Story Reader / 本編シナリオ / 36 デイドリーム·ビリーバー / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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36-6 天懸ける海

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海が逆さになって空に懸っている

4月1日、エイプリルフール

運命は残酷な冗談を仕掛けた。その日、「英雄」の視界から全ての「光」が消えた

混沌とした脳裏に残っているのは、輸送機が不時着した時の轟音だけだ。漏れたエンジンオイルの異様な匂いが鼻を刺す

漆黒の空間はまるで反響壁のようで、こちらの声をただこだまのようにはね返すのみだった

記憶では、輸送機は襲撃を受けて墜落したはず。だが、ここは……どこなのだろう?

自分の声は水面下から響いているように、絶望的にくぐもっていた

漆黒の空間に声が広がるにつれ、水面に波紋が幾重にも広がり、異様な光景が次々と目の前に浮かび上がった

では……ここにしましょう

ピンク色の髪の慈悲者がこちらの視線を導き、海の中で揺蕩った

目覚めるべき時に目覚め、眠るべき時は眠るものです

もちろん、私はあなたが無事に生まれることを約束します……これは「越権行為」には当たらないでしょう

クジラの歌のような長く悲しい響きとともに、目の前の全てが徐々にクリアになっていく……

視線は下へと移り、より高次の存在として、クジラのような形の巨大な棺を見下ろし、その棺に抱かれてもがく命を見下ろしていた

遠い未来からの反響が脳内に響き渡る

深海特有の幽明のような響きが、この空間に絶えず反響し続けている

低い囁きは波とともに、この空間へと消えていった

更に意識はゆるゆると深い夢の中へ沈んでいく

赤い土が「生命の樹」の根を覆い、赤潮の幻影は悲しげに鳴いたり笑ったりしながら、彼らの平凡で哀しい一生を演じていた

漆黒の代行者はスクリーンに冷え冷えとした目を向け、スクリーンの向こう、樹の梢にぶら下がり、赤潮を吸い上げている血の袋のようなものを監視している

…………

赤潮を四方に拡がらせ、大樹と一体化した女性は無言のまま静かにそこに佇んでいた

彼は当時センを孵化させて得た成果を全てここで応用していた。クティーラは徐々に赤潮の養分を吸収し、成長していた――

「ボトッ」

赤潮の養分を十分に吸い尽くし、満ち足りた血の袋が樹の梢から落下する。袋の中の真紅の液体よりも先に、醜悪な手足がもがき出る――

……ママ

奇妙な姿をした人型異合生物は触手を伸ばし、この「世界」を不思議そうに見つめた

……また不良品ですか

この結果がやや不満らしく、彼は眉根を寄せた

「シーニンフ」は全て、惑砂の死んだ意識を利用して複製した「サンプル」だ。彼は惑砂に、異合生物をより「人間らしく」し、赤潮の進化を促すことが目的だと伝えていた……

だが、その目的がそれだけにとどまらないことを知っているのは、代行者自身だけだ

…………

この「シーニンフ」が依然として純粋な「複製品」にすぎないことを改めて確認すると、フォン·ネガットは不機嫌そうに手を振った

長い廊下の先にある扉が、ギイと小さく軋んだ

………先生

話しかけようとした紫色の髪の昇格者は、代行者の機嫌があまりよくないことに気付いたようで、少しためらいを見せた

……話しなさい

黒野ヒサカワが死にました。彼の養女でアリサという少女に殺されたとの情報を得ています

…………

フォン·ネガットは目を細め、その名前を思い出した

ユートピアの方の状況は?

ユートピアの意識融合実験は失敗したそうです……もう10日前の情報ですが

空中庭園がユートピアの残党をあちこちで追跡しています。あちらの資料や情報は全て持ち去られるでしょうね……

問題ありません

ユートピアはあくまで予備にすぎない……「鎧」はどうなりましたか?ユートピアが唯一成功させたあの実験体は?

