Story Reader / 本編シナリオ / 22 紡がれる彩華 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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22-1 『ムーラン·ド·ラ·ギャレットの舞踏会』

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空中庭園世界政府芸術協会、会長オフィス

デスクに座るアレンの前に、端末から投影された仮想モニターの暗号化メッセージが映し出されている。アレンがそのコードと数字を眺めていた時、ノックの音が聞こえた

どうぞ

レオニー

アレン会長、おはようございます。何をご覧になっているんです?

ああ、レオニー、君か。いや、何でもない。数日前にこんなメールを受信したので、ここ数日、ずっと解析しようとしていたんだ

レオニー

どうして科学理事会に任せないのですか?まさか会長、暗号理論もよくご存知なんですか?

ちょっとだけならね。こういうのは自分でやった方が面白いんだ

未来や宇宙人からのメッセージかもしれないし、座標が隠されていて、そこには黄金時代の芸術家の宝が埋まっているのかもしれない……

レオニー

ただのいたずらって可能性もありますけど……会長はいつもこんな変なことに関わって時間を無駄にするから

まあまあ。それはさておき、何か用事でも?協会がまた忙しくなったのかな?

レオニー

多くの人が展覧会と公演を再開してほしいと……それは新人に任せました。実は、アイラについて話したいことが

これは「万華」機体の詳細データです。すでに科学理事会と軍部の審査が終わり、意識適合も終わったので、理論上は実際に運用できます

レオニーは「万華」機体のパラメータを記録した電子ファイルをアレンに転送した

思っていた以上に素晴らしい結果だ。この機体には世界政府芸術協会の数十年来の願いが込められている。最高のパフォーマンスを期待しているよ

そうだ。アイリスウォーブラー小隊はどうなっている?

レオニー

最近は人事異動が多く、司令部が臨時の手続きをいくつか追加しました。そのため小隊の最終リストはまだ確定していませんが、隊長はアイラが務めることになるでしょう

これは編制を増やす時に出した条件だからね。このタイミングで万華機体の開発が終わってちょうどよかった

レオニー

アレン会長、率直に申し上げますが、アイラは考古小隊での活躍も目覚ましいのに、なぜわざわざ骨を折って議会にも申請し、こんな類似の小隊を作ったのですか?

直接のきっかけは、そうだね……あの異重合宇宙ステーションの戦いの後、彼女が私に新機体を申請してきたんだ

あの時、彼女は自分のベストを尽くしたのに、最も単純な原因で負けてしまったと思ったらしい

もしかしたら私は、セレーナの後にアイラが世界政府芸術協会の門を叩いた時から、小隊を作ろうとぼんやりとは考えていたのかもしれない

考古小隊もよい居場所だ。だが私は彼女に「芸術協会」の新しい部隊を作ってやりたいと思った

考古小隊は執行部隊より純粋で、人間のさまざまな考えと信念が宿っている。しかし軍は玉石混淆だ。この小隊を利用しようと思う人間もたくさんいるだろう

だがそんな場所でこそ、彼女は思いがけないような新しい仲間と知り合い、より……大きな「力」を集めることができるはず

それはとても大変なことだが、私はアイラを信じている。彼女は私たちの中でも最も優れている人物のひとりだから

私は彼女の親友に「新世代」の曙光を感じたんだ。だがその光を守ってやれなかったことが会長になって以来の最大の痛恨事だった

だが今、人間はやっと未来の輪郭を掴みかけている。だから私もひとつ賭けてみようと思った

アイリス――「七色の鶯」という名の賭けを

この賭けが失敗して、全てが無駄に終わるかもしれない

しかし、これは我々が未来へ邁進する第一歩のはずだ

建物と廊下をいくつか通り抜けたウィリスは、ある小さな会議室の前で足を止めた

扉を開けて入ると、すでにある人物が彼を待っていた

若いその指揮官はウィリスを見た瞬間、すぐに立ち上がって敬礼した

空中庭園標準時間0900、執行部隊指揮官シルカ、ただ今参りました。ウィリス参謀総長

朝早くからご苦労、シルカ指揮官

君が率いていた以前の小隊の手続きはもう済んだのか?

