Story Reader / 本編シナリオ / 33 光追う錆夜 / Story

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33-11 灯覆う大雪

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朦朧とした意識は海底を漂っていた

何度も波間に浸り、濡れたような視界、悲鳴と囁きを包みこんだ気泡が潮の流れとともに、絶えず神経を叩き続けている――

冷たい空気が鼻腔から気管を通って肺に満ちる。土埃の匂いがすぐさま意識を現在へと引き戻した

粗末なテントの中には誰もいない

鼻と口を塞がれるような深海の窒息感がまだ残っている

先ほど見たものは、想像が作り出した悪夢だったのか、それとも現実に起きた運命の断片だったのだろうか

今のあなたこそ、グレイレイヴン隊が必死に探している本物の指揮官なのかな?それともどうでもいい5人のクローンのうちのひとり?

ヴァレリアから100粒以上入った袋をもらったのによ。俺はふたつ、あんたにひとつやっただけだが……

▄▅▃▆▁

赤潮の虚影……記録できる……

もし……ここが見えるのなら……

それから、顔ははっきり見えないが、どこか見覚えのある姿

相手は一体何者なのか。なぜ、彼女のあの瞳が……この場所の全てを見透かしているように感じるのだろう?

彼女の言う「まだその時ではない」とは、一体どういう意味なのだろう?

頭の中に残るいくつかのキーワードを急いで書き留め、間違いがないか何度も確認したあと、ようやく自分がいる場所を見渡す余裕ができた

履いていた靴が簡易ベッドの前に置かれているが、どう見ても氷や雪で濡れている。これを履いてまた病気にでもなれば、バネッサに小言を言われてしまう

質素なテント内部には何もなく、あるのは自分が休んでいた簡易ベッドだけだ。入り口の隙間からは、僅かに雪空が見えている

意識を失う前、自分はバネッサを背負ってエマとシュエットとの合流地点へ向かっていた。今の状況を見るに……

テントの外からきれぎれに話し声が聞こえてくる。内容を聞き取ろうとする前にテントの入り口が開いた

よかったです、もう目を覚まさないんじゃないかと……

彼女はすぐに人間の指揮官の防護服にある各種データの数値を点検し始めた

防護服が破損して低体温だった上にパニシングにも侵蝕されていました。もしおふたりの物資の中に血清がなかったら、ここまで持たなかったかもしれません

指揮官の怪我が酷かったので、容態を安定させるために、比較的安全な場所に移動してキャンプを設営したんです

シュエットは天航都市に応援要請に行き……私はここで指揮官の容態を見ていました

もうすぐシュエットが救助車で迎えに来ますから……

エマはいつもとは違って別人のように早口で話しながら、しどろもどろに状況を伝えつつ、焦ったように血清の注射器を防護服の接続口に刺し込もうとした

シュエットが来るまで待っ……えっ?

名前を呼ばれて、エマはビクッと顔を上げた

……

その言葉を聞いたエマの顔色は真っ青になり、指先が細かく震え始めた

エマはうなだれながら、血清を接続口にしっかりと接続した。そして、1本全てを注射し終えると、防護服に表示される侵蝕数値を凝視していた

エマは唇をきつく結び、無言のままだった。侵蝕数値が緩やかに下がり始めたのを確認し、ようやく顔を上げた彼女の目から、静かに涙がこぼれ落ちた

バネッサ指揮官は……もう……

バネッサ指揮官……[player name]指揮官!

捜索の最中、エマは吹雪の中で動く人影を鋭く捉えた

シュエット!あそこです!

別の方向を捜索していたシュエットは、エマの呼び声を聞いてすぐに踵を返し、エマが指し示す方へ向かった

黒い人影はフラフラとよろめいて、雪原に倒れ込んだ。幸い距離は近く、エマとシュエットは難なくふたりのもとに駆け寄ることができた

どうしてこんなことに……

雪の中に倒れたバネッサの体は傷だらけで、左腕と右脚に大きく目立つ傷があった。そして、指揮官は……

ボンヤリするな。<M>彼</M><W>彼女</W>は防護服が破損したせいで、パニシングの侵蝕症状が出ている。すぐに救急キットの血清を打て

は、はい……

長い間頼りにしてきた大黒柱ともいうべき存在のこの状態に、エマは慌てふためいた。だが彼女は無意識にバネッサの指示通り、血清を探し出して指揮官に注射した

予備の防護服は持ってきたか?

