長い旅路を経て、小さな難民集団はようやく安全な可能性が高い場所へとたどり着いた
薄暗い森に差し込む明るい陽射しが、全てを美しく幻想的に見せている
ふぅ……キャンプを設営しようか!
1台目の車が止まり、エンジンの音がやんだ。その静けさは彼らにとっては束の間の平穏の象徴でもあった
ムーアやゲイリーに会えるのかな……
簡易テントを忙しく設営しながらも、エレーヌは少し落ち込んだ様子だった
大丈夫だよ。この十字路で会えなくても、次の十字路があるんだから――
……うん!
リシィの笑顔は不思議と難民たちに勇気を与え、彼らが前に進む支えとなっている
……ルシア、周囲の状況はどうですか?
今のところは安全です
ああ……よかった。重症の何人かは、これ以上の移動が厳しそうだったので
重症の人たちは少し休ませないと……
彼女の言葉の最後は、小さなため息にかき消された
このキャンプ地が十分に安全な避難所だとは、誰にも保証できない
方向を少し修正しました。清浄地まではまだ距離がありますし
何とかたどり着ければ問題ないのですが
そうですね……私はもう一度負傷者の様子を見てきます
幸い彼女たちは多くの物資を持っており、避難中にその一部を失ったとしても、この小さな難民集団が清浄地へ到着するには十分な量だった
ふあぁ……こんなに気持ちいい日向ぼっこは久しぶりよ
ねえ、ルシア、この間はあまり話せなかったけどさ……空中庭園にも日光ってあるの?
ええ、天気のシミュレーションシステムが空中庭園全体で稼働しています
「シミュレーションシステム」?
そんなのなんだ、地球の太陽ほど気持ちよくはなさそうね
彼女は両手を伸ばし、ぐーっと伸びをした
そのシステムは……
一瞬、ルシアは空中庭園で「太陽」がどんな風に照っていたのか、思い出せなくなった
空中庭園の太陽も、地上の太陽とまったく同じはずなのに、今顔を上げてみると……
心理的なものかもしれないが、地上の太陽は空中庭園の「太陽」より、眩しく、温かく感じられる
優しい陽光がバイオニックスキンの表面を温め、彼女は久しぶりに、自宅の小さな庭で過ごしていた時間を思い出した
あーあ、マイカにもこの太陽の光を浴びさせてあげたいなぁ
マイカ?
うん……私の親友なんだ。最ッ高――の親友!
彼女は森全体を抱きしめるように、大げさに両腕を広げた
そうでしたか……
……違う違う!別にマイカは死んでないって!そんな顔しなくていいよ!
彼女は空中庭園に行ったの。保全エリアにいた時は、おばさんの実験を手伝ってたわ
そのおばさんってのが空中庭園の教授でね、マイカの才能を高く評価して、空中庭園で研究を続けられるようにって特別に申請してくれたの
おばさんは私も一緒に連れていってくれるって言ったけど、構造体じゃないとダメだって……なんとかポリマーの適応性チェックで、マイカは合格したけど私はダメだったの
怒ってじゃあ行きたくないって言うマイカを、私がなだめたんだ。向こうにはもっといい研究設備があるし、彼女が望んでいることを私は知ってたし
誰かは留まり、誰かは私たちの未来のために戦わなきゃいけない
それに、保全エリアでなら連絡は取り合えるしね。マイカは出張の名目で、保全エリアまで会いに来てくれたこともあるんだ~、ふふっ!
あっ……そういうのって、許可されてたよね?あの、マイカに迷惑はかけたくないから……
ええ、問題ないはずです
空中庭園は地上の住民との接触を禁じてはいないし、地上への思いを断ち切ることができる者などいない
あはは、よかったぁ!
彼女はニカッと屈託なく笑った
でも、ちょっと残念だな。マイカはこんな日向ぼっこじゃなくて、人工の光なんだ……
すごくいい森よ、ここ。こんな時でも野草がしっかり生い茂っているから、きっと近くに豊かな水源があるはず
ここで数日でも多く過ごせたらいいな。以前なら、きっと私たち、この辺りに長くいたはずだよ……
彼女は後方で忙しそうに動く人々を見つめた
1台目の車が停止してから、難民たちはこの狭い土地で一時的に生活できる環境を整え始めた
簡易テントはすでに設営され、難民たちは談笑しながら手際よく汚れた衣服を荷物から取り出し、洗濯をしに行った
連日の移動で積もった埃や塵は振るい落とされ、ようやく休息を取れた負傷者は、心地よい太陽の下で深い眠りについた
まるでこの一瞬だけ、時間の流れが突然穏やかになったようだ
うーん、すごくいいね
これが生きてるってことよね
指揮官、空中庭園に戻られてしばらく経ちますが、そちらの進捗はどうですか?
