ルシアは強制潜入に成功し、リーフの意識海にいる意識集合体を壊し、遠隔リンクを構築した
彼女の弱り切った生命と意識信号を守りながら、飛行中に構造体たちと異合生物との戦闘を数十分ほどサポートした
それによって、隊列を組んで飛ぶ大量の輸送機は、ようやく雲をくぐり抜け、教会の横へと着陸できたのだ
この状態で地球に戻るには、多くの犠牲と損失を覚悟しなければならないが、以前と比べると、状況はかなりましになっている
地上に近づけば近づくほど、高濃度のパニシングエリアに近づけば近づくほど、攻撃を受けやすい。しかし今、教会付近の異合生物は、構造体たちに引きつけられている
異合生物の奔流の大半が消え失せ、構造体たちに押されて、残った一群は徐々に後退していった
しかし赤潮の他にも脅威がある――教会の鐘楼の上に、あの2体の人型生物がいたのだ。2体からはこの上ない危険な信号が発せられている
彼らは鐘楼の付近を凄まじい速度で移動していた。どうやら誰かと戦っているようだ
今、人型生物と戦うことができるのは精鋭小隊だけだ。それに、あれは白夜機体の最も重要な標的のひとつのはず
目的地を確認して、すぐ人々と逆の方向へ走った
外骨格が支えてくれてはいるが、今の体の動きは普通の人よりも遅い
月下美人……
彼女が自分の日記を全部、帆のない紙の船に折っているのを見ました。まさか最後に月下美人としてあなたに送ったとはね
月下美人の意味するところは……永遠の刹那
命は刹那的です。彼女はその刹那を、永遠にここに刻んだ
……彼女は、命の刹那を受け入れたんだわ……
——!!
彼女が助かる可能性はほぼない
今から3時間以内に、彼女の全ての意識の欠片を見つけられなければ、意識海の修復はできない
たとえ新たにΩ型の特化機体が開発されても、彼女は侵蝕体になるしかなくなる
…………
議長が[player name]の判断とリーフを信じるなら、もちろん喜んで暗号キーをお渡します
我々はいつか皆、軍人として死を迎えます
でも私は……誰の身の上にも無念な最期が訪れないことを、切に願っています
——!!——!!
焦れば焦るほど、力のない体の動きが鈍くなる。侵蝕体に囲まれた時、教会の石柱の後ろから、少年がさっと飛び出してきた
久しぶりっ!
彼は素早く目の前の侵蝕体を倒して、こちらに挨拶してきた
久しぶり
説明すると長くなるよ。今は彼らの邪魔をさせないよう、こいつらを食い止めてる
ああ、教会の屋上でリーフに起こされて、その後はたくさんの敵を相手に戦い続けっぱなしだ
それから、ルシアがリーフを助けに行くことになってさ、クロムたちはずっと上だ
だから、ここは俺たちの持ち場ってわけ
でも、急いでそうだね?時間がないのか?
じゃ、早く行けって。この教会はかなり高いんだ。そのスピードじゃ12階の屋上まで登るの、かなり時間がかかるぜ。ここは任せて!
おあいこだよ、リーフに助けられた命だ
感謝してくれるなら、後でアディレの方に補償、ヨロシク!
彼は颯爽と手を振り、再び戦い始めた
気をつけて!
同時刻……
教会の鐘楼の上、侵蝕から回復した3名は動けないリーフを守りながら、人型生物と必死に戦っていた
右!
ルシアの声を聞いて、リーはすぐ後退した。その瞬間、彼が立っていた場所は、男性人型生物の拳で大きな穴が開いていた
クロムは飛び上がり、ガンブレードで凍氷弾を発射して、弾丸を下へ突き刺そうとした
次の瞬間、人型生物の動きが更に加速し、彼らは余裕たっぷりに目の前の4名を眺めると、品定めを終えたようにリーに襲いかかった
待ってましたよ!
無数の銃弾が雨のように人型生物たちに降りかかり、彼らの皮膚にめり込み、二次爆発を引き起こす
命中を喜ぶ間もなく、女性人型生物が腕を弓に変形させ、パニシングで作られた4本の矢を放ってきた
クロム!
了解ッ!
凍氷弾が地面に着弾し、彼らの前に瞬時に氷の壁が形成され、放たれた矢を受け止めた
人型生物が氷の壁を観察している隙に、ルシアは噴射装置を握りしめ、空中から満を持して冷華刹那を打ち込んだ
冷たい氷が一時的に彼らの足を止め、クロムの全力攻撃のための時間を稼いだ
彼は一歩前へ出て、自らの足下に氷結領域を作り出した。その一糸乱れぬ連携プレーの前では、人型生物が反撃するチャンスはまったくない
ルシア!
はい!