ここにあります

シュエットは予備物資のバッグから防護服を取り出し、手早く指揮官に着せた。その後、一行は吹雪に逆らいながら天航都市を目指し急いだ

ゴホッ……連れていった他の隊員たちは?

指揮官からの連絡を受け、隊員たちには周囲で物資の収集を分散して行うよう指示し、私はすぐにこちらへと救援に駆けつけました

全員呼び戻せ……天航都市に戻る

構造体は荒く息をつきながら指示を出した

バネッサ指揮官、もう会話はおやめください。循環液の流出がまだ酷いので……

エマは循環液パックを取り出し、バネッサの循環システムに接続しようとしたが、バネッサは手を振ってそれを制した

それは取っておけ……まだ必要ない

エマ、周囲のパニシング濃度を監視し続けろ

バネッサは目を細め、頭の中で慌ただしく考えた

新たな「0号代行者」はすでに指揮官を発見している。「口元に差し出されたご馳走」を易々とは諦めないだろう。こんな状況では、全員が無事に撤退できる可能性は低い

わ、わかりました……

エマはギュッと唇を噛みながら循環液パックをしまい、パニシングの監視システムを起動した

吹雪はますます激しさを増し、全てに吼えかかるかのように吹き荒れた

昏睡状態の指揮官と動けないバネッサを背負い、一行の進む速度は明らかに落ちていた

……シュエット、パニシング濃度が上昇し続けています。救助車まで後どのくらいですか?

意識を失っているのか目を閉じて休んでいるのかわからないバネッサをチラリと見ながら、エマは小声でシュエットに訊ねた

距離は……この速度だと、あと2時間半はかかるかと

他の隊員たちへは戻るように伝えましたか?

ええ。彼らは雪原の奥までは入っておらず、移動の早い隊員はもう天航都市の安全範囲内に入っているはずです

――危ない!

話している間に、変異赤潮がいつの間にか静かに彼女たちの足下に広がり始めていた

バンッ――

エマはシュエットをぐいっと引き寄せ、指揮官を背負ったまま素早く変異赤潮を避けた。そして振り向きざま、ぼんやりと薄い赤潮から現れた触手に向けて発砲した

以前のΩ武器ほどの威力はないものの、ロサの特製武器はこの程度の小型の変異触手に十分すぎるほどの効果を発揮した

触手は痛みを訴えるように掠れた悲鳴を上げながら、地面に広がる液体の中へ引っ込んでいった

だが……この場所をすでに察知されてしまった。あの0号代行者がいる場所からここまでそう遠くはないだろう

……

新たな0号代行者は冷たい瞳で、岩陰からその方向を無表情に見つめていた

それは生まれたばかりで、何も理解していない。わかっているのは、ひたすら力を求め、ひたすら貪り、この世界を呑み込むことだけだ

この世界の全てが、0号代行者の養分となるべきものだった

感情のない瞳が、遠くにいる数人の人影に焦点を合わせた

あの人間は……最も美味な食事になりそうだ

ペースを速めなければ……

機体の出力を最大まで引き上げ、エマは焦ったように背後を振り返った

救助車がある場所までは、まだ2時間以上の道のりがある。エマにはバネッサと指揮官を連れて天航都市へ無事に戻れるかどうか、確信が持てない……

う……

半ば意識を失っていたバネッサが銃声で目を覚ました

指揮官が昏睡状態に陥って抑制が失われたことで、侵蝕された意識海が更に不安定になっている。バネッサは全精力を使い、暴れる意識海を無理やり抑えつけていた

天航都市まで、後どのくらいだ?

