その時、全ての記憶がリーの脳裏に流れ込んだ
ここはやはり彼の意識海だった。全ての失敗と死を受け入れた意識海であり、過去と未来で異なる可能性のために戦っていた「リー」の意識海だった
それらは何かのきっかけで積み重なり、交錯して繋がり、目の前のこの混沌の空間を形作った
機体適合時に急に表れる意識海の過負荷や、その時一瞬だけ目にした場面の本当の源がここだったことを、彼はようやく理解した
この場所の存在理由はただひとつ、未来に関する「彼」の全ての記憶を封印するためだ
過去に向けて送ったメッセージは全て、唯一の未来へ導くためのものだった。しかし未来にいるリーは、情報を送り、それを受け取って起こしたリーの行動の全ての記憶を封印した
「偶然」という小さな手かがりだけを残し、リーを少しずつここに導いた
無数のリーが未来のために戦い、崩壊した時、もうひとりのリーは変数がもたらすバタフライエフェクトを阻止しようと、リーをここに引きずり込み、自分の手で自分を殺した
その瞬間、これらの記憶を通じて、リーは起こりうる全ての過去と未来を目にし、直感的にあらゆる情報をはっきりと目の前に出現させた
本来彼の記憶海はそんな膨大な情報量には耐えられないはずだが、ここでは他の世界線にいる「自分」の演算力を借りることができたようだ
そうすることで、彼は封印され、消去されたたくさんの記憶を思い出したのだ
それは、空中庭園のブリッジで武器を持った構造体に囲まれた記憶――彼らの目は赤い光を発し、全ての端末が同じ言葉を繰り返し再生していた
よく知るあの人が狂気の笑みを浮かべながら、ゆっくりとリーに銃を向けた
リーも銃を構えたが、トリガーを引くことはできなかった
それは、空中庭園が空から墜落した記憶――エデンは空気と摩擦を起こし、輝く流れ星となった。彼は燃える緋色の大地を疾走しながら、かつての仲間たちの胸を銃で撃った
しかし、結局は自分に差し出された手をつかむことはできなかった
それは、冷たい機械が大空と大地を覆い尽くす記憶――地球は枯れ果て、ただ鋼鉄と連なる焦土だけが広がる世界だった
グレイレイヴンの隊員は変わらなかったが、彼らはかつての指揮官を救えず、遺体を取り戻すことはできなかった
リーはまったく動けず、心からの友が戦うために去っていく後ろ姿を見て、全力で叫んだ。だが誰も応えてはくれなかった
それは、全てを埋め尽くす大雪の記憶――全ての命に災厄が降りかかり、あらゆる命が極寒の中、死に誘われた
この世界にパニシングの脅威はそれほどない。人々は永遠の冬の中で次々と倒れていく。少女が自分の魂を代償に救った未来も、終わりのない冬の闇に包まれている
周りにいくつものデータが現れ、人、あるいは不完全な人の形になった。それは無数の世界の「自分」だった。彼らはさまざまな表情で自分を見つめている
……僕は過去を変えようとして、よりひどい悲劇を引き起こしてしまった
最後まで……僕は一体何を救おうとして戦っているのかわかっていなかった
全ての人を救うことなどできない
これは僕からの忠告だ
変えられない過去に浸るな。「塔」に入る前に起きていたことを変えようとしても意味がない
塔に入って以降、存在する中から未来を探すんだ
僕はずっとそうやってきたはずだ
拳を握りしめたリーの目には自信があふれていた。まるで一度も失敗したことなどない、そう言っているように
全ての記憶がこの瞬間、彼の意識海で一体化した。全ての悲しみ、憎しみ、後悔が彼の一部となっていく
だが彼はまだ希望を抱いていた。自分の世界にはまだ無数の可能性があるはずだ。決まっていたはずのレールは「皆」の粉骨砕身の努力のお陰で、確実に変わっている
記憶の奔流の中で彼は「塔」のコアに隠されていた情報を手に入れた。それはすでに消えていた「リー」たちの最後の記憶に残されていた
彼ら自身の記憶が蛍火のように、リーが進むべき路を照らし出す
他の無数の世界で「リー」が伝えようとしたのは、悲劇的な過去や歴史を変えることではない。「彼」がやるべきことは、絶望的な未来を見ても確固たる意志で進むこと
幾千万もの戦いに直面しようとも、無限の未来で迷子になろうとも、前へと進む
この特別な意識海で彼は全ての自分を見た。どの体にも長期間戦ってきたことによる傷跡が残っている
数人の「自分」はもはやボロボロで、どれが誰かを見分けることすら難しかったが、彼らにはある共通点が存在していた
もう気付いていると思うが
白髪となった隻眼のリーが目の前にやって来た。彼の手中で何かが光っている。見ると、グレイレイヴンの認識票だった
どの時空にいても、あなたはグレイレイヴンの一員だった
運命がどう変わろうと、あなたは最終的にグレイレイヴンを選ぶ
だから……「あなたは、グレイレイヴンのリーでしか果たせない役目を、果たすんだ」
その認識票を見る彼の目はどこか遠くを見ていた。はるか昔を思い出し、彼には掴みとれない未来を見ているように
彼の顔にはリーとしてはおなじみの、他人行儀や悲哀といった表情はなく、温かく儚い微笑みが浮かんでいる。ガラスに反射した幻の太陽の光のように、淡いものではあったが
僕にはもうその機会が残されていないが、あなたはまだ戻ることができる。あなたを待つ彼らの笑顔を見るチャンスが、まだあるんだ
あなたたちは?
すでに答えを知ってはいたが、彼はついそんな質問をした
もちろん僕には自分の戦場がある
僕の使命はもう終わったんだ
僕は戦い続ける
僕にはまだかなえていない願いがある
まだ伝えていない言葉が……
……会いたい人がいる
守りたい未来があるんだ
横にひとりのリーが現れた。塔の中で自分を助けてくれた「リー」だと、リーはすぐに気付いた。その姿は自分が最もよく知る機体だった
僕たちは意識海に投影された「幽霊」でしかない。塔自身は時間を超越できるが、我々の存在はやがて「ルール」によって抹消される
最終試験で「僕」は選別をクリアできなかったから
選別……ルール?誰が何の権限でそんな「ルール」を作ったんだ?
僕も同じ質問をしたな
彼はやるせない表情をしていた。自分は上手く答えられない時、そんな表情をしていたのか
ふと、リーは考えた。グレイレイヴンやストライクホークと一緒にいた時、彼はいつもそんな顔をしていたと
……あなたはいずれ出会うだろう。その答えもあなた自身で見つける必要がある
あなたは自分が自分に仕掛けた謎を解いた。今からあなたは昔に戻ることはできなくなり、未来へ進むしかない
この意識海にもうひとつの記憶が残っている。これはとても重要な情報で、あなたが設定したタイミングで封印が解けるようになっている
チャンスは一度だけだ。僕たちがこの意識海を通して伝えたこの事実が、あなたの切り札になるだろう
その前に、上へ登るがいい。あの壊滅をもたらす光を止め、「塔」のルールを逆転させるんだ。そうすればあなたが大切に思う全てが救われる
最初の「リー」が全ての後悔と希望を未来に託すようにして、微笑みながら自分をそっと押し出した。同時に、リー本人の前に時の狭間が現れた
やり方はもう知っているはずだ。始めよう