……
視界から機械体の姿がゆっくり消え、目の前の暗闇も色褪せた。意識が現実世界に引き戻される
アイラは目を開き、無言のままデバイスを外して元の位置に戻した
アイラの横で端末を眺めていたシルカはアイラが身動きしたのを見て、パッと立ち上がった
アイラさん、大丈夫ですか?
リンク後、私たちがいくら呼びかけても反応はなかったし、アイラさんが何を見ているのかもわからなくて……
あ、私は大丈夫よ!
面白い芝居を見せられただけなの
実際はそれだけではない……彼女が意識海の奥底にしまい込んでいた思い出も、引きずり出されていた
ほっ、それならよかったです……ふぅ……
少し離れた場所で壁にもたれかかっていたライナも、声を聞きつけてやって来た
誰かさんはあなたが装置に閉じ込められたのではって心配して、ずっとあなたの側をぐるぐる、うろうろしてたから、見ててめまいを起こしかけました
あら?カウントダウンをすると喚いていたのは誰だったか?あと5分ちょっとで、この……偽ハムレットは爆破されるところだったんですが
こんな場所で時間を無駄にしたくなかっただけです
ごめんね、皆に心配をかけちゃった
アイラはシルカにウィンクし、ニッコリと優しく微笑んだ
ありがとう
あの時、ブースの後ろで寂しげな眼をしていた少女は、いまや戦場の指揮官としてここに立ち、自分がやるべきことを模索している
依然として迷い続け何度もつまずいたとしても、ふたりの心の情熱はずっと燃え盛っていた
だが闇に紛れて潜むあの人は?彼は長い間何を追いかけ、何を失い、何を見たせいで、この地を訪れる客人に希望を抱くのだろう?
無数の疑問や無念を、彼はずっとひとりぼっちで耐えてきたのだろうか
え?私は何もしてません……
私たちがひとつの小隊を組んで、こんな風に一緒に戦えるのはいいことだなってふと思っただけよ
……!
アイラはニッコリしながら髪の毛をかきあげた
……とにかく、芝居の幕は下りたわ。私、もう試練をクリアしたはずよ
幕の裏に潜む人が何をしたいのかも……ちょっとだけその手がかりを掴んだかもしれない
……
で?もう1時間も経ってるのに、何も変わらないんですが?
そうかしら?
アイラは振り返って劇場の横の扉を見た。その視線に応えるように扉がカチッという音を立てて再び開いた
床のフロアライトが光り出し、廊下の先にある暗闇へと伸びていく
どうやら、次の観覧ルートへの案内のようですね
行きましょう
アイラは傍らに置いていたビーム槍を持つと、背筋を伸ばした
その先に私たちや彼が探し求める「答え」があるかどうかわからないけど……
私たちは進み続けなきゃね
次の展示館へとつながる廊下は、今までのどのエリアよりも暗かった。足下に広がる光の帯が唯一の発光源だ
進むにつれ、あたりは濃い緑色の世界となった。まるで都市の隙間に落ちた種子が芽吹き、灰色の鉄筋コンクリートの中で生い茂ったかのようだ
緑萌える葉の間には水蒸気が立ち込め、風が木々を揺らす音も微かに聞こえる
まさかこの展示館にこんな場所があるなんて……
次の展示って……まさか植物園?
うわお、種類もたくさんね。これはヘンヨウボク、こっちはシュロ、それとこれはシマオオタニワタリ……なんかごちゃ混ぜね……
これは、ミソハギと……アジサイ?
アイラさんは植物のことをよくご存知なんですね
描いたことがあったから……それにたまたま植物の研究をしてたことがあってね
花が大好きな友人がいて……今は遠くに行っちゃったけど……彼女が借りていた本を代わりに返却した時、たくさんの植物図鑑があったの
でも彼女は育てるのが下手で、何を育てても枯らしてしまう。あの時は私もどうしたらいいか考えたんだけど、結局うまくいかなかった
アイラは壁の小さな花の苗を見ながら、懐かしそうに笑った
もし彼女がこれを見たら……いえ、今はこんなことを考えている場合じゃないわね……
何というか……戦場や冷たい彫像を見すぎたあとにこれを見ると……あれ?
トロイは手を伸ばし、肩の上に垂れた葉を軽くつまんだ
残念。これは本物ではなくバイオニックですね
次の目的地が目の前に現れ、シルカは頭をあげてそちらを見た
そこにあるのは雄大な歌劇場でも、豪華絢爛な展示館でもなかった。微かに揺れる木々の間からチラチラと輝く人工太陽だけが見える
しかしその眺めは、記憶の中の場所と一致した
いいえ……ここは……
プリア森林公園です
……
……
その名称が聞こえた瞬間、全員が黙り込んだ。誰もがその名の意味を知っているからだ
――ここは危機が爆発した起点だ。無害に見える森の奥に全人類の希望を滅ぼしかけた災厄が眠っている