Story Reader / 本編シナリオ / 21 刻命の螺旋 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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21-12 俯瞰されし現実

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螺旋の塔の赤い光がエデンの人工空を故障させ、赤く染めた。その赤い光は蜃気楼のように歪んで、人工空で揺らめいている

かつては秩序の代表だった楽園が、今では混乱の坩堝である地獄と化した

そんな中で、ひとりの青年がパニックでひしめく人々の間を走り回りながら、誰かを探している

リーと別れたすぐ後に、マーレイは早々と任務の異常に気付いた

ケルベロスの任務はニコラ直々に下達する。しかし今回は指揮システムから内容不明の出撃命令が出た。暗号チャンネルで総司令に連絡しようにも、まったく繋がらない

どこもかしこも異常をきたした者で混乱しており、もはや何度警告を放送しても無意味だった。その光景を見るだけで、空中庭園が危機的状況なのがわかる

マーレイは何度も端末から通信要請を送ったが、いつまで経っても返信はない

不安を押し殺しているマーレイの目に、怪我をした住民を助け起こそうとしているふたりの人影が見えた

その内のひとり、優美な後ろ姿の女性は、この混乱の中とは思えない落ち着きを見せていた。周囲に対して絶対的な支配力を持ち、彼女さえいれば、もう異常は起きないかのようだ

(監察院の人?彼女がどうしてこんなところに……)

ラスティ、スターオブライフはもう満員だから、彼女は私に任せて

ここで治療するのですか?

イシュマエルは答えず、ただ笑顔を浮かべて頷いた

…………

ラスティと呼ばれた女性は支えていた怪我人をイシュマエルに引き渡した。彼女はイシュマエルをじっと見つめ、不安げな様子を隠そうともしない

何か心配なことでも?

いえ、私はただ……

違うわ、後ろに立っているそこの方に対して言っているの

…………

すごい洞察力ですね、恐れ入りました。こんな混乱の最中で、背後の視線にも気付くなんて

マーレイはうわべの社交辞令でごまかそうとしたが、眼前に立つ構造体の目が自分を完全に見透かしているように思えて、瞬時にビジネススマイルを引っ込めた

あなたが焦ってらっしゃるように見えたから

何か心配なことでも?

彼女は再び同じことを問いかけた

お恥ずかしい限りです。実は兄とはぐれてしまって、探していたんです……この人を見ませんでしたか?

マーレイは端末上にリーに関する資料を表示した。隣にいたラスティは資料を見た瞬間、ぎゅっと眉根を寄せた

グレイレイヴンのリーが……あなたの兄ですって??イシュマエル先輩、イシュマエル先輩、この人、さっき駐機場を襲ったあの人ですよね?

駐機場を襲った?どういうことです?詳しく教えてください!

えーっと、私たちは、駐機場で戦闘が起きて多くの構造体が負傷したと連絡を受けたんです。どうやらその人が輸送機を盗んで地球に向かったみたいですよ

本来こういった業務は監察院の仕事じゃないけど、この状況じゃ、そんなことも言ってられなくて……

ラスティが髪の毛をくるくる指に巻きつけながら、再び文句を言いかけたのを見て、イシュマエルがその会話を引き取った

私から説明しようか?

