去っていくのを確認したあと、フェクダはαのところに戻ってきた
本当に面倒くさい連中……
もう逃げないのね?
……あなたはすごい達人でしょう?城の主なんか、すぐにやっつけることができるでしょう?
あなたの側にいる方がかえって安全。私がそうしないと、彼女たちも離れていかないから
あなたを守る義務はないわよ
誰よ、誰が守ってくれって!?私も戦える!
では、このまま出発しますか?
あなたもついてくるの?いやに親切なのね
回廊の存亡にかかわることですから、私も少しくらいは協力しなくては
私のバイクは?そのままあなたに差し押さえられたかしら?
まさか、もう届けるようにとプロを頼んであります
ワーカーの話が終わると、遠くからαがよく知るエンジンの咆哮が聞こえてきた
黒衣の少女が真っ赤なバイクを駆り彼女たちにまっすぐ向かってきて、ドリフトによって車体を回転させ、αの前で急停止した
他の誰かに乗車許可は与えていないわ
そんなにケチケチしないで、修理代は結構ですよ
動かすのに少し時間がかかった
彼女はフードを外すとバイクから身を翻した
あ、あなたは……
彼女の顔を見た途端、フェクダはへたっと地面に座り込んでしまった
……
黒衣の青い瞳の少女は黙ったままフェクダを見下ろしている。その瞳にフェクダの肝をつぶしたような姿が映り込んでいた
黒……
漆黒の……悪魔……