ウィリスにそう訊かれた時、シルカの顔は少し強ばった。しかし彼女はすぐにいつもの顔に戻った

3名の構造体の離隊手続きは終わりました。ジェシカとランドルフは異重合塔での欠員補充で「スコーピオン」小隊へ、ジョージは……「ペリカン」小隊で地上任務についています

私は……司令部が新しい小隊を編成するまで、空中庭園で待機中です

シルカは少し落ち込んでいるようだ。彼女が指揮する小隊が解散、再編されたことは、司令部に「君の能力不足だ」と指を突きつけられたに等しい

順調そうで何よりだ。彼らが新小隊でうまくやっていけることを願おう

……

ウィリス参謀総長、確かに私は未熟者で、戦闘経験も先輩たちに比べれば圧倒的に足りません……

ですが「スワロウ」は解散するほどの状態でしたでしょうか。もう少しお時間をいただけたら……!

これは参謀部の全員が小隊の作戦成果をベースに評価した上での、適切な決定だ

ランドルフ、ジェシカ、ジョージ……3名とも戦闘経験が豊かなエリート構造体だ。しかし「スワロウ」で、彼らはエリートとしての作戦効率を発揮できなかった

他の優秀な小隊が欠員状態にある中で、貴重な戦力として彼らを抜擢するのは最適な選択なのだ

ひとりひとりの戦士は、自身の最大の価値を発揮すべきだ。これは我々が編制を調整する時の第一原則でもある

……承知いたしました

もちろん……自分でもわかっています……作戦の中で私の指揮には不適切な点があり……ジョージたちが力を最大に発揮できなかったのは、私の力不足によるものです

でも、私はその力不足を補おうと努力しています。この間も、バネッサ指揮官から多くのことを学びました!

次の作戦で、私は必ず持てる力を発揮してご覧に入れます。ですから……

シルカ

ウィリスはシルカの話を遮った

君の目標は[player name]、そうだろう?

あ……

私はかつてファウンスの戦術科教官を務めていた。君のファウンスに入ってからの成績は全て知っている

当時、君が首席になったことについて、実は学院の上層部で多くの議論があった。だが最終的な結論で私は適切だと思っていた

かつて、グレイレイヴンとストライクホークの指揮官もそれぞれ首席だった。彼らはそれぞれの小隊で「伝説」にふさわしい活躍をしている

君は彼らの後、初めて執行部隊所属を申請した首席卒業生だ。同年代の者や軍部は皆、君に期待し、君がグレイレイヴンとストライクホークの後継者になることを何より望む……

議会では君を推挙した人もいた。なぜなら、扱い方が難しい[player name]より、まだ駆け出しの君の方が「適切」な成果を出せるならば……

「空中庭園世代」の若者がそれによって鼓舞され、潜在的な予備軍を拡大できるだけでなく、彼らもより多くの票を獲得できると踏んでのことだ

君が卒業してすぐに「スワロウ」に配属されたのも、それが理由だった

だが君はその「期待」の真の意味を理解しているはずだ

クロムも[player name]も、首席だから今のような成績を出せた訳ではない。逆だ。彼らの成績があまりに素晴らしすぎて「首席」という呼び名が神格化されたにすぎない

ストレートに言おう。君はふたりめのクロムや、ふたりめの[player name]にはなれないと私は思っている

資質、潜在能力、実績の全ての面において

……!

