フハハハッ、新型特化機体の成功サマサマだな、我々が議会の主導権を握る「正当性」を手に入れてやったぜぇ
まさかあなたの口から、正当性という言葉を聞くとは思いませんでした
ひどい言われようだな、ん?俺はルールを重んじる人間なんだ。でもたまに容易く破れるようなルールがあると、ついやっちまうんだよ
この男と言い合っても意味がないことをレベッカはよくわかっている。彼女は会議室にいる他のふたりに注意を向けた
リスト議員、30分後には世界政府の常任会議です。あなたは外交院の議員として参加する予定ですね、議題の準備はできています?
リストは頷き、用意していた議題をグリースに渡した
早々に用意しています。今回はノルマン鉱業グループの責任者を、市民代表として議会に参加させようと考えています
レベッカはリストが連れてきた男を見た。派手な服と華美なアクセサリーを身につけた男は、彼女の視線に気づいてウィンクをしてきた。レベッカはそれに冷ややかに無言で返した
今回の会議は昇格者の研究を大っぴらにできる絶好のタイミングだ。人類の進化に新たな可能性があるとわかれば、やつらもきっとこの俺の偉大さを理解するだろうよ
グリースは議題を読みながら、レベッカに向かって指を鳴らした
私とグリース長官で昇格者に関する資料をまとめます。議会に関してはリスト議員に任せます
レベッカさん、俺もいるから、俺だって頑張っちゃうよ
そうですか、ではお任せします……
リス坊……俺もついに老眼が始まったのかねえ。この議題が抽象的すぎてボンヤリしちまって。ちょっともう一度説明してくれないか
突然、レベッカの背後でグリースの声が聞こえた。いつもの調子と違い、その声には威圧と怒りが満ちている
私は議会でこのように提案するつもりです。再起動した零点エネルギーリアクターとエンジンを空中庭園に搭載し、星間移民艦としての機能を復活、人類を乗せて地球から離脱……
リストがまだ話している途中で、グリースは手にしていた概要の紙をリストの顔に向かって投げつけた。しかしリストはそのまま顔面でその紙を受け、一切動じない
てめえ、裏切る気かよ!
この議案の価値をグリースは十二分にわかっている。もし議会でこれを出せば、大きな説得力と可能性をもたらすだろう
リストは無表情のまま地面から紙を拾い上げると、トントンとその束を綺麗に揃え直した
黒野ではあなたは私の上司ですが、厳密には私はあなたの部下ではありません。私の仕事はあなたの補佐であり、命令の絶対服従ではない。ですからこれは裏切りには該当しません
それにあなたの昇格者に対する執着心は、組織のプロジェクトとして許される範疇を遥かに逸脱している。昇格者の研究はリスクの解明まで、無期限に延期されるべきでしょう
グリースはリストの胸ぐらを掴むと、ドンッと壁に押しつけた
いつからこんなモンを企んでやがった……
「大きな魚を釣るなら、餌をケチるな」……目的達成のために、餌は上等で大きければ大きいほどいい。そのためなら、我々ふたりが餌になることもやぶさかではない
いずれにしろ……私は空中庭園を守り、人類のために最適な道を選ぶだけです
リストを睨みつけながら、この薄情と思えるほど常に冷静な男も、根っからの「狂人」だったことにグリースは気づいた
多くの侵蝕体が続々と1カ所に集まったせいで、パニシング濃度は絶えず上昇し続けている
【規制音――!】ぼやぼやしてる暇はねぇな……こいつらを外におびき出さないと!
ガ!ガ――――!!
まずは生き延びる方法を考えるんだ……
すぐ側にいた侵蝕体が両手を広げてカレニーナに襲いかかった。しかしその侵蝕体は飛び上がった瞬間、空中で静止した
その不思議な挙動を見ていたカレニーナはあわてて飛び下がり、武器を構え直した
しかし、侵蝕体は攻撃してこない……正確には攻撃ができなかった。侵蝕体は空中で数秒間止まったあと、いきなり壁に叩きつけられ、壁が大きく割れた
カレニーナは驚いて自分の足下を見た。地面がまるで波のようにうねっている。幻覚でもなく、地面が軟らかくなった訳でもない。地面の近くの光が重力波で歪んでいるのだ
その重力波に触れた侵蝕体は地面に吸い込まれるようにしてめり込むか、天井を突き破って宇宙へと飛ばされるか、空中でまっぷたつに引きちぎられてしまう
カレニーナは後ろへ飛びすさって、重力波の範囲から離れようとした。その際、胸から転がり落ちた鉛筆が、重力波に触れた瞬間に木屑と化した
零点エネルギーエンジン……!
