おい!新兵!
完全な暗闇の中で「視界」がグラグラと激しく揺れているのを感じる
意識が再び現実に戻った時、焼けつくような痛みを感じた
まさかシミュレーション中に受けたダメージがそのまま現実の痛覚として伝わっているのか?
だが顔だけがダメージを受けたわけじゃ……
ちょっ……教官、何するんです!?
聞き覚えのある声が響く。声音からするととても驚いているらしい
さっきは力が足りなかった。もう一度試してやろうかと
すぐに軍医を呼んできます。それ以上腫れさせないでください!
腫れ?
ッ……!
よお、お目覚めか?
目の前に教官の大きな顔と筋肉質な腕、そして振り上げた掌が見えた
教官、何を……?
お前がなかなか目を覚まさなくてな。もう一度「民間療法」を試そうとしていたところだ
この頰の痛みはそのせいで……?
手段はともかく効果は抜群だろう
それより、お前は戦闘スキルは悪くないのに精神力が全然なっとらんな
血が苦手か?
俺が攻撃を受けた時だよ。お前、俺が何か言う間もなく先にブッ倒れたんだ
倒れた……立っていたのは覚えてますが……うっ……
もともとあいまいな記憶ではあったが、頭をハンマーで殴られたように記憶がプツンと途切れたのは、確かに自分が血を見て気絶したからだと思い出した
頭の方は大丈夫か?
リスがどんぐりの熟れ具合を確かめるように、教官はワタナベの頭をコンコンと軽く叩いた
なんとか。それよりあの勝負はどうなるんですか?
うーむ……俺の勝ちにするにはモヤモヤする
もう一度やるか?次はイージーモードにしてやるぞ
それは御免だ、それなら教官の勝ちでいいです
ワタナベはキッパリ言った。着任初日からわけのわからない対決に巻き込まれたワタナベは、バラードの言う「規律のたるみ」や「風紀の乱れ」を身をもって体験した
やっと着いたか
車に揺られること数時間、ワタナベは新兵たちを乗せたオフロード車から降り立った
全てはここから始まるんだ……
自分の決意、父との約束、そして見つけたい信念がある
ワタナベの心は、周囲の砂のように激しく巻き上がっていた
お前がワタナベだな?
だがワタナベのその意気込む気持ちの勢いは、背後から伸びてきた腕に掴まれ、中断された
さあさあ、戦闘シミュレーションカプセルへ行くぞ
なっ、離してください!あなたは誰なんだ!?
この訓練キャンプは俺が管理してる。逆らおうなんて思うなよ
ワタナベはもがいたものの、関節をがっちり抑えこまれている。先手を取られ、そのまま戦闘シミュレーション室へと引きずりこまれた
これほどあっさり行くとはな。本当にバラードの下で訓練を受けたのか?あいつがそんなヌルい指導を?
……まず、実力はどうあれ感情に流されるな、と教わっています
次に、私はバラード教官の訓練兵じゃありません。教官は彼をよくご存知なんですか?
当然だろう、俺は……
軍医を連れてきました!
シミュレーションで誰か倒れたんですって?怪我をしたとか腫れたとか……
軍医はそこにいる教官とワタナベを見て、一瞬で事態が飲み込めたようだ
バックハウス教官、何度も言いましたよね?適応訓練前の新兵をシミュレーションカプセルに入れないでくださいって
いやあ……最近の若いやつらはVRだかARやらで遊んでるとかいうだろ……シミュレーションもそれとそんなに違わないかと
すっかり慣れてるものだと……す、すまん!もうしない!
だんだん険しくなっていく軍医の顔を見て、筋肉質の大男はすぐに態度を改めた
ふう、もういいです……新兵、名前は?記録します
ワタナベです
ワタナベ?
隣にいる新兵がワタナベの名前を口にし、その馴染みのあるアクセントから、ワタナベは相手が誰なのかがすぐにわかった
ブルースか?
こんにちは。聞こえるかな?
俺はブルース、アイレ島の出身だ
私はワタナベ、出身はベイルートだ
なんだ?お前たち、知り合いか?
偶然じゃないでしょうね。同じ訓練キャンプへの配属だったのがアルゴリズムの判断材料になって、マッチングしたのかも
ほお。そういうことなら、俺も改めて自己紹介しておくか
俺はオアシス訓練キャンプ第2分隊総教官、バックハウスだ。教官と呼んでくれ
彼はワタナベの方に目を向けた
ところで、バラードが俺のところから持ってった軍服の着心地はどうだ?