街はもうすぐ沈む。だがこの瞬間、雨と風はやんでいた
見渡す限り、街は海にのまれ、水平線は再び平らになっている。基地の外周の6つの塔の先は小さな黒い点となり、メインシティも、展望タワーの展望台だけが海上に残っていた
風が吹きすさび、波を巻き上げる
ヴィラは片手で旗槍を持ったまま地面に座り込んでいる
彼女はラミアを半殺しにしてむりやりにでも制御台に連れ戻し、街の潜行コマンドを解除させるつもりだったのだ
だが彼女には逃げられてしまった
心に、疲れと悔しさだけが残った
不気味だわ、どうしてこうも必死なの?――ヴィラは自問している。珍しくいつもと違い、すぐに答えがでなかった。彼女は常にスピーディに自問自答しているのに
任務の目標を守り、回収すべき対象物も手に入れた。こんなところで無駄な努力をしても意味がないのに、彼女はその徒労をしてしまった
言い訳は無用だ。やったことはやったこと。プライドの高い彼女は、自分の行動の理由を探す行為に必要を感じない
略奪者は自分の行為を正当化などしない。全ての動機は本能的なものだ
突然、遠くからエンジン音が聞こえた
ヴィラがなんとか頭を上げると、視界に黒い点――輸送機が現れた。どうやら黒野の追手ではない。あれは……
空中庭園の輸送機だ。ウイングにグレイレイヴン小隊のマークが描いてあった
あーあ、まったく……遅いのよ
いや、遅くはないわね――
再び、足の下が揺れた
沈み始めた時と同様に、今回の振動もまるで天変地異のようだ
Video: 夏活版本水城升起
ヴィラが反応する前に、そしてヴィラが理解する間も与えずに、街は急速に上昇していった。水滴が光を反射し、太陽の下で燦燦と輝いている
この瞬間、街は生の灯のない海上の墓標ではなくなった
海水がその死の気配を全て洗い流していた。今太陽の下にそびえ立つのは、遥か昔からこの海域にある人類文明の灯台だった
ヴィラは固く両目を閉じた
――時間を図る尺度を、誰かから聞いた覚えがある
宇宙は138億年前に誕生した。それを12カ月と考えるなら、人類の歴史が始まったのはその12カ月の最後の夜になる
その最後の夜、つまり350万年前に、最初の類人猿が立ち上がった。彼は足下の大地ではなく、頭上の星空を仰ぎ見て星の動きを追った
古代人が星の動きで季節の変化を推測したその時から、初めて宇宙飛行士が月の地面を踏みしめるまで、たったの60秒だというのだ
今の人類の窮地――パニシング侵蝕も、そのマクロ的な視点から見れば、ほんの一瞬にすぎないということだ
ヴィラは光の方へと一歩を踏み出した。両目を開いて太陽を見つめる
眩しい光の中、ヴィラにはあの女性の姿が見えた。彼女はその姿に向かって手を伸ばした
次の1秒の世界が、手に触れられる場所にある
アポロ11号の宇宙飛行士が月に旗を突き立てたように、ヴィラは自分の旗印――旗槍を傍らの地面に突き差した
これは血に溶け込んでいる獣の本性、縄張りの主張である
飛行船が軌道にのった時、地球は我々のものだと宣言する
月に旗を立てた時、月は我々のものだと宣言する
人間の略奪は留まることがなかった
月を征服した数百年後の今、空中庭園からやってきた人類が――
――再び地球を「占領」した
Video: 夏活版本ヴィラ插旗
もうひとつ、これはあくまで私の推測だから、記録に残すか迷ったけれど
でも、いい推測なら明確な結論に匹敵する価値もあるはず
残念ながら、もうそれを検証する時間がない。だから、あなたたちに残す。将来、この地にたどり着く誰かに
あなたたたちの仕事にも役立つでしょう
その現象を裏づける物理的な根拠は、一切ないのだ
自然界の全ての種の生態には、必要性と合理性がある
羊は草の量を、猛獣は羊の量をコントロールしている
ならば、パニシングは?どんな役割を持つのだろう?
現時点では、真空零点エネルギー技術は確かにパニシング発生の重要な条件だ
たとえパニシングと接触しても、電力や電子技術に触れない限り、パニシングはその真の威力を発揮しない
推論は明確に――パニシングは高度に発達した文明に対するものだと告げている
そう、陳腐な推測かもしれないけど――これは文明のフィルターなのではないだろうか
昼が終われば夜が訪れる。しかしまた再び夜明けがくる
私たちの代わりに、夜明けを見届けてほしい
最後の最後に
生物の本能は繁殖にあり、文明の本能は拡張にある
200万年前、初めて木から降りた猿に始まり、人類は食物連鎖の頂点に立とうと努力し続けた
最初は両手と歯を使った
その後、火と槍を使った
蒸気機関、内燃機関、発電機にコンピューター……
ついに食物連鎖の頂点に登りつめると、人類はより高い場所にある星空を目指して旅立った
だから、我々は太陽を超える真空零点エネルギーを掌握しようと試みた
これが、私の最後の活動日誌になる。将来、このメッセージを目にした人類へ――
前進しなさい。振り返らず、立ち止まらず、後悔せずに、前へ進み続けて
あんな風に優しくおやすみを言って、諦めないで
老兵たちよ、消えゆく光に火を放って、叫びなさい
消えゆく光に、必死に抵抗しなさい
――ラストリアス、最後の活動日誌