考えられる可能性はひとつだ。リアクター配列の複数の制御中枢がパニシングに侵蝕され、供給中の零点エネルギーが倍増し、制御不能の重力波を発生させている
零点エネルギーエンジンがこのまま暴走したら……
おいおい、侵蝕どころじゃねーぞ。月面基地が完全に破壊されちまう……
強化され、地下に埋められた零点エネルギーリアクター本体は別として、あとは跡形もなく破壊されてしまうだろう。空中庭園を宇宙へと送り出す、この夢のようなエンジンも
クソッ、全て止めてやる!
――全てを止めなければならない……
最悪の事態に備えて準備をしていたつもりだが、事態は完全に全員の予想を超えてしまった……
もちろん必死に止めた。しかし黒野の研究員たちは検証がまだ不十分な逆元装置の量産化を強行した
なんと愚かなことだ、我々が銃口に怯えるとでも?パニシングに比べたら、銃弾など子供のオモチャのようなものだ
もう研究員の生き残りはたった5人だった。機械も持たない我々は、至近距離でパニシングに接触し続けないと、研究そのものを続けられない
血清は役に立たず、パニシングに接触した人々は回復する間もなく研究し続け、二次侵蝕された。カノン博士も脳を侵蝕され……多くの人が、重度侵蝕に苦しみながら死んでいた
我々を前へと進ませるのは、ボロボロになったこの肉体ではない。向けられた銃口など、パニシングと比べたら少しも怖くない
すまんな、地球にいる前線部隊を支える希望を、どんな手段を使っても届けなくちゃならない……ためらってる場合じゃないんだ
100、いや、1000人以上が構造体改造のせいで死ぬだろう。だが地球奪回戦線の全面崩壊よりずっと安いもんだ。人類にとっちゃ、そんなのは「必要な犠牲」の内だ
黒野の中で一番嫌味な野郎がそう言いながら我々を脅迫し、逆元装置を量産化させた
我々も黒野もそのリスクはわかっていた。しかし「希望」という言葉が、無情な手で我々の首を締めつけた
第一期の逆元装置が量産され、黒野の手に渡ったあとに、我々はやっと安定した逆元装置を作り出せた……
だが、遅かった。改造手術台で命を落とした者たちにとっても、我々にとっても……全てが遅すぎた
我々が恐れていたことが、ついに起きてしまった
性急に量産化したため、機械を使った製造がどうしても避けられなかった。我々の最高品質の設備ですら検出できなかった微量のパニシングが、その機械を侵蝕し、蔓延し始めた
現場にある機械は数少なく、拡散速度は非常に遅かった。しかし我々が気づいた時はすでに、一部の構造体素体が侵蝕体化してしまっていた
彼らは反撃能力を持たない我々に襲いかかった。我々はただの研究者なのだ。抗う術などあろうはずもない……
他の者は……全員死んだ。最後は……私とカノン博士だけが零点エネルギーリアクターのある場所へ逃げ込んだ。カノン博士は脳が侵蝕されたせいで、ずっと意識朦朧の状態だ
ほら見てみろ!地球だ、地球だぞ!
ここに逃げこんだ目的は、空間壁を開放して減圧し、全てのパニシングを宇宙に吹き飛ばしたいからだ。しかもここなら美しい地球を見ることができる
私はカノン博士と我々の研究資料を、唯一の脱出カプセルに押し込み、気流に乗せて宇宙へと発射した。運がよければ、物資定期輸送船がカプセルの信号を受信し、救助するだろう
私にはここに残り、やらねばならないことがある。零点エネルギーリアクターのコンピュータ配列を止めなければ
制御プログラムは使えなかったので、直接炉心まで行かないと停止できない……カノン博士の言う通り、今の私には最も原始的なこの方法しか思いつかなかった
機械を使う便利さに慣れすぎて、炉心へ向かう道の途中で命を落としてしまいそうだった。あるいは、酸欠による脳の生理的反応だったのかもしれない
私の予想通り、空気中に漂う有毒物質は全部宇宙へと吹き飛ばされたようだが、侵蝕体はまだ動いていた
彼らは私を追ってこのリアクターの炉心へ入り、私を引き裂こうとしているのだ
ガァアアァ!
やつらをここに閉じ込め、私がリアクターのエネルギー供給を止めれば、この場所は完全に封鎖されるはず。永遠に閉じられたまま、あの美しい青い光も消えてくれることを祈る
今回の事故報告について、紙に書き留める暇がなかったので、私が個人で所有する骨董品に記録した……おそらく、この録音が聞かれることは永遠にないと思うが
だがもし……万が一、誰かがこの昔話を聞いたなら、人類はまだこの災害で滅亡せず、我々が灯した科学という名の松明はまだ消えていないということになる
――それならばあなたの物語を教えてくれないだろうか。人間の未来の物語について教えてほしいんだ