Story Reader / 本編シナリオ / 31 メタモルフォーゼ / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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31-8 何をもって「蝶となる」

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D7ツイン展望ビル21階

目の前の異合生物を片付けたあと、センは背負っていたユウコを下ろして息をついた

あと14階上がれば、最上階の展望ブリッジです。ここで少し休みましょう。ユウコの傷口の血が止まらない

彼女はユウコの腹部の傷を調べつつ、周囲の様子も警戒していた

…………

その呼び名を聞いて、彼女は少し怪訝な様子で顔を上げた

感謝しているなら、まずはこの状況を説明してもらえますか。どうやら、私よりずっと詳しそうですし

赤潮や異合生物、パニシングの影響、そしてコンステリア外の状況についての大まかな説明に、ふたりは真剣に耳を傾けた

1年や2年で収まる災害ではなさそうですね

でも……災害は発生したばかりなのに、どうしてそんなに詳しいんですか?それに、どうして私を「霧島」ではなく「セン」と?

ええ。だって、それ以外に考えられる可能性はありませんし

本当に未来から来たの?じゃあ、コンステリアの現状を変えて、私たちを救えるってこと?

「鍵」はもう壊れかけです。あと2回が限界、いえ……あと1回しか使えないかもしれません

未来から来たなら、私たちが今日どうなるかも知っているはずですよね?

悪くなさそうな話ですね、その後は?

そうですか……私の犠牲で、誰か他の人にチャンスを与えられましたか?

よかった。それなら、今日も必死に生き延びないと。ここで死んだら、何の役にも立てませんから

……ちょっと……姉さん……

何も驚くことじゃないでしょう。母さんもそうだったし、母さんに育てられた私たちだって同じ。あなたの傷を見てすぐにわかった

追い詰められた人にとって、犠牲は誇りでもある

コンステリア

地下6階

地下トンネルを満たす赤潮に浸かったルシアは、方向を見失っていた。高濃度のパニシングで感覚が麻痺し、彼女は潜入前に確認した方向だけを頼りに、深部へと進んでいた

何度も妨害に遭い、見慣れた赤い影が軽々と波を裂き、殺意を帯びた矢のように迫ってきた

コレドール!!

身を翻し、ルシアが振り下ろした刀の「ギィン!」という金属音が辺りに反響する。コレドールは後ろへ飛び下がりながらも大鎌を振りかざし、軽蔑の笑い声を漏らした

赤潮の中、ふたつの刃がぶつかって押し合う。その鍔迫り合いは鋭い耳鳴りのような音を長々と響かせていた

同時に聞こえるのは共振と反響の音、そして繰り返される衝突音だ

最後には、沸き立つ赤潮が全ての鋭い音を呑み込み、重苦しい宣告へと変えた

「果実」の残留物がやっと取り除けました。もう手加減はしません

鎌が構造体の頬をかすめ、その鋭い光がルシアの緋色の両目に反射した

傷口から飛び散った循環液はその速度で細い糸となり、すぐに無限に広がる赤潮へと溶け込んでいく

邪魔です!

スラスターが眩しい炎を噴き出し、ルシアの瞳孔がギュッと収縮した。コレドールの猛攻を刀で弾き返し、相手が残像を置いて後退した瞬間、一気にコレドールに詰め寄る

高く振り上げられ、水流を切り裂いた刀が一帯を明るく照らし出した

指揮官を見捨ててまで、それほど異重合塔へ戻りたいのですか?

ルシアは答えない。刃の光は嵐のように空気を震わせ、細かく砕けた水は、傷口が癒えて塞がるように素早く繋がる

深部へと落ちていくほど、赤潮の圧力は更に強くなった

刃が交わった瞬間、コレドールの姿は崩れ落ちるように分散し、嘲笑を残して消えた。敵が再び消えたのを見たルシアは体勢を整え、更なる深部へと急降下した

しかし、赤潮の流れはすぐに新たな人型の輪郭を作り出し、またしても大鎌がルシアの背後に迫った

私がここにいるから、あの指揮官は安全だと思っているのですか?