それもアリサに持ち去られました

……なるほど

彼は「鎧」には興味があったが、アリサという名の少女はすでに空中庭園の監視下に入っている。今さら回収に向かっても、余計な厄介ごとを引き起こすだけだ

彼は面倒事が嫌いだった

では先生、ボクは戻ります……

グレイレイヴン指揮官は問題ありませんか?

あの方なら、離反構造体や赤潮信者を収容している場所に運びました

あの人あの人はまだ目を覚ましていません。輸送機が墜落した時に頭を打ったのかもしれませんね

わかりました、あの人あの人をしっかり見張っておいてください。何かあれば私にすぐ知らせるように

はい、彼らに言い聞かせておきます

惑砂はしばらくそのままで、フォン·ネガットからの命令が他にはないことを確認すると、そっと通信を切った

クティーラ……

漆黒の代行者は小さくため息をついた

彼は今、他のことは心底どうでもよかった――ユートピアや死んだ黒野ヒサカワのこと、失敗に終わった意識融合計画のことすらも

彼は目の前で今まさに「卵」を孵化させようとしているクティーラと、いまだに降臨しない「塔」のことだけに腐心していた

「塔」は……一体どこへ?

……他に「情報」は受け取っていないのか?

代行者の意識海の中で、別の「意識」がひそやかに答えた

……ない

もう、どのタイミングで何が起こるのか、私には予測できない。未見の事象が多すぎる。「空中庭園が浄化塔コアをアップグレード」なんて、一度も見たことがない

…………

空中庭園が浄化塔コアをアップグレードした技術……その一部はよく知っている気がする。ただ、それが本当に僕が存在する未来のものなのか、確信が持てない

すまない、こういうことは昔から苦手なんだ

ニモの口調は穏やかだった

……私も以前はその方向を疑ったんだ

背の高い男性は子供のように独り言を呟いた。その様子はどこか奇妙で笑いを誘う滑稽さがあった

何者かが「未来」で何かをして、この全ての変化を引き起こしたのではないかと考えたことがある

だが「塔」はいまだに降臨しない。私はこのことを確かめようがない。それに……誰がこんなことを成し得ると?

あの霧域にいるドミニクだろうか?

可能性がないわけじゃない。だが、君が言ったように、全ては「塔」に繋がっている

確認したが、「」の裂け目は封鎖された。塔の成長が止まれば、もうそれらを確かめる術は何ひとつない……

まあ、それはいいことなのかもしれないな

青年は疲れたようにため息をついた

だが、パニシングはまだ存在している

パニシングが存在する限り、全てが何度でも繰り返される。同じ苦境、同じ壊滅が

…………

…………

代行者はしばし沈黙し、解決策を考え続けていた

塔の成長が止まったことに気付いて以来、彼は塔を通じて情報を伝達する手段を失っていた

塔が予定通りに降臨しなかったせいで彼は多くの情報を失った。かつて何度も時間を行き来して書き残したノートや端末を頼りに「未来」を掌握できるのも、今この段階まで――

フォン·ネガットの「裏技」は期限が切れ、彼の予知能力もこの時点で途絶えた

代行者の顔に珍しく微かな動揺が浮かんだが、すぐに払拭され、代わりにその目により揺るぎない決意と更に深い思考が浮かぶ

海底のゆりかごは、今も「鍵」を着実に育んでいる。だがもし「塔」が存在しないのなら、その鍵を一体どうやって使えばいい?

この世界のドミニクは零点エネルギーの爆発後、第1リアクターで消えた……?

彼は無意識に呟いた

……グルート教授?

確か、君は以前、ドミニクは「塔」のコアを奪おうとした時に姿を消したと言っていた。こちらのドミニクも零点エネルギーの爆発後に失踪した……

しかし、こちらのドミニクは死んだはずでは?