彼らが凍結された間に、3名は全力で攻撃を繰り出した
学ばせないように、この隙を作るのを待っていたんだ!
――最後の一撃!
氷と弾が、この憎い敵に死を宣告した。燦然と輝く光の下で、人型生物はようやく、地面に這いつくばったのだ
……どうでしょうか?
まだ気をつけて
異合生物がいなくとも、一行の攻撃を受けてかなり弱っていようとも、彼らにはまだ最後の悪あがきをするくらいの力はあるはずだった
どうやら、彼らは空気中のパニシングを吸収して、自己修復しています
チッ、ここの赤潮が多すぎたか
回復する時間など与えないぞ
彼はその言葉と同時に、ガンブレードを敵の体へ差しこんだ。人型生物は悲鳴を上げ、体を痙攣させながら、再び襲いかかってきた
この応酬ももう11回目です。他にいい方法はありませんか?
クロムの援護電力反応弾が、人型生物の足下でエナジーリングを生成する直前、人型生物は飛びのいて逃げてしまった
彼らはすでに3名の戦い方に慣れてきている。そうこうしているうちに、難易度はどんどん上がっていく
おそらくリーフなら、まだ……でも、リーフに戦わせる訳にはいきません!
怒れる吹雪が竜巻となって、意識不明の仲間の代わりとばかりに人型生物へと突進した。しかしまたしても彼らにかわされてしまう
せっかく……指揮官の遠隔リンクで、意識海を安定できたのに……!
今、人型生物と戦ったら、彼女の侵蝕は、更に進行してしまいます!
そう言いながら、彼女は風の勢いを借りて、後退を続ける人型生物に飛びかかった
まさか、彼らはリーフの戦闘力が弱まるのを待ってから現れた……?
それは否定できません
リー!クロム!もう一度チーム戦を!戦術を練り直しましょう!
退避を誘導できたら、カウンター攻撃ができるかもしれません
彼らは氷攻めを学習している可能性が高い。あまり近づくのはよくないでしょう
では、左のやつは僕が引き受けます
リーは片手で銃弾を込め、ホワイトアウトの外側から男性の人型生物に向かって連射し続けた
その攻撃だと避けられてしまいます!
いえ、僕の計算上は避けられません
男性の人型生物はリーの左手の銃を避けようとして、右手の銃の射程内に入ってしまった
リーは男性人型生物の回避行動を予測しながら、片方の銃を彼に命中させ続けた
このやり方ではダメージが半減し、効果も限られますが
では、私も予測した方向に攻撃を合わせます!
その位置から8時方向!
それ以上の余計な説明はいらなかった。ふたりは8時方向へ飛び出し、そこへ退避しようとした人型生物に飛びかかった
インバースオーロラの連続攻撃と氷の竜巻が、男性人型生物に命中した。彼は数歩後ろへ下がり、悲鳴を上げる前に、リーの弾で再び追い込まれた
女性人型生物は、仲間が連携攻撃を受けているさまをしばらく観察してから、再び腕の弓に矢を乗せた。彼女は近づきながら、攻撃を仕掛けてくる
クロム!
次の瞬間、フロストから生成された氷の壁がその矢を受け止めた
もう1体来ます!
手分けして攻撃を、リー!
彼らの動きを予測します
左は任せて
6時と8時!
ルシアとクロムはそれぞれ、男性型と女性型がいる6時と8時の方向に向かった。今度は、避ける人型生物を正確に狙い撃って攻撃できた
0時と10時!
9時と5時、2時と8時!
ちょうどクロムのフロストが消える瞬間に、3名のエネルギーがフルチャージされた
12回目、最後の一撃!
2体の人型生物が近づいた瞬間、特化機体の銃弾とともに氷の花が咲いた!
しかし勝利に喜ぶ前に、彼ら自身の機体がその場に凍結されてしまった
……彼らは……
人型生物はまた高速移動を始めた。彼らが総攻撃をしかける前兆だが、凍結されてしまった3名はそこから動けない
タイミングを測ってフロストを使わせたのか……!
どうもがいても凍結からは脱出できない。人型生物は重なり合うように、空中から総攻撃を仕掛けてきた――!
やめなさい!
彼らが凍結された一帯を、清浄な白い光が包んだ。パニシングで構成された体は、Ω型武器が構築する清浄空間には侵入できない
2体は鋭く悲鳴を上げた。その手足は純白の炎に焼かれ、爛れてゆく
……やめて……
満身創痍となった機体で、彼女は鐘楼の壁にもたれて、なんとか立ち上がった
これ以上、仲間を傷つけないで……!!