しかし、それは君が優秀な指揮官になれないということではない。君のマインドビーコンの強度は上々だ。異重合塔にも汚染されないというのは非常に優れた能力だ

しかし君は端から小隊の隊員と分散してしまった……本来なら、君は異重合塔作戦でより大きな役割を果たせたはずだ

スワロウの直近の半年間の成績を鑑みても、あれほど優れたメンバーでこの小隊を維持するのは、あまりに贅沢というものだ

全てが君の責任とは言わない。小隊が最終的にどんな成果を上げるかは、メンバーと指揮官の相性も重要だからな

しかしどうであれ、指揮官の第一任務は小隊の能力を最大限に発揮させることにかわりはない

学院で学ぶのは理論だけだ。実際の戦場で瞬時に判断や調整をしなければ、戦術を知っていようと、緻密な作戦計画を立てようと、効率よく遂行できない。当然、逆もしかりだ

……それは参謀部の原則に基づいた判断でしょうか、参謀総長

長らく参謀部にいたんだ、普段の考え方も影響を受けざるを得ない

しかし先ほどの話は軍の参謀総長としてではなく……君のかつての師としての助言だ

誰かが歩んだ道を模倣するばかりでは、自分が本当に必要なものが何なのかが見えなくなってしまう

……

教官……いいえ、参謀総長のお話は心に刻んでおきます

ふぅ……教官の時の悪い癖がまた出てしまったな。つい若い者には説教したくなってしまう

まぁ、煩わしい説教はここまでだ。今回の会議の本題に入ろう

この会議は、これからの君の所属小隊について開かれるものだ

本来、指揮官の調整は司令部が直接命令を下すが、今回は状況が特殊だ。この小隊の編成はまだ審査段階で、指揮官も隊員も暫定的な決定と思ってくれ

さまざまな要素を考慮して、私はこの小隊の指揮官は君が適任だと思っている

特にこの小隊の隊長は、「同世代」の君に多くの物事を見せてくれるだろう

同世代……?

詳細は「責任者」に説明させよう

待っていたかのように、会議室をノックする音が聞こえた

そして穏やかな笑みを浮かべたひとりの中年男性が入ってきた

お久しぶりです。ウィリス。今は参謀総長と呼ぶべきでしょうか

あなたは……?

私は世界政府芸術協会会長、アレンです。同時にアイリスウォーブラー小隊の設立を呼びかけた者でもあります

初めまして、シルカさん

しばらくの暗闇の中だったが、再び視覚モジュールが繋がった

治療カプセルの中の構造体は上半身を起こし、隣にいる不気味な笑顔の白髪の女性を見た

定例治療は終わり。明日からはもう来なくていいから、真鍮

……最後になっても、私を「トロイ」とは呼んでくれないのですね?

トロイと自称する女性構造体は仕方なさそうにヴェサリウスに微笑んだ

最後までそんなくだらないことを言うなんて、意識海の破損のせいで知力が下がった?真鍮

私はただ、自分の主治医と仲良くしたいだけ。名前で呼ぶ方が親しげじゃないですか?

トロイはヴェサリウスの皮肉を無視して、治療カプセルから離れた

ふぅん

意識海の26.13%に永久的な破損がある。真鍮機体の機能制限を考えると、この数値はこれ以上下げられない

あなたの機体がこれほどダメージを受けても生きているのは奇跡ね。それと機体がパニシングに汚染されたから、安定性だけでなく、当時の記憶データも損なわれてる

新しい機体に交換しない限り……成功率は低いけど、あなたの体で面白い実験ができるかも

記憶、ですか……

自分では思い出せなくても、空中庭園に昔の任務記録が残っているはずですが

でも今はほとんどが「最高機密」になっているのでは……

ふん、それ、私にはちっとも関係ないんだけど

トロイの視線に気付いて、ヴェサリウスは冷ややかに鼻を鳴らした

意識海を修復してあげたのは、私が真鍮の開発に関わっていたからってだけよ

初めての軍用構造体だったけど、あなたのその状況のお陰で有用なデータも集められたし

残念です

自分の願いがヴェサリウスに断られたと理解し、トロイは寂しげな苦笑いを浮かべて肩をすくめた

構造体が過去にこだわることは枷にしかならない

黒野にあんなに長い間いたのに、まだわからないの?

それはどうでしょうね……

トロイは自嘲的な顔つきのまま、伸びをした

意識海の26.13%に永久的な損傷か。逆元装置と指揮官のマインドビーコンが私をどれほど汚染から守れるかはこの際横に置いて……

機体と意識のシンクロ率が大幅に下がったことで、戦闘力も低下しているのでしょうね

こんな私が「あなたたち」にとっては、まだ価値があるのですか?

あなたに利用価値がなかったら、今ここでそんなセリフを吐けると思う?そうじゃなきゃ、バラされて空中庭園のゴミステーションに捨てられてる

……ただの冗談です

でも、私たちはスーパー浄化塔を一基手に入れたから……

執行部隊の負担は軽減されるはず。でも私みたいな黒い過去がある「廃人」を、精鋭小隊は受け入れない。それとも黒野は私を前の「持ち主」に安売りしようとでも?

何のボヤきなの、ノルマン鉱業グループでの日々が懐かしいの?