最近、通信状況がますます悪くなって、もう毎日の定時連絡が難しくなっています。今はこの方法でしか任務を記録できません
端末にロードされた地図によれば、私たちはすでに清浄地の端に近付いているはずです
ですが、ここから100km先で再び赤潮の痕跡を発見しました
リーフが長時間をかけて赤潮の移動パターンを計算してくれましたが、依然として何も答えが出ません
数日前、リシィ……この難民集団のリーダーが、できるならここにしばらく留まりたいと話していました
彼らは、ここが清浄地に近く休養に適した場所だと思っています。幾度もの避難で大きな損失を受け、彼らには一時的な休息が必要です
赤潮のことを彼らにどう伝えればいいか、私にはわからなくて……きっと指揮官なら、何かいい方法がおわかりでしょうね
赤潮との距離を考えれば、今日か明日にはここを離れ……進み続けなければなりません
短い映像を記録し終えたルシアが端末を閉じた時、リーフが慌てたようにやってきた
ルシア、状況はどうでした?
赤潮の満ちる速度が予測できないので、今日か明日にはここを離れないと。心配なのは……
……
背後の賑やかなキャンプを見て、リーフは黙り込んだ
当たり前のように「生活」と「生存」だけが選択肢となる今、赤潮に追われる人々に拒否権はなかった
そう、彼らは選択しなければならない
……私たちは、西側の保全エリアから逃げてきた難民も新たに受け入れています
彼らが組み立てて作った2台の車は辛うじて動きますから、負傷者全員を乗せる余裕は十分あります
これはいい知らせですよね
彼女は無理やり笑顔を作った
その難民の中に、保全エリアの観測所から逃げてきた観測員がいるのですが、彼は空中庭園に提出するために、異災区に関する重要な資料や器材を持ってきたそうです
その人の身分証を確認したところ、確かに観測員の記録があって……
ちょっと――喧嘩はやめてってば!
キャンプの入口で起こった騒ぎが、ふたりの会話を遮った
どうしたんです……何があったんですか?
この器材と資料は絶対に持っていかなきゃならないんだ!
どうしてこれの価値がわからないんだ!?これは……
……ふん、言ったって無駄だな。どうせあんたらには理解できまい
彼は、見下すような目で怒る難民たちをジロジロと無遠慮に眺めていた
お前のその大荷物をどかせば、あと4、5袋は荷物が置けるんだ!
干し草やレーションや種、それに汚染されてない土の方が、そんなガラクタよりずっと大事だ!
そうだそうだ!あの大量のガラクタを捨てれば、もっとスペースを確保できる!
あんたらのゴミとこれを一緒にするな!
あんたらに何がわかる!これがどれほど貴重なものか、わかっているのか!?
大切な食糧がゴミだって!?
背の高い難民が袖を捲り上げ、観測員に殴りかかった
――喧嘩はやめてっ!
リシィはふたりを素早く引き離すと、眉をひそめて腕を組み、研究器材を守る観測員に目を向けた
もう。あなたも彼らと一緒に逃げてきたんでしょ?どうして仲間内で喧嘩するの
……こいつら、恩知らずだ!私は修理した観測所の車で、こいつらを乗せて避難することに同意したんだ。なのに今は私の器材と研究記録を捨てさせようとする!
私が車を修理したのは、この研究記録と器材のためなのに!
観測員の行動が不満だとばかりに難民たちは顔をしかめていた
助けたのなら最後まで責任を持て!食糧も種も、お前だって食べてるだろう!?
そのガラクタを捨てていれば、少なくとも2倍……2倍の食糧を持ってこれたんだ!
食糧こそ生命線だろうが!あんたのそのガラクタと貴重な紙屑なんざ、こんな時にはただのお荷物でしかない!
……
観測員は黙り込んだ。それでも背後の研究器材と山積みの資料を守って、頑として動こうとしない
はぁ……で、あなたたちどうするの?うちのキャンプにしばらく滞在する?それとも……
リシィ……
ん?どうしたの?
リーフの合図でリシィは会話を中断し、リーフとともにテントの後ろへと向かった
ルシアがここから100km先に、赤潮の痕跡を発見したんです
……時間はどのくらいある?
今日か明日には、ここを離れなければなりません
……
わかった
しばし黙り込んでいたリシィは、再び笑顔を見せた
時間がないわね。ルシアにお礼を伝えてくれる?あなたたちがいなかったら、私たちはグースカ寝ている間に赤潮に呑まれてたところよ。ほんと助かったわ!
