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地球時間2198年11月21日、201ノード記録:
人類は、カイウス汚染の拡散を防ぐために携帯可能なフィールド障壁を開発した
異重合塔を使った時間遡行を何度も行なったため、異重合塔はいまだ拡大を続けている
製造コストの影響で人類はフィールド障壁を搭載した装置を量産できず、配布された装置は少数だけだった
そのため、人類のリーダーは異重合塔内部を探索するため、12人の先遣隊を編成した
フィールド障壁を装備した先遣隊が、初めて塔内に進入
カイウス汚染から、彼らの具体的な計画や成果は探知できない
フィールド障壁を装備した先遣隊が、塔内に2度目の進入
カイウス汚染から、彼らの具体的な計画や成果は探知できない
記録データ破損
記録データ破損
人類の先遣隊、第▅▁▇▅▂▄▁▃▆▃▆▁▂▄▁▅▇▅▃▆▅▄▁
フィールド障壁の後ろにある人類計画を探知できない▅▁▇▅▂▄▁▃▆▃▆▁▂判断ミス▄▁▅▇▅▃▆▅▄▁
▁▇▅▂▄▁▃▆▃▆▁▂▄▁▅▇▅▂▄▁▃▆▃▆▁▂▄▁▅▇▃▆▅▄▁
人類のリーダー、<color=#fdc600>ドミニク</color>はすでに「私」の存在を認識している
記録更新:「私」は間違った呼称▂▄▁▃▆▃▆▁▂▄▁動作異常▁▂▄▁自己診断▆▁▂▄▁異常検知▁▂▄▁▅▇▅▂▄▁▃▆▃▆▁
記録データ破損
▁▇▅▂▄▁▃▆▃▆▁▂▄▁▅▇▅▂▄▁▃▆▃▆▁▂▄▁▅▇▃▆▅▄▁
記録データ破損
記録更新:人類のリーダー、<color=#fdc600>ドミニク</color>はすでに「私」の存在を認識し、0号代行者と名付けた
彼らは今も前進し、探索を続けている
人類のリーダーは先遣隊の行動方針を変更し、「私」を最優先の標的に設定した
無意味な行動だ
しかし、人類のリーダーは「私」に関する情報を更新し続け、フィールド障壁もエリア全体を覆えるほどに進化した
「私」は彼がどうやってこれを実現しているのか把握できない
「私」は焦りを感じている
…………
集中してアルゴリズムを使わなければ、フィールド障壁の保護下における彼らの動向を察知できない
<color=#fdc600>ドミニク</color>以外の先遣隊メンバーの観察を停止
<color=#fdc600>ドミニク</color>こそ、私が対処すべき主な脅威だ
他は、山の朽ち木にすぎない
2160年12月24日
クリスマスイブ
2160年12月24日、クリスマスイブ
フォン·ネガットとの新たな戦いに辛勝し、ノード記録をしっかり読み込んだ<phonetic=コレドール>0号代行者</phonetic>は異重合塔の裂け目から黄金時代へと足を踏み入れた
黄金色の木々が立ち並ぶ林の中、飛翔していたコレドールは高所に降り立ち、周辺一帯を見下ろした
人工的な奇跡は壮大で、まばゆい輝きがビルのガラスの間で交錯し、空の輝きすらも奪うほどだ
黄金時代……
<b><ud><color=#34aff8ff><link=10>2197年</link></color></ud></b>、12月25日、彼女はこれより更に繁栄した時代に降臨した
「カイウス汚染」が引き起こした混沌の嵐によって、彼女はその時代の衰退を目の当たりにした。しかし、その時代の衰退には彼女自身も含まれていた
――彼女は一体なぜ失敗したのか?記録にまだ欠落した部分がある
彼女が覚えているのは、全力で人類のリーダーに対処し、先遣隊の最終作戦が成功する前にドミニクを霧域に追い込んだことだけ
鍵を持たず、受け入れてくれる高次元の存在がない状況で地球の異重合塔の「扉」をくぐれば、必ず霧域に落ちる。そこから抜け出すことはできない
彼女は、リーダーを失った先遣隊が完全に崩壊し、誰ひとり生き残れなかったことを覚えている
ドミニクがどのようにして霧域を抜け出し、この時代にたどり着いたのかを、彼女は知らない
しかしどれほど彼が優れていたとしても、結局はただの人間だ。霧域を無傷で出ることは不可能だし、ましてや元の時代に戻ることなどできない
その後の衰退は、おそらくドミニクとは無関係だろう
では……なぜあの時の私は失敗したのでしょう?