私的にはもうしばらくの間、モルモットをしていてもらいたかったけど

残念ながら私に、あなたを拘束する権限がないのよね

「彼ら」はあなたを……まあいいや、私はそんなのに巻き込まれるのは趣味じゃないし

そういえば、あなたは「芸術」に興味が?

そう言ったヴェサリウスの嘲笑が、更に色濃くなったようだった

……?

地上、反異重合塔範囲内、ある廃墟の横――

スレンダーな銀髪の男性構造体が崩れた壁の背後に隠れたあと、一本の矢が空を切って彼の足下に突き刺さった

次の瞬間、矢尻に仕込まれた火薬が爆発する

男性構造体はとっさに避けて、爆発の衝撃を回避した。彼は猛然と向き直ると、手にしていた弓に矢をつがえ、相手に向かって矢を放ち返した

遠くで爆発音が鳴り響く。相手は自分と同じように攻撃をかわしたようだ。男性構造体はその場に留まることができず、廃墟の奥へと走り出した

……チッ、しつこいやつめ

空中庭園は……「離反者」をどうしても逃がしたくないみたいだな

あの余計な行動で、奴らに尻尾を掴まれたのか……

ここまでの仕打ちを受けるなんて、初めてだ

この数カ月間、テセは空中庭園の構造体のひとりに追われていた。相手は粛清部隊ではないが、かなり執拗だった。追跡を振り払っても、しばらくするとまた目の前に現れる

……あの昇格者たちと行動していれば、こんな面倒なことにはならなかったのに

だが、誰かに守られていては、本当の「自由」とはいえない

ふん、合流してくれる方がありがたいですね。ついでに昇格者も全員ひっ捕まえてやれますから!

鋼の矢がうなりをあげて一直線にテセに向かってきたが、彼はさっとかわした。矢はレンガの壁に突き刺さった反動で折れそうになるほどの威力だ

その矢は彼の装甲を貫通するほど鋭い。もしテセに命中し、パニシングもない場所なら致命傷となるだろう

抵抗をやめなさい、離反者テセ

紫色の髪の女性構造体が壁の後ろから現れた。手にしたコンポジットボウにはすでに矢がセットされている。テセが一歩でも動けば、次の瞬間、頭に血の花が咲くだろう

その弓……

何です、自分の弓の扱いがうまくないことを、武器のせいにする気ですか?

いや……ただ、その髪型と紫色の髪の女性って、全員嫌がらせの天才だなって思っただけですよ

それと……テセと呼ばないでほしい。私はとっくにその名を捨てたんです

あなたの無駄口につき合う時間はないわ

おとなしく他の離反者の居場所を言いなさい。軍法会議に生きて出頭するチャンスくらいあげられるかもしれませんよ

フ……私がもし捕まったら、その「罪」に対して空中庭園が公正な裁きをしてくれるとでも?

それはありえない。彼らは自由に使える授格者のサンプルを切望しているだけだ……ストライクホークのカムは特別でも、「ホワイトスワンのテセ」は落第ですよ

捕まれば陽の差さない地上基地に閉じ込められ、天才だと自負するやつらに日夜問わず切り刻まれ、研究される。どうなんです、それが君が求めてる結果なのですか?

デタラメはやめなさい。あなたって本当に哀れな離反者ですね……!

そうかな?私は君たちみたいに空中庭園の言いなりになった上、誰に殺されたのかもわからないお人形さんみたいな存在こそ、心底哀れだと思いますが?

彼は微笑みながら、逆手で手の平のスイッチを作動させた

なっ――!

その構造体が反応するより早く、テセが事前に仕込んでいた電磁トラップが作動した。強い電流が彼女の体に流れ込み、動きを奪う

安心してください。君に何かをするつもりはないんだ

それに君の状況もワケありみたいだし……もしも「選別」をパスできる逸材なら、このまま殺すのはちょっと惜しいしね

なんです……って……?

このままここにいても仕方がない……あの「新人お嬢」に訊いてみるとしますか

ではまた。その内に我々は同じ志を持つ「仲間」になるかもしれませんね

ムカつく……

構造体はテセが去るのをただ見ていることしかできなかった

3時間がすぎたころ、ようやく電磁トラップの効果が消えた

仲間……?バカな……冗談じゃない……

ずっと硬直していた体を支えきれず、彼女は息を荒げながら地面にうずくまった

???