凶暴な殺意が瞬時に構造体の感覚を襲い、背中に搭載した機械装置が緊急警告の赤い光を放った

炎を絶え間なく噴射して、ルシアは素早く敵から距離を取った

コレドールは今度はすぐに追撃せず、手首を返して鎌で大きく弧を描くと、あおむけのまま重力で落下していった。その顔は、依然として眩しいほどの笑みを浮かべている

さあ、見せてください。この数日、異重合塔を引き裂いて絞り出した<phonetic=赤潮>血</phonetic>が、コンステリア全てを呑み込めるかどうかを!

……!

急降下していたルシアは突然ピタリと動きを止めた。左手に瞬時に刀が形成され、彼女は体を捻りながら2本の刀を前に構えた。真上にいるコレドールの顔を影が覆っている

渦巻く赤潮がコレドールの大鎌の切っ先に絡みつく。先ほどルシアが刀を高く掲げたのと同じように、その人型異合生物も武器を振り上げた

「ガァン!」

ぶつかり合う攻撃が2本の刀を震わせ、大きな音とともに防御が崩れた

大鎌の尖った刃がルシアの胸に獰猛な傷を刻んだ

精密な機械組織が破壊され、体内から飛び散っていく

どうやら、今日があなたの最後の日のようですね……

ルシアは刀の柄を強く握りしめ、コレドールの顔をしっかりと見据えた

鳴りやまぬ残響は全て、赤潮の絶え間ない咆哮にかき消された

D7ツイン展望ビル33階

重傷を負ったユウコを交代で背負いながら、ふたりは休む間もなくビルの階段を上り続けた

もうすぐ最上階です

背後では、荒れ狂いながら階段を這いのぼる潮水の音が響いている

……赤潮ももうすぐ最上階までやってくるわ

反響の中からかすれた咆哮が聞こえ、前方の壁がバリバリと裂けた。巨大な異形の爪がその裂け目に深く食い込んでいる

再び咆哮が響き、異合生物は怪我人を背負うセンめがけて飛びかかった

「バァン!」

異合生物は甲高い鳴き声を上げて倒れ、しつこく追いかけてくる潮水の中へ落ちていった

再び2発の銃声が響き、道を塞いでいた異合生物は撃たれて両側に転がり落ちた

赤潮は異合生物を食らい、溶かし、じわじわとこの高層ビルを蝕んでいく

生存の道は上へとどこまでも続き、終わりがない。足音だけが、階段にこだましていた

武器を構え、狙いを定め、引き金を引く

銃声とともに、また1体の異合生物があっという間に消え去った

続けざまの銃撃で両腕が徐々に痺れ始めている。心の中では残弾数と脱出までの距離を計算していた

左側の壁が突然ガラガラと崩れ、ひときわ強大な怪物が爪を振りかざして襲いかかってきた

銃に嚙みつこうとする真っ赤な口に銃口を向け、1発撃ち込んだ

正面から迫る敵に退路はない。その勢いを利用し、敵の首に鋭く光る刃を突き立てる

熱い血が人間の顔に飛び散り、異合生物の頭は胴体から千切れて転がり落ちた

セン姉さん!

センは道を塞いでいる頭を失った異合生物の体を蹴り飛ばした。片手で背中の負傷者を担ぎなおし、もう片方の手で指揮官の腕を掴むと、押し寄せる赤潮から引き離す

アドレナリンがドッと分泌され、その作用で両足が勢いよく回り出す

疲労感が瞬時に消え去った。リロードし、狙いを定め、引き金を引く。銃口から滑り出る弾丸が、敵の体を貫いていく

弾丸が空を切り裂く音、怪物の悲鳴、ヒステリックな甲高い咆哮、そして背後から押し寄せる、鼓膜を破らんばかりの潮の音

それらは壮大で激しく昂る舞曲となり、ビルの透明なガラスは、その逃亡者たちの踊りを無言で見つめている

最上階の扉を出れば、展望ブリッジに出られます

――この言葉は希望に満ちたものではなく、むしろ窮地へのカウントダウンだった

……もし赤潮が展望ブリッジを越えたら、どうなるの……

ありません

じゃあ……どうするのよ?