壮麗な建物はその問いに答えられず、サービスロボットも彼女の望む答えを出せなかった。街を行き交う僅かな通行人たちの姿が、コレドールの瞳に映っていた
ここはあまりにも空虚すぎるようだ。価値のある「英雄」はひとりも見つからず、目に映るのは「朽ち木」ばかり
彼女は街の煌めきの中をぐるぐると歩き回ると、地下に潜って赤潮を集める準備をした
まだ夕日が残る午後、彼女は街の奥で軽やかな歌声を耳にした
[花畑の中で踊る宝石~]
[それは蝶だよ、四つ葉じゃない~]
[キラキラ子犬はくるくる跳ねて~]
[じいやはウトウト、四つ葉はない~]
…………
それは無邪気な童話のような歌だった。歌い手は、暖かい家が見つかるという奇跡の四つ葉のクローバーを探して歌い続けていた。その声に寂しさが溢れている
本格的な収穫を始める前に、この場所の物語を見届けましょう
彼女の体の中にある「コレドール」の部分が、その寂しげな歌声に引き寄せられた。彼女は歌声の主に歩み寄り、微笑みながら声をかけた
こんにちは、この時代のことやあなたの物語を聞かせていただけませんか?
……えっ?
寂しげな歌声がピタリとやんだ
最初の出会い方はあまり理想的とはいえなかったが、ここに閉じ込められた者たちは他にすることもなく、次第に話し始めた
コレドールは彼女にたくさんの支援と庇護を与え、彼女が侵蝕された機械や傭兵を避けられるようにし、彼女に本当の秘密も伝えた
コレドールは、自分が未来から来たことを話した
また、以前の失敗の原因を探していることも教えた
彼女は秘密の暴露を気にしなかった。なぜならその話はユウコにはあまりにも理解しがたく、たとえ宇宙の真理を知っても、彼女は冗談として笑い飛ばすだけだったから
目の前の髪の手入れすらしていない女性にとって、与えられる食べ物と庇護こそが、相手に親しみを感じ、従う本当の理由だった
知り合ってもう何日か経ちましたね。そろそろあなたの物語を聞かせてもらえませんか?
つまらない話よ。この時代の本当に偉い人を探して訊いた方がいいんじゃない?
そういう話はもう聞きました。ただの暇つぶしだと思って話してください
…………
ユウコはため息をついてベンチに座ると、薄くタコのできた指でビールの栓を開けた
わかったわ、ビールをくれたお礼ってことで
女性は手首を傾け、コレドールと空中で軽く乾杯するような仕草を見せると、空虚な街を見つめながら、平凡な話をゆっくりと語り始めた
私がよく話してる、セン姉さんのこと、覚えてる?
もちろん
実は、セン姉さんは本当の姉じゃないの――私が7歳の時に母が亡くなって、父はその数日後に従姉と再婚したの
だから、ふたりは結婚式だけ挙げて正式な婚姻登録はしなかった
ふたりの式が終わってから、初めてセン姉さんに会った。姉さんは、後妻と前の夫との子供だった
こんにちは、ユウコ
こんにちは、センお姉さん
初めて会った時、継母が思ったよりも穏やかで優しい顔をしていることにユウコは驚いた。だがその隣にいた娘はまるで学校の不良少女のように見えた
もう家族なんだから、そんなに遠慮しないで。この子のことは、センかお姉ちゃんって呼ぶといいわ
セン……お姉ちゃん
妹と対面した7歳年上の「不良少女」は、少し照れくさそうに顔を背け、母親の視線に促されてユウコの手を取った
……これからよろしくね。ユウコ
見た目は不良少女だけど、中身はそうじゃないんだ——と、その時のユウコは思った
再婚してから父親も継母も忙しい日々を送り、ユウコが想像していたような継母からのいじめこそなかったが、かといって無償の愛を与えられることもなかった
空っぽの部屋には、彼女と同じように家に置き去りにされた姉だけが残っていた
…………
いつまでドアの外に立ってるの?入りたいなら入っておいで
でも……お姉ちゃん、宿題してるんじゃ……
いいよ、うるさくしなければ
センお姉ちゃんの端末でお絵描きがしたい
…………
今使ってるから、古い方の端末を貸してあげる
うん、ありがとう、お姉ちゃん
これ……誕生日プレゼント?私に?