助け……て……

お願い……助け……て……

うぅっ!

彼女は頭を抱え、意識海が麻痺から回復するのを待った

また逃げられた……

ニコラ司令に与えられた期限までに、ひとりくらいなら離反者を捕まえられると思ったのに……粛清部隊の情報を無駄にした……

彼女自身は粛清部隊のメンバーではない。離反者に対する深い執着から、今は手が離せない粛清部隊に代わってこの任務を引き受けたのだ

両足の感覚はまだ戻らない。彼女は立ち上がることを諦め、地面に横たわった

水色の反異重合塔が視界の彼方に見える。巨塔は虚ろな影のように、静かに大地にそびえ立っていた

何度も仰ぎ見たが、それがこの現実世界に本当に起きた「奇跡」とは思えなかった

グレイレイヴン……

その時、彼女の個人端末の電子音が鳴った

よりによって今……

降参したように両手を挙げ、彼女は上半身を起こして受信したメッセージを読んだ

新小隊への異動通知です……警告、これ以上異動を無視した場合、司令部は粛清部隊を派遣します。あなたは空中庭園に強制送還され、相応の軍事処分が下されます……

「小隊」ね……うわべの形式だけでしかないのに……

わかりました……今は命令に従うしかない

仕方なさそうに苦笑した彼女は、端末の情報をスクロールした

あなたが次に異動する小隊は……

アイリスウォーブラー……?

空中庭園、世界政府芸術協会――

今日はここまでで大丈夫です、[player name]

少女の声とともに、自分の意識は長い暗闇を潜り抜け、現実へと戻ってきた

今日集めた「クジラの歌」は、後からレオニーと一緒に解析し、比較するわ。完全に解析したら、いつものようにあなたにもひとつ送るから

お礼を言うのはこっちの方よ。「ハムレット」の時はかなり無理していたし、あなたの体も回復したばかりだから……

「幻奏」と「ハムレット」で遠隔リンクの可能性が検証されて以来、時々世界政府芸術協会に来て、アイラが地上の「クジラの歌」を集めるのを手伝っていた

それは容易ではなかった。セレーナとの遠隔リンクに最適だとして、当時は「ハムレット」に残された芝居の力を借りて成功しただけだ。その結果の再現は困難を極める

たまにほんの少しだけ不安定な遠隔リンクができたとして、集められた情報のほとんどは意味不明のノイズばかり。本当に価値がある結果は微々たるものだった

それに自分は執行部隊の指揮官だ。毎日のように世界政府芸術協会には来れない――そもそもここよりも、スターオブライフにいる時間の方がずっと長いのだ

ええ、ほとんど進展はないわ

「クジラの歌」で特定できる範囲は、あまりに限定されているの。科学理事会の技術をもってしても、精度をこれ以上高めるのは難しいわ

それに「クジラの歌」には時間差があって解析するのに1カ月以上かかる。それから地上で捜索をしたって無駄なの――少なくとも私は10回以上失敗してるし

できれば、私も空中庭園からセレーナにメッセージを送り返したいけど……なぜかずっと失敗ばかり

時々、ついこう考えちゃうんだ……

彼女は一体どうして地上をさまよっているんだろう、なんで足を止めて、追っかけている私を待ってくれないんだろうって

もしかして私のことを忘れ、私たちが経験した全てを忘れたんじゃないかって……

客観的に見れば、位置の測定精度を上げられない以上、このまま続けてもセレーナを見つける確率はとても低いの

世界政府芸術協会の皆は私に気を遣って、一度もそんなことを言わないけど、きっと全員ほんとは諦めろって言いたいんだと思う

でも、私は「必ず彼女を見つける」という気持ちで、このプロジェクトを進めている訳ではないの

その現実を目の前にしながらそれを無視して、絶対的な自信があるなんてとても言えない……

でもこんなに時間がたった今でも、私は諦めたくない

今の彼女がどんな姿であれ、私の記憶の中の「セレーナ」と大きく変化していたとしても

彼女がどんな理由で、地上を渡り歩いていても……

私はただ彼女にこう伝えたいの。ここは、彼女がいつでも「帰れる場所」だよって

私が今持っているのは、願望ですらない。執念。ただの頑固ともいえるわね

それに、もし本当に彼女を見つけたら……彼女を探すのがどれほど大変だったか、文句を言わなきゃ!少なくとも3カ月――ううん、半年は言い続けてやるから!