手元に目をやり、カイウスが渡した箱を見つめた。その中では、異合生物らしい質感のある「果実」が、脈打つように動いている

全てうまくいけば、この果実はコレドールと一体化して切り離せなくなるの。私がそれを利用して彼女を抑えれば、彼女は赤潮を自由に操れなくなる

ただ……

異合生物を飲み込んだあと、結末に耐えられる人間はいない

命を賭けるしかないのか?

「鍵」はもう壊れかけです。あと2回が限界、いえ……あと1回しか使えないかもしれません

後ろ!気をつけて!

振り返ると、数体の異合生物が赤潮の中から巨大な爪を伸ばし、出口に向かって這い上がってきていた

突撃してきた異合生物たちは叫び声を上げながら、次々と赤潮へ沈んでいった

しかし、とっさに攻撃を避けようとしたセンがバランスを崩し、階段から転げ落ちてしまった

赤潮は急速な拡大を続け、あと一歩の距離まで迫っている。転げ落ちたセンの足は不自然な角度に曲がり、自力で立ち上がることができないようだ

死が迫る中、センはもがきながらも必死に立ち上がると、本能的に両腕を伸ばして妹を上へと押し上げた

ダメ!私が姉さんを引っ張るから!

必死で体を起こそうともがく彼女の腹部の傷からは、とめどなく血が流れ出している

心臓は狂ったように脈打ち、喉から出る声も震えている

ふたりに手が届くより先に、無数の暗い色の蝶がふたりの背後から湧き出した

赤い蝶

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蝶は軽やかに波を越えてユウコの耳元に舞い降り、あるかなきかの小さな囁き声で主人からの命令を伝えた

………………

そして、脅迫するかのように――

……うっ!

蝶の口器がセンの肩に突き刺さり、鮮血が筋になって流れ落ちた

なんとかセンを引き上げ、展望ブリッジの扉の前まで移動させた。一方ユウコは階段に座り込み、まるで死を迎え入れるかのような表情で赤い蝶たちを見つめていた

…………

しかし、赤い蝶はユウコを避けて、自分とセンの方へと一直線に向かってくる

その言葉でユウコはハッと我に返り、傷口を押さえながら何とか立ち上がると、赤い蝶たちの視線を集めるようにして最上階の出口へと駆け出した

――3人は、行き止まりとなる最上階へと足を踏み入れた

夜は依然として暗く、風のない展望ブリッジの上では無数の赤い蝶が舞っていた。それは下方に広がる紅潮と同じように、すぐ近くまで迫っている

蝶たちは無闇に攻撃を仕掛けてはこない。3人がどんな末路を迎えるのかを、見届けようとしているかのようだ

……結局、行き止まりに追い詰められた。もう、死は避けられないのかもしれない

朦朧としながら、自分はすでにあの終わりのない反転異重合塔にいて、今と同じような逃亡と殺戮を経験している――そんな感覚に陥った

しかし、どんな惨劇の結末を迎えようが、傍らには必ずルシアの姿があった

最初の内は彼女も取り乱していたが、次第に冷静に対処できるようになっていった

それでも、その瞬間が訪れると、彼女の顔にはいつも悲しみと怒りが満ちていた

ルシアは今どこにいるのだろう?反転異重合塔に入ったのだろうか?時間を塔に入る前に戻せるのだろうか?

もし、反転異重合塔の時間がここと連動していないなら、自分は塔に引き戻され、コンステリアはこのまま赤潮に呑み込まれ続けるのだろうか?

あれこれ考えることで気を紛らわせようとしたが、どうしてもその最悪な推測を振り払えない

――ルシアはまだ戻れるだろうか?

無意識にカイウスから託された「果実」を握りしめた。これを食べれば必ず死ぬ。しかし僅かな確率だがコレドールを抑え込めるかもしれない、と彼女は言っていた

今、もう逃げ場はない。いっそ、ここで……

ユウコ!!

