Story Reader / 本編シナリオ / 28 星灯宿す氷帝 / Story
九龍
11月9日、22:10、少し前
九龍環城地下1200m、某所
漆黑の闇の中に光と影にふちどられた高い壁がそびえ、その壁面をデータと画像が奔流のように流れている
その高い壁の前に細身の人影がぽつんとひとり、その山脈のような壁と向き合っていた
華胥、状況の報告を
現時点で……元共同体九龍環城管区内では、パニシング反応の顕著な増加は確認されていません
元九龍商会管区内と六橋港のふたつの区では、パニシング波長信号以外、一切の信号を検出できないエリアが64％になります
その出処を調べられますか？
光壁を再起動した際に、関連情報をいくつか傍受しました
光壁によって消滅した対象の内、84.2%がパニシング生物の特徴――つまり異合生物です。更に脊索動物に類似するものが35.7%、節足動物に類似するものが31%……
曲はその危うさを覚える壁に向かって、静かに華胥の報告に耳を傾けていた
戦いに次ぐ戦い。赤く光る鋼鉄の怪物に、純粋な「血肉」を持つパニシング生物
彼女の目には常に、別れ、悲鳴、死、そして無限の苦難が映っている
苦難には何の意味もない
今ある全ては、彼女が数十年前に見たものと同じだ
戦争の本質は、決して変わらない
その他、消滅した対象の内、15.7%がパニシングが無機物を侵蝕した際の特徴に合致――
残り0.1%は？
光壁を再起動するにあたって必要と思われる損失です
その者たちのデータはスキャンされましたか？
外周には中継信号を配置していません、従ってスキャンは不可能です
つまり彼らの意識データは万世銘にアップデートできない、と……
その通りです
…………
曲の前に示された数字は、兆度にも及ぶ温度の光壁エネルギーを出力した結果、自らの温度を失った数字だった
しかしこの数字の下には彼らの生きる意志があるはず――そう、たとえ彼らが死を選んだとしても
では、この「異合生物」と侵蝕体の発生場所は調べられますか？
検出された信号によれば、パニシングは全て六橋港輔城エリア外側の海域から来たことだけが判明しています
ですが生物的特徴を持つ「異合生物」の由来はまだ明らかではありません
衡璣の報告では、「異合生物」は組織性を示したとあります。戦況を見ても確かにそのようです
このような組織性の特徴を持つ異合生物のリーダーについて、現状では探知できていません
まるで目隠しをしたまま戦っているようね
その特徴に合致する存在の探知を続けます――
ジジ……ジ……
高い壁に規則正しく流れていたデータと画像が突然、華胥の声のひずみとともに乱れて振動した。だがそれは一瞬で、すぐに正常に戻った
何かありましたか
異常な高周波の侵入信号を捕捉しました。その信号が複数の解読ユニットを含む大出力だったため一時的に負荷が上昇しましたが、現在は正常に戻っています
……我々のネットワークへの攻撃はまだ続いているのですか？
はい
万世銘は？
万世銘の全セクターはパニシング及びネットワーク攻撃の影響を受けていません。地表の防護隔壁の圧力は正常です
かつ全ての機器の負荷は正常です。華胥のファイアウォールは独立したフィルターを使用し、万世銘のセクターには接続していません
負荷が大きすぎる場合は、私が以前に命じた特別な演算を停止しなさい
万世銘の安全が最優先です、万世銘の稼働を維持するための十分なアルゴリズムを確保するように
承知しました
曲様
青いデータの波動とともに、すでにデータ化された衡璣が曲の側に現れた
話しなさい
外の者たちからの報告によると、光壁の再起動後、異合生物どもは液体に近い形態に分解され、六橋港の地下に浸透したとのことです
光壁に分解されたのですか？
結論としては……そうなります
異合生物の破壊はできましたが、パニシング自体を消去することは不可能でした
華胥が指導したこの計画……失敗のようです
そのようですね……
曲の深緑色の髪は、絶え間なく流れるデータの壁の下でより色濃く見え、彼女のやはり濃く深い色の瞳には冷たい光が浮かんでいた
次の手はどうされますか、曲様
あなたはもう下がりなさい。万世銘で華胥の仕事を手伝うのです