彼女は遠くのルシアに向かって親指をグッと立てた
安心して。私が……早く荷物をまとめるよう、皆に言うから。今晩には出発できるようにする
残念、いい場所だったんだけどな……
彼女は名残惜しそうに周囲を見回した
確かにここは居住地としては素晴らしかった。野草が茂り、周囲に豊富な水源がある。地形も開けており、農地を開拓するにも最適だった
十分な資源もあったため時間さえ許せば、彼らはこの地に小さな居住地を作ることができるはずだ
この短い期間にも、難民たちはキャンプ地の周囲に垣根を作り、可食植物を選んで植え替え始めていた
ここは彼らが選んだ新しい家になるはずだったのだ
リシィからの通達を聞いた難民たちは、全員言葉を失った
ママ……私、ここを離れたくないよ……
私が植えたばかりの種が芽を出したんだよ。名前だってつけたのに……
ここが私たちの家になるって、そう言ってたじゃない……
子供の悲し気な泣き声が伝染したように、キャンプ内の低いつぶやきが徐々に消え、代わりに沈鬱な静寂が広がった
もがき続けるしかないこの時代で、泥と硝煙に塗れたこの世界で、人類に後戻りは許されない。彼らはひとつ、またひとつと「家」を失っていった
他に一体どんな方法があるというのだろうか?
――はいはい、お涙タイムは終了!
どこから見つけてきたのか、リシィはボロボロの鍋の蓋を持って車の上に立ち、ガンガンと叩き鳴らした。騒々しい金属音が一瞬でキャンプ内の陰鬱さを一掃する
ここに留まってこの土地ごと赤潮に呑まれるか、私と一緒に次の家を探すか、皆、自分で選んで!
皆が一緒にいさえすれば――
どんな場所だって、新しい家になるの!
リシィが鍋の蓋を投げ捨てると、金属と金属がぶつかって巨大な音が響いた。彼女は車の周りにいる皆を包み込むように、腕を大きく広げた
前のリーダーが言ってたことを覚えてる?悲しみに立ち止まって泣くのは、一番無駄なことだって!
ほらほら、早く!準備して!今回は幸運なんだからね!あの怪物より先に動き出せるんだから!
そうよね、もしルシアさんの警告がなければ、また赤潮に追いつかれていたかも……
それに今回は、全員一緒に避難できる
不安と恐怖で互いに身を寄せ合っていた難民たちが、小声でざわめき出した
彼らが質問したり泣き出したりするより先に、ゲミーラは人だかりから離れ、足を引きずって自分のテントへと向かった
さあ、早く荷物をまとめよう。もう片方の足も赤潮に食われちまうのは御免だからな
そうね。またあの恐ろしい怪物に追いかけられるのは嫌だわ……
リシィが悲しみに沈んだ空気を吹き飛ばした結果、難民たちはブツブツ言いながらも荷造りを始めた
選択肢がひとつしかない中でも、人類は生を渇望する
なぜなら、生きてさえいれば、更に多くの奇跡が起こるかもしれないからだ
ほっ……今回ばかりはうまくいかないんじゃないかと、ヒヤヒヤしたぁ
リシィは車から飛び降り、不安を鎮めるように胸をさすった
リシィは怖いもの知らずだと思ってたけど
えー、私だって怖くない訳じゃないわよ
私がやってこれたのは、前のリーダーの支えがあったからだし、その次はマイカが支えてくれたし
それにエレーヌ、あなたもいる。皆がいなければ、私はどうすればいいかわからなかった……人はどんどん増えて、私の言葉を聞いてくれる人ばかりじゃなくなってきたし
そこで!あなたに「よりよい明日のため戦場の救援はお任せ!万物を照らすサンシャインチーム」に正式加入してほしいんだけど、どうかな?
……誰がそんなヘンテコなチームに入りたがるっていうの!
どんなに道が曲がりくねっていようとも、彼らは確実に再び歩き出せる
恐れや不安は消えないが、少なくとも彼らにはまだ前進できる道が目の前にあるのだ
これで本当に大丈夫……?
ええ。ほら、私のこの小さな苗を見てください。こうやって育っているでしょう?空の血清瓶にこうやって苗を植え替えれば……
苗は育って、ずっと清浄地に着くまで応援してくれますよ。着いたら、光をたっぷり浴びられる広いお庭に植えてあげてね
うん……そうしたら、お話に出てくるような真っ赤な実をつけてくれるかな?
うん、きっと実がつきますよ
夜の間に、人々はひと時を過ごした「家」を後にした
リシィの車の中には、血清瓶に植え替えられ、人間たちとともに暗闇の旅路へと出たふたつの苗が乗せられていた
ヴィクトリア
前に話したことを覚えているか?
覚えています、お祖父様
「お前の一生と、我々がお前のためにした苦労を覚えておくんだ」
「今はお前が義務を果たす番だ。私がお前に望んでいることを忘れるな」
「我々に富を与えよと、神に訴え」
「我々に獲物を与えよと、神に乞い」
「我々が与えた食べ物や娯楽、健康を思え」
「そして今……」
「恩を返す時が来た」、ヴィクトリア
研究の進捗はどうだ?
軍は更に進歩を見せ、実験は第2段階へと進みました。最初の「ヘラルド」たちが改造を受け始めています
ハハ……我々を見ているか?旧友よ
老人は破れたふいごのような笑い声を上げた
……お祖父様、お体を大切になさってください
問題ない、これはめでたいことだ。敬意を表そうじゃないか、明日の栄光と――
――ドミニクに