Story Reader / 本編シナリオ / 24 惑わせる森 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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24-14 孤独な犬の境界線

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うぅ……

遠隔リンクを断ち切るほど意識海が激しく揺れたせいで、21号は激しい目眩と痛みに襲われていた

彼女は頭を振り、ぐるぐる回転する視界を止めようとした

はぁっ……はぁっ……

21号

隊長?

ヴィラの声がする。ここが現実の世界だという確率が少し上がった。更に嗅覚が戻るにつれ、循環液の臭いを感じた

あら、21号

ヴィラは微笑みながら、今日初めて出会ったかのように挨拶した

……もし彼女のその顔や腕、全身の傷口から循環液が流れていなければ、そう思えたが

ヴィラと21号の周りには無数の狼型の異合生物の死体が散乱していた。どこの部位かもわからないほどバラバラになり、すでに干からび始めている……

唯一何も落ちていない場所は、先ほどまで21号が気を失って倒れていた場所だけだった

ヴィラは刀一本でこの赤紫色の狼の海をせき止めていた。戦闘中に「海岸線」にまで彼女の循環液は飛び散り、21号の体にも飛び散っている

戦い続けたあともなお、赤色の死神と呼ばれた構造体は、21号に向かってあの凶悪極まりない微笑みを見せている。ただ刀を握りしめる手は、珍しく震えていた

た……隊長……

感情指数が急激に上がったせいで、体中の循環液が吹き出す火山のマグマのように沸騰している

今回の大波は終わった?

ヴィラはそう小声でつぶやくと、がっくりと倒れ込んだ。21号の体内のマグマは急速に冷え、ヴィラの横に膝をついた。地面の冷たさが体に這い上がってくる

かつてヴィラやノクティスを失う想像をした時のような、あの暴走の衝動を無視した

目の前の光景があまりに真実味がないため、21号は全ての現実感を自動的にシャットアウトしてしまった

ププッ――

ちょっと、まさかべそをかいてるの?

ヴィラは面白そうに21号の表情を見ていたが、今は時間を無駄にはできない

時間があまりないから、単刀直入に言うわ

21号、あなたが最近何を考えているのかに興味はないの

ただその新しい機体、私はかなり時間をかけて奔走したのよ。ニコラのジジイが開発権をあちらに渡しちゃったけど。でも問題の原因はおそらくあなた自身にある

どんな人間の匂いが欲しいのか知らないけど、ケルベロスの中にいて、そんなものにこだわる必要がどこにあるの!?

……でも、他のみんなはある……21号はない

21号、同類じゃない……だから彼らは21号を廃棄処分したがる

廃棄、21号されたくない……

は?

彼らって誰よ?まさかあなた、死ねって言われたら、優等生ぶって死ぬの?

21号、死にたくない

ヴィラは武器を置くと、21号の肩に手をのせた

次の瞬間、ヴィラは首枷がはめられた白い首を絞め上げ、循環液にまみれた指でピクピクと動いている神経を抑えた

ヴィラ

あなたね、どうして生きれば生きるほどバカになるの?

あなたが誰かなんて自分で決めなさいよ、21号!烏合の衆の中で自分の立ち位置なんか考えても無駄なの。あなたがいう「みんな」に責任をなすりつけないで

人間が一緒にいるのは、互いを利用するためよ

あなたもノクティスのバカ犬も、いつか私の進む道の妨げになるなら、絶対に容赦しないわ

たまたまチーム名がケルベロスだからって、まさか……本当に従順な犬にでもなったつもり?

21号

でも、実験、実験は21号の存在理由

ヴィラ

ハッ……あなたがただのボロボロの屑鉄だった時、私があなたをダイダロスのごみ捨て場から拾ってきたんだけど?

あなたの脳みそって、まだそのゴミ山の時のままなの?

いい、覚えておきなさい。あなたが私の言うことを素直に聞くのは、私のコントロールが秀逸だからなの。それを当たり前だと思わないで

言ったでしょ?他人のために生きる愚か者が大っ嫌いなの。もう忘れたの?