そう言って、ピンク髪の少女は気丈な笑顔を見せた

そういえば……

アイラは何かを思い出したように、まだコネクトシステムにいる自分に手を伸ばし、手の甲を額に当てた

うん……よかった、熱くも冷たくもない。異常はないみたいね

あなたの体の状態は全部モニターに表示されているけど、自分で確かめないと安心できなくて

その慣れてるっていうことが逆に心配なの!

アイラの強硬な態度に、渋々頷くしかなかった。胸に貼った電極と、遠隔リンクのデバイスを外してコネクトシステムから立ち上がる

周囲を見渡すと、巨大な演劇装置「ハムレット」がコネクトシステムと繋がっていた。アイラを手伝えるのも、前回「ハムレット」でデータを集めたお陰だった

アイラと世界政府芸術協会のレオニーが、地上の「クジラの歌」の受信精度を高め、可視化できるデータに変換できるように「ハムレット」の技術を改良したのだ

だが、残念ながらその情報を見られるのは自分だけだった。それに「ハムレット」には遠隔リンクの制限及び人体意識の保護機能があり、現実に戻ると自分は全てを忘れている

まさにあやふやで思い出せない夢のようだ。「記憶」が流砂のように指の間から零れ落ちるような感覚に陥る

毎回、意識の没入状態から回復する時、その途方もない無力感がしばらく続くのだ

目の前のアイラはまだ端末の前に座って「クジラの歌」で見つかった意味のありそうな部分を解析している

セレーナが失踪してから、このような作業をすでに数年間続けている。あとどれほどこれが続くのだろうか

少女は微かな「希望」を握りしめ、諦めずに親友の足跡を探し続けている

彼女は数えきれないほどの失敗や失望を経験し、自身の無力さを何度も嘆いたことだろう

それでも、彼女は一度も諦めていなかった

毎日笑顔を浮かべながら、その「執念」を支える彼女の原動力は一体何なのだろう

ぼんやりとアイラを見ながら、乱れた思考をなんとかまとめていた時、先ほどからずっと気になっていたことが、ふと口をついて出た

今日のアイラはいつもの「極彩」機体ではなかった

この機体は「極彩」より洗練されており、執行部隊が使う戦闘機体のように見える。しかも芸術的なデザインも多く施されている。きっとアイラ本人によるデザインなのだろう

「万華」のこと?この機体は意識適合の調整が終わったばかりで、今はシンクロ率のテストをしているの

フフッ、もちろん。執行部隊の構造体のデータを参考に戦闘性能を重視したの。ルシアたちの特化機体ほどじゃないけど、天才的デザイナーが心血を注いだ遜色ない仕上がりよ

この前、科学理事会が意識適合の調整をした時、レオニーはさんざんアシモフに自慢してたんだから

この機体がもう少し早めに完成してたら、異重合塔が出現した時、あなたの力になれていたんだけど

もちろん、戦うため

そう言いながら、アイラはシュシュッとパンチを繰り出した

戦闘ってほどでもないけど……ただ、こういう準備もしておきたかっただけ

「極彩」も確かにいい機体だけど、正式な地上任務の時は、やっぱり機能不足なのよね

正しくは「執行部隊として」の地上任務だけど

フフ、半々といったところね

正しくは世界政府芸術協会によって設立された新しい小隊なの――名義上は執行部隊に分類されてるけど

えっ?指揮官は知らなかったの?えっへん、アイラがその理由を話してあげましょう

昔、世界政府芸術協会の考古学的任務の大部分は執行部隊と考古小隊が組んで行ってたの。なぜなら考古小隊の構造体の大多数は非戦闘員で、守ってもらう必要があったから

ずっと……正しくはセレーナの失踪後から、アレン会長はその状況を変えようと考えていた

大がかりな編成ではなく、執行部隊のように指揮官が率いる特殊小隊を作れば、危険を伴う任務でも、ああいった事故を減らせるんじゃないかって

異重合塔の働きが逆転したお陰で、アレン会長のその構想がうまくいきそうな可能性がでてきたの

