月――地球に最も近い天体
古来、人類は闇夜に対する全ての幻想を月に託していた
月には神が住んでおり、地上の人々の全てを見守っているのだと思う者もいた
時代がどれほど移り変わろうとも、月は変わらず冷たい光で地球を照らし続けている
やがて人類は初めて月に足跡を残し、月にとって、
神話と幻想に満ちあふれていた白銀の時代は幕を下ろし、その後に人類の黄金時代が始まった
開発依頼を受けて、カレニーナとドールベアが月面基地に来てから、もう1週間が経っている。Ω武器のテストタイプが完成したあと、カレニーナはすぐに次の仕事に取りかかった
意識海マッチングテスト完了。機体安定度の理論値は……ねえ、右手を動かしてみて
こうか……?
OK、問題なし。機体のベース性能や各指標は汎用機体の数値を大幅に上回っている……あの人たちが提供した素体には一体どんな技術が使われていたのか……
お嬢サマ、もう動いていいか?
ちょっと待って……これから免責条項を読み上げるわ、録音しなくちゃ
はぁ?何だよそれ……
私が本機体調整に参加したのは、カレニーナ隊長からの脅迫かつ強制である。新機体爆発に起因する隊長の死は事故であり、コスモス重工業技術者ギルドからの責任追及は免除……
【規制音――!規制音――!!!】、お前こそ死にやがれ!
体と繋がったコードをブチブチと乱暴に引き抜くと、カレニーナは整備台から飛び上がって、手足を動かした
ふん、機体性能は悪くない……機動性、瞬間火力、バランス性能……オレのオーダーよりも上回ってるじゃねえか!
あんたが改造要請を出した機体でしょ。何を今さら驚いてるのよ……
改造プランはオレが自分で設計したけど、こんな短期間で仕上げられたのは、あのおっさんが機体の素体を提供してくれたからだしな
あのおじさんと月面基地の連中……本当に大丈夫なの?
カレニーナについて月には来たものの、ドールベアはあのグリースという男をまったく信用していなかった
さあな、でもオレらの仕事とは関係ない。オレは地上にいる連中を助けられれば、それで十分だ
ドールベアが見守る中、カレニーナは空中に向かって可変式ハンマーをブンブンと振り回した
どうよ、格好いいだろ!
そうね、とても似合ってる
まさか褒められるとは思わず、カレニーナは少し照れくさそうにしている
ハンッ……そりゃ、オレがデザインした武器だからな。火力も出るし、どんな戦いにも対応できる……
……細かい操作がいらないっていうのが、点火ボタンを押すしか能がない火力バカにうってつけね
……お前がオレの新機体のテスト相手になってくれるって?それはそれは。じゃ、遠慮なくぶっ放してやるッ!
ふたりの喧嘩が一触即発の状況になった時、研究者らしき男が整備室の扉を開け、気まずそうに体をすくませながら入ってきた
アハ……ハハ、その、えっと、我々がテスト専用の実験機体を準備したから、ふたりでやりあう必要はないよ
この見るからに気の弱そうな男はエイハブといい、月面基地の研究主任を務めているらしい。だが、その押しに弱い性格は研究主任に到底ふさわしいとは思えない
エイハブ主任、オレらはちょっとじゃれ合ってただけだ……
アハハ……私も冗談のつもりだったんだけど……
気まずい空気の中、ドールベアはため息をつきながら、テスト端末の後ろから立ち上がった
新機体のテストを始めないと。エイハブ主任、実験場へ案内してくださいます?
あ、ああ、こっちだよ。本当にさっきのはただの言葉のあやで……
はいはい、それについてはわかりました
ふたりはエイハブとともに整備室を出て、実験場へ向かった。すると整備室の片隅で黙って全てを見ていたふたりが会話を始め出した
あの機体が彼女の「ふたつめ」の条件ですか?なぜ我々が開発した機体を素体として提供したのです?あれは大変な苦労で「彼女」を研究して、作られたものですよ……
リス坊、わかってないな。昔のことだ、北極で漁師からこんな言葉を教わってな。「大きな魚を狙うなら餌をケチるな」。とびきり上等の餌は、釣れる魚も大きくなるんだよ
グリースはリストの肩を叩いて実験場へ向かおうとしたが、再び振り向いてこう言った
年配者の知恵は見くびるもんじゃないぜ
グリースの後ろ姿を見ながら、リストはスーツのネクタイをギュッと締め直した
もちろん……肝に銘じますとも