Story Reader / 本編シナリオ / 25 潰えぬ燎火 / Story
空中庭園
天気シミュレーションシステムで生成された微かな日差しが、窓から司令部の会議室へと差し込んだ
午前の会議はそろそろ終わろうとしていた。重々しい雰囲気の中、ニコラは眉をひそめながら報告書をめくっていた
で……黒野のあの実験体について、何か新しい情報は？
まだ上がっていません。地上で執行部隊が彼女を追って捜査をしていましたが、真偽不明ないくつかの目撃報告があるのみです
粛清部隊の方は？
こちらも新しい情報は何も。イサリュスたちが今も地上捜査を続けていますが
地上の状況はかなり複雑で、大規模に網を張るにもかなりの時間がかかります。すぐに獲物がかかるとはいかないでしょう
……捜査にもっと注力しろ。黒野どもより先に実験体を回収しなければならん
あの実験体の価値は、黒野が秘密裏に行っている実験関係にとどまらない
ええ……これを機にアイリスウォーブラーを再配備しては……
駄目だ。気付かれる
アイリスウォーブラー小隊の登録が残ったのは世界政府芸術協会が多方面に掛け合ったからだ。ライナの失踪を受けて、議会には離反を理由に解散させようとする議員もいる
アイリスウォーブラーを再配備させたくない本当の理由は、周知の事実だがな
ニコラは鼻を鳴らした
「コンステリア発見」が、アイリスウォーブラーの手柄であることを認めたがらない者がいることは明らかだ
ウィリスは端末の報告書をスクロールした
……ストライクホークは清浄地周縁を捜査中です。他の小隊もほとんど任務中で……
正規編成の小隊以外なら……スカラベはどうでしょう？空中庭園で待機しているはずです
スカラベのシュトロールは前回のあの任務中に失踪している
空中庭園が受信した彼の最後の位置情報は、すでに赤潮に没していた。ドローンを派遣した捜査では死体が見つからなかったが、生き残っている可能性はほぼない
軍はすでにシュトロールを死亡認定し、代わりにシュエットをスカラベに編入するつもりだ。このタイミングで地上任務を与えるのは控えた方がいいだろう
バロメッツならどうでしょう？
ノアンの機体にも異常はありませんし、バロメッツ小隊はすでに清浄地に駐屯しています
バロメッツは……黒野との関係に慎重さを要する。むやみに出動させるのはリスクが大きい。簡単な任務で清浄地外縁付近で待機させ、いつでも支援できるようにしておけ
それとコンステリアの監視映像が届いている。ライナはどうやら離反者と関係がありそうだ
万が一に備え、離反の疑いのあるライナに更なる追捕命令を出す
「ライナ」に？でも彼女の正体は……
彼女は「ライナ」でしかない
この件を空中庭園と黒野の争いとして扱えば、こちらもあの「実験体」を連れ戻す口実になる
……
とりあえずは以上だ……グレイレイヴンのルシアの様子は？
まだ経過観察中です。ですが科学理事会からはすでに異常なしと判断が下されています。後は監察院の最終許可を待つだけです
無事に許可が下りればいいが
他の議題がなければ、今日の会議はここまでにしよう。新しい情報があれば、すぐに端末で連絡を
ニコラが立ち上がってドアを開けた時、意外にも目の前に若い指揮官の姿があった。かなり長い間、その場で待っていたようだ
……シルカ？
ウィリス参謀総長殿……
シルカは丁寧に敬礼した
参謀総長、ライナについて何か新しい情報はありましたか？
残念だが、彼女に関する情報はまだない
私なら同じアイリスウォーブラー小隊として、地上での捜査ができます。それに……
シルカ指揮官、この件については何度も伝えたはずだが
ニコラ司令……
アイリスウォーブラー小隊が配備されない理由は理解しております。でもライナは……
隊員の行方を心配するのは当然だが、闇雲に動くのは愚の骨頂だ
いずれ転機が訪れる。今は辛抱の時だ
彼は一瞬立ち止まったが、それ以上話そうとはせずに自身のオフィスへ向かった
「使用中」の表示ランプが灯る会議室の外、色鮮やかなシャツを着た男が廊下の壁に寄りかかっていた。そして、会議室から出てきた女性にひらひらと手を振った
よっ、レベッカ、今日もお仕事かい？
レベッカは露骨に嫌そうな顔をしたが、大きくため息をつくといつものビジネススマイルを浮かべた
ノルマンさん、何か御用ですか？
もうすぐレベッカの誕生日だろう、プレゼントを用意したんだ。気に入ってくれると嬉しいんだがな
ノルマンはポケットから小さな美しい箱を取り出した。中には精巧に作られたイヤリングが入っていた
どこから誕生日なんて情報を……
こんな情報くらい、訊けば教えてくれるさ
グリース……何でもペラペラと……
通りかかったふたりの監察院メンバーには見慣れた光景なのか、彼らは励ますような目でノルマンに向かって頷いて見せた