はいはーい

ラスティはそう言ってすぐに後ろに下がったが、その目は先輩をじっと見守っていた

私たちも最初に命令を受けた時、また指揮システムの混乱による誤指示だと思っていたんだけど……

でも現場に駆けつけて、襲撃された構造体からこの映像を抽出したんです

イシュマエルが端末に映像を表示させた。そこには構造体兵士と戦っているリーがはっきり映っていた

兄さん……まさか……

まさか彼にも異常が?一瞬そう考えたマーレイは、兄の目を見た瞬間にその考えを捨てた。兄の目には戦場へ赴く決意が宿り、それは彼がよく知る色だった。つまり……

……また黙ってひとりきりで危ないことを……

無力感と怒りがふつふつと湧き上がり、続いて不安と悲しさが静かにこみ上げた

自分がどれほど手駒を持っても、どれほど努力しても、どれほど準備や手配に時間を費やしても……兄が自ら死地に向かうことを止められないのだ

マーレイは今すぐ空中庭園から地球へ向かい、兄を無理やり止めるか、もしくは彼と一緒にその危地に突入したいという強烈な衝動に駆り立てられた

これからもずっと去っていく兄の後ろ姿を見ているだけなんて、マーレイにはもう耐えられそうもない

……ありがとう。用があるのでここで失礼します

マーレイは駐機場へ向かおうとした

時に……

イシュマエルはマーレイが去るのを無言で見送るつもりだったが、何かに突き動かされるようにしてゆっくりと口を開いた

人は困難や悲哀を、家族と分かち合うことはせず、独りきりで抱えることを選ぶものです……あなたもそうなのでは?

僕は……

血が繋がった同族は、種と土のようなもの。お互い寄り添い、別れられない

でも一度芽吹けば、植物はただ空へ向かって伸びていくだけ

今の彼は、もうとっくに大樹になり、地面の土とは離れているのかもしれない

でも……土と交わした契りは変わったりしないわよね?

……

ごめんなさい。余計なことを言っちゃったみたい

彼女は詫びの言葉を口にした。だがその虚無ともいえる笑みが浮かぶ白い瞳は、マーレイの心を真っすぐ見抜いているようだ

どちらにしろ、最後は後悔のない選択を。あなた自身も……その親しい誰かさんも

……いえ、ご忠告ありがとうございます

…………

グレイレイヴン指揮官、今兄さんと……リーと連絡が取れますか?

予想外の人物からの通信だった。電波干渉のせいで、画面に映るマーレイの姿はぼやけている

彼はいつも冷静で、優しげな雰囲気をまとっているが、今は不安と焦りがその顔にありありと表れていた

……あなたの指示で?それとも彼自身の選択ですか?

マーレイは詰問している訳ではない。ただとっくに知っている答えを、無駄と知りつつも訊いている、そんな風情だった

やっぱり……最後まで僕には何も話さず、止める機会すらくれなかった

マーレイは目を赤くして、苦笑いを浮かべた

リーは一度決めたことは何があっても貫き通すことを、マーレイはよくわかっていた。それに兄は勝算もなく、感情に任せて徒に行動する者ではないことも知っている

だとしても……いくらなんでも危なすぎる……

……一緒に戦う、ですか……

兄さんはとても賢い人で、どんな状況にあっても常に冷静で、一番いい解決法を見つけてくれます

でも……それはつまり、彼は自分を犠牲にするしかないという状況になれば、冷静にそれを選ぶということ

マーレイの声が抑えきれないほどに震えている。そして今までのどんな言葉よりも、彼は真摯に懇願してきた

もしそんな状況になったら、どうか……彼を、兄を止めてください

どうか……僕の心からのお願いです

そうですか……じゃあ、僕も自分にやれることを

マーレイは独り言をつぶやき、モニターから目をそらすと、船の外に遥か遠く浮かんでいる地球を見つめた

兄さんのことは任せました、グレイレイヴン指揮官

彼がそう言い終わるや否や、通信が切られた

その時のマーレイの目に、なぜか不安を覚えた

リーにもう一度通信要請を送ってみたが、マーレイ同様、返信はなかった

指揮官!

他の小隊の多くの指揮官に精神異常が起き、そのせいで精鋭小隊も影響を受けています

それは指揮官への負荷が高すぎます。もし限界を超えたら、シーモン指揮官の時みたいに……

ですが……!

……わかりました……でも、無理はせずに、危なくなったらすぐに止めてください

もちろんです、お任せください!

わかりました!

任務達成。隊長、そっちはどうよ?

先ほど[player name]から連絡が来た。私はこれから西の方の支援に行く。そこで異常をきたした構造体を[player name]のもとに連れていく

えっ、ひとりで複数の構造体とリンクするんすか?

私も指揮官に協力し、負担を減らすつもりだ

立て直すには時間が必要だろう。できることから始めなければ

グレイレイヴンにはルシアとリーフしかいないのか?リーは?

まだ情報がないんだ。だが先ほどの連絡の際[player name]が、リーは新しい機体に換えてあの塔に向かったと

たったひとりで!?まーた、あのアニキはそんなことを!

