5:30 PM 輸送機内
新たな追手がいないのを確認してから、αは再びコックピットに戻った
この輸送機には正式な機体番号がない?
αは座標を設定する前に管制塔と輸送機のGPS同期を解除しようとした。だが意外なことにこの輸送機は無登録だったのだ
機体番号どころか、今までの航行記録すらない……
この小隊は本当に粛清部隊なの?
αは隊長らしき人物から奪った端末を取り出して調べ始めた
これ、彼らの任務情報?
αは端末で任務報告のファイルを開いた
もしこの部隊が粛清部隊と騙っているなら、何らかの真相が彼らの任務に隠されているかもしれない
任務報告ファイルには数人の離反者の名前と、その者たちが最後に目撃されたエリアが載っていた
報告ファイルによれば、彼らは離反者を探すためにこの地に来ていた。粛清部隊としては至極まともな任務といえる
何だか妙だわ……
αは隠れて密かに観察していた状況と、粛清部隊との戦闘の時に覚えた違和感を思い出していた
探すというより、彼らは何かを待っていた……
αは端末を更に調べ続け、すでに消去されたデータを復元しようとした
思っていた通り、少し前の暗号化された匿名メールが復元された
メールを開くと、そこにはある構造体の詳細情報が記されている
どうやらいつでも「あなた」は彼らにマークされる対象みたいね
……
任務目標:ルシア·鴉羽(意識海番号:BPL-01)
任務内容:1.グリニッジ標準時17:00前にD12エリアで輸送機の安否を確認
2.任務1の完了後、ウルフポイズン小隊はグリニッジ標準時17:30にD12エリアで目標の状態を確認後、次の指示まで待機
彼らは彼女に何をさせるつもり?そして……彼らは何を待っていたの?
グレイレイヴンとは接触していないが、αは直観的に、見えない網が張られていることを感じた
その網はだんだんと縮められ、関係のない人々を網の目から追い出していく
彼女に知らせたら?彼女に会えば、疑問を解決できるかも
聴覚モジュールにノイズの音が響いたが、αは首を振った
リスクを冒してまで彼女に会いに行く理由はない。それに、会ったところで私の目的の役にはたたない
あなたが介入しなければ、彼女はすでにこの人たちに捕まっていたかもね
彼女にあなたと同じ目に遭ってほしいの?それともあなたに情報提供した人物がグレイレイヴンを助けるとでも思っている?
075号都市で彼らを助けたのは、グレイレイヴン指揮官がルナの居場所を知っている可能性があったからよ。あの時は指揮官を生かす方が私に有利だっただけ
じゃあ今は、彼らがトラブルに巻き込まれた方があなたにとって有利?
……彼らの身に何かが起きても別に私には影響しない。でもその裏にある情報が私に有利なのは確かね
議会が彼らを「英雄」に仕立てたのに、今はその「英雄」に手を出そうとしている人物がいる
αは鼻で笑って、画像を閉じた
このお馴染みのやり口……明らかに彼らの黒幕は黒野ね
議会の支配力が下がったのか、それとも暗躍してる誰かが攻撃のための格好のネタでも見つけたのか……
どちらにせよ、人類が孕む矛盾がすでに彼らの内部でも起きていることの証明ね。私はいっそう行動しやすくなるわ
それに私にこの場所を教えた人物がグレイレイヴンの協力者というのはありえない
もし本当に協力者なら、昇格者の助けを求めるはずがないわ
αは端末を握りつぶし、記憶の中にあるあの座標をナビに入れた
5:20 PM D14エリア
ギィ――……
制式拳銃から放たれた弾丸は正確に侵蝕体のエネルギーコアに命中した
真っ赤だったセンサーは色を失い、金属をこするような摩擦音も消えて、辺りは静まり返った
輸送隊を新しい保全エリアに護送する間、昇格者と出会わなかったことに、全員がホッと安堵の息を吐いた
いや~、楽な仕事だったぜ。空中庭園は気前がいいな。またこういう仕事があったらどうぞご愛顧、ごひいきに
永久列車をまた動かすにはかなり金がかかるからさ
アディレ商業連盟の輸送部隊と別れたあと、グレイレイヴン――正しくは自分とルシアが侵蝕体撃退の任務を命じられた
前より大幅に数が減ったものの、清浄地以外の場所では侵蝕体が散発的に出没している
主にルシアが戦ったが、自分もできるかぎり侵蝕体を倒し、彼らを臨時キャンプに近寄らせないよう努めた
周りに侵蝕体がいないのを確認し、まだ熱を持った銃をセーフティーでロックし、ホルダーへと戻す
指揮官、お怪我はありませんか?
そう聞いても、ルシアはこちらを上から下まで細かくチェックし、調べ終わってからやっとホッとしたような表情になった
うん、どこも負傷していませんね
南西方向の侵蝕体は全部撃退しました。今のところ、他の行動信号はありません
指揮官、これから他の方向の偵察に向かわれますか?
その時、ルシアの右肩の擦過傷から循環液が滲み出て、彼女の服を濡らしているのに気付いた
たいしたことありません。行動に影響はありません
ルシアの言う通り、この程度の傷なら自分や彼女には日常茶飯事だった
実は、気になったのは別のことだった……
うろついている侵蝕体など、ルシアの相手にもならないはずなのに
はい……
思ったより深刻な状況だ。理由は一体……
自分が考えこんでいた時、突然イヤホンから鋭い音が聞こえた。高濃度パニシングを検出した時の警報だ
知らせようとした矢先、ルシアにどんと突き飛ばされた
突然押されて、数メートル先の鋼板にぶつかる
ぶつかった衝撃で眩暈を起こし、警報音すらもぼんやりとしか聞こえない
必死に目の焦点を合わせ、後ろの鋼板につかまりながらなんとか立ち上がった
パニシングの発生源は地下に潜んだ侵蝕体かと思ったが、発生源はなんと――ルシア自身だった
頭を抱えたルシアの顔が歪み切っている。彼女が噴射装置を解除すると周りに緋色の火花が散った
見ただけで彼女の侵蝕度が凄まじく高いことがわかる。逆元装置だけでは意識海を維持できないレベルだ。すぐに意識リンクをしなければ
ダメです!
何かを察知してルシアは慌てて警告したが、一歩遅かった
脳が窒息するような感覚と、心臓が握り潰されるような痛みに襲われた。混沌とした思考が意識の中を飛び交い、理性が沼に吸い込まれていく
また075号都市に戻ったような感覚がやってきた。一瞬が無限のような長さに感じられる
その長い一瞬の間、思考が混沌とする中でひとつだけはっきりと感じたものがあった……
――敵意だ
視界は偽りの赤さに染まり、腹には刺されたような痛みを感じる。冷たくも熱い、矛盾する感覚だ
血と循環液が互いの手から刃を伝い落ち、地面にボトボトと滴った
とっさの判断で急所を外し、手で刀を握った。そのお陰でなんとか最悪の状況は免れた
だが自分ひとりでは構造体の攻撃を避けられない
ルシアの片手は刀の柄を握っているが、もう片方の手は自分と同じように刃を握りしめている
足掻き、恐怖、嫌悪、憎悪、罪悪感……彼女の顔にさまざまな表情が浮かんだ。その様子はさながら悪鬼が憑りついて彼女の身を奪おうとしているかのようだ
混沌の泥沼で足を踏ん張り、崩れ落ちそうな感情を必死に押し戻して意識海を安定させ、ゆっくりと腹に刺さった刀を抜く
指揮官ッ!
傷口からどばっと鮮血が噴き出す
かつて聞いたことがない悲痛な叫びが響き渡った