リーは真っ暗な地下工場の中を必死で走っている。後ろから銃弾とビームの雨が降り注ぎ、横の鉄骨に当たって激しく火花を散らした
シャッターは警報を鳴らしてすぐに閉まったため、彼は巨大な機械と倉庫の棚の間で回避するしかない。角を曲がった彼の手をビームがかすめ、刺すような痛みが走った
次の瞬間、リーは体を滑らせて物影の通気口に滑り込むと、部屋の反対側へと移動した
チッ、服が……!
またマーレイへの言い訳を考えなければ。最近彼は、ずっと何かを言いたそうな表情をしている。なにより、病気が悪化したマーレイに、これ以上心配をかけたくない――
やつはどこだ。とっとと探せ!
……今はそんなことを考えている場合じゃない。まずはここから出ないと
焦るな、ここから外には出られない。今頃めちゃくちゃ焦ってるだろうよ。ボスが来る前にたっぷりいたぶってやるか
それにしてもたいした度胸だよ。まさかひとりでここに盗みに入るとは
1……2……3……残り4発か
通気管の外に滴った血を拭き取ると、リーは携帯していた包帯で腕を巻き、部屋の一角で残った弾を数えた
おい、リー、聞こえるか?そっちはどうだ?
小型通信端末から仲間の声が響き、リーは声をひそめて返事をした
目標の品を手に入れました。今は撤退中です
見つかってないな?
いや、見つかりました。事前情報に誤りが。セキュリティシステムの暗号キーは4層でした
解除に時間がかかって、あなたが作った監視偽装を3秒オーバーしたんです
……手に入れば問題ない。我々の作戦計画がバレてはいないな?
彼らが気付いたのは僕だけです
よかった。じゃあ、予定の場所で合流だ
向こうはすぐに通信を切った
工場内にふたり、外には少なくとも6人はいる……考えろ
彼は暗い空間を見回した。ここは工場内の機械倉庫で、失敗した実験品や不具合がある機械パーツが山積みになっている
彼はその中から探していた物を見つけた
これは血の跡だ!
負傷したな。遠くには行けないはずだ
あそこに人影が!右へ行ったぞ!
追え!
おかしい……さっきまでここにいたのに……
あっちだ……!
棚の後ろから黒い影が飛び出し、粘りのある液体をポタポタと滴らせながら、片隅にあるガラクタの山に飛び込んだ
かくれんぼが下手すぎるだろ。あの怪我じゃ動くのも精いっぱいだろうよ
守衛たちが笑いながらそこに2発の銃弾を撃ち込んだ
殺すんじゃない。情報を訊き出さないと
いや違う……あれは……
近付いてようやく気付いたが、ガラクタの山に飛び込んだのは侵入者ではなく、ボロボロの人型機械だった
【規制音――】、俺らが見たのは人間じゃない!
これは倉庫に置いてあったガラクタだ!なんで動くんだ?
待て、それならやつはどこに!?
君たちは口数が多すぎる
ふたりの守衛は背後に現れた人影がどこの暗闇から現れ、どんな手つきで自分たちの喉を掻っ切ったのか、知るよしもなかった
リーはナイフを腰に戻すと、息絶えたふたりを地面に寝かせた。彼はシャッターのカードキーを探し当てると、振り返りもせずその場を立ち去った
……何をしてるんです?
合流地点で待っていたのは仲間だけではなく、額に突きつけられたのは冷たい銃口だった
武器を下ろしてブツを渡せ。小細工はするな
……
二度も言わせるな!