このスピードだと……およそ4時間です

エマの声は急いていたが、それが移動しているせいなのか、あるいは何かを不安に感じているせいなのかまではわからない

ですが、後2時間ほどで救助車にはたどり着けます……

間に合わない

ふたりが機体の出力を最大にして、関節から火花が散るまで走ったとしても……間に合わないだろう

赤潮が蔓延する速度は驚異的だった。ひと晩で40~50kmの距離を簡単に覆い尽くしてしまうほどだ

……

シュエットは無言で腕をすっと上げ、流れ込んできた浅い赤潮を撃ちぬいた

追いついてきました

あいつらは……肉に食らいつく蛆みたいなものだ。見つけたからには、何かを食いちぎらない限り絶対に諦めない

バネッサは何か考えているようだったが、彼女の瞳孔はすでに焦点を失いつつあった

侵蝕された意識海で巨大な波が荒れ狂う。温度が失われていく感覚はますます強くなり、神経システムの中で繰り返し死の警告を伝えている

オ……Ω兵器を撤退ルートに配備し、大量の爆発物で……

バネッサは無意識に、今の状況における最善の「命令」を下していた

ですが……Ω兵器はもうありません

空中庭園に残されていたΩ兵器は十数年前にすでに使い果たされている。地上の現在の生産能力では、まだ真のΩ兵器を完全に再現することができていない

……

ハハ……そうだ、Ω兵器はとっくになかったんだった

我に返り、バネッサは自嘲気味に笑みを浮かべた。視覚モジュールがぼやけ始め、意識海も徐々に暗闇に呑み込まれつつあった……

ゲホッ……

死が迫り、弱っていく感覚が頭の先からつま先までを支配していく。バネッサは舌先を強く噛み、痛みで意識を覚醒させた

南東の近道を通れば……

駄目です。相手はもう私たちに気付いています

シュエットとエマは、できる限りのスピードで前進しながら、0号代行者の「視線」から逃れようとしていた

しかしどこまで進んでも、冷たい赤潮が影のように付きまとい、広がってくる

このままじゃ……ダメだ……

足枷があっては、いずれ変異赤潮に追いつかれる

また口の中に溢れ出した循環液を吐き捨て、バネッサは心の中で自分の機体の損傷率を測りながら、ゆっくりと口を開いた

……指揮官の……状態は?

慌ただしく移動しながらも、エマはさっと指揮官の防護服に表示された侵蝕数値を確認した

……血清を注射してから、侵蝕数値は通常よりやや高いものの、バイタルは安定しています。それ以外では、軽度の低体温症状が出ています……

……

バネッサの機体の損傷率は約70%に達していた。左腕は完全に損壊し、右脚のパーツも完全に故障して、応急処置の包帯でどうにか機体にぶらさがっているだけだ

私を置いて先に行け。私が残って足止めする

……正気ですか

エマは信じられないという顔でバネッサを見つめた

正気じゃないのはそちらだろう

バネッサの表情は驚くほど冷静だ。まるで「今日は外に行って少し物資を探してきた」と話しているかのようだった

今の移動速度では30分もしない内に、私たち全員があの化け物の養分になる

それも悪くない。そうなれば、ロサは赤潮の中で手を振る私たちが見られるわけだ

できません!ここにバネッサ指揮官ひとりを置いていくなんて……

私も反対です

息を乱しているシュエットも横から口を出した。型番が古い構造体の彼女にとっては、今の移動速度はすでに限界に達し、ずっと過負荷の状態だ

意見を聞いているんじゃないぞ

バネッサはうんざりしたように手を振り、シュエットが反応する前に腰の銃を引き抜き、エマの背後に迫っていた異合生物を一撃で倒した

!!!

エマは驚いて足を速めたが、危うく溢れ出してきた赤潮に足を踏み入れそうになった

いつの間にか、赤潮に四方からじわじわと包囲されていた

0号代行者が自分の獲物を諦めることはない

雪原は相変わらず静寂に包まれていたが、その厚い雪の下には殺意が潜んでいた

ダメです。きっとまだ他に方法が……

彼女は唇をギュッと噛みながら、最善の解決策を模索しようとした

例えば私が赤潮を引きつけている間に、シュエットがおふたりを連れて撤退するとか。私は、まだ戦闘能力が残っていますから……

つまり……シュエットに、足が不自由な構造体と意識を失った人間のふたりを背負わせ、機体を限界まで酷使させ、更にその状態を2時間以上維持しろ、と?