ヴィラは21号の目を睨みつけていた。彼女が手に力を入れる度、固まりかけていた循環液が彼女の傷口から再び噴き出している

21号もヴィラの鋭い視線に引き込まれるようにしてヴィラの目を見つめていた。首枷が圧迫されても、目を逸らすことができない

ヴィラ

あんなことに、一体いつまで囚われてるつもり?目に見える枷より、見えない首輪の方がずっと多いのに。あなたのいう「人間」だって、ある意味別の首輪じゃないの?

21号

21号は……

ヴィラ

他人に人間と思われようとするよりも、そのバカどもにあなたが誰なのか、あなたの本質、あなたのやり方ってものをわからせた方がいい

爪や牙で、他人には「狂気」に見えるもので……あなたが自分で決めて、わからせてやるのよ。人に命令される従順な犬みたいに、尻尾を振ってんじゃないわよ

そんなに従順でいたいなら、黒野に戻ってトイレでも掃除してればいいわ。ケルベロスはあいつらを裏切った孤独な犬の集まり。全員が誰かれ構わず噛みつくタイプなの

孤独な犬。ヴィラはそう形容した

どの魂も、周囲と融合しようなどとは望んでいない。だから全ての自我には境界というものがある

他人と違っても恐れることはない。仲間と違っても、拒まれることはない

怪物の群れだと人に後ろ指を指されても、無謀な戦いを仕掛けられても、引きちぎればいい

それが怪物の自衛方法なのだ。火に向かって飛び込んでいく虫のように、他人に合わせようと妥協するより、傲然と頭を上げて戦って死ぬ方がいい

21号も、自分の居場所を守る方法を考えたことがある

自分は無数にある実験品のひとつという彼女の認識は根深いものだった。自分の視点でこの世界を見ることを最初から否定していた

自分はテストされるだけ、許可されるだけ、使われるだけ、承認されるだけのものだった

コントロールできない感情などいらない、なぜならそれは実用的じゃないから

認められない行為は見せてはいけない。そのせいで人々は21号だけでなく、ケルベロス全員の悪口を言うから

21号にとって、自分に新しいことを体験させてくれるこの「巣穴」は大切なものだ。だからこそ害を与えかねない自我の一部を葬った

最初の21号が、常識と世界への認知が欠けているせいで、自分は他人と違うと考えていたのなら――

研究室以外の現実世界で長い日々を過ごした21号は、成長するにつれて逆に自分の境界線を見失っていた

次々と自我を葬るにつれ、残された自我がいびつな形に歪んでいき、21号はますます戸惑うようになっていった

その戸惑いこそが、ヒステリックに暴走させる導火線そのものだった

それは21号の首に巻きつき、21号自身を死なせようと引っ張っていた偽りの救いの縄だ

――しかし反抗的で孤独な犬がおとなしく縄に繋がれる訳がない。むしろ、反抗的で孤独な犬はおとなしくさせるために縄に繋ぐべきではない

縄を持つのが他人だろうが、自分だろうが、この体が動く限り、いつも牙を向く準備をしなければならない

突然、21号の脳裏にスパンコールのようにキラキラと光る雪の花みたいな欠片が現れた。それぞれに21号が否定したもの、拒んだもの、隠していたものが映っている

それは21号がこの世界に苛まれた時に、置き去りにしてきたものだ。昔の21号ならその破片を拾うべきか困惑したことだろう

だが今、彼女は自分が正しいと思える決断をした

自分の境界線を死守し、自分の居場所で守りたいものを守るために、完全な自我を持たねばならない

ふと、最初はあまり自分に合わないと思っていたこの新機体が、軽くなって馴染んだように思えた

この瞬間、21号は「人間」にバイオニックの耳やバランス装置の尻尾があったっていい、と確信した。それらは「人間ではない」ことの象徴ではない、と

