Story Reader / 本編シナリオ / 27 稗史刻む焔志 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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27-14 激動

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ニューオークレイ

5:00 PM

兄弟、交代の時間だ

【規制音】、遅ぇんだよ。半日も待たせやがって

相手は酒瓶を取り出し、ふた口ほどグビリと酒を飲んだ

ぷはっ、やっと飲めた~。見張りの間は飲めねえし、死ぬかと思ったぜ

ケッ、なら俺の前で飲むなっての。飲みたくなっちまうだろ

ちょっとだけどうだ?

酒瓶が目の前に差し出され、彼は勢いよく鼻で酒の香りを嗅いだ

うーん……

やめやめ

彼は名残惜しそうに酒瓶を押し返し、後悔を断ち切るためか、数歩後ずさった

見張り中は飲むなって町長からのお達しだ。余計なことをして雷くらいたくねえよ

町長の息子がいつ巡回に来るかわかんねえしな

何ビビってんだ、数日間の禁酒だろ?そんなモン、気合でなんとかなるって

相手はまた酒瓶を差し出した

ほらほら、一緒にちびっとやろうぜ。ひとりで飲んだってつまんねえし

酒を勧めたやつも同罪なんだぞ……

その途端、酒瓶はクルリと一回転して持ち主の手元に戻った

その、ほら、町長が決めた規則は守らねえとな。ビビってるわけじゃねえぞ

チッ……だがな、正直サッパリわからん。ここはボロ酒場じゃねえか、守って何になるってんだ

ゴミ拾いのやつらでさえ、ここにゃ近付かねえのによ

知るかよ、酒さえありゃ。町長が報酬さえケチらなきゃ、どれだけこの中に金を隠していようが俺たちには関係ねえ

それに、警備を増やした場所はここだけじゃねえんだ

彼は遠くの崖に向かって顎をグイッとしゃくった

あっちの入り口の警備が最近また増えた。あの「イジョー生物」を防ぐってだけじゃなさそうだぜ

イジョーって……異合生物だろ?

ああ、それそれ。空中庭園のインテリどもめ、難しい名前をつけるのが好きだからな

たぶんオブリビオンを防ぐためなんじゃね?

あいつら、数カ月前にも町をメチャクチャにしやがっただろ?

町長が止めてなきゃ、まだ何人か拐うつもりだったろうよ。ペッ!

彼は地面に勢いよく唾を吐き捨て、また酒をグビリと飲んだ

お互いに干渉はナシって約束だったのに、結局こうなっちまった

あの時の町長ときたら、顔が緑色になってよ。ケケケ……光合成でもすんのかと思ったぜ

お、お前、そんな言葉を知ってるのか?

バカにすんな、俺だって少しは学校に行ったんだ。小学校までだけど

なら、これを読んでくれよ

相手は1枚の新聞を取り出し、最上部の見出しを指した

マジかよお前、胎教も受けてねえのかよ……どれどれ……オブリビオンに死の文字はない……我らの偉大なリーダーワタナベに哀悼を……

【規制音】、何だって!?

彼が新聞をひったくったせいで酒が地面にこぼれたが、それを気にもせずじっくりと新聞に見入っていた

おいおい、もったいねえな……

何をそんな興奮してんだよ。誰かが死んだってだけだろ。このご時世、何も珍しいことじゃねえ

これ……どこから持ってきた?

風で飛んで来たんだよ

嘘じゃねえよ、本当に風で飛んで来て俺の顔にバサッて張りついたんだよ

ならちゃんと見張ってろ、俺はこの件を町長に報告してくる

彼は新聞を懐に押し込み、町の向こう側へ一目散に走っていった

おい、見張りが終わったら何て書いてあったか教えろよ!