……

も、もしくは……

――うっ!

話している最中、シュエットが低く呻いた。足を上げると、靴底には点々と赤潮の痕跡が付着していた

見たか?

バネッサが口と鼻を抑えて数回咳き込むと、唇の端から循環液が溢れ出た

もう迷っている時間はない。このままでは、ここで全員一緒に死ぬだけだ

唇をすぼめながら、バネッサは自分の機体の損傷状況を伝えた

天航都市に逃げおおせたとしても、今ある物資では私の機体を修復するには不十分だ

雪はますます激しくなっていく

……今の私にこれ以上、説得する力は残っていない。選択肢はふたつだ

全員死ぬか、私を置いていくかだ

そう話す間にも、またしても変異赤潮の触手が静かに伸びてきて、エマの足首に猛然と絡みついた

あっ――!

彼女がよろけた隙にバネッサはロープを切断し、エマの背から飛び降りた

バネッサは左脚だけで必死に体を支え、身を屈めて右脚の包帯を片手で締め直した。流れ出す循環液が雪を鮮やかに染めていく

最後にもう一度言う。エマとシュエットは、指揮官を連れてここを離れろ。私が後を引き受ける

私の戦闘手段や、残存戦闘能力などは考慮不要だ

私が教えたことを忘れるな――

生存者の価値を最大限に活かせ

僅かな余力を頼りに、バネッサは岩陰に寄りかかった

降りしきる雪がすぐに彼女の機体を覆い、流れ出た循環液で赤く染まっていく

エマとシュエットはそれ以上反論もできず、無言でバネッサに敬礼すると、彼女の指示通りに指揮官を連れて天航都市へと撤退した

[player name]……ハハ

彼女は灰色の空を見上げ、苦々しい笑みを浮かべた

戦場はそれほど慈悲深い場所じゃない。全員を守れる者などいない。誰であろうと犠牲を払うことになる……君とて例外じゃないんだ、首席……

バネッサは足下に張った氷を見ながら乱れた髪をどうにか整え、顔についた血痕を拭った

構造体である利点といえば……バイオニックスキンの接着力が人間の皮膚よりずっと優れていることくらいだな

低く呟いた言葉は、静まり返った氷面に虚しく響き渡った。数十年前、あの暗い地下シェルターに残された時と同じように

あの時、彼女の傍らには昏睡状態の首席がいたが、今はこの広大な天地の間に彼女ひとりだけが取り残されている

……

変異赤潮が氷面に粘つくどろりとした波しぶきを跳ね上げると、液体の中から0号代行者の姿がゆっくりと浮かび上がった

早々とお出ましか……

バネッサは目の前に現れた0号代行者に、悪意をたたえた皮肉な笑みを見せた

これで終わりにしよう

バネッサはそう言って自分の機体を爆発させた

テント内は恐ろしいほどに寒く、入り口の布は雪で凍りつき硬くなっている。吹き荒れる風がテントの支柱を叩き、鈍い音を響かせていた

……爆発音が聞こえましたが、振り返るのが怖くて安全区域まで走り続けました……そして、指揮官を休ませてから、戻って探しにいきました

爆発は……ある程度は効果があり、変異赤潮は一時的に退いていました。ですが、もともと氷層だった場所はすでになく、褐色の岩盤が露出していただけでした

見つけられたのは……これだけです

エマが手の平を開くと、そこには弾丸でデコボコになり、爆発で真っ黒に焼け焦げたスカラベの認識票があった

何かを言おうとしても、どこから話せばいいのかわからず、指揮官は力なく口を開いたが、掠れたため息をついただけだった

まずは自己紹介をしよう、私の名前はバネッサ。ホワイトスワン小隊の指揮官にして本作戦の総司令官を任されている

指揮官の過去の成績がいかに優秀でも、現在は長官の命令にきちんと従ってもらいたい

[player name]、愚かで甘い大馬鹿者よ、君が多くの者から尊敬された理由は、彼らが理想を抱え込みすぎたからにすぎないぞ

今、君は支えの全てを失った。生き残ったものの価値を最大限に発揮する方法を、教えてやるとしよう

その挨拶に30年もかけたのか、グレイレイヴン指揮官

今回こそ、君は死んだと思っていたんだがな

行ってこい、そしてすぐに戻れ

私はここで待っている。安心しろ、君が目を覚まして最初に目にするのは、ここにいる私の姿だ

……

バネッサ

▂▄▁▅▇▅▃▆▅▄▁もう▇▅▃▆経ったかわかっているのか?