今まで、21号はこの機体が持つ高感度の感知器官と爆発的パワーを恐れていた

その力を制御できなくなり、暴走することを怖がるあまり、力そのものを拒んでいた

だが今の彼女は、自分の持てる力の大きさに興奮すら覚えていた

この時、彼女のまだ認識していない金属の体とデータ意識の中から、21号は新たな完全体として生まれ変わろうとしていたのだ

人間や獣のようなお決まりの形態とは違い、心おもむくままに自由な、21号という名の形態に――

ヴィラ

21号、これ、あなたが持ってなさい

21号がやっと覚悟を決めたのを見て、ヴィラは怒ったような表情をやや和らげた。そして、外装甲のポケットから細長い装置を取り出した

ヴィラ

後はあなた自身で決めて頂戴。首枷を解除すれば、戻った時に面倒なことになる。機体の全ての力を使う必要がないなら、今すぐ解除しなくてもいい

自分の手綱は自分で持つのよ、21号

21号

隊長!私……

ヴィラ

大声を出さないで。私、まだ死んでないわよ。まあ意識を保ったままどこまで歩けるかは運ね。運悪く私が意識を失えば、ふたりともおしまい

あの醜い化け物が液体になって地面に溶け込んだあとの、「蕾」の動きに気をつけること

しばらくするとその「蕾」から新しい異合生物が生まれるわ

やつら、私たちふたりを消耗させる気よ。だから今すぐここを離れないと……ゴホッ、肩を貸して

21号は大事そうに首枷の鍵をしまうと、ヴィラを支えて立ち上がらせた

方向は……

あっち

21号が示した方向は空気の流入速度が速いようだ。異合生物の臭いは彼女が目覚めた時より収まっていた

21号は無意識に機体の演算速度を上げる

自分と隊長が今、巨大生物の喉元に立っているのではないかという予感があったからだ

ぐずぐずしていれば、この森はたちまち牙を剥いて彼女たちを噛みちぎり、腹に収めて養分にしてしまうだろう

今すぐ逃げなければ。できるだけ早く

21号は不器用にヴィラの腕を持ち上げ、彼女を支えようとした。ヴィラは大きく息を吸い込むと、21号の肩に手を置いた

……かなり休んだから、自分で歩ける

21号は頷いて、そっと手を放した

うっ……

21号の脳裏に微かなブゥンという音がした次の瞬間、ホワイトノイズのような音が鳴り響いた

ちょっと……またなの!

[player name]、[player name]が、21号の頭に入ってる

そうなの?さすが救世主、いつもいいタイミングでご登場ね

遠隔リンクすることを思い出したから、ギリ合格ってところかしら

隊長、怪我してる。21号、隊長を助ける

21号、まるでエースみたいな発言はやめてくれる?さっきまでずっと寝てたくせに

隊長……隊長、[player name]にどんな薬を持ってきてもらう?

それは21号の知識にはなかったようで、彼女は振り返ってそのまま怪我人に訊ねた

ノクティスに治療箱の中から応急セットを3つ持ってこさせて。とりあえずそれで手当する。それより21号、彼らに合流方向を伝えて

ヴィラは夕陽の角度を計算し、21号が示した方向と合わせて地点を割り出した

了解

[player name]、リンクを切った。信号が不安定になるからって

……臭いが変わった。彼らが来る

行くわよ

隊長は前。方向が変わったら、言う

21号、後ろを

へえ……頼もしいことね?なら後ろは頼んだわよ。少しは休ませてもらうわ

あなたがグースカ寝てた時、私はふたり分の仕事をしてたんだし

うん、21号、了解

夕陽に照らされたふたりの長い影が、まるで回りの枝に切り刻まれているように見える

ヴィラは草原の上に伸びる影をちらっと見た。それは今、自分に背を向けて後方を警戒している21号の姿だった

ヴィラはふと笑顔を浮かべ、沈みつつある夕陽に向かって走った