いや、そうとは限らない

もし彼がパニシングによって死んだのなら、第1零点エネルギーリアクターが封鎖されるはずがない。第1零点エネルギーリアクターが封鎖されたということは……

あの場所には他の手がかりがあるのかもしれない

……それは推測の域を出ない、グルート教授

しかし、新たな道が開ける可能性もある

彼は「塔」を渡すわけにはいかない――誰にも

手がかりがなくとも、零点エネルギーリアクターの再起動を試す価値はありそうだ

パニシングが零点エネルギーによって降臨したのなら、もう一度零点エネルギーリアクターを起動させれば、「塔」も予定通り現れるかもしれない

…………

意識の奥深くに潜む青年は黙り込み、長い間考え込んでいた

確かに、言う通りかもしれない

彼は再び口を閉ざし、黙り込んだ

…………

代行者は目の前にある古い端末の画面をぼんやりと見つめていた

彼の意識海にはまだ多くの雑音が渦巻いていたが、それでも彼は十分に正気を保っていた

赤潮、パニシング、カイウス汚染、霧域、塔……

全てはまだ終わっていない。彼は必ず自分が成し遂げたいことを成し遂げる――

「ドォン――」

画面の向こうから、轟音が響いた

……惑砂

彼は大きくも小さくもない声で静かに呼びかけた。だがしばらく経っても紫色の髪の昇格者からの応答はなかった

…………

何度か画面を切り替え、彼は海底のゆりかごの監視映像を呼び出した――

巨大なクジラのような形をした棺が震え、崩れていく。人魚たちの導きに従って、必死に海水の束縛を破って上昇しようとしている

やはり惑砂は失敗しましたか

代行者は静かな口調でそう言うと、別の監視画面に視線を移した――

ゆりかごの最深部に隠された一室。そこには海底で死んだ指揮官の意識が沈んだ「卵」が、赤潮の中で静かに横たわっていた

リリス?

フォン·ネガット先生、仰せの通り、お待ちしていました

ええ、彼らを連れ戻してください

もちろんです。仰せのままに

リリスが更に何か言いかけたが、フォン·ネガットは一方的に通信を切ってしまった

今回の鍵は……完璧なものになるのだろうか

彼はゆりかごの最深部にある、まだ孵化していない「卵」をじっと見つめながらポツリと呟いた

漆黒の空間の周囲に、絶え間なく曖昧なノイズが響いている

人々に忘れられた英雄であり、人間であるグレイレイヴン指揮官[player name]は、この狭い夢の中で、海底で起こった全てを追体験し続けている

――これでもう何度目になるだろう?