そうよ、開けてみて
あっ……これ、前に私が描いた子犬だ……
この前、端末を使った時に、ユウコが描いた絵が残ってたの
形がね……すごく可愛かったから、ちょっと工夫して、ぬいぐるみにしてみたの
確か、ユウコはこういうのが好きだったでしょ?
うん、大好き……ありがとう、センお姉ちゃん
彼女は両親から得られない愛情を、代わりに姉から受け取っていた
誕生日は1年で最も楽しみな日となり、辛い日常も瞬く間にすぎ去り、あっという間に5年が経った
その後よ、苦しい日々が始まったのは
ユウコの12歳の誕生日をすぎてすぐ、父親は長年家族で蓄えてきた貯金を友人の事業に投資した。だがそれは詐欺で、彼は全財産を失った
継母は警察に通報して連日奔走していたが、父親とともに交通事故に遭った。継母はほぼ全身不随で左腕しか動かせなくなり、父親にも後遺症が残った
友人に騙し取られたお金は、友人の失踪とともに行方不明となった
彼らは輝かしい時代の雑音となり、二度と「黄金時代」の主旋律に戻ることはなかった
幸運だったのは、たとえ雑音であっても輝き続ける時代の下では、時代の庇護を受けられたということだ
医療、教育、食事に住居――世界政府の「最低生活保障条例」が法を守る全市民をケアし、突然の災難に見舞われても彼女の家族が路頭に迷うことはなかった
家族に変化があったことが学校のファイルでも更新され、無料の宿泊施設と食事がふたりに与えられることになった
黄金時代のいいところは、どれだけ急速に激しく落ちたとしても、必ず何かが受け止めてくれることだ
最低保障があって助かったわ。私のお祖母ちゃんの時代だったら、こんな状況では首をくくるしかなかったでしょうね
彼女は弱々しくベッドに横たわり、以前よりも空っぽになった部屋を見渡してため息をついた
幸い、あなたたちに影響はなかった……セン、ユウコ……しっかり学校に通うのよ、私に構わなくていいの
構わなくていい?何を言っているの、もし、あの人が騙されたりしなければ……
言わないで!
セン……言わないで……
誰にだって間違える時があるの。もしあの夜、私がもっと慎重になっていれば、やり直す機会を失わずに済んだわ……
あなたたちは……家を出て、学校の寮に入りなさい。うちは学校の無料宿泊施設と食事が申請できるんだから
じゃあ、お母さんは?全然動けないじゃない!
お父さんが面倒を見てくれるわ、安心して
あの人が?お母さんの面倒を見るって?お婆ちゃんのところへ行こうよ、再婚したことに怒ってたとしても……
……お婆ちゃんはもう亡くなったの
数日前に連絡して、知ったの……半年前に亡くなったらしいわ
…………
さあ行きなさい、セン。妹の面倒をちゃんと見てあげてね。ユウコにもセンにも罪はないんだから、遠くへ行くの。この家に縛られないで
「カラン」
ビールの缶が地面に転がり、軽い音を立てた
姉はとても心配していたけれど、母には逆らえなかった。学校に通いながら仕事をして新しい家を買い、母のサポート用ロボットを備える必要があったし
家の大人たちはすでに通常の人生から逸れてしまった。もし姉も同じようになってしまえば、私たちは永遠にあの湿った冷たい家に取り残されることになる
父は……そんなことお構いなしだった。自分の失敗による没落を認められず、ギャンブルに溺れ始めて……毎日、人生を一発逆転させようと夢見ていたわ
学校が休みになる度に私とセン姉さんは家に戻って、何とか立ち直ってくれないか、父を説得したけど……
父から返ってくるのは、行き場のない暴力だけ……数カ月後には、世界政府から母に支給された医療用の機械椅子さえ、闇市に売り飛ばしてしまったの
……そんな日々が2年続いたわ
ようやく卒業したセン姉さんは家を出て、ひとり暮らしすることに決めた。そうすれば母を家から連れ出せると思って。でも、母はこう言った……
セン、私は一緒には行かない。公共の宿泊施設は人が多すぎるの。私みたいな身体の人間がそんなところに行けば、いい結果にはならないわ
あなたも仕事を始めるのに、私の面倒なんて見れっこないでしょう?きっと、私がお荷物になる
私はここに残るから。どうなろうと……少なくともここには居場所があるわ。それに、ユウコが私を助けてくれる
私だってセン姉さんに残ってもらうか、一緒に行きたかった。でも、21歳になったばかりの姉さんが、どうやってふたり分の生活を支えられる?