確かに接触するには正当な理由といえますけど、あまりにも見えすいてません？
いつもの笑顔を浮かべてはいるが、彼女の目を見れば心底うんざりしているのがわかる
おっと、気にしなくていいんだ。これくらい我が家では、お小遣いみたいなもんだ
レベッカへの猛アタックを偽装しているせいで、ノルマン一族の御曹司がグリースのオフィスに頻繁に現れることを怪しむ者はいなかった
どうぞお入りを……グリース長官がお待ちです。次からはアポを取ることを覚えてくださいね
レベッカはため息をつきながら手中のプレゼントをノルマンに返そうとしたが、ノルマンは首を横に振った
どうかもらってくれ、これは俺の心からのプレゼントなんだ。どうあれ、誕生日は喜ばしいことに変わりないさ……誕生日おめでとう
彼の表情からそれがジョークではなさそうだと理解したレベッカは、改めてプレゼントを受け取り、その男が満面の笑みでグリースのオフィスに入るのを見送った
扉が開く音を聞いてグリースはけだるそうに目を開けたが、ある人物の登場に途端に笑顔になった
ノルマン坊っちゃんの悪知恵の多さには恐れ入るよ
でも、残念ながらレベッカ嬢はご機嫌斜めでね
とぼけたことを。そんな話じゃないのはわかってるだろう
ノルマンは笑いながら、ポケットから1枚のボロボロの紙を取り出した。そこに書かれているのは109号保全エリアの座標だ
トロイがすでに109号保全エリアに到着している。彼女はできる限り執行部隊と粛清部隊を妨害して、実験体への接近を遅らせる
グリースはその可不可を言わずに、顎をさすり続けた
ほーん……その座標の信憑性は？
我々の関係みたいに堅固で確実、ってところさ
ワハハハ……そいつぁ期待できるな
もし彼女が実験体を見つけたら、俺が手配した場所に連行する手はずになってる。だが、それはオマケみたいなもんだ。とにかく時間を稼いでくれりゃいい
お次は――そっちのターンだぜ。ただ見てるだけか？それとも……
ハハッ、お前さんが火をつけるなら、当然そこに油をドボドボ注ぐさ
ノルマン坊っちゃんが欲しがっている物は俺がじきじきに手に入れようじゃないか——ノルマングループのリーダーは清廉潔白じゃなくちゃ。そうだろ？
彼は「清廉潔白」という言葉をわざとらしくゆっくり発音した
仕方がないからボランティアでやってやる、みたいな言い草だ
おいおい、誤解だよ……俺としちゃ、棚ボタ鴨ネギは大歓迎なんだ。それにそろそろ誰かがピークマンの残したゴタゴタを片付けるべきだよ
なら急いだ方がいいぜ。トロイがどれくらい彼らを足止めできるかわからないんだ
ノルマンはそう言うと立ち上がり、オフィスを出ようとした
そちらが派遣したのから何か新しい情報があれば、すぐに連絡をくれ
グリースは笑いながら手を振ると、109号保全エリアの座標が書かれた紙を、お気に入りのスーツのポケットに入れた
OKOK、次はそうだな……レベッカ嬢が好きなスイーツ情報ってのはどうだ？
グリースの冗談に、ノルマンは笑顔を見せた
ハハッ、そりゃ助かる。頼んだぜ～
地上の保全エリア
朝の清浄な空気が疲れを取り払ってくれていた。リーと作戦について夜遅くまで話し込んだせいか、体はまだ完全に目覚め切ってはいないが――
グレイレイヴン指揮官
紫色の髪の少女が硬い表情でドアをノックしてきた
それは本名……？いえ、やはり指揮官と呼ばせてもらいます。私は空中庭園所属の構造体じゃないけれど
彼女は再びあの複雑な敬礼をしてみせた。しかし、昨日の「挨拶」とどこか少し違う
……マナーは朝と夜では違います。それに初対面と2回目の場合も少し違うんです
こちらのとまどいを察したのか、少女は説明してくれた
では昨晩確認した通り、今日は112号保全エリアの捜索を行いましょう
進行ルートを考えてみたのですが、事前に確認されますか？
その答えを聞いたエコーは木の枝を拾い上げると、ガリガリと地面に描き始めた
ここが保全エリアで、この道を通って……
……な、何でです？
彼女から端末を受け取ると、スムーズな操作でマップを投影する
こんな機能があったなんて……ゴホン
照れくさい表情を見られたくなかったのか、彼女は顔を背けた
私が想定したルートは、ここを通り、そしてここまで進んで……
彼女はマップに2本のルートを描いた。敵の出現位置や迂回エリアまで考慮し、綿密に練られた進行ルートだ
……ゴホン
褒められたのが意外だったのか、彼女は咳こんだあと、おそるおそる質問してきた
あの……他のメンバーを連れていく予定ですか？たとえば昨日のあの男性の方とか
昨夜、頑なに反対するリーに対し、あえて同行せずに近くに隠れて待機しながら、何かあれば支援して欲しいと説得していた
もしエコーの行動が黒野の罠なら、彼だけ別行動をしておいた方が相手の不意を突けるかもしれない
では……さっそく出発しましょう
構造体の少女はさっさと先に部屋を出た