彼は遠ざかる背中に向かって叫んだ時、背後のドアが僅かに開いていたことに気付かなかった

世界政府国立墓地

4:00 PM

ワタナベは花束を墓石の台座に置いた

父上、母上、会いに来ました

古い墓石の隣に、新しい墓石が増えていた

同じ時間、同じ場所ではあるが、弔いに来る人の顔ぶれはすっかり変わっていた

新しく増えた墓石はひとつだけではなく、小さな墓石が丘の斜面のほとんどを覆い尽くしている

あの大敗の後、世界政府は全ての犠牲者を調べ上げるのに長い時間を費やした

問題は山積し切迫していたが、それでも世界政府は彼らのために盛大な追悼式を開催した

我々が挑戦に直面していることが、彼らの犠牲を忘れる理由にはならない

真っ白な髪に覆われたハンスは、当時のテレビ演説でそう話した

しかし、ワタナベも多くの変化に気付いていた……

商店の商品が棚いっぱいに並ぶことはなくなり、その商品も店頭に並んだ途端、すぐに売り切れてしまう

人々はもや芸術などには目もくれず、ニュースや物価だけに注目するようになった

街を行き交う人々を見ることも少なくなり、見かけても慌ただしく歩く人だけだ……

アルカディア大移動として始まった計画は、大撤退――アルカディア·グレート·エスケープと改名された

ワタナベ、お前も来たのか……

バラードもずいぶん変わっていた。眉間の皺はより深く刻まれ、無意識に漂わせている殺伐とした雰囲気のせいで、以前よりも近付きがたくなっている

彼は持っていた白い花をふたつの墓石の前に置いたが、以前のように多くを語ることはもうなかった

空中部隊に配属されたらしいな?

ええ、そのために特別に設計された空戦型の機体を与えられました

お前にはその才能がある

彼はワタナベを見ることもせず、頷いた

私はずっとシンに、お前を以前の航空宇宙部隊に転属させてはどうかと勧めていたんだがな。シンは決まって「息子の選択には干渉したくない」と言っていた

ふん、若いのに、古臭いやり方にこだわりやがって

その言葉、父がある人物を評して言ったことがあります……

ほう、誰についてだ?

教官、あなたです……

バラード教官は小さな間違いすら見すごさない人だと、父が言っていました。ひとたび頑なになれば周りが見えなくなり、誰にも止められないと

バラードは墓石から視線を外し、ワタナベの方に振り向いた

彼は本当にそう言ったのか?

ワタナベは頷いた

……

ハッ、人を見る目は確かだな

共通の話題となる人物のお陰で微妙な距離感が消え、バラードの眉間の皺も少し緩んだ

機体を換えたあとも、目の色を戻さなかったのか?

まさか二度も同じミスがあった訳じゃあるまいな?

いえ、私がそうしてくれと頼んだんです。慣れてしまったし、このままでも悪くないと思ってるんですよ

本来とは違う色の瞳で、今はいない彼らに代わって今の世界を見ることができる……そんなに美しい世界とはいえませんが、いいところがまったくない訳ではありません

……過去に囚われすぎるな。ひとりが手に掴めるものは限られている

もちろん、それで足止めなどされません。彼らの存在は負担なんかじゃなく、私が前進するための原動力ですから

……

今回のゲシュタルト中枢の輸送任務、お前も参加するそうだな?

はい、私単独ではありませんが……そんなことまでご存知なんですか?

この任務に動員されるのは空中部隊だけじゃない。粛清部隊も動く

まさか……

最近の粛清部隊にまつわる噂を思い出し、ワタナベは眉をひそめた

考えすぎるな。ハイエナどものことは我々に任せておけ

ですが、時に粛清部隊は過激な手段を使うと耳にしましたが……

非常時には緊急手段を取る必要だってある。あの連中に情けはいらん

あの中枢はエデンⅡ型に輸送させるんだろう?

今は空中庭園と呼ばれていますけどね

バラード教官……我々のしていることは正しいのでしょうか?

何のことを言っている?

我々はゲシュタルトの暴走を目の当たりにし、この状況の直接的な引き金となった出来事を知っています。ですが為政者たちは隠蔽することを選びました

彼らはゲシュタルトを数カ月にわたって検査し、隔離措置を施しましたが、最終的にはこのリスクをはらんだ知能に頼ると決めた

空中庭園の運営にはゲシュタルトの支援が必要で、本当にそれはやむを得ない選択だったのだと、そうわかってはいますが

ですが……これではいつか、同じ過ちを繰り返す可能性があるのでは?

ふたりの間に長い沈黙が流れ、ようやくバラードは口を開いた

本当は、お前が徐々に自分で気付くのを待つつもりだった。だがもう、そこまで疑問に思っているのなら……

彼は小さくため息をついた

ワタナベ、ひとりの戦士が救える人は限られている。多くの人々の生死を決めるのは、常に決定を下すリーダーたちだ

戦士と違ってその立場に就く者は、背後にいる人々の生死を背負う運命にある

だから、上に立つ者は利用できるものは何でも利用し、連携できるなら何でも連携し、倒すべきものは全て倒す

その行為の是非を……今まさに渦中にいる我々がどう評価できるというのだ?