なんといっても世界政府芸術協会は人類の黄金時代のテクノロジーを回収する責任があるし。奪還した地上面積が拡大するにつれ、こういった類の任務が更に重要になる

アレン会長が追加で出された条件を許諾しなければならなかったけど。例えば、小隊の運営経費は協会が負担するとか、今以上に科学理事会との協力関係を深めるとか……

とりあえず、小隊という形式だけは決まったわ。世界政府芸術協会の代表として、もちろん私もその小隊に入る。これだって人力の支援よね

実をいえば、私は宇宙ステーションの任務の後、ずっと新しい機体を申請しようとしていたの

あの件で私は思い知ったのよ。何かを実現したい時に「思う」だけでは足りないってことを

必要があれば、芸術家でも銃を構えなきゃ――モネ、ヴェレシチャーギン、ヴラマンクも、皆そうしていたんです!

アイラは自分の胸をドンドンと叩きながらそう話した。どうやら彼女は未来の計画を綿密に考えているようだ

たまにアイラのような性格が羨ましく思うことがある

そうかも……あの指揮官、あなたも覚えているかもしれない

ええ、もちろん他の人もいるわ

ちょうどいいわね、指揮官が会いたいなら、後で彼女たちを紹介するね――

その時、腕につけていた端末が鳴り出して、アイラの話を遮った

指揮官、そろそろ予定時刻です。明日から異重合塔周囲のBエリアの測量任務が始まります

指揮官は午前中、どちらに行かれていたのですか?

よければ私とリーフが指揮官をお迎えに上がりましょうか?

ルシアとの通話を切ると、アイラにすまないというつもりで頷いた

さすがは空中庭園のエース、指揮官は忙しいわね

なら紹介するのはお預けね。今度、彼女たちをグレイレイヴンの休憩室まで連れていくわ

でも、行き先をルシアたちに教えていなかったの?ふーん、一体どうして?

なぜか、アイラは意味深な笑顔を浮かべた

別に彼女たちに隠している訳ではないが、前回の退院以来、グレイレイヴンの皆、特にリーフが自分の健康状態に対して厳しい目を向けている気がする

今では徹夜しただけで冷たい視線を浴びせられる。もし自分が世界政府芸術協会で特殊な遠隔リンクをテストしているなんて知られたら――リーフがどんな顔をするだろう……

今度会う時は任務終了後ね

あ、指揮官、待って

振り返ろうとした時、手を広げて近付いてきたアイラにギュッと抱きしめられた

こちらが「突然の襲撃」のせいで慌てているのを見ても、アイラはただ目を閉じ、抱きしめ続けていた

20秒ほどもたってからようやく、彼女はそっと手を緩めてくれた

……これで大丈夫

指揮官にお礼を言いたかっただけなの

それに、自分を励ますための儀式的な……気にしないで、指揮官

ルシアたちのところに行かなくちゃ。遅刻するわよ?

個人端末の秒針が急かしてくる。アイラのハグの意味を深く考える余裕もなく、世界政府芸術協会を後にした

その時、廊下を歩く若い女性とすれ違った

どこかでその姿を見た気がするが、作戦会議の時間が迫っている。立ち止まらずにそのまま急いで通りすぎた

今の人……?

先日会った時は……とても緊張していたせいで、きっとあまりいい印象じゃなかったかな……

???

どうしてそんな残念そうな顔をしてるの?

突然耳元で囁かれたことにびっくりして、シルカは振り返った。彼女に話しかけたのは青紫色の髪をした女性構造体だった

あ、あなたは?

トロイ、意識海ナンバーBPO-74――私の間違いでなければ、あなたが私の新しい指揮官さん?

トロイさん……はい、初めまして、シルカです。目下、私がしばらくアイリスウォーブラー小隊の指揮官になる予定です。よろしくお願いいたします!

なるほど、若いのになんとも礼儀正しい……若すぎるけど

私はこれから世界政府芸術協会の隊長に会いに行くけど、あなたもそのために?

は、はい

さっきのあの指揮官には挨拶しないの?あなたは気にしていたみたいなのに

……い、いいえ、今は……まだそんな感じでもなくて

アイラさんを待たせてもいますし

行きましょう、トロイさん。芸術協会はすぐそこです