承知しました。ですが、外の者たちは今も六橋港を死守しています
夜航船の水路も塞がれています。何か手を打たなければ――
私が対処します
…………
承知しました――
お待ちなさい
いかがなさいました？
……この災難で命を落とした全ての者の名を記録してください。行方不明者も犠牲者も全てです
承知しました
では……失礼いたします
衡璣の姿は消え、また曲はひとりになった
聞いていましたね
あなたの権限下の全演算において、現在の変数に基づき目標推演数を修正しました……
修正後の目標推演数は合計約1.75×10の45乗になります
やはり天文学的な数字になりましたね
光壁再起動前の可能性の数と比べると、10桁以上絞り込まれています
では、次の段階に
……本当にこの操作を実行しますか？
この推演目標範囲の乱数の範囲で、理想的な信頼度の推演目標に到達する確率は依然、137分の1以下です
つまり約1.75×10の45乗の可能性の中で推演目標範囲に到達しても、更に137分の1という理想的な信頼度の条件をパスする必要があります
見ていなかったのですか？グレイレイヴン指揮官、あの「首席」もここにいます
[player name]は推演変数にはなり得ません。正確な測定が不可能だからです
データの壁のスクリーンに、その人物が映し出された
かつて曲がその人間を見たのは天文台だった。その時は剣を交えただけだ
私たちがやるべきことをやるのです
その前に、ひとつ警告いたします
以前あなたが下した最高指令は、あらゆる代償を払っても万世銘の安全を保障することでした
それはあなただけではない、私自身にも下したものです
内環路の下の防護隔壁を開いたあとも、この指令は有効であると理解していますが？
そうです、華胥。無論あなただけでなく、私も同じこと
……承知しました
引き続き「あらゆる代償を払っても」、万世銘の安全を保障します
華胥の声が曲の耳元で響いたが、彼女の視線は画面の[player name]の上から動かなかった
[player name]は自爆攻撃らしき爆発を生存し、大きな怪我もせず現在は蒲牢と嘲風とともに、生存者たちを北港区へと避難させているようだ
突如現れた異合生物は九龍の地を嵐のように蹂躙し、人々の生きる希望を封じている
そのスピードはあまりに速い
多くの人々が叫び声を上げる間もなく、あの逆巻く深紅の波に呑まれていく
光壁でさえも壊滅できなかったパニシングは人という糧を無尽蔵に貪り続け、恨み言も言わずに身を抵して抗った人々が、刻一刻と消えていく
死にゆく者も生きている者も――無数の人々全てが集まっているこの場所こそが、今は世界の終わりなのだった
華胥、通信の接続準備を
杜衡はまだ生きているはず。彼女に連絡して、彼らと話をする必要があります
内環路下部の隔壁を開放し、万世銘以外の全てのアルゴリズムを民衆の保護に使うのです
万世銘に入りたい者、生き延びたい者、全てを受け入れなさい
それから、先ほどの衡璣の記録も完成させるように
……声紋指令サインが確認されました、九龍の首領
万世銘、壬戌Aから壬乙T区域内のドーム隔壁を開放
12分後、区域内のドーム隔壁の撤去と軌道架設が完了予定
55分後、進攻するパニシングが万世銘の地表防護隔壁に到達
1時間7分後、パニシングが万世銘の中央防護隔壁に到達
1時間46分後、パニシング第一波が万世銘の物理層に到達
……その後……
3時間36分後、パニシングが華胥のファイアウォールを破壊
4時間52分後、パニシングが華胥コンピューティングコアを侵蝕
6時間18分後、万世銘データ層の全セクターのロジック破壊率が50%に到達
6時間23分後、万世銘データ層の全セクターのロジック破壊率が自己診断停止閾値の90%に到達
予測上……6時間42分後には、パニシングが元共同体地表下の万世銘古都を完全に掌握
同時に、万世銘計画の失敗を宣言
命令が下された瞬間、華胥はデータの壁に不吉なタイムスケジュールをずらりと表示した
彼女はその赤い文字にどす黒く赤い血を、そして歴史、現在と未来にまでまとわりつくパニシング、血、炎を見た――
これが……
九龍の落日ね