深海の幽明な光、息詰まるような悲鳴、別れを告げる最期の言葉

その先が奈落だと知りながら、突き進む孤独な旅人のようだった。振り返ることもためらうこともなく、次の死へと向かっていく

ぎこちなく逆回転する歯車は精密な機器のように、最後の裂け目を閉じていく――

夢はある時点で突然現実味を帯びた。鈍い痛みが脳内でゆっくり悲し気な声をあげる――

奈落の底に囚われた人々は、複製意識が保管された棚を全てこじ開けた

もし俺がここで死んだら、ヴァレリアに伝えてくれるか

俺の黒歴史の映像を消してくれってな――いや、それはもういいか。彼女やバンジにこう伝えてくれないか

「もうお前らの顔は見飽きた、あわてて俺に会いに来るなよ」って

待って……

脳が無秩序な泥のようにうねる。舌は強張り、悲しみは喉を焼いて、変えることのできない暗示をゆっくりと吐き出した

まるで何かの記念のように――ここを離れたあと、余暇にでも一緒にめくり返して見ることができたら、案外悪くない体験になるかもしれない

……そうだな

人々は長く考えることなく、それぞれの決断を下した

――歯車が轟然と閉じた

涙と悲しみに満ちた夢の中で浮き沈みしながら、どれほどの時間、どれほどの輪廻を繰り返したのかわからない――

4月16日、失踪事件発生から16日目

人間は裸のまま、汚れた地下実験室で目を覚ました

オブリビオンに関連するもうひとつの騒動の後、グレイレイヴンはついに記憶も人格も完璧な状態の指揮官を取り戻した

軽傷及び4月1日から16日までの気絶で記憶に空白期間があること以外、見つかったこの指揮官には特に問題がなかった

いくつもの検査を経て、ラミアが渡した小さな包みが最終的に人間の手に届けられた時、空白の記憶は別の形で解釈されることになった

シュトロールの認識票は粗末な布切れに包まれていたが、材質的にその布はグレイレイヴン指揮官が失くした上着の一部と思われた

グレイレイヴン指揮官とヴァレリアだけでなく、その布切れを見つめるものは他にも大勢いた

――恐らくシュトロール本人でさえ思いもしなかっただろう。自分の普段のお節介がこれほど多くの人を陰で支えていたとは……

ヴァレリア、八咫、シヴァ、シオン、バンジ……彼はこんなにも多くの人々と「キャンディ」を分け合っていた。彼らの命はずっと前から繋がっていたのだ

布切れに書かれた数行の文字は海水に晒され、滲んで読みづらくなっていた

冒頭の数行は簡潔で力強く、遺言というよりは、急用で出かける前に食卓に置いたメモのようだった

医療ロボットのメンテナンスが来週には終わる。受け取りを忘れずに――

クソッ、外では「来週」なんてとっくにすぎちまってるよな

危うく忘れるところだった。酒に酔って医療ロボットに抱きついて暴れたあの動画、もうバラまかれてるんだろ??

まあいいさ、こうなっちゃ、言いたいこともそうない。どうせスカラベは人騒がせな連中ばかりだあのクレージー短気の下で働いてりゃ、マイナスとマイナスでプラスだ

機体の定期メンテナンスを忘れるな。任務報告の時、任務に出る前は必ずシヴァの口を塞いでおけ

新隊長の任命も忘れるな

「朝飯に鍋を温めてある」とでも言うようなメモ書きは、すぐに終わった。書いている本人の心情が次第に複雑化したのか、以降の文面は微妙に雰囲気が変化していた

俺の四肢はすでに取り外されてる。囮に使われるかもしれない。だから絶対に引っかかるな

それに……俺の体は何体も複製された

今ここで決断しているのは確かに「俺本人」だが……

遠いどこかで別の「俺」が、この厄介な旅を続けながら別の決断をしているかもしれん

そいつを見つけたら、その「俺」をどうするかはそっちで判断してくれりゃいい

もし俺が間違いを犯して、間違った行動をしていたら、迷わずに引き金を引け。それが一番いいやり方だ

ヴァレリア、お前の顔はもう見飽きた。急いで俺を探しに来るなよ

ヴァレリアは無言のままその布切れをテーブルに放り投げると、背を向けて去っていった

バンジがそれを拾い上げ、続きを読み始めた

バンジ、お前とペールたちの成績は問題ない。お前らは何も間違ってない俺らのような不甲斐ない「大人たち」が、お前らを酷く失望させてなければいいんだが。すまなかった

お前の母親の資料には不審な点があるし、ペールの死もそうだ。もし探したいなら行くといい

シオンの意識海の乱れはずっと治らなかった。あいつは心に大きなしこりを抱えているもし、新しい治療法を耳にしたら、できるだけあいつに試してやってほしい

それから、トンプソンの息子の面倒も見てやってくれないかトンプソンが死んだあと、俺は調べてみたんだが、あいつの息子はすでに工兵部隊に入ったらしい

俺はお前たちストライクホークが結構好きだった。隊長は至極まともだし……

あの真っ黒で無口なヤツもなかなかいい。お前もカムイと一緒に、ストライクホークでしっかりやれ

グレイレイヴン指揮官もなかなかいいやつだ。今、俺の横で文章の細かいところをちょこちょこ指摘してくれてる

今後、機会があればお前たちも深く付き合ってみろ

――まだ別れを伝えたい旧友や仲間はたくさんいるが、全員に書くわけにもいかねぇからな手がかかりそうな連中あてだけにする

最後に――

それから――

いくつかの行は黒い線で雑に消され、まばらに残っていた

もういい、お節介な小言みたいなのはナシだ。もしグレイレイヴン指揮官が言うように、俺たちがここを出られれば――

その時は、こんな伝言をお前たちに見せるなんてことにはならないしな

――シュトロール