白夜の炎は武器に導かれるままに、人型生物が逃げる先々に落ちてゆく
……う……ゴホ……
エネルギーはすでに限界に達している。最後の白い光が降り注ぐ直前、凍結されていた3名がようやく動けるようになり、自分たちの体で人型生物の行く道を阻んだ
美しくきらめく光は、正確に彼らのいる場所を照らした。怪物の咆哮が響く中で、女性型の長い髪が薄い膜状の翼に変わり、意識不明の男性型を抱いて飛び上がった
……させません!
白い鳥は傷だらけの翼を広げ、赤い災厄を終わらせんがために、全力で空へと飛び上がった
今の私ならできる!
ここで燃え尽きなさい!パニシングの灰から、地球の希望が生まれるのです!!
まるで太陽が落ちてきたかのように、彼女の体からは激しい光の輪がはじけた――
一同の視界は、眩しく輝く白い光に埋め尽くされた
失明しそうなほどの目眩のあとに、鉛色の空の下、翼を砕かれた鳥は全ての力を失って、雲の隙間から落ちてきた
……これが終わり……だろうか?
彼女は一体どっちの未来へ向かったんだろう?
意識が引き裂かれる中で、リーフにはもう自分の未来がよくわからない
しかし彼女は、やるべきことを終わらせ、守りたい仲間を守った
……死ぬのだとしても、もう悔いはない
少女は目を閉じ、彼女の命を奪う墜落を受け入れた
しかし、彼女が落ちたのは、大地ではなく、やや遅れてやってきた優しさの中だった
…………誰?
体を抱きかかえられ、耳元で悲しく叫ぶ懐かしい声が聞こえる。まるで涙で濡れた夢のように
指揮官……です……か……
少女のバイタルサインは消えつつある。彼女はその叫びに答えたくても、もう声が出ない
指揮官!!リーフがっ……!
リーフの機体シグナルはひどく弱っている。そして、極めて高濃度の侵蝕が見られる
防護服越しでも、人工皮膚に付着しているパニシングだけで、人間の肉体は掌に焼かれるような激痛を感じていた
近くの輸送機を呼んできます!指揮官はここに残ってください、リーフをお願いします!
私たちも手伝いましょう。早く彼女を空中庭園に連れ戻さなくては
わかりました
走り去る仲間たちの後ろ姿を見て、すぐにアシモフが出発する前にくれた機材を取り出し、次々にケーブルを繋いだ
これらの機材は、アシモフとヒポクラテスが臨時に用意してくれたもので、至近距離でしか使えない
しかし、両名の意識を固く繋ぐことで、確実な深層リンクを構築できるものだった
リーフの名を叫びながら、軽く彼女の肩を揺らし続けた
しかし研究者たちが言った通り、今、深層リンクを施しても、彼女の意識の欠片を維持できるだけで、侵蝕自体は避けられない
……うっ……
深層リンクで少女の意識の欠片を取り戻したと同時に、意識海にある幻痛も呼び起こしたようだ
激痛のせいで、腕の中の少女は震えながら体を丸めた
……指揮……官……
これは……夢ですか……
よかった……
……最後に、お会いできて……私の最後の願い……これで叶いました……
……でも……
彼女はか弱い微笑みで、自分の首を指さした。服の下で、電磁パルス減衰リングが、最後のカウントダウンに入っていた
……もう……間に合いません……
…………
暗号キーを彼女の首にある電磁パルス減衰リングに差し込んだ。しかし解除ボタンを押す直前、ある言葉を思い出した
自分の担当患者が目を覚ましてくれたのは嬉しいけど、リーフを助ける件については、もう少し慎重に考えてほしいわね
彼女の後遺症は、私たちが推測したものよりずっと重く、今後、彼女は生きているだけで拷問のようなものでしょうね
彼女が苦痛を背負うことを自分の判断で勝手に決めてしまうことは、本当に正しいのだろうか?
はい……
彼女は一瞬のためらいも見せず、そう答えた
……もうわかっています……
これからの生に、どれほどの苦難を伴うかを
……でも、指揮官は後悔なさらなかった
ええ
指揮官ならどうですか?
自分が……地球を取り戻す日まで生きられないと知って……
残りの人生、ずっと戦い続けなければならないとしたら……
それでも、未来をお選びになりますか?