彼女の声にハッと目を向けると、ブリッジの端にうずくまるユウコの周りを無数の蝶が舞っていた。まるで彼女を脅迫しているかのようだ

……来ないで、私はもう――

赤い蝶

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彼女は突然言葉をグッと飲み込むと、その代わりに涙を溢れさせた

そう話しかけながら、短刀をしっかり握ってゆっくりと彼女に近付いた。しかし彼女は震えながら首を横に振り、目の前のふたりを交互に見た

数発発砲し、彼女のすぐ側にいた蝶を撃退したが、すぐに次の一群が群がってきた

こちらの意図を察知した蝶たちは次々とユウコの体に舞い降りた。一瞬の間をおいて、1羽の蝶が彼女の目に口器を突き刺した

キャアアアッ!

激痛に耐えられなくなったユウコは顔に止まった蝶を手で掴み、無理やり引き剥がしたが、その手もあっという間に爛れ始めた

私のことはいい、もう構わないで……お願い……!

……それでも赤潮は来るわ。この蝶だって見逃してはくれない!

短刀で道を切り開き、展望ブリッジの端にいたユウコを引き寄せた

チャンス……?

そう話す途中で、胸に激しい痛みが走った

ユウコが握っている材質不明の長い針が、自分の心臓に刺さっていた

……ごめん……なさい……ごめんなさい……!!

君たちのチームが今回の模擬救出任務で失敗した理由がわかるか?

過去の記憶が走馬灯のように脳裏に浮かんだ

これで十分でしょ……コレドール!

あの指揮官も、役立たずの「朽ち木」たちに足止めされるでしょうね

彼女を見逃してくれるんでしょう!?

ブリッジの上を舞っていた蝶たちは、この終焉の悲鳴に応えるようにして一斉に飛び去った

ごめんなさい……ごめんなさい……命で……償うから……

かすむ視界の中で、彼女は再び長い針を手に取った

ユウコッ!!

破れた肺から流れ出る血が口や鼻から溢れ、すでに呼吸が困難になっていた

座って止血を……

センを押しのけ、ふらつきながら展望ブリッジの端で崩れ落ちた。赤潮はもう手の届くところにまで迫っている

この時、全員が絶望的な状況だった

「鍵」はもう壊れかけです。あと2回が限界、いえ……あと1回しか使えないかもしれません

……だったら

これに賭けてみるしか……

体が震えるほどの痛みをこらえ、ポケットからあの果実を取り出し、喉に溜まった血ごと飲み込んだ

そして、目の前の赤潮に――

――そのまま飛び込んだ

どれだけの時間が経ったのだろう。波の音は次第に遠ざかっていった

雪が降り始めたようだ

どう動いても自分の輪郭が感じられない。意識は水の中を漂い、自分自身すら水になったように思えた

そのまま長い間漂っている内に、散り散りになっていた五感が次第に集まり始めた

そして情報を「感じ取れる」ようになり、それによって「目の前」の景色を描き出せるようになった

現在の時間は2161年1月2日、コンステリアに来て3日目

遠くに立つカイウスが、植えつけた「果実」で、コレドールの能力を抑え込んでいる

困惑したコレドールは自分の体を何度も確認した。彼女は、なぜ赤潮が引いていったのか理解できないでいた――そう、赤潮はすでに引いていた

よろよろとした足音がツインビルに近付き、その足音は街道で立ち止まると、誰かが膝をついた

彼女が赤潮の中から引き上げたのは、ボロボロになったコートだった……

……ルシアだ

ルシア

……指揮官……

彼女の声も指先も震えている

ルシア

……私たちには……こういう結末しかないのでしょうか?

…………

また彼女にこんな表情をさせてしまったのだろうか?

また全てを彼女ひとりに背負わせてしまったのか……

ルシア

私たちには――

この選択肢しかないんですかっ!!!

胸が張り裂けるような悲鳴の中、ひと筋の鮮やかな赤い色が、無言で蝶の隊列に溶け込んでいった

――奇跡と夜明けは、いまだ訪れない