今は非常時だ、指揮官とリーの判断を信じるしかない

我々は先にグレイレイヴンの支援に向かう。そちらの任務が終わったら合流してくれ

おっけーっす!

気をつけて。近道したってどこも侵蝕体だらけだから

任せろって!

同時刻――

ラスティ

先輩ぃー!ここはもう問題ないみたいですよ。次の場所へ行きましょう

イシュマエル

ええ……最後の処理は私がするわ

彼女はおっとりと答えると、振り返ってまだ混乱が続いている空中庭園を眺めた

ラスティ

じゃ、先輩にお任せしちゃいますね!私はちょっと休憩……じゃなくて!片付けに行きまーす!

通路の中央でゲシュタルトが投影するリアルタイムの地球の映像には、目を刺すように赤い色が映っている

イシュマエル

…………

より高度な次元に繋がる「階段」が現れた……この破滅の光は、その副産物にすぎない

――人類はやっとここまで来た

イシュマエル

……予想よりも早いけれど

ゲシュタルト

全てが加速しています

イシュマエルの耳にゲシュタルトの冷たい声が聞こえた

ゲシュタルト

演算の結果では、人類が階段を上るかどうかにかかわらず、未来は――

イシュマエル

ナナミ、まだそこに?

彼女は微笑みながらその名前を口にした

ゲシュタルト

彼女は破滅を変えられません

イシュマエル

確かに「現在」の彼女には変えられないでしょうね

ゲシュタルト

参考データが足りません。データベースを更新してください

イシュマエル

その必要はないわ

彼女のプレゼントを受け取った人はもう出発している。これまでの「均衡」は崩れ、人類はパニシングと対抗できる可能性を手に入れた

でも「階段」の降臨が早すぎたわ、ほとんどの人はまだ準備ができていない

……これから……

イシュマエルはホログラムの地球をそっと回した。しかし隣で彼女を見つめる視線に気付いていなかった

ラスティ

イシュマエル……先輩……

どうやら、螺旋の塔が現れたようですね

はい

片翼の少女は目の前の男性に向かって一礼した

あの方は……慈悲者も動き出すと思いますが……人類を助けるのでしょうか?

干渉の必要はありませんよ。人類に手を差し伸べるなら、我々にとってはそれはそれで結構なこと。人類が一体どんな切り札を隠し持っているのか、見てみたいところですし

螺旋の塔の出現は予想よりずっと早かった。もし人類がここで退場してしまうなら、これからの旅は更に退屈になりますね

人類の盛衰に関係なく、螺旋の塔は昇格ネットワークに対し、一定の影響を与えうる

それゆえ昇格ネットワークと最も密接な関係を持つ我々も、影響を免れないということです。これは人類だけでなく、我々昇格者にとっても試練といえる

「選別」そのものは絶えず進化するもので、常に同じ基準という訳ではないですが

だからこそ、我々がここまでに準備してきたことを早めるべきでしょう。あの「新人」をここに。彼女に確認してもらいたいことがあります

また会えたね

あの塔は一体……何?

あの方にかなり長い間仕えている風なのに、何も聞かされてないのかい?

……私はただの裏切り者だし、そんなことを私に教える訳ないじゃない

おいおい……私の前でまで芝居はよそうよ、裏切り者のお嬢さん

……わかったよ

これでいい?

うん、やっぱりその姿の方が見慣れてて落ち着く。お帰り、迷子のラミアさん

ふーん。前も……同じことを言ってたよね

この間、私と君の間では色々あったからね。前回だけじゃなく、今回も、かな

そ、そんなことより、あの塔のこと、本当に何も知らないの?

あの方は何も言ってくれないね。まあ実際、私はまだ仲間じゃないから

ただ、彼はこの日が来るのをとっくに予見してた、そのために準備していたのは知ってるさ

……まあ、彼の「誘導作戦」は、単に離反者を増やすことで、赤潮の海への流入をカモフラージュしてるんだと思っていたんだけど

今思えば、赤潮を海に流したのはおそらく、次の計画と関係していたのかもね。それともまた何かを隠すためなのかな

本当にそんなことまで計算してるの?