……そうですよね……
リーフは決意した顔で笑った
死の幻覚で経験した幾千の誕生と死によってさえ、リーフは未来に恐怖を抱かなかった。彼女にとって幻痛は、取るに足らない脅威だったのだ
私はもう……自分の選択をしました
ルシア、リーさん、クロム隊長、それと……永夜に眠る人々
彼らは皆さん、自分で選択しました。その選択の対価が命だとしても、彼らは……きっと後悔していません
それは、私も同じです……
もし再び選び直せるとしても、私は今と同じ人生を選びます
この時代で……皆さんと出会える人生を……選びます
私は……誰かの、皆さんの命を……愛していますから
……グレイレイヴンですごした時間を、愛しています……
愛する命のためなら、死んでもいいんです
皆さんの側で、一緒に未来を迎えたい
たとえ……未来が苦しいことを……知ったとしても……私は決断を変えません……
皆さんの近くで……指揮官のお傍で……私たちの目標を……実現したいんです……
……死は、自らを生に捧げる行為であって、決して諦めることではありません……
これが私の答え、私の選択……私は一度たりとも諦めてなんかいません
幻痛と幻覚に苛まれながらも、少女は微笑んでいる
それは偽りの笑顔ではなく、無限に続く痛みを糧に、灰の中に咲いた可憐な笑顔だった
はい……信じています
指揮官は……嘘をつかない方ですから
もう迷うことはない
未来は茨の道で、苦難の連続だとしても、前へ進まねばならないのだ
……そう、彼女の言う通り
私たちに……愛しているものがあるから
電磁パルス減衰リングが解除された。少女は、抱きかかえられたまま眠りについた
その後――
待ち焦がれていた救援の輸送機が教会の屋上へ到着した。中から、仲間たちが急いで飛び出してくる
指揮官――!
リーフは任せてください。早く行きましょう。他の輸送機はあちらで待っています!
とにかく、リーフの侵蝕度はもう臨界値ギリギリで、極めて危険な状態だ
彼女の意識海を修復できるかどうかは、お前たちが戻ってきてからじゃないと、判断できない
一番有効な手段でも、彼女が闇蝕機体を使える、というだけだ
…………
じゃあさっさと戻ってこい。これはただのスタート地点だ。侵蝕度を下げ、リーフの意識欠片を今から探さなくてはならん。やることが山積みだぞ
幸い、彼女の深層侵蝕は短時間だった。助かる望みはある
しかしこのままぐずぐずしていたら、データの乱流によって、彼女の意識海は完全に引き裂かれ、それに巻き込まれておじゃんだ
意識を取り戻した侵蝕構造体も同じだ。元の意識がどれほど残っているのか、検証する必要がある
奇跡なんてそう簡単には起きないんだ。善後策を講じずに、勝利を祝うのは早すぎる
アシモフの言うことはもっともだが、この災厄の中でも辛うじて3つ、いいニュースがあった
ひとつは、リーフはまだ助かる余地があること
ふたつめ、人型生物の消滅により、飛翔する異合生物の攻撃が弱まったこと
最後に……Ω型武器と特化機体の実験は成功し、これによって人類がようやく反撃の力を手にしたこと
どれも、我々にとって何物にも代えがたい、嬉しいニュースだ
他の者の状況はどうだ?
機体の損傷はソフィアが修復してくれています。現在の損傷度は63.1%、通常の活動なら問題ありません
僕もクロムと同じく、侵蝕は除去されましたが、機体の損傷はまだ完全に修復できていません
素早く救援ができなかった点について、議会は必ず補償と謝罪を行う
しかしあの時は、大量の犠牲を払う前提での支援は、出せなかった
重々理解しています
すまない。では、無事の帰還を祈っている
危うく、お互いを失うところだった仲間たちは、ようやく再会の時を得た。彼らの影には、多くの傷と払いきれない代償が刻まれている
やがて、我々が全てを使い果たした時、もはや逃れられない死に直面する日が来るだろう
そうであっても、命の儚さを悲しまないでほしい
我々は大地から生命を贈られた。いずれこの命は大地に返すもの
命の記憶が残っている限り、一瞬の煌めきは、永遠になり得る
7本の「雄しべ」が繋がれた、折り紙の月下美人の花のように
彼女<//我々>の短い命が残した記憶と、彼女<//我々>の心にある7つの「悲しさ」をそっとのせて
1、その名は「哀歓」、傷跡とそれを埋める歌声<//喜び>
2、その名は「自由」、自身が求める天空<//枷>を手放す
3、その名は「慈悲」、全てを与える母親<//大地>
4、その名は「船」、無限の旅と短い再会<//離別>
5、その名は「別れ」、風とともに去り、帰還する雨<//記憶>
6、その名は「死」、大地に抱かれる記憶<//生命>
7、その名は「愛」、祈りに捧げる我が身<//悲しみ>
永き夜、長き冬、太陽は手の届かない場所にある
暗闇を突き破るため、彼女<//我々>は自身を燃やして、命を他者に捧げた
その選択によって、黎明の前に我が身を亡ぼされようとも、我々は決して悔やまない
たったひとりでも誰かが、我々が望む未来へとたどり着ければ、夜に逝く命は、悔いの涙は、祝福と別れの笑顔となろう
全ては、その全ては……
彼女<//我々>が愛する、暗闇に儚く揺れる生命<//灯火>のために