リーはポケットに手を突っ込むと、メモリーのようなものを取り出した
よし
満足気にメモリーを受け取ったその人物は内心安堵していたが、顔には残念そうな表情を浮かべていた
お前の素晴らしい能力には感心してるんだが、すまない、お前には今日ここで死んでもらう
……それが一部の情報を隠した理由か
体温が一気に下がり、鼓動は速くなる。急いで手当した傷口が再び開き、失血過多による目眩と脱力感に襲われた。リーは歯を食いしばり落ち着こうとした
鋭いな。だからお前を「信用」してるって言ったんだ。あんな状況で複雑なセキュリティシステムを解除できるんだからな
おっと、追手が来たようだ
後は頼んだぞ、「相棒」
彼は笑いながら銃口をリーの足に向けた
――侵蝕度減少、基礎機能モジュールのチェックを開始
……
――聴覚モジュールチェック完了
リーさん!!
……リーさん、ここで降ろしますね……!待っててください、すぐに治療します!
誰かが自分を呼んでいる
ひとしきりバタバタと慌ただしい音の後に、リーはリーフとルシアが焦りながら助けを呼ぶ声を聞いた
(記憶が混乱しだした……侵蝕のせいか)
しかし彼は声を出せなかった。視界はパニシングの侵蝕による異常のせいで赤や黒のキューブが絶えず形を変えて点滅し、捻れた螺旋のように意識海で爆発した
痛みが意志を殴りつけ、パニシングは彼の思考を乗っ取ろうとしている。リーは残り少ない全ての力を集中させ、正気を保とうとした
体でティファの最後の一撃を受け止め、パニシングが傷口から機体に侵入した。だが指揮官のマインドビーコンとリンクしているため、侵蝕度は上がらず、ゆっくり減少している
リーフがリーの応急手当をし、彼らは地下鉄の中の安全な場所にいた
――視覚モジュールチェック完了
いつもキリっとした表情のルシアが、珍しく焦っている。グレイレイヴンに入って以来、彼女がこれほど取り乱したのを見るのは初めてだ
リーフが一心不乱に傷口の手当てをしている。指揮官はリーに肩を貸し、体を支えてくれている。表情は見えないが、肩に回された腕が小刻みに震えているのがわかる
こんな状態に慣れていないのだろう、そうリーは気付いた
心配しなくていい、何でもない。リーは「大丈夫です」と言おうとしたが、いくら頑張っても口が開かない
(意識海と機体制御の端子が……連動していない?)
(侵蝕度は下がっているのに、機体を制御できないはずがない……残る可能性はひとつ)
(……自分の意識海をチェックする方法を考えないと)
意識海をチェックするには休眠して自己深層潜行をする必要がある。その間は外界の感知を全て切断しなければならない。その時に危険が迫っても彼は何もできない
(ここで終わってしまうのはバカげている。でも……)
状況が逼迫した時は、行動能力を失った隊員を見捨て、撤退する。必要ならその「隊員」を「囮」に使ってもいい。これが黒野の「ルール」のひとつだった
しかし撤退が大幅に遅れても、侵蝕体に何度も包囲されても、グレイレイヴンは彼を見捨てることなどまったく考えていなかった
――自己深層潜行をするには外界との繋がりを断ち切り、まったくの無防備になる必要があった。だが今、自分の隣にはグレイレイヴンがいてくれる
「グレイレイヴンの仲間それぞれが、グレイレイヴンが羽ばたくために必要不可欠な翼です。離れるべきではありません」
彼らは皆、自分の誓いに背くことはなかった
(だからこそ……彼らに心配をかけられない。少なくとも今は自分でできる限りのことをしないと)
(しばらく外界との感知を切断し、自己深層潜行をする)
怪我のせいで昏睡した経験は何度もあったが、彼は初めて……安心を感じていた
……
目に映るのは自分の意識海とは異なる、混沌として無秩序な空間だった
……
今のは何だ!?
一瞬、データに異常が……パニシングのせいでロジックに乱れが?
ここで時間を無駄にはできない
ひとつひとつチェックしよう
広大な意識海空間の中で、リーは赤色の結晶体が浮かんでいるのを見た
これが異常の原因のようだな……
これは……ティファのデータの欠片?こんなものを組み込まれたのか……
すぐに取り除かなくては
その結晶に触れた瞬間、リーは別の不気味な空間に吸い込まれた