全ては歴史と未来に委ねるしかない。今の時点では、ただそれぞれの立場があるだけだ

もし、お前が目の前にあるもの以上の何かを救いたいのなら、今からよく考えておくことだ

もっと感じ、もっと考えろ。自分に何ができるか、どんな影響を与えられるかを

だが、ひとつだけ確かなことがある。戦士であれ、リーダーであれ……

声なき者のために拳をふるうと、我々は強者だ

私は……

彼は何か言いかけて、だが混乱する思考のせいでうまく言葉にできなかった

……先に、集合場所へ向かいます

結局、彼はそんな言い訳でその場を離れることしかできなかった

ああ、行くがいい

私はもう少し旧友たちに会ってくる

バラードは顔を上げ、丘の上の方まで続く墓石の群れを見つめた

墓所で待ち合わせとは、斬新だな

ふたりの軍人が墓地で会ったついでに話をする。いたって合理的だろう

いつそんな知恵をつけた?

用事があるなら早く言ってくれ

ハンスはもう駄目だ

あまりにも簡潔なひと言に、シリルは呆然とした

何だって?

昨晩、内密に病院へ運ばれた。今朝になっても持ち場には戻っていない

今は副官が指揮を執っているが、すでに多くの者が彼の行方を憶測し始めている

まさか……

バラードは首を振った

ハンスは、やつらの手口でやられるような人物じゃない

軍の総司令官という立場的にも、ハンス本人の威信的にもだ

もし彼らが暗殺で問題を解決しようとしているなら、小者に罪を着せて誤魔化せるはずもないからな

こんな状況を招いた原因はたったひとつ……

ハンスは歳を取り疲れすぎている

大移動計画が失敗してからというもの、彼はずっと常人では考えられないほどの重圧の下にいる

アルカディア·グレート·エスケープを制定する過程で、何か決断をする度に彼の心は苛まれていたはずだが、彼はそれを疑うことも後悔することも潔しとしなかった

その上、虚に乗じてつけいろうとする者たちとの駆け引きにも、エネルギーを浪費させられた

トリルドの犠牲は確かに一時的な安定と清明をもたらしたかもしれない。だが次第に悪化する戦局のせいで、不安に揺れ動く人々はますますやつらの方へと傾いた……

もはや負のループが止められない環境だ。環境を刷新しなければ変化は期待できないのかもしれない

世界政府内の雰囲気が変わっているのは、君も気付いているだろう

シリルは頷いた

もし今回ハンスが乗り切れなければ……いや、乗り切ったとて、激務の総司令官としては不適切だという声が高まるだろうな

早めに手を打つ準備が?

バラードは答えず、まだ迷っているようだった

ウィリスか?

感情的すぎる

スミスか?

まだ若すぎる、人心が掴めない

では……ニコラか?

……

バラードはすぐには答えなかった

長い思案を経て、彼は再び首を振った

今は何もかも早すぎる

我々がかけている保険を前倒しするべきだな

本気なのか?

ああ

バラードがキッと顔を上げた時、その瞳にあった一抹の迷いは消えていた

軍人をただの駒にさせないために。最後の栄光を守るために

部隊を集め始めなければ

つまり、彼らが部隊を集めてるってこと?

暗い地下室で、白衣を着た医師が小さな灯りを頼りに、折りたたまれ皺くちゃになった新聞を読んでいた

ここに眠る……嘘ばっかり!

ジ……ジャダおばさん、破らないでくださいよ。2枚拾ってくるの、大変だったんですから

おばさんって誰よ!

えっ、失言でした?

はぁ……歳を取ると性格も悪くなるわね

もう若くはないその女性は、軽くため息をついた

フィリップがいてくれたらよかったのに。彼なら構造体の治療に関しては、私よりずっと詳しいわ

だけど……

ジャダは振り返り、機械の真ん中に静かに横たわる姿に目を向けた。体の損傷自体は何度も修復され、すでに回復しているはずだ

だが、意識はいまだに沈黙していた

プリア森林公園跡の事件を含めて2度も救われたのに、私は彼の意識を取り戻すことさえできない

そ……それはジャダおば……ジャダさんのせいじゃありませんよ

それに、ジャダさんは設計もしていたことがあるって聞きましたよ。それだけできれば十分じゃないですか

はは……免疫時代を生きてきた研究者なら、いくつもスキルがあって当然だもの

私なんて最悪な部類よ、見捨てられるのも無理ないわね

相手はやけくそのように言った

えっと……その……

赤毛の兵士は、それに何と返せばいいのかわからずあたふたした

彼は思い切ってその場にいるもうひとりの人物に助けを求めた

指揮官も何か言ってくださいよ!

仮設ベッドの上に座っていた人物は、手に持っていた新聞を置いた

まだ耐えられるっていうの?

ジャダは相手の鼻を指差して言った

その人は長時間にわたる深層リンクのせいで流れた鼻血を、痩せ細った指で拭った