さあ、どうだろうね。でも全てが彼らにとって有利に動いているのは事実だ

あんな役立たずの離反者たちの中から、選別をクリアした昇格者がひとり出たんだしね。ほんと、強運だよ

でもこのゲームはまだ終わっちゃいない。まだわからないけど、別の変化が起きるって可能性もある

じゃあ、彼は……私が離反者の中に隠れてるってこと、気付いてないよね?

どうだろう。彼はそんなこと、どうでもいいのかもしれないね。長い間失踪中の君には情報集めを頼んでたけど、とくに彼が気に留めるような情報はなかったんだろう?

……でも離反者に偽装するっていうの、そっちのアイデアじゃない!

で、あなたは?別行動になってから、どうしてたの?

彼は私にルナ様の情報と、選択肢をくれた。その選択肢はそのまま、ルナ様に委ねたよ

彼女はたぶん、もう月を離れたんじゃないかな

私がルナ様に会いに行っている間、君は惑砂と一緒に彼のスペシャルゲストにつき合っていたの?

そう、だいたいは彼を手伝って離反者を呼び集めてた。でも最後になって彼ですら「ゲスト」を逃がしちゃったんだ

収穫なしってことか

……そ、そういうことじゃないけど……

ふうん?何か情報でもあるのかい?じゃあ、ルナ様を探しに行く道中に聞かせてよ

え、ほとんどがあの惑砂に関する情報なんだけど、彼の意識って何個も複製されてるみたい

あの代行者がその技術を持ってるの。惑砂が死んだとしても、彼はクローンの意識を使って、また惑砂を……

荒れ果てた大地に吹きすさぶ風が、人々の悲鳴を運んでくる。誰も耐えられない高濃度のパニシングの中で、か細い人影がゆっくりと立ち上がった

…………

塔を見上げていた彼は、横にいる異合生物をなでながらため息をついた

お前たち、まだ生きていたんだ……

ひとつ前のボクは、きっとお前たちを守るために死んだんだろうね

惑砂は自分を励ますことに慣れているようで、こくっと頷いてから、側にいた別の異合生物に歩み寄った

惑砂

背後から少女が彼を呼び止めた。惑砂が振り返ると、ハイジの隣にマジックハットをかぶった女性が見えた

???

こんにちは、惑砂ちゃん、私を覚えていますか?

リリスさん……無事でよかった

リリス

全ては惑砂ちゃんのお陰。ありがとね……違った、ひとつ前のあなたに言うべきだよね。直接言えなくて残念

あれ以来、私たちが会うのは初めてよね?よろしくね。これから私があなたの仲間、新しい昇格者よ

昇格者……それはあの方が決めたこと?ボクは覚えていない

リリス

前のあなたも同じ質問をしていたっけ。心配しないで。全部私自身が希望したの。どんな結果になったって、受け止めるわ

でも、本当に大丈夫?

リリス

もちろん、私はリスキーでドキドキすることが大好きなの。これから起こることを特等席で見るために、あえてフォン·ネガット様に頼み込んだんだから

それにあなたたち今、忙しいんでしょ?

…………

あの方が予見した未来がもうすぐ訪れる。だから強力な助っ人が必要なんだ

だから……よろしく、リリスさん

リリス

ありがとう~。フォン·ネガット様が呼んでいるから、お先に失礼

……うん

惑砂……あの方からの伝言です

「その場で立ち止まらないように」

「君は昇格、授格以外の可能性を見つけた。任務はすでに完了している。これ以上、実験品に時間をかける必要はない」

時間をかける必要はない……

惑砂は少し離れた場所で黙って立つ人影に目を向けた

……彼を処分しろと?

あの方は「惑砂のお気に入りなら、彼を残してもいい。だが今は優先すべきことがある」と

わかった。最後にもう一度訊いたら、彼を封印する

ハイジは頷き、リリスと一緒に立ち去った

緋色の空の下に残されたのは惑砂とあのボロボロの姿だけだった

……聞こえたよね。ボクからの最後の質問だ

あの塔の出現は、あの方の全ての予想を証明した

こんな災いに対して人間も構造体も、何も変えることなんてできない

あなたが記憶の中で経験したのと同じだよ……決定を下せるのは、力のある人だけなんだ

あなたが列車から落とされてからずっと面倒を見ていたのはボクでしょう?

今こそ選ぶ時だよ……怪物さん