今日まで何の情報もないとは……普通の▁▅▇▅▃▆▅▄▁であれば「死亡確定」だ

本当に笑えるな、▂▄▇▄▇▂▃▅▂▂▄▇▆▅▄▇▂

声はまるで海底の波間から響いてくるようで、小型端末は壊れたようなホワイトノイズを発している

指揮官……指揮官!

血清……血清はまだありますか!?

もう全部使い切りました……

――ここにあります!

テントの入り口がパッと開き、吹き込む刺すように冷たい風が、テント内の息苦しい空気を一瞬だけ散らした

冷たい液体が血管に流れ込み、ぼんやりと見える海底の幻影が徐々に色褪せていく。目が覚めると、エマが切羽詰まったようにこちらを見つめていた

かなり容態が悪いです、指揮官

グルグルと眩暈がするのにも構わず、疲れ切った体を支え、なんとか簡易ベッドから身を起こした

暗く深い海が影のようにつきまとい、まるで抜け出せない牢獄のように意識海の中で重たげにたゆたっている

侵蝕数値に変動が見られます……指揮官、本当に大丈夫ですか?

ロサが新しいコアパーツを待っている。バネッサの犠牲を……無駄にするわけにはいかない

はい……準備でき次第、出発しましょう

同行する隊員たちは集めた物資を全て救助車に積み込み、シュエットとエマはすでに車の前で待機していた

ここから天航都市はもうすぐそこだ。30分もあれば到着できる

天航都市の「浄化器」はこの場所まで効果を発揮している。0号代行者も、しばらくはまだこの区域に侵入できないはずだ

もしも、バネッサが負傷していなければ……

この世界に「もしも」はない

スカラベの認識票を手の中で強く握りしめると、認識票の尖った角が手が裂けそうなほど食い込んだ

指揮官、出発しましょう

彼女は疲れ果てていた。生き残った人類を30年以上も背負い続け、十分よくやっていた

赤金色の炎を揺らめかせた松明が瞬く間にこの大地を照らし、まるでリレーバトンのように高く掲げられた

炎の灯りが燃え続ける限り……人類が生き延びる希望は、決して消えない

彼らは、バネッサが数十年もの間守り続けてきた人類文明を、ここで断絶させたりはしない

エンジン音が氷原の静寂を破り、やがて大雪が彼らの痕跡を全て覆い隠していく

まるで、ここには誰も訪れなかったかのように

……

ピンク色の髪の構造体は山頂に立ち、遠ざかる救助車を見送っていた

全ての出来事に既視感があるが……何かが違うような気がする

赤金色の炎が、まだ彼女の瞳の中で揺れているようだった。彼女はしばらく黙考し、意識海の奥深くから、見慣れた映像が記憶の表面に再び浮かび上がるのを感じた

先遣隊が……またひとり犠牲になったのですか?

……ええ、253番が……

名前はイール·2·シス。ボラー星の前の移民で、恋人がいました……142番先遣隊員です

かつて……「熱的死」が訪れた時、彼らもこんな「物語」を経験したようだった

ページをめくっても、馴染みのある記憶はすでにぼやけて曖昧になっていた

恒星が徐々に消え失せ、宇宙船は逃げるように深宇宙へと落ちていき、二度と戻ることはなかった……

物語はいつも同じだが、この人類たちの結末も……同じなのだろうか?

たとえこの人類たちが運命のループから逃れたとしても……

永遠の暗闇から逃れることができるだろうか?

サイコロがぶつかり合い、澄んだ音を立てた。ピンク色の髪の構造体は、救助車が向かう先を見つめ、そして雪原の中に姿を消した