そう。私は「お荷物」だったし、母も自分を「お荷物」だと思っていた。だからお荷物である私たちは、姉さんが家を離れるのを見送るしかなかった
コレドールは話の続きを待ちながら、静寂の中で深く考え込んでいた
この時、赤潮はすでにコンステリアに向かって広がり始めていた。そのうねる音が耳元で責任や義務、0号代行者の使命を囁きかける
彼女はここに留まるべきではなく、クライマックスのない重苦しい話を聞き続けるべきではなかった
目の前の「ユウコ」という名の女性は、多くの問題に対する探究心がない。彼女いわく、日々の生活のプレッシャーで息をするだけで精一杯、らしい
彼女はずっと自分の無力さを憎んでいた。それも、死を求めるほどに
だが、そんなユウコが今こうして何事もなく彼女の前に座り、彼女が持ってきた缶ビールを開けて、笑顔で自分の話をしている
ユウコが最初に得た仕事は、プライベート介助員の仕事だった
この職業は家庭用ロボットを好まない家庭に対してサービスを提供するもので
看護師や保母、美容師の仕事を兼ねるというものだ
この時代、ほとんどの仕事は機械が担っていた
世界政府からの福利厚生も充実しており、仕事がなくても最低限の生活保障は受けられる
そうだとしても、たまには旅行に出かけたり、少し高級な食事を楽しんだり、有料の娯楽を体験したい――
誰だって、少しだけいい暮らしをしたい
あるいは、自分の趣味や事業のための資金を調達するためには、適切な仕事を見つける必要があった
セン姉さん、午後にメッセージを送ったのに、どうして返信してくれなかったの?
働き始めて2年目、愚痴はどれも些細なものになり、全てが元の軌道に戻ったかのように見えた
何でもないわ、忙しかっただけ
センの声には疲れが滲んでいた
カエルちゃんを描いてるの?
うん、趣味でね
ビデオ通話の向こうでセンは俯き、ユウコからのメッセージを確認していた
また雇い主が変わったの?何かあった?
しばらく介助員は必要ないってことで、別のところに。今度の家は姉さんのところからすごく近いのよ、時間ができたら会いに行くわ
それは本当?何か問題があったんじゃなくて?
何言ってるのよ、こんないい仕事で問題なんてあるわけないでしょ?
うちの子に問題を教えるよう言っといたのに、こんな簡単なこともできないの!?これなら家庭用ロボットを借りた方がマシだわ!
あなたを信じてるけど……最近、ニュースが多いでしょ、家庭内の問題をプライベート介助員に押しつけて揉めたりとか
どんな仕事でも、大変なのは仕事の内容だけじゃないわ、人間関係もよ
アハハ、仕方ないわよ。でも、そこが家庭用ロボットと違う私たちの強みでもあるの。ロボットは記録装置があるから、責任を押しつけることなんて無理だもの
必要ならユウコも録画端末を持参して、仕事中はオンにしておいたら?
いいのいいの、私は雇い主を信じてるわ
コソコソ私たちを盗撮してたなんて!?いい度胸ね、花瓶を割ったのがあなたじゃないという証拠だとしても、前回割った時の証拠は?娘のせいにしたって無駄よ!
今日の給料を清算したら、うちから出ていって。あなたみたいに腹黒い人間は願い下げだわ!
前の雇い主からきちんとお給料はもらったの?
ええ、お給料は全部仲介会社を通してるから未払いになったりしないわよ
給与明細なら、もうあなたの端末に送ったわ。賠償額を差し引いたら不足分が300、忘れずに支払ってちょうだい
仲介会社はもう損害額と買い物記録の価格を確認してるわよ?ああ、あの日、あなたはいなかったわね。手続きは終わってるから、詳細は仲介業者に聞きなさいよ
それならいいわ。新しい雇い主の家はどう?
いいところよ、面倒見るのもひとりだけだしね
父は手術を終えたばかりだが、私も妻も仕事が忙しくてね。君には父の介護をお願いしたい。万が一に備えて、病院の人から洗腸のやり方を学んでくれ……
前にいろいろあって……人工肛門になったんだ……ストーマ袋は一生外せないだろう。不幸中の幸い、父はもう50代だから、この苦しみも長くは続かないだろう
それから父は気難しい性格だから、あまり刺激しないように。前の介護スタッフもそれが原因で辞めたんだ
……それならいいけど
ふとユウコは、ここまで姉がずっと質問ばかりしていることに気付き、何か言いだせないことがあるのではないかと察した
姉さん、何かあったの?
…………
……ユウコ……
彼女の声はますます沈痛なものになった
父さんが亡くなったわ
…………
賭博場でね……喧嘩になって相手を殴って死なせたみたい……そのまま自分も
いつのこと……?
夜みたいね。ついさっき、私も母さんから聞いたばかり
いくらか弁償の必要がありそうなの。賭博場でのこととはいえ、かなりの物を壊したらしくて……それに、母さんは面倒な借金を背負わされることになった
…………
でも少なくとも、ユウコには被害はないから
姉さん……
そんな顔しないで
これから……どうすればいいの?
ユウコは大丈夫、しっかり仕事を続けて……私は仕事を辞めて家に戻る。家の近くでパートの仕事を探して、母さんの面倒を見るようにする。家のことが心配だから……
ユウコは全てを姉に背負わせることが心苦しく、夜通し話し合ったが、結局は姉の計画に同意した
そうして、センは自分の将来を諦め、仕事を辞めて母のもとへ戻った
賠償金の支払いに充当するために、家は売らざるを得なかった
母親は「この家はもともと父さんの貯金で買ったもの。これで父さんの借金も返し終わったし、全て空っぽの状態に戻ったわ」と話した
ふたりは世界政府の無料の公共宿泊施設に引っ越した——施設は辺鄙な場所にあり、仕事探しは難航した。センは夜はバーで働き、朝に帰って母親の世話をした
センは何も言わないが、全身不随の母親とともに公共宿泊施設ですごす状況がどれほど過酷か、ユウコにはありありと想像できた
彼女は文句を言わなかったし、言うに値するとも思わなかった――こんな家庭は歴史書のどの章にもあって、もっと悲惨になっていくのが常だ
彼女は今の境遇で必死に生きるしかなく、この繁栄した時代が凡人に与える恩恵をありがたく受け取るしかない
そこまで話すと、ユウコは缶ビールをもうひと口グイッと飲んだ
幸い、この悲惨な状況も長くは続かなくて、また生活が回り始めたわ。大嵐の後は晴天になるものよね
あの悲報から1カ月後、ユウコはある巡り合わせで以前の仕事を辞め、ずっと憧れていた玩具会社に入社した
今日から一緒に働く新人よ。これから、カエルちゃんの宣伝漫画を担当してもらうわ
お噂はかねがね!前にあなたのカエルちゃんの漫画を見たことがあるの。一緒に働けるなんて嬉しいわ
あ、ありがとうございます……まさか社内の人が見てくれていたなんて……
実は先週見たばかりなんだ。こんなに早く入社するとは思わなかったよ
最近うちの会社で、カエルちゃんに宣伝費をもっと投入しようという話になって。で、ある人があなたの二次創作漫画をうちのマーケティング部に紹介したの
そうでしたか……よろしくお願いします
さて、全員揃ったし、チームの次の目標について話すわ。皆も知ってのとおり、カエルちゃんは長年販売されているけれど、愛好家はごく一部のファンだけよ
まあ、この見た目ですし……
そんなこと言わないの。市場には奇抜でブサかわなぬいぐるみはたくさんある。魅力あるストーリーと効果的な宣伝次第では、売り上げがアップするはずよ
ニッチ路線は個性が命よ。カエルちゃんは、可愛いだけのぬいぐるみよりも記憶に残りやすい。その個性を嫌うんじゃなく、強みにして活かさないといけないわ
でも、カエルちゃんはそこまで奇抜って感じでもないですよ。中途半端というか……
そんな議論を今しても仕方ないわ。それより、新人も交えて皆でしっかりカエルちゃんの宣伝を練っていきましょう
モナはキッパリと同僚の言葉を遮った
業績や年末ボーナスに影響する大事なことなんだから
先輩はさっさと会議室を出ていった。その時、ユウコはこの会議室で「カエルちゃんのマーケティング部に入った」ことを喜んでいるのは、自分だけだと気付いた
それでも、彼女は突然巡ってきたこのチャンスに喜んでいた。給料は前より少し少なくなるが、予期せぬトラブルも減るし、家計に回す余裕もできた
何より好きなキャラクターたちに囲まれて働くことは、彼女にとってこの上ない喜びだった
喜ぶべきことに、彼女の納税額は「普通」の数字に達した——低所得者支援を受けたり、賠償金の返済に追われる「お荷物」ではなく、ついに社会に貢献できたのだ
同僚たちの助けで、ユウコは多くのイラストやマーケティング技術を学び、皆と一緒にカエルちゃんの新デザインを宣伝し、更には多数のチャット用スタンプも制作した
まだ大きな成果は出ていないものの、やる気に満ちていたユウコは、努力を続ければいつか必ず目指す成果が得られると信じていた
ユウコ、昨晩も会社で徹夜したの?
ええ、すみません……今回のスタンプの表情が納得いかないので、もう少し修正したくて
体には気をつけなさい、健康こそ一番大事なのよ
はい、これが終わったら寝ます。ありがとうございます、モナ先輩
…………
彼女はこんな穏やかで楽しい日々がずっと続くと思っていた。だが、それはこの平穏の裏に何があるのかを、彼女が知らなかったからだ
モナの忠告から3カ月後、ユウコは社員食堂で、隣のテーブルの同僚たちの会話を耳にした
午後にテンさんがこっそり教えてくれたんだけど、彼らの部署、また昇給するんですって
また?上半期に昇給したばかりなのに?
仕方ないわよ、彼の部署は「シニャモン」シリーズを扱ってるもの。売上もいいし、どの部署も協力してる
カエルちゃんの部署なんて3年在籍しても、何これ馬鹿にしてるの?みたいな昇給が一度あるかどうかでしょ?
…………
しかも今回の昇給は、似たような新キャラを作るためのものだって。ボスが「マシュマロをテーマにして欲しい」って言ってるらしい
そりゃ可愛くて人気が出そうだな……部署異動の申請ってできるのかな?
できるわよ、申請してみる?
…………
その日、ユウコは初めて疑問を抱いた――このまま働いていて本当に意味はあるのだろうか?
この悩みをセンに話したが、センは彼女を慰めた
もちろん意味があるわ。大多数に好かれなくても、きっとカエルちゃんと同じように自分は個性的だと思ってる人たちの心に響くはず
だからこそ、会社も力を入れて宣伝しようとしてるんでしょ?
違うわ、ボスが救済措置としてやってるだけだと思う。失敗したらそれで終わりよ
ユウコは閑散としたオフィスで、私物を片付けている同僚を見つめ、何を言えばいいのかわからず立ち尽くしていた
漫画部がこれまで描いてきた作品は、すでにデータベースに放り込まれてる。これからはお絵描きAIが担当するんですって
でも、それじゃ……ストーリーもマンネリになるし、永遠に結末にたどり着けない。カエルちゃんも四つ葉のクローバーを見つけられないまま、話が終わってしまう
別にどうでもよくない?それ
…………
部署異動の申請は通ったのかい?
彼女は無表情で首を振った
なら、早く次の仕事を探した方がいい。確か、君はおうちが大変なんだろう?
……
彼女はそのまま深夜までオフィスに立ち尽くし、端末に映るイラストや、カエルちゃんのために書かれた歌を繰り返し眺めていた
当初の計画では人気歌手に歌を依頼する予定だったが、現段階ではAIの歌唱データだ。このまま公開されることもないだろう
…………
全てがまた最初の空っぽの状態に戻ってしまった。彼女が好きなものはいつも価値が低いからと、真っ先に犠牲になる
彼女は姉に未来を犠牲にして欲しくないのに、何もできないまま、姉がその道を選ぶのをただ見ているしかできなかった
彼女は会社にカエルちゃんを見捨てて欲しくないのに、何もできないまま、カエルちゃんが見捨てられるのをただ見ているしかできなかった
これからも、ずっとこうなのだろうか?きっと、また同じだ。その時、彼女はどうすればいい?鏡に映る、何も取柄のない自分をどうやって許せばいい?
ユウコは答えを見つけられないまま、無言で自分の荷物をまとめて帰宅した――母親とセンが住む公共宿泊施設へ
ユウコは初めてビデオ通話の小さなフレームに切り取られていない、彼女たちの生活環境を実際にその目で見た
世界政府が医療や食事を手配し、簡素な家庭用ロボットまで支給されているとはいえ、公共の宿泊施設では他人とのさまざまなトラブルが絶えない
センの顔や肩、胸元には目立つ痣があり、バーでの仕事の状況を無言で伝えてきた
……これからどうすれば……
母親は弱々しく呟いた
ユウコは絵が好きなんでしょう、それなら絵を学びなさい……勉強するなら、最低保障も申請できるから
ううん、私も近くでパートの仕事を探すわ。まずはセン姉さんを休ませないと
…………
セン……そうね……
…………
そこまで話すと、ユウコはうなだれた。しばしの沈黙の後、再び口を開いた
……その翌日、母は自殺した。宿泊施設のセンの傍らで……
体は不自由でほとんど動けないし、少しでも音を立てたら姉さんが起きてしまう。母は一体どんな気持ちだったのか……私にはどうしてもわからない……
……ティッシュをコップの水に浸して、それを何枚も自分の顔に被せたの。それを手で押さえ……そのまま息を……
遺書は、母の端末にほんの数行書かれていただけだった
母は、生命保険の保険金と、「自分に束縛されない自由」を私たちに残したかったの……
センには、公共の宿泊施設から遠く離れて、ふさわしい仕事を探して欲しいと
…………
葬儀の後はセン姉さんはほとんど連絡をくれなくなった。メッセージを送っても返信は少ないし、今なんて、姉さんがどこにいるのかさえわからない
彼女は自嘲するように小さく笑うと、深く息を吸い、ビールをゴクッと飲み干した。まるで、隠している悲しみも一緒に飲み込もうとするかのようだった
黄金時代のことを語れと言われても……私には、この輝かしい時代にこんな「朽ち木」が誰にも顧みられず、世界政府の福祉頼りで日々をどう生きながらえたのか、しか話せない
価値がなければ、会社の判断で「犠牲」やお蔵入りになる商品は山ほどある。どんな業界でもね。下の階のファストフード店だって、たくさんのセットが「犠牲」になってる
たったひとつの失敗で坂を転がり落ちていく家族だって、たくさんいるわ。具体的な内容が少し違うだけ
私の経歴がひとつのパターンなら、この街の50%の人と99%の会社には当てはまるはずよ。彼らはきっと「馬鹿にされた」とか「皮肉だ」と感じるかもしれないけど……
だけど本当は、ありふれたこと……こんなことはあまりに普通で、あまりによく起きすぎてるの
さあ、私の話はもう終わり。こんな話、本当に面白かった?
…………
――彼女は何も言えなかった
ただ、この「朽ち木」の物語の中にも、いくつもの「犠牲」があることを感じ取った
母親は子供のために我が身を犠牲にし、会社はより価値のある商品のために、儲からない商品を犠牲にする
そういったやり方で、人類は本来到達することのできなかった目標に到達してきた。彼女が目もくれなかった先遣隊の隊員たちも、同じようなことを成し遂げたのだろうか?
そういえば……もし外に出ることができて、危険に遭遇するリスクがあっても災厄の元凶を倒せるとしたら、あなたは自分を犠牲にできますか?
できるでしょうね
他の人はどうでしょうか?
……多分、他の人もそうだと思う
コレドールは目の前の「朽ち木」に微笑んだ——彼女は、ユウコである実験をしてみたいと思った
実は、あなたに隠していた秘密があるのです……
秘密?
はい。もしかして数日後、あなたが見たことのないふたりの人が突然コンステリアに現れるかもしれません
……そのふたりこそが、この災厄をもたらし、あなたたちをここに閉